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もう何も怖くない

 数日の間、ブラウ・シュタイナーと設楽 カノン(したら・かのん)には護衛が付くことになった。
 当たり前の話だ。“強化人間狩り”の起きている場所はほとんどが東地区か中央地区――天沼矛エリアにて起きている。
 更に被害者はブラウの部隊員に次いで、カノンの部隊員も数名が負傷している。カノンが狙われていないとも限らない。
 それに、ブラウが自身とカノンが空京を訪れることを部下に触れ回させていたこともあり、いつ彼らが狙われるか分からない。“強化人間狩り”の犯人を誘き出すためのブラフでない餌だが、果たして――。

 
――昼。空京 中央地区、天沼矛エリア。

「カノン、カノン! このプリッツスカートなんてどう?」
と見つけた商品を掲げる小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)
「いいわね美羽さん! 臓物で汚して、ズタズタに裂いたら一層キュートに見えるわよ――、円さん」
とアドバイスするカノン。
「それは冗談ですか。本気ですか……?」
とツッコミに困るベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)
「えっと、僕には……それは……」
と困ると遠音 円。カノンと美羽にツーレイヤー仕立てのスカートを推し進められて試着しようと言われる。
(丈が短すぎるんだよ!)
 と、彼女の心の言葉は誰にも届かない。さっきからミニスカばかりを持ってくるカノンに意地悪な雰囲気を読み取れなくもない。
 襲撃者がいつ来るのか変わらないというのに、女子4人はわりかし平和にショッピングをしていた。

