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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~中篇~
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第八章  窮地


「それは本当かね、閃崎君!」
「はい。金冠岳と白姫岳をつなぐ地下通路が、復旧しているそうです。先日捕虜にした空賊の中に、復旧作業に参加した者が複数いまして」

 宅美浩靖は、思わず椅子から立ち上がったまま、呆然と閃崎静麻の話を聞いている。

「ただ、復旧と言っても、人一人がようやく通れる程度の状態らしいんですが。とは言え、少人数の移動なら、十分に可能だそうです」
「……こうしちゃおれん。閃崎君、今本部にいる、戦える者を全員集めてくれ!」
「増援ですか?」
「あぁ。また金冠岳のような、奇襲を許す訳にはいかん!」
「それはいいですが、どうやって円華さんのところまで……」
「君の船があるだろう!」
「翔洋丸ですか?こんな夜にムリですよ!」

 翔洋丸とは、静麻が八方手を尽くして手に入れた、中型の飛空艇である。
 一昨日、空賊を一網打尽にした作戦で、囮の輸送船として使用している。

「何をゆうとる!この程度の夜間飛行、マリーンじゃ日常茶飯事だ!」

 マリーンとは『Marines』、すなわち、アメリカ海兵隊のことである。その昔宅美は、マリーンに所属していたことがある。

「何しとる、早く呼んで来るんだ!15分後には、出撃だぞ!」
「りょ、了解……」

 宅美の勢いに気圧されるようにして、部屋を飛び出す静麻。

「この上もう一度奇襲なぞ許そうものなら、この宅美浩靖、死んで詫びるより他ないわ」

 宅美はギリッと音がするほど強く、奥歯を噛み締めた。



「ほぅ、さすがは五十鈴宮円華。いい勘をしているな」

「……!その声は!」

 聞き覚えのある声に、円華と御上が身構える。
 そこには、身体中に黒い瘴気をまとった男が立っていた。

「あ、あなたは−−」

「黒六道三!」
「「え、えぇ!」」

 突然発せられた予想外の名前に、御上と円華が揃って素っ頓狂な声を上げる。

 声の主永倉 八重(ながくら・やえ)は、『大太刀【紅嵐】を抜くと、その切っ先を三道 六黒(みどう・むくろ)に向ける。

「ついに見つけたわ、黒六道三!円華さんについていれば、必ず会えると思っていたわ!」
「あ、あの……、八重さん。あの方は、三道六黒という名前じゃ……?」
「『みどうむくろ』……?誰ですか、それ?あの男は、『くろむ・どうさん』。我が父の仇です!」
「か、仇……」
「たぶん、偽名か何かですよ、円華さん。……いやまあ、どっちが偽名か分かりませんが」



「ほぅ……その名、久し振りに聞いたな。小娘、名は?」
「我が名は永倉八重!貴様に闇討ちにされた永倉陣八(ながくら・じんぱち)の娘だ!」
「永倉……?おぉ、そうか。あの男に娘がいたとはな。して、その娘とやらが、この俺に一体何のようだ?」

 新しい余興かでも始まったかのように、楽しげな顔で八重を見る六黒。


「知れた事!貴様を倒し、我が父の仇を討つ!」
「クックック……。これは面白い。お前のような小娘が、この俺を倒せるとでも?」

 一歩前に出る六黒。
 湧き上がる瘴気に、その身体が一層大きくなって見える。

「ま、待て、八重!その選択は無謀だ!」

 八重のパートナー、バイク型機晶姫のブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)が、八重と六黒の間に割って入る。
 
「今のお前の実力では−−」
「止めないで!私は今まで、このためだけに生きてきたのよ!それを今更見逃せっていうの!」
「しかし!」
「どうした、アレだけ大層に名乗りを上げておいて、怖気付いたか?まぁ、お前のような小娘一人、見逃してたところで何も変わらんがな」

 そう言って、鼻で笑う六黒。

「クッ……!き、キサマぁ!」
「よすんだ八重!ヤツの挑発に乗るんじゃない!」


「《変身!》」


 その叫びのと共に、八重の身体がまばゆい光に包まれる。
 一瞬の後、その漆黒の髪と瞳は情熱の紅に染め上がり、制服は強さと可憐さを一つに体現した、魔法少女のそれへと変化する。

「八重!」
「ハッハッハッ!そうこなくてはなぁ!どぉれ、小娘。少し、遊んでやるとしようか」
 
 楽し気に哄笑して、《ヴァジュラ》に気を込める六黒。
 そこから長大な刃が姿を現すにつれ、六黒の身体から物凄い闘気が放散され、ビシビシと八重の身体を打つ。

「クッ……!なんていう闘気……」

 激しい闘気に、ジリジリと圧される八重。その八重の背中を、ブラック・ゴーストが支える。

「しっかりしろ、八重!仇を討つんじゃ無かったのか!」
「クロ……!」
「行くぞ、八重!」
「ウンッ!……永倉陣八が娘、八重……推して参ります!!」

 ブラック・ゴーストにヒラリとまたがり、一直線に六黒へと突っ込む八重。
 その突撃を、巨体からは想像もできない身軽さが交わす六黒。
 たちまち、激しい太刀合いが始まった。



「御上先生、円華さん。今の内です、早く!」

 八重が六黒の相手をしている内に、何とか御上たちを逃がそうとする矢野佑一。
 だがその行く手に、何者かが立塞がる。

「おおっと、逃がしゃしないぜ?」

 カサイ シオン(かさい・しおん)が、《ワイヤークロー》を佑一に突きつけ、威嚇する。

「テメエらに恨みはねぇが、こっちも仕事なんでなぁ。ワリィが、死んでもらうぜ!」

 佑一に襲いかかるカサイ。

「ミーアシャム!佑一さんを守って!!」

 ミシェル・シェーンバーグの言葉に従い、【鉄のフワワシ】『ミーアシャム』が佑一の身体を拘束帯で覆う。
 間一髪のところで、、カサイの攻撃は拘束帯に弾き返される。
 だが一息つく間もなく、何処からともなく飛んできた銃弾が、ミーアシャムを二度三度と撃ちぬく。
 《迷彩塗装》で身を隠したミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)が、【機晶スナイパーライフル】で狙撃したのだ。

