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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~
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第三章  命の重さ、絆の重さ

「お久しぶりですっ!外代(としろ)さんっ!!」

 懐かしい人影に、五月葉 終夏(さつきば・おりが)は遠くから声をかけると、ぶんぶん手を振りながら駆け寄った。

「え……。キミは、確か……?」
「終夏です、五月葉 終夏!二子島では、お世話になりました!」

「おぉ!あの時の!」

 終夏のことを思い出し、赤銅色に日に焼けた外代の顔に、柔和な笑みが浮かぶ。


 終夏と夜果は、かつての『二子島紛争』の際の白姫岳要塞守備隊司令官、外代 沖也(おきや)を迎えに来ていた。外代から、少しでも白姫岳要塞の情報を得ようとしてのことだ。

 終夏たちと外代は、先の紛争で、共に敗残兵の説得に尽力した仲だ。


 紛争の後、捕虜となった侍たちの多くが、謀反の罪を問われ処罰される中、外代は、進んで降伏し、また降伏を良しとしない者たちの説得にあたった功を認められ、特別に藩への復帰が許された。
 しかし外代は、『自分の部下であった者たちが生活に困窮し、塗炭の苦しみを味わう中、自分一人だけがのうのうと過ごす訳には行かない』と藩を辞した。
 その後刀も捨て、今では二子島に程近い孤島に移り住み、晴耕雨読の生活を送っていた。
 その一方で外代は、職を失った部下のための仕事の口利きなども行っていた。
 今回の慰霊碑建設事業にも、外代が紹介した元部下が、多く従事している。

「ご無沙汰してます、外代さん。雨宿です。お元気そうで、何よりです」

 遅れて来た雨宿 夜果(あまやど・やはて)が、外代に挨拶する。

「おぉ、雨宿君。君も、元気そうだな。お陰様で、なんとか元気にやっているよ。しかし、どうしたんだ急に。その様子だと、何か火急の用件のようだが」
「そ、そうなんです、外代さん!とにかく、一緒に来てくれませんか!二子島が、今大変なんです!!」
「なんだって!二子島が!?」

 2人のただならぬ様子に、外代は、取る物も取り敢えず飛空艇に乗り込んだ。


 
 二子島へと急行する飛空艇の中で、2人からおおよその話を聞いた外代は、一頻り難しい顔をして考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。

「まず白姫岳要塞の中央門だが、これは20センチ以上の厚さのある鋼鉄で出来ている。機晶爆弾1発程度では、ビクともしないだろう。それと隠し通路の出入口だが、もし金鷲党の兵力が十分ではないとするなら−−その可能性は高い訳だが−−本当に必要なモノを除いては、封鎖されている筈だ」

「そんな……」

 外代の言葉に、ショックを隠せない終夏。もし外代の言うことが本当なら、人質の救出は一層困難なものになる。

「嬢ちゃん。すぐに本部に連絡だ」
「!そ、そうだね。こうしちゃいられない!」

 夜果の言葉に我に返った終夏は、すぐに無線を手に取った。



「どうしても、許可して頂けませんか」
「どうしても、だ」

 食い下がる閃崎 静麻(せんざき・しずま)を、宅美 浩靖は頑としてはねつけた。
 2人は、捕虜への拷問の是非を巡って対立していた。
 『人質救出のためには、捕虜への拷問も已む無し』とする静麻に対し、宅美は、『あくまで拷問は認められない』と、一歩も譲らない。

「でも、宅美さん。拷問って言っても『くすぐり』ですよ?傷が残る訳でなし、いいじゃないですか」
「傷が残ろうが残るまいが、肉体的な暴力には変わらん。いやそもそも、例えそれが精神的なものであったとしても、苦痛を与える行為自体容認できん」
「それで、人質の命が危険にさらされたとしてもですか」

 本部のデスクを挟んで、激しく対峙する2人。
 沈黙が、辺りを支配する。

 ややあって、宅美が大きくため息をついた。
 懐から愛用のブライヤのパイプを取り出すと、無言のまま火をつける。
 そうして、宅美が紫煙を燻らせるまでの間、静麻はじっと待ち続けた。

「閃崎君。拷問というのは、いわば麻薬のようなものだ。確かに効果は絶大だが、一度使えば依存症に陥り、いずれ使用者に破滅をもたらす。そしてその破滅は、君の大切な人も確実に巻き込むことになるんだ。決して手を出してはならない、禁断の果実なんだ」

