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サルヴィン地下水路の冒険!

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サルヴィン地下水路の冒険!

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第5章

「あらかた、水路は網羅できたみたいだね」
 次々に上がって来る報告の結果を地図に書き込み、ルカルカ・ルーが呟いた。できあがったものだけを見れば、水道管のカードゲームの成果としか思えない、きわめて複雑なものだ。
「あとは、この奥だけ、というわけか」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が答える。地図に残ったブランクは、明らかに広大な空間が示されている。それは、いくつもの……鉄砲水を排水するルートを除いて、ほぼ全ての経路が行き着く空間だ。
「配置はほぼ予定通り。作戦は?」
 今度はルカルカがダリルに聞く。
「包囲攻撃だ。タイミングをあわせて、八方から奴を同時に攻撃する」
「さすがの魔獣も、取り囲めば形無しってわけね」
 ルカルカが頷く。それから、小さく眉をひそめた。
「……蛸に対して八方攻めって、何か嫌な予感がするんだけど」
「無視しろ。そろそろ作戦開始だ」
 ダリルが水路に、そっと膨らませたビニール袋をおろした。それはゆっくりと奥へ流れていく。広い空間にたっぷりと水が張られた一角だ。
「それは?」
「モーニングコール代わりだよ」
 大きなプールにビニール袋が辿り着いた。すぐに、ゆっくりと何かが首をもたげた。魔獣か、と見まごうそれは、しかしそれだけで鮫の魔獣よりもさらに巨大な、蛸の魔獣の触手だ。
「興味を示したな。はじめるぞ」
 中には機晶爆弾と、ヘアスプレーの可燃ガスが込められている。プールの中心で、真っ赤な火柱が上がった。
 それは魔獣を引きつけるための爆発であると同時に周囲で待機している契約者達への合図だった。


 爆音が響くと同時、健闘 勇刃は小型飛空艇に乗って、プールの上空まで飛び出した。
「なんて巨大なやつだ……それに、姿を現さないつもりか!」
 プールの四方、いや八方から、うごめく触手が現れる。その根本はいまだ巨大な影として水の中に沈んでおり、全貌ははっきりとしない。
「やはり、触手を切り倒すしかないか、行くぞ!」
「まかせなさい」
 答えたのは、枸橘 茨(からたち・いばら)。這いだしてきた触手に向かって、力を集中させる。それは強烈な力場となり、伸び来る触手を水路へと縫い付けようとする。しかし、巨大な筋肉の塊である触手は、むしろ茨の存在に気づいてそちらへ迫ろうとする。
「これならどう!?」
 茨の瞳が赤く染まる。重力がさらに力を増し、さらなる魔力がわき上がってきた。
「はああっ!」
 うごめく触手に駆け寄り、どっと刃を突き刺す。剣から放たれる冷気が、びしりと触手を凍り付かせていく。
「く……っ」
 魔力の負担が体へ跳ね返ってくる。一瞬、気が緩んだ瞬間だ。触手は凍り付いたまま乱暴にうごめき、茨へ迫る!
「なんて奴……!」
「危ない!」
 魔眼の発動により、身が脆くなっている茨の前に、天鐘 咲夜(あまがね・さきや)が立ちはだかる。手にした槍……状のパンを触手に向けて突き立てるが、しかし浅い。凍り付いた触手の表面をわずかに傷つけただけだ。
「きゃあっ!」
 かえって、魔獣の怒りを煽る結果につながり、触手がその体を締め上げる。
「咲夜様! ど、どなたか!」
 メモリープロジェクターを用いて身を隠していたセレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)が思わず叫びをあげる。
「ああ!」
「任せろ!」
 答えたのは勇刃、そしてシオン・グラード(しおん・ぐらーど)だ。
 勇刃は飛空艇から降下ざま、木刀を掲げて迫る。シオンは刀を輝かせ、身を低くして触手へと駆け寄った。
「俺に合わせろ!」
「言われなくても!」
 左右から、二人の武器が触手を挟み込む。一方は腕力と体重が、一方は勢いと角度が乗ったハサミと化し、大木のように太い触手を斬り飛ばした。
「きゃ……っ!」
「危ない!」
 触手ごと落下しそうになる咲夜のもとへ、ブースターを展開したセレアが飛び、その体を受け止めた。
「あ……ありがとう」
「いえ、お礼なら皆様に。それにしても……触手1本でこれだけの力。恐るべき魔獣ですわ……」
 触手はいまだ、ずるずるとうごめいている。強じんな生命力の表れだろう。
「1本落とせたんだ、残りが戦えないという理屈はない!」
 刀を手に、シオンが周囲を睨め付ける。駆け、別の触手の元へと向かっていった。
「来なさい、触手!」
 鎧兜に身を包み、斧を構えたクリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)が触手に向かい合っている。その後方ではレイカ・スオウ(れいか・すおう)が弓を放ち、触手をけん制している様子だ。が、分厚い筋繊維に阻まれて、触手を打ち倒すには至っていない。
「二人だけでは無理だ、助太刀するぞ!」
 シオンが駆け寄り、触手へ斬りかかる。が、茨の魔力で凍り付いてもいなければ、勇刃の腕力と挟み込めるわけでもない。剣撃は有効打にはならず、ただ分厚い感触が帰ってくるだけだ。
「こうなったら……!」
 レイカが神妙な表情で呟き、弓の弦を強く張る。魔力の高まりと共に、触手へ向かって飛び出していく。
「レイカ!? 何を……うあっ!」
 クリスチャンが止める間もなく、触手が迫る。どん、とクリスチャンの体を弾き飛ばし、レイカへ向けて絡みついた。
「く……っ!」
 シオンは迫る触手の体当たりに近いなぎ払いを、身を低くして何とか受け止めた。押し返そうとするが、体重差は覆せない。
「離れてください。危険です……!」
 シオンは自分に絡みつく触手に向けて、弓を張る。その弦には、矢はつがえられていない。
「レイカ、やめろ!」
 なんとか身を起こしながら、叫ぶクリスチャン。だが、レイカはその声を聞こえていないふりでやり過ごし、矢の代わりに、魔力を構える。
「く……あ、ぁああ!」
 触手が締め上げてくる。呼吸もままならない状態で、レイカは弦を離した。瞬間、荒れ狂う雷が放たれ、触手の表面へと吸い寄せられる。電圧の高まりは触手の表面を焼き爛れさせ、筋繊維を焦がす。
「無茶をする奴だ。だが、これなら!」
 シオンが刀を振り下ろす。焼き爛れた筋繊維を、刃が一刀に両断し、触手は自らの重みに耐えきれずにぶつりとちぎれた。
「レイカ!」
 どうと崩れるレイカをクリスチャンが受け止めた。レイカは空気を求めて喘ぎながら、
「この弓の力……使いこなせたみたいね」
 言った。だが、触手へ落ちた雷が彼女の体にも打たれていたことは明らかだ。服の下にはやけどが生まれ、全身が痛む。早急に治癒が必要だ。
「ばか! お前には待ってる奴が居るだろ!」
 クリスチャンは振り上げた掌を振るわせながら叫んだ。
「……殴るのは後にしてやるよ。あんた、あたしはこの子を連れて引き上げるから、後は頼んだよ」
 怒りと安堵を押さえ、クリスチャンがシオンに言う。シオンは小さく頷いた。
「ああ。任せろ」
 振り返れば、勇刃らは別の触手と戦いを始めている。シオンは再び転身し、彼らへの加勢に向かった。