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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ そぞろ歩きの庭 ■
 
 
 
 お茶会に引っ張り出されたものの、やはり賑やかなのは苦手でセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)はそっと場を抜けて庭に出た。
「やれやれ。さすがに庭は静かだな」
 以前は水音をたてていただろう噴水も、止められてから久しいようでカラカラに乾いている。お茶会に集う皆の話し声も、ここまでは聞こえてこない。
 聞こえるのは葉擦れの音、そしてチチチチチ、とどこからか聞こえる小鳥のさえずり。
 これならゆっくり寝られそうだと、セアトは木陰に寝転がった。
 お茶会の話は聞いたけれど、実は特に参加する気はなかった。けれど白銀 司(しろがね・つかさ)が妙に嬉しそうな顔でセアトを追い立てたのだ。
『セアトくん、今日は行くところがあるんだよね。あ、もちろん私はなんにも知らないんだけど、がんばってお友達を作ってくるんだよ!』
 そんな司を無視しようものなら、一日中、わざとらしい勧誘を受け続けることになるのは明白だ。それを避けるようにセアトはお茶会の会場へとやってきたのだった。
 屋敷でもどこか寝られる場所ぐらいあるだろうと思っていたら、なんのかんので使われて、ようやく解放されたところだ。
 いつも騒がしい司がいないこの時間、たっぷりと惰眠をむさぼろうとセアトは目を閉じた。
 
 
 あれだけの時間では十分にとはいえなかったけれど、雑草や枯れ葉のゴミが取り除かれた庭には心地よい風が吹いている。
 茶と菓子を楽しんだ後、カノンたちは再び庭に出てのんびりと歩いた。
「こんにちはー。調子はどう?」
 東雲珂月は庭の植物の前にしゃがみこみ尋ねてみる。
 植物たちは、久しぶりに雑草を取って貰って快適だと口々に答えてくれた。
「お兄ちゃんたちがいっぱい雑草をむしってくれたからねぇ。ボクもお手伝いしたんだよ」
 最近面白いことがあったかと尋ねると、別に毎日変わらないという返事がかえってきた。屋敷の庭で植物たちは気ままに暮らしているようだ。
 今は誰も住んでいる様子のない屋敷でも、植物は変わらず花をつけ、咲いた花々の間には虫の姿がある。
 葉を這う虫に目を留めて、カノンはふと樹のことを思った。
 樹は台所とかにたまに出る、あのカサカサと音を立てる黒光りする虫も、つつっと天井から下がってくる蜘蛛も平気なのに、なぜかカエルだけは全く駄目だ。デフォルメされたカエルグッズ等は一応大丈夫そうだけれど、本物やリアルなカエルの置物でも見ようものなら、かたまってあわあわして動けなくなってしまう。蛇に睨まれたカエルならぬ、カエルに睨まれた樹状態だ。
 どうして苦手なのか知りたくはあるけれど、カエルの話をするだけで厭な顔をする樹にその話を持ち出すのははばかられ、カノンはこれまでその理由を聞いたことはない。
 幼い頃樹と共に暮らしていた誠なら知っているだろうかと、カノンはそっと窺い見た。
 一方的に敵視されているのを知っているから話しかけにくい。けれど最近は少しだけ……ほんの少しだけだけれど、誠の様子に変化があるようにも思う。
 睨まれたりするかも知れないと覚悟の上で、カノンは誠に聞いてみた。
「樹は虫とかは平気なのに、どうしてあんなにカエルだけを嫌うんだ?」
 聞かれた誠は目だけを動かしてカノンを見た。
 前ほどカノンのことを嫌ってはいないが、うち解けられてもいない。お喋りしようという気にはならないのだが……仲良くしておいで、と送り出してくれた樹のことを考えると、ここでカノンの問いを撥ねつけるのもはばかられる。そんなことをしたらきっと樹は悲しむだろう。
 だから誠は、視線は前方に戻し、独り言なのか会話なのか微妙なラインで話し出す。
「あれは7歳ぐらいの時だったかな……」
 そのとき樹は、自宅の縁側で昼寝をしていた。その姉の前に誠は、幼馴染みと一緒に近所で捕まえた大きいカエルを数匹置いた。起きた樹がびっくりする顔が見たかったから悪戯したのだ。
 起きたばかりの寝ぼけ眼の視界にドーンと大きなカエル。カエルにぎょろりと睨まれ、固まっているうちに上に載られた経験がトラウマになったのではないかというのが誠の推測だ。
「起き抜けのカエル……誠の悪戯が原因だったのか」
 呟くカノンを、文句あるのかという剣呑な目で誠が睨む。が、次の瞬間、カノンがふき出してその空気は崩れた。
「はは、よっぽどびっくりしたんだろうな」
「……多分そうだと思う」
 また視線を前に戻して誠が答えた。
 その様子を見て、珂月は目を丸くする。
(誠お兄ちゃんとカノンお兄ちゃんがお話している! 前は誠お兄ちゃんが、「キシャー!」って威嚇して、ぜんぜん会話にならないような感じだったのにー。すごい!)
 この話をさっそく樹に教え……と思いかけ、慌てて珂月は頭を振った。
 いけないいけない。そんな話をしたら樹にお茶会に来てたことがばれてしまう。
「う〜〜」
 話したい、でも話せない。珂月は唸った後、樹の代わりに花壇の花々にその話をするのだった。
 
