天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

VSサイコイーター

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リアクション


夢で見たような

――昼、空京東地区。 商店街。
 コブシの利いた歌声がリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の耳に聞こえた。どこかの店が店頭でカセットテープでも流しているのだろう。「いや、今の時代AIチューンかしら」と思い直す。
 “強化人間狩り”のことがあり、昼間から事件現場に近い場所を見回りしていた。周辺住民へ警戒するように伝えるためでもある。今は天御柱学院の所属だが蒼空学園にいたこともあり、ここらの店にはリカインは顔が利く。注意喚起に空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)を連れて回っていた。無論、事件に関しての証言を集めるのも含めて。
「なかなか情報あつまらないね……」
 サンドラが呟く。事件の一つはこの商店街の裏通りでも起きていると言うのに、誰も有力な情報を持っていない。もしかしたら、街の人達にも強化人間に対する偏見が有るのかもしれない。サンドラも彼らの使う超能力はなんだか自然とかけ離れているものに感じる。
「犯行は夕刻から夜、しかも被害は殆ど反応できていない。闇にまぎれての死角からの攻撃と見るべきでしょう」
 故に、犯人は誰かに目撃されることにも気を遣っていると見ていいと狐樹廊は考える。
「犯人を見つけるなら、その時間に《ダークビジョン》を遣って見まわるのがいいかと」
「そうね。でも、犯人が強化人間以外にも犯行を及ぼさないとは限らない」
 リカインは強化人間に馴染み深い天御柱の生徒だが、学院に所属している全ての強化人間を把握しているわけではない。それは他の生徒や職員も一緒だろう。外見上、普通の人間と見分けのつかない彼らだけを狙いすまして襲う犯人には違和感がある。もしかしたら、犯人の襲った人間が“たまたま”全て強化人間だった。ということもありえなくはない。
 被害にあった人間は強化人間だったこと意外にも、一人で犯行現場にいたことがある。なら、人気のない場所で一人になっている人間を犯人が襲う対象にしているとも考えられる。そういった、無差別な犯行だとしたら余計にタチが悪い。
 商店街は賑わっていても、一度ここから道を逸れ、住宅地へ足を踏み入れると昼間でもガランとしている。通り魔には好条件のワーキングスポットだ。
「捜査は他の参加者に任せて、私たちは被害が拡大しないように計らいましょう。次は、この曲を流している店にでも行きましょう。この手の曲が好きなのって青果屋のオヤジさんったわね」
 リカインたちは青果屋の前に向かった。流れる歌の音量が次第に大きくなる。と、目の前に商店街には似つかわしくない人集りが出来ていた。青果屋にではなく、その向かいの小ステージで。
 ステージの上、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が小さい体に握りこぶしで演歌を熱唱していた。この歌声に《震える魂》と《幸せの歌》効果があるとは誰も思うまい。青果屋のオヤジは「夢で見たような光景だ」と泣いて彼女の歌に酔いしれていた。彼女のファンの一人らしい。
 《ファンの集い》の反応も好調らしく、盛り上がっている。「私も、敦盛を披露しようぞ!」と意気込む誰かがステージに上がろうとしたが、近くにいるパートナーに止められていた。どうでもいいことだが。
「ノーン――なにやってるのよ……」
 『カナン岬』を歌い終えた元学友に引き攣った顔でリカインが尋ねた。
「何って、定期ライブ。わたしいろんなところで歌っているもん。今回はここで“強化人間狩り”の調査も兼ねて、演歌を披露してるの」
 「ねー」とノーンがファンに呼びかけると、周りが沸き立った。商店街の年配の方に配慮して演歌を歌っている彼女だが、ファンの層にはどう見ても“あっち側”の人も混じっている。
 なお、そんな人達からノーンを守らないといけない保護者こと影野 陽太(かげの・ようた)は、恋人の御神楽環菜(みかぐら・かんな)と冥界ランデブーをしに行っていて居ない。それでいいのか保護者。
「で、なにか情報はあった?」とサンドラが訊く。
「うーん……。夕方は物騒だって皆が言っているけど、そう言えば誰も夜に何かあったっては言ってないんだよ」
「夜には“何もあってない”? じゃあ犯人は“夕方から夜になるまでにしか行動しない”ってことだよね」
「そうですね。もしかしたらそうする理由があるのかもしれません」
 と狐樹廊。
「あ、皆を待たせるといけないから、そろそろ次の曲行くね。『シャンバラグラード冬景色』と『ナラカ急行列車』続けて2曲いくよ――!」
 列車ものの演歌の2連に歓喜する《ファンの集い》だった。
 この分だとここでの注意喚起は余り要らなそうだけど、後でノーンに警戒を呼びかけてもらうと、リカインは思った。

「結局、皆、強化人間と“強化人間狩り”を恐れている集まりだろうこれは――」
 歌声と歓声に混じってそんな批判的な声がリカインの耳に届いた。しかし、それを言ったのが誰かはわからなかった。そう言った彼は既にこの場から立ち去っていた。
 この時リカインとマグ・比良坂(まぐ・ひらさか)を繋ぐ接点はなかった。