First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last
リアクション
第六章 潜入
「データによると、この辺りの筈だが……」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、手にした地図と周囲の地形を代わる代わる見比べて、現在位置を確認した。
地図には、由比 景信(ゆい・かげのぶ)が入手した、月美あゆみのケータイの位置情報が記されている。
『あゆみが連れ去られたルートを辿れば、必ず要塞内に侵入できる』と確信したエヴァルトは、たった一人で島の西端までやって来たのだ。
辺り一帯は、二子島紛争の際に、酸でサンゴ質の地表が全て溶かされており、崩れ易い地肌が剥き出しになっている。
とても、秘密の入口がありそうな様子ではない。
となると、あとは−−。
「下、かな」
エヴァルトは、一番大きくて頑丈そうな岩を選ぶと【ワイヤークロー】を打ち込み、しっかりと固定した。
首から下を全て機械に置き換えたエヴァルトの自重は、100キロを優に超える。下手をすると崖が崩れる危険性があるため、安全確保は十分に行う必要があった。
エヴァルトは腹ばいになると、島の端から身を乗り出して下を見た。手足を大きく開いて、体重を分散するのも忘れない。
パッと見では、崖は何の変哲も無いように見える。
「……降りるしかないか」
身体の向きを変えると、ゆっくりと崖を降り始める。
常に4本の手足の内3本で身体を支えるようにしながら、慎重に崖を下っていく。
崖は非常に脆い岩で出来ていて、ちょっと力をかけるだけでもパラパラと砕け、落下していく。
本当は、ハーケンでも打ちたいところだが、下手に物音を立てて見つかるわけにもいかない。
しかも、ただ降りるだけならばともかく、隠し扉がないか調べながら降りていくため、時間もかかる。神経の磨り減る、ツラい時間が続いた。
「もう少し軽けりゃな……」
『やっぱり、このルートを選んだのは失敗だったか……』と半ば後悔し始めた、その時−−。
「ん!?」
突然、辺りの景色が一変した。
いつの間に現れたのか、数十メートル下に、テラスのような張り出しがある。どうやら、そこに横穴があるようだ。
「な、なんで急に……あ!」
ある事に気がついて、エヴァルトは崖を登り始めた。
途端に入り口はかき消すように無くなり、周りと同じような崖があるきりになる。
もう一度そろそろと降りて行くと、1メートルほど降りたところで、また入り口が現れた。
「やっぱり、幻影か!」
幻の崖で、入り口を隠蔽していたのだ。あゆみたちが連れ去られたのは、ここからに違いない。
今まで以上に慎重に崖を降りて行くと、そろそろと中を覗き込む。
そこには、飛空艇が何台が並んでいた。ちょっとした港のようになっているようだ。
辺りに、人の気配はない。
「……よし」
内部の状況を確認すると、ワイヤーの長さを調節した。そして、勢い良く壁面を蹴る。
崖の縁を起点にして、身体が振り子のように揺れた。崖が急速に遠ざかり、近づいてくる。
エヴァルトはタイミングを見て、クローのロックを外す。
支えを失った身体が宙を舞い、数メートルを一気に飛び越え、テラスに着地した。
同時に身構え、周囲に目を配るが、やはり人の気配はない。
素早く飛空艇の一つに駆け寄り、手をかざす。飛空艇に刻まれた記憶が、《サイコメトリ》によって映像となって甦る。
飛空艇は空賊のたちのモノらしいが、そこに月美とミディアの記憶はなかった。
「チッ……」
軽く舌打ちしてその場を離れると、1つだけあるドアへと向かう。
人の気配がないのを確認し、ドアの隙間へと身体を滑らせるエヴァルト。
再び、辺りは静寂に包まれた。
「……だいぶ静かになりましたね」
「みんな、もう突入に成功してるからな。敵さんも、みんな中でドンパチやってる頃だろう」