 
「……カエルの夢を見そうだ」
 木陰で横になっていたセアトは薄目を開けて呟いた。
 が、また起き出すのも面倒だ。
 大きなカエルの軍団を思い浮かべまいとしつつ、セアトはまた目を閉じた……。
 
 
 ゆったりと庭を歩きながらマイン・フェヴリエ・ディアフレッド(まいんふぇう゛りえ・でぃあふれっど)が空を見上げた。
「良いお天気ですね」
 その様子に、アイン・ディアフレッド(あいん・でぃあふれっど)は少し安心する。
「マイン……相変わらずやな」
 魔鎧として蘇ってきたマインだけれど、こうして共に歩いているとまったく変わりがないように思える。
「お兄様は随分代わりましたね。私が死んでいる間に成長するなんて……羨ましいような悔しいような」
 そう言って笑うマインに、アインの胸は痛む。
 マインは自分のことを恨んではいないのだろうか。マインを殺した自分のことを。
 その時のことを思い出すだけで、アインの心は重く沈む。けれど落ち込んでいるだけでは何も始まらないと、岬 蓮(みさき・れん)が教えてくれた。だから……。
 ごくりと唾を飲み込むと、アインはマインに頭を下げた。
「マイン、最初にこれだけ言わせてくれ……すまんかった!」
「お兄様……」
 いきなりアインに謝られて、マインはちょっと目を見開いた。けれどアインは心の内にあるものを話してしまおうと続ける。
「最初は自分、無知やったから……マインとこれからもずっと一緒やって思ってた……でも……違った……。マインが幼い頃から不治の病に冒されていたから……そのことを知って自分……嫌やった……マインが死ぬこと……マインが二度と動かなくなること……それが怖くてたまらない思って……気づいたら……自分はマインの死体の首を……」
 あのときのことが目の前に蘇るようで、アインは手の平で目を覆った。
「ほんまはもっと生きてほしかった。でも、自分のせいでマインにひどい思いをさせてしもた……」
 マインが不治の病に冒されていると聞いたアインは、そのショックでマインの首を噛みちぎって殺害してしまったのだった。
「何度も夢を見ていました。お兄様が私の首を噛み千切る夢を……」
 そう言ってマインは自分の首もとに触れた。魔鎧となったマインの首にはそんな傷は残っていないのだけれど。
「きっとあの世の果てまででも、マインは自分の事恨むやろうと思て……自分、笑顔さえも封じ込めようとしたんや……それで、自分も死のうと思た。でもな、蓮とかいうアホから、そんなの間違いだって何度も言われたんや。それから自分……マインの分、生きようって決意したんや」
 そこにマイン自身が蘇ってきて、アインは混乱した。
 けれどやはり、蓮に言われたことを貫きたいと思った。その思いをどうしても伝えなければと、マインをこのお茶会に……地球人の蓮抜きの場所へと誘ったのだ。
「……マインは自分の大切な妹や……今度こそ、絶対に傷つけへん」
 一度は間違ってしまった道。もう二度と間違いはしない。
「私はお兄様のこと、怖くありません。だって……お兄様は私に『生きてくれ』と叫び続けていましたから」
 マインはゆっくりと微笑んだ。
「だから私、今度こそお兄様を信じています。お兄様は絶対人の笑顔を奪うような人じゃないことを……だからお兄様は、これからも優しいお兄様でいてください」
 そんなアインを自分は妹として、命ある限り見守り続けたい。それがマインの今の望みだ。
「……マイン!」
 やっとマインへ詫びることの出来たアインはその喜びを噛みしめる……そこへ、ところで、とマインは小首を傾げて尋ねた。
「お兄様は蓮様のこと好きなのですか?」
「な……なんでやねん! 好きちゃうわ!」
 それまでの湿っぽい雰囲気も吹き飛ぶような大声で言って、アインは赤面した顔の前でちゃうちゃうと手を振ってマインの言葉を必死に否定した。
 
