なし

リアクション

「そ、そんな！　このわたくしが、スライムごときに……！」
　佐倉　留美（さくら・るみ）はすでに、その両足をスライムの群れに捕らえられている。スライムはすでに、彼女の白く長い足をのぼり、股下を隠すか隠さないかというスカートの中に潜り込んでいく。
「くはっ……ち、力が抜けて、もう、魔法を使うだけの力が残ってない……！？」
　残った力を振り絞り、術を使うために集中しようとするが、それもまた、肌をスライムが這い回る感触に邪魔される。
「ひゃんっ！　そ、そんな、スライムなんて、雑魚に決まっていますのに、こんな……ああっ！」
　その油断こそが命取り。スライムがその体を覆い尽くそうとするかのように胸元までせり上がる。留美の肌に浮かぶ、わずかな汗や皮脂から養分を奪い取ろうと、巨大な舌でなめ回すように、彼女の体を這いずっていく。
「へ、変な所に入り込まないでくださいませ……あ、ぁンっ！」
　身もだえする留美。スライムはすでに溶解液を分泌し、彼女の制服を……マントを、ベルトを、スカートを溶かしていく。
「ふ、服が……ま、まさか、このまま、わたくしの体まで！？　そ、そんな……！　も、もう、らめ……」
「いけませーん！」
　そのとき、叫び声と共に、マントに取り憑いたスライムを魔力が貫いた。高速で石をぶつけられたように、スライムが弾ける。
「大丈夫ですか！？」
　空飛ぶ箒に