夕日が水平線の向こうに沈み、辺りがすっかり暗闇に包まれた頃。
源鉄心とティー・ティーは、白姫岳の登山を開始した。
鉄心たちは、突入のタイミングを、敢えて主力より半日ほどずらした。
後詰めが1人位いた方が、不測の事態に対処できるし、何よりその方がラクが出来る。
実際、Bチームが通った後を正確にトレースして進んだことで、全く罠に遭遇すること無く密林を抜けることが出来たし、これから登ろうとしている白姫岳にも、全くと言っていいほど敵の気配は感じられない。
2人共《ダークビジョン》があるので夜間の行軍も全く問題はないし、却って姿を隠すのには好都合だ。
「三船が、山頂の通信施設からの侵入に成功してる。まずは、そこを当たってみよう」
「秘密の入口は、やめるのですか?」
「だいたいの場所がわかってるとは言え、探すのも手間だし、手間取ると発見される可能性も増える。まずは通信施設を試してみて、ダメならそっちに回ろう」
「分かりました。今度も、スムーズに行くといいですね」
「そうだな」
2人は、Bチームが制圧したトーチカの横を抜けて、登山を開始した。
『ドンドンドン!ドンドンドン!』
「おなかすいたにゃー!魚持ってくるにゃー!カリカリと高級缶詰だせにゃー!」
ミディア・ミルが、激しくドアを蹴り、叫ぶ。
囚われの身となったミディアと月美あゆみの2人は、白姫岳のいずこかの部屋に、監禁されていた。
監禁されている部屋は、簡易なベッドが2つに洗面台とトイレがあるきりの殺風景なモノで、明かり取りの窓すらない。
食事も1日2回、粗末なモノしか与えられず、しかもミディアも人間と同じ内容と来ている。
何もかもが、ミディアにとっては不満の種でしか無かった。
「うるさいぞ、このドラネコ!食事なら、さっき出しただろうが!」
ドアに付けられた、この部屋でたった1つの窓が開き、監視の男が怒鳴る。
声からすると、かなり若そうだ。
「こんなモノ、野良ネコも喰わないニャ!」
レーションの載った皿を、窓目がけて投げつける。
「キサマ!それ以上騒ぐと、三味線にするぞ!」
「へっへーん、出来るもんなら、やってみるニャー。お前ら、どうせ猫1匹殺せやしないんニャー!」
「クッ……。と、とにかく、静かにしろ!!」
図星を突かれ、答えに窮した男は、ピシャリと窓を閉めた。
「……有難う、ミディ。もういいわよ」
あゆみが、小声で言う。
「……あ、もういいの?」
お盆を持った手を振り上げたままの姿勢で、ミディアが振り返る。
「やりたいないなら、やってもいいけど?」
「うんにゃ。無駄に騒いでも、お腹が空くだけなのにゃ」
さっき放り投げたレーションを拾い上げると、パタパタとホコリをはたいて、封を開ける。
「あんまり食べたくないけど、『腹が減っては戦も出来ぬ』っていうからにゃ〜」
「お疲れ様。迫真の演技だったね」
「演技ってほどでもないにゃ。そりゃ5割増し位で騒いだけど、言ったコトはみんなホントのコトにゃ」
何故か胸を張るミディア。
「それで、どうだったのにゃ、あゆみ」
「うん!みんな、助けに来てくれてるよ!牙竜と淋と鉄心が、すぐそばまで来てる!」
「春美たちはどうにゃ?」
「《テレパシー》で分かるのは、同じテレパシーを持ってる人同士だけだから……」
「そうなのにゃ……。それで、話は出来ないのにゃ?
暗い顔で、被りを振るあゆみ。
「早く、伝えにゃいと大変なコトになるのに……」
ミディアは、がっくりと項垂れる。
あゆみは捕虜になっている間、監視の目を盗んでは《サイコメトリ》を使って、情報収集に励んでいた。
その成果を、一刻も早く伝えたかったのだが……。
「焦りは禁物。必ず、伝える方法はあるわ」
あゆみは、今この瞬間も自分たちのために戦っているであろう仲間たちに、思いを馳せた。
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
Next Last