 
「うーん……なんだか庭もうるせえなぁ……」
 セアトは目を閉じたまま、木陰でばたりと寝返りを打った。その上にちらちらと木漏れ日が降る。
 
 
 こっちよ、とヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)はお茶会の席の隅っこで挙動不審に陥っていたラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)の手を引いて、庭へと連れ出した。
「館内にいても確固たる目的なぞ無いゆえ構わぬのだが……」
 そう言いながらもどこか未練ありげにラフィタは屋敷を振り返る。
「お庭はお嫌い?」
「いやまあ、若干交友関係を広めたかったとはべ、べつに思ってはいない。ただ……そうだ、美味そうな菓子があったような……」
 取り繕おうとしているなら見て見ぬふりをするのがオンナノコのたしなみ。
 ヴィアスはうふふと笑って手にしていた包みを見せた。
「お菓子ならちょっと持ち出してきたわ。お料理が得意な子が作るとこんなに可愛いお菓子になるのね」
 料理は得意な子がやった方が美味しくできる、掃除も得意な子がやった方が早く片づいて良い。そう言って結局、ヴィアスは料理も掃除も手伝わなかった。しばらくはお茶会の席についてそつなく会話をしていたのだけれど、ふと思い立ってお菓子だけもらい、席を離れてきたのだった。
「菓子だけ確保とは行儀の悪い……」
 ラフィタがぶつぶつ言うのはどこ吹く風と聞き流し、ヴィアスは庭をゆっくりと歩く。
「しかし、何故庭になど出たのだ?」
 お茶会に来ているというのにと言うラフィタにヴィアスは足を止めた。
「そうね、きっとあの子だったらああいう席には居たたまれなくて、お外に出ちゃうんじゃないかなってふと思って」
 あの子、というのは勿論、パートナーである白菊 珂慧(しらぎく・かけい)のことだ。庭の手入れはされているのか、花はあるのか、緑があればきっと綺麗な季節……そんな風に考えてふらりと庭に出たくなったのは彼の影響なのだろう。
「おかしいわね。あの子と過ごした時間は今まで生きてきたそれと比べたら微々たるもののはずなんだけれど。ねえ、そう思わない? いつの間にか隅っこの席に移動していた不死の吸血鬼のおじさま?」
 ヴィアスににこりと笑いかけられて、ラフィタは隅にいた自分を目敏く発見されていたことに苦笑した。
「たしかに“あれ”と逢ってからは隅に居場所を確保しようと無意識に動いているかもしれんな」
 それをもたらしたのは契約か、あるいは共に暮らしている所為かは分からないが、間違いなく自分たちは変化している。そして珂慧もまた、自分たちとともにあることで変化していっているのだろう。
「……それはともかく」
 しみじみしそうになったラフィタは、ヴィアスに渋い顔を向けた。
「その呼称はなんだ。おじさま……だと? たしかに数百年は生きているが俺のこの若々しい美貌に向かっておじさまはとなんたる」
「可憐な少女と紳士に似合う呼びかけだと思うわ。少女趣味めいていていいじゃない?」
「良く無い。だいたい外見の差こそあれ、おまえだって歳はだいぶ……」
 ヴィアスの年齢は一応2ケタに収まっている……とはいえ、そのかなり後半だ。それを言いかけたラフィタをヴィアスの哀しげな声が遮った。
「おじさま……っ、淑女にそんなこと言うだなんて……」
 ヴィアスはぐすっ、と目元を押さえる。
「いや、悪かった。俺が悪かった。だから泣くな。場所と互いの外見を考えてくれ」
 これではまるで、いたいけな少女をいぢめる悪い男の図だとラフィタは慌ててヴィアスを宥めた。
「では改めて……おじさま、お菓子をどうぞ」
 涙の痕跡の全くない顔でヴィアスはラフィタにお茶会の菓子を差し出した。そして、木陰へと呼びかける。
「立ち聞きさんもお1ついかが?」
「聞いてない、俺は眠っている。もしくは返事の無いただのしかばねだ」
 木陰に転がっているセアトは目も開けずに答えた。
「それならしかばねさんにもお裾分け。冷たいうちに食べた方が美味しいのよぅ」
 楽しそうにくすくす笑い、ヴィアスは寝転がっているセアトの胸の上に菓子を載せるとラフィタのところへと戻っていった。