 しかし、その裏では――。
『こちらLovely、目標に異変なし。どうぞ』
 セールで山積みの服の中、葉月 可憐(はづき・かれん)が通信を返す。
『こちらAlpha、目標は次のポイントに向かう模様。店を出ました。Mirror、Lucyは速やかに次のポイントに向かってください』
 向かいの木の影からアリス・テスタイン(ありす・てすたいん)が支持を飛ばす。カノンの進むルートはアリスが選出している。成るべく人通りの少ない裏路地に行かせないようにしている。また、歌姫である可憐に《ファンの集い》とアリスのブラフで『アリサがライブをする』と情報を流して、周辺に人を集めておいた。人の多い場所では“強化人間狩り”も迂闊には手を出せないと踏んでの事だ。
『了解。Mirrorアウト』水鏡 和葉(みかがみ・かずは)が裏手から先回り。【EineFeder(ベルフラマント)】で身を隠す。
『――、流石にめんどーだから辞めね? 俺と可憐がLとLでかぶってるじゃん……』
 いつもフザケているルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)がマトモに意見した。和葉が雰囲気づくりのために提案した事にルアークも「面白そうじゃん」と賛同していたが、兵隊ごっこの呼称はやってみると意外と面倒だった。
 円も骨振動イヤフォンで首筋から通信のやるとりを聞いていたが、(そんなことより、婦人服屋に行くのを止めてくれ)と心の中で嘆いた。
「あれは、フザケているのでしょうか?」
 遠巻きに見て、マクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)が尋ねた。
「真面目……じゃないかな――多分」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が曖昧に答えた。彼らもまたカノンの護衛だ。エヴァルトはサイボーグとしての脚力で建物の上へと再び跳躍した。残ったマクフェイルは人ごみに紛れてカノンたちを追った。
 脳天気にショッピングをしている4人かと思うが、円も美羽もベアトリーチェもその実、直接の護衛。更に彼女らをサポートする可憐に、エヴァルトやマクフェイルのような遠方からの監視。更に数名が守備のためカノンの周りに身を潜めていた。空にすら見えない護衛が飛んでいる。
 流石にこれだけの人数が護衛にいれば“強化人間狩り”だろうがもう何も怖くない。
 カノンはさも知らず。エリアの見回りついでのショッピングと思っている。ブラウからも「てきとーに見てきてくれ」としか聞いていない。自らが“強化人間狩り”を釣る餌であると知ったら、カノンはどう思うだろうか。
 とは言え、このヤンデレに情報を与えたとしてもそれはそれで危険な気がする。愛用の鉈を往来で振り回さないとも限らない。その為の配慮であるし、それを防ぐための護衛でもある。
 特に、美羽とカノン親睦は他者も認めるところがあり、彼女がいると、カノンも大人しい。顔が怖いのをのぞけば、ベアトリーチェの差し出したクレープを食べている様子はそこかしこの女の子である。
 カノンはチョコクレープ。美羽とベアトリーチェはイチゴクレープ。円はバナナクレープ(カノンのチョイス)と、公園のベンチに座って仲良く食べていた。
 それを見るコリマ直属の調査員、茉莉。疑問をスマートフォンでレオナルドに話した。
「遠音 円……カノンと仲よさそうだけど、あんなの学院にいったっけ? あんた知ってる?」
『さあ? 社交の広いボクもあったことがありませんね。 それよりも、ボクはカノン・ザ・ストーカーこと平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)の護衛参加が見られないのが気になるだよ』
 護衛に参加しているリストの中には彼の名前が乗っているのにその姿を未だ見ていない。
「それならいたわよ。全身魔鎧に包まれて、パートナーと一緒に草むらでコソコソしてるわ」
 茉莉は魔鎧告死幻装 ヴィクウェキオール(こくしげんそう・う゛ぃくうぇきおーる)に包まれたレオとその隣にいる久遠乃 リーナ(くおんの・りーな)の姿を傍らに見た。彼は隠れる気があるのだろうか。アレではカノンにもばれているのではないかと思う。
「ヴィク! もっとレオっぽくそわそわと、しきりにカノンを見つめては隠れなさいよ!」
「そう言われても、私はこう言った事は苦手だ! 帰って、《迷彩塗装》落とすの大変だろうな……」
「?! カノンに動きがあるみたいよ!」
 リーナが注意を促す。カノンの様子を暫し伺う。
「トイレに行っていいかしら? 花摘しておきたいの」
 そう言われて円はクエッションマークを頭に浮かべた。トイレに行くのに花摘みとはどういう事だろう。
「あ〜、今日は多い日だったの。そうは見えなかったけど。薬飲んでた?」
 美羽に聞かれて、頷くカノン。男の子には分からない会話だった。
「じゃあ、一緒に公園のトイレに行きましょう? 円さんも」
 とベアトリーチェに言われて、円はハッとした。すぐに首を横に振る。
「いいえ! ボクはここで待っています!」
(女子トイレになんて入れるわけないよ!)
 「なら行ってくる」とカノンたちは公園の女子トイレに入って行った。
「流石に、入るわけにはいかないよね……。ちょっと私も行ってくる」
 とリーナもトイレへと向かおうとする。中に入らないと、カノンの様子を確認できない。
「私はどうすればいい?」とヴィクウェキオールが尋ねるとリーナは「トイレの壁に張り付いて、聞き耳でも立ててればいいんじゃない?」と答えた。ヴィクは「ナンデコンナ役目をしなければ……」と真剣に悩み始めた。ナイスミドルが型なしである。
 トイレの中、カノンは個室に入ると、換えの生理用ナプキンを取り出した。流石に、美羽たちも個室に一緒に入る事は出来ないので、女子トイレの入り口近くで待った。中はとりわけ怪しい人は居なかった。入り口以外の進入口もない。
 カノンは鉄臭いナプキンを畳むと、取り付けのゴミ箱へ捨てた。個室から出て、洗面台で手を洗った。鎮痛剤を飲んでいたおかげで生理痛は感じてはいなかったが、やっぱり換えを持ってきていてよかったと思った。
 と、後ろで閉まっていた個室の一つが空いた。誰かが先に入っていた様だ。洗面台へと女性が近づく。
 女性はカノンに挨拶した。
「――お久ぶりです。カノンさん」
 鏡の中に映る藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)がニタリと笑った。


『あれ白滝さんじゃない!』
 和葉の通信から緊迫感が伝わった。
 白滝 奏音(しらたき・かのん)はカノンに因縁を持っている。カノンを治癒するための実験体に使われていたことを含め、その他諸々で彼女はカノンを逆恨みしている。カノンが学院を離れたのを期に、奏音がカノンを襲う可能性だって十分にあった。それは“強化人間狩り”が絡むよりも悪い状況になるかもしれない。
『仕方ないねーな……!』
 奏音に一番近いルアークが彼女の行く道を塞いだ。続いて和葉も。
「おっと。白滝、今回ばかりはよしてくれね? 今回カノンに手を出すと面倒だしさ」
 厳重な警護のこともあり、今奏音がカノンに手を出すと、どうなるやらと思う。それはそれで、和葉もルアークも面白そうだとうっすら考えなくもなかったが、非常に面倒なことになるに違いなかった。
「ルアーク、和葉。あなたたち邪魔です。どいてください」
「……ここは、白滝さんが退いてくれない? ボクも白滝さんを傷つけたくはな――」
 和葉とルアークの背後で、コンクリートの破壊音が響く。奏音は「ちっ!」と舌打ちして二人の間をすり抜けた。
 状況は予想よりも最悪で面白い方向へと向かっていた。