「ミーアシャム!!」

 悲痛な叫びを上げるミシェル。
 倒れこむミーアシャムから、佑一へと照準を移すミハイル。
 呼吸を整え、トリガーに指をかけた、その時。
 突然視界が、真っ白い何かに閉ざされた。

「クソッ!なんだ!」

 悪態をついて顔を上げるミハイル。だが、周りを煙幕ですっぽりと覆われ、何も見ることが出来ない。

「ズルいですよぉ。そんなトコロから狙い撃ちだなんて〜」

 何処から、妙に癇に障る女の声が聞こえたかと思うと、ミハイルの周囲で立て続けに爆発が起こる。
 今の狙撃でミハイルのおおよその場所を感知したなずなが、【土遁の巻物】を使ったのだ。

「うわっ!」

 隠れ場所から吹き飛ばされ、転がって受身を取るミハイル。

「み〜つけたぁ〜♪」

 追撃を加えようと、【棒手裏剣】を構えるなずな。
 だが、ミハイルとなずなの間に、何処からともなく『ブワーッ』と真っ黒い羽虫の群れが流れ込んで来る。

「虫……!あのジジイ!」

 なずなは大きく跳躍して上空に跳び上がると、素早く左右に眼をやる。

「いた!そこかぁ!!」

 両の手で次々と棒手裏剣を放つなずな。

 戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)は、【七支刀】を振るい、まるで目が見えているかのような正確さでそれを叩き落す。

「チッ!」

 着地と同時に《隠形の術》で身を隠すなずな。

『ガウウゥ!ガゥ!ガアァァ!』
「ええっ!」

 そこに、無弦の差し向けた【賢狼】が襲いかかる。賢狼は匂いで、なずなの居場所が分かるのだ。
 咄嗟に、後ろに跳び退って逃げるなずな。
 その着地点を狙ってミハイルがライフルを撃つ。
 これを、なずなは転がって避ける。

「2人同時に……てのは、ちょっと趣味じゃないんだけどなぁ……」

 などと軽口を叩きつつ、必死に考えを巡らすなずな。何としても、円華たちの脱出する時間を稼がねばならない。



「今、敵と交戦中だ!みんなが必死に防いでくれてるが、だいぶ圧されてる!すぐに来てくれ、キルティス!」
「お嬢様、御上殿、こちらです!」
「ハイ!さあ、円華さん!」


 由比景信の手引きに従って、必死に戦場からの離脱を図る御上と円華。

「さぁ、早く……!危ない、伏せて!」

 振り返りざま、空から急速に近づいてくる影に気づき、景信は咄嗟に円華と御上にに覆い被る。 
 その背中のすぐ上を、強烈な熱気と風圧が通り過ぎる。
 上空を振り仰いだ3人の目に、上空を旋回する【レッサーワイバーン】が見えた。
 再び、近づいてくるワイバーン。
 その背中から巨漢の男が飛び降りる。

「さぁ、鬼ごっこ終わりだ。五十鈴宮円華」
ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)……」

 さらに、ジャジラッドの後ろの森から、若い侍たちが現れると、次々に抜刀した。

「五十鈴宮円華!我が父の無念、ここで晴らさせてもらう!覚悟!」
「今こそ、我らが悲願を果たす時!」
「コイツらは、前の戦いで父親や兄貴を亡くした者たちだ。親兄弟の無念をどうしても晴らしたいというのでな、連れて来てやったのよ」

 先程のワイバーンのブレスが燃え移り、森は火に包まれている。円華たちは、完全に退路を失ってしまった。


「死んでもらうぞ、五十鈴宮円華」

 刀を構えた侍たちが、ズイッと前に出る。

「ご安心ください。お嬢様と御上殿は、必ずこの私が守ります」

 油断無く左右に眼を配りながら、景信が言う。 
 しかし、いくら景信が手練とは言え、この状況が絶体絶命なのは、誰の目にも明らかだ。
 
「……イヤです」

 円華が、小さく呟く。

「ナニ?」

 ジャジラッドが、眉を吊り上げる。

「嫌です!私には、シャンバラと地球の『絆」を結ぶという夢があります!その夢を叶えるまで、私は死ぬ訳には行きません!」

 ありったけの声で、叫ぶ円華。

「大丈夫ですよ、円華さん」

 その肩に、優しく御上の手が置かれる。

「僕たちには、今まで培ってきた『絆』があります。その絆がある限り、あなたの夢は、必ず叶えられます」

 迷いの無い瞳で、円華を見つめる御上。

「御上先生……」


「そうだよ、円華さん!あなたは私たちが、決して殺させやしない!」

 聞き覚えのある声が森の暗がりから聞こえ、そこに立っていた侍たちが、気を失ってパタパタと倒れていく。
 その背後から現れたのは−−。

「御上君!お待たせ!」
「侍ガンナー、推して参る!」

「秋日子君!キルティス!」
「クッ、まだ新手がいたのか!」

 苦々し気に言うジャジラッド。
 
「僕たちだけじゃないよ、ホラ!」

 大きく右手を振り上げ、虚空を指差す秋日子。
 その指の先、漆黒の闇に、突然ライトが灯る。 
 そこに、中型飛空艇の白い船体が浮かび上がった。