 宅美の一言一言が、独特の香気を持つ煙に乗って、広がっていく。

「そんな、大げさな……」
「そう思うかね?」

 思わず静麻の口をついて出た言葉に、宅美は眉をひそめた。

「私は、実際にそうした人間を何人も見て来た。もし君がこれまでに拷問をしたことがあるのなら、まだ間に合う。今すぐ止めた方がいい。拷問とは、君が思っているほど簡単なものではないのだ……。閃崎君。君は、月美君とミル君のために、自分の人生を投げ打つ覚悟があるのかね?」

 煙の向こうから、じっと静麻を見据える宅美の目。
 しばしの黙考の後、今度は静麻が、『ふーっ』とため息をついた。
 
「わかりました。今回は、くすぐりは止めておきます」

 そう言って顔を上げた静麻は、どこかさっぱりした表情を浮かべている。

「その代わりなんですが……宅美さん。拷問じゃなくて、『エサ』で釣るのはオッケーですよね?」
「エサ?無論、それも餌の内容によりけりだが……。一体、ナニを餌にするつもりかね?」
「それはですね−−」



「もし、戦果につながる情報を教えて頂けたなら、拙者と『一晩2人きりで』過ごす権利を進呈しようと思うのでござるが、いかがでござろう?」

 服部 保長(はっとり・やすなが)は、服の裾を限界ギリギリまでまくり上げた。
 その場に居並ぶ捕虜たちの視線が、保長の、むっちりとした太ももへと集中する。
 
『いける!!』

 成功を確信した保長は、さらに、ピッタリとつけていた両の脚を、ワザとらしく組み替えた。
 男たちの視線が、見えそうで見えない合わせ目の、さらに奥へと誘導される。 

「あら、中々楽しそうなアイディアね。私も一口、乗っちゃおうかしら♪」

 そう言って、服の胸元に手をかける神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)。小指の先で衣装の合わせ目を引っ張ると、それまで抑えつけられていた豊満な胸元がまろび出た。
 さらに追い打ちをかけるべく、両手で胸を寄せながら、前かがみ。
 危うく胸の先まで見えてしまいそうな、絶妙な露出加減をキープする。

「あたしか保長、どちらでも好きな方を選んでいいのよ♪」
「おぉー!」

 というどよめきが、一同の口から漏れる。
 
『色仕掛け』という古典的かつ効果的な『エサ』の前に、男たちの意志が急速に揺らぎ始める。だが−−。

「ちょっと!ナニやってるのさ!!」

『バタン!』という音に共に、部屋のドアが勢い良く開く。
 そこには、顔を真っ赤にした獅子神 刹那(ししがみ・せつな)が立っていた。

「何って……」
「拷問に頼ることなく、快く情報を提供して頂くべく、『取引』を申し出ているのでござるよ」
「ちゃんと、宅美さんの許可も貰ってるわよ?」
「あ!刹那殿も、一緒にいかがでござるか?」

「な、何言ってんだ!あ、あたいがそんなコトするわけないだろ!!」

 赤かった顔を、羞恥でさらに真っ赤にする刹那。
 
「あらもったいない。ちょっとマニアックだとは思うけど、結構需要あると思うわよ?」

 オトコたちの何人かが、力強く頷く。

「そういう問題じゃねー!!」

 刹那はズカズカと大股で歩み寄ると、2人の手をむんずと掴んだ。

「と、とにかく、一緒に来いっ!こんな取引は、無効だ、無効!」
「ま、待つでござる刹那殿!」
「ちょ、ちょっと刹那、痛いイタイ!」

 刹那は2人の抗議にもまるで耳を貸さず、ズルズルと部屋の外へと引き摺っていく。

「わ、我と思わん方はゼヒ、そこにいる静麻殿に声をかけて下され!」
「情報提供者が複数の場合は、抽選であたしと保長で1人ずつ、計2名様を当選とさせていただきまぁす♪」
「いいかげんにしろー!!」

 『バタン』という音と共にドアが閉まると、そこには、静麻と男たちだけが残された。

「あー。まぁそういうコトなんだが……、どうする?」

 たちまち静麻は、ムサい男たちの群れに押し潰された。


   
「ハイ、終わった。もう起き上がってもいいよ。傷が化膿している様子もないし、今のところ、経過は良好だね」

 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の言葉に、患者の男は安堵の表情を浮かべる。
 今ローズが診ているのは、一昨日の戦闘で捕虜になった空賊である。


『捕虜は可能なかぎり人道的に扱って欲しい』という円華の意向の元、急遽追加の救護所が設けられ、重傷の捕虜の治療が行われていた。
 救護所専属の医師が、金鷲党や幽霊に襲われた作業員の治療で手一杯だったこともあり、こうした捕虜の治療は、ローズが一手に引き受けることになっていた。
 この辺りの経緯に関しては、“専属の医師が空賊の治療を嫌がったためだ”などという噂もローズの耳には入ってきていたが、ローズ本人は、特段今回の決定に不満はない。
 元々、『病人に敵味方の区別はない』というのがローズの信条である。
 それにローズには、『空賊を治療することによって、彼等と少しでも心を通わせることができれば』という目論見もあった。


「……先生。オレら、先生たちに散々迷惑かけたのに、こんなに良くしてもらって……本当に有難う」

 男は、そう言って深々と頭を下げる。悔恨か、それとも感謝の念からか、男の目からは涙が流れていた。

「い、いや、そんな!私は、医者として当然のことをしたまでだし!そうそう、それと、まだ傷が塞がったわけじゃないから、腕は絶対に動かさないように。いいね!」
「あ!先生!」

 まだ言い足りなそうな男を振り切るようにして、ローズはその場を後にした。

「はー……。どうも、面と向かってお礼を言われるのは苦手だな……」
「あーあー。もったいなぃ。絶好の、聞き込みのチャンスでしたのに」
「うわっ!な、なんだ。桂か……。だから、気配を消して近づくのはやめてよ!」
「こ、これは……えろうすみまへん」

 そう言って、座頭 桂(ざとう・かつら)は軽く頭を下げる。
 桂も目が見えないながら、ローズの助手として働いていた。
 
「そ、それについては、また後で改めて訊こうかと……。ところで桂、その人は?」
「あぁ、この方はですね−−」
「は、初めまして!川瀬 和正(かわせ かずまさ)と言います。是非、先生のお手伝いをさせて頂きたくて、参りました!」

 桂の後ろにいた青年が、一歩前に進み出た。

「え、手伝い……?」
「こちらの川瀬さんなんですが、医術の心得があるそうなんですよ。少し、お話を聞いて見てあげては頂けませんやろか?」

 聞けば、川瀬は医学を志して上京し、医学校に入学したものの、実家が地球人の詐欺にあって破産。
 学校を辞めて働き始めたものの、ここでも地球人のブローカーに騙されて、有り金全て巻き上げられてしまう。
 その後、路頭に迷っていたところを『イイ金になる仕事がある』と声をかけられたのだという。

「仲間たちもほとんどが、自分ののように食い詰めた挙句に、空賊になった者ばかりなんです」

 川瀬の言葉には、何とも言えないやり切れなさが、溢れている。 

「正直何もかも嫌になって、『もうどうなっていいや』って思ってこの仕事を引き受けたんです。でも、敵だった私たちを、一生懸命治療してくださる先生を見ている内に、自分が、本当は何をやりたかったのかを思い出して……。お願いです、私に、貴方のお手伝いをさせて下さい!どんなことでもしますから!」

 額を地面に擦りつけるように頭を下げる川瀬。

「そ、そんな、頭を上げてください!」

 ローズは川瀬に駆け寄り、その手を取った。

「私の方こそお願いします。川瀬さん、私の助手になってください。みんなが元気で故郷に帰れるように、一緒に頑張りましょう!」
「あ、有難うございます!精一杯頑張ります!」

 川瀬は、九条の手を押し抱いた。

「ローズさん。実は、他にも『手伝いたい』という人がいるんですがど、そちらの方たちにも会ってもらう訳にはいきませんでしょうか?」
「え?ほ、ホントに!?」

 川瀬のその言葉を聞いた瞬間、ローズの心が言い様のない喜びで満たされる。

「よかったですなぁ。ローズはん。やっぱり、貴方のやって来なはったことは、間違いやなかったんですよ」
「桂さん……!」

 これ以上無い優しい笑みを浮かべる桂に、ローズは、極上の笑顔で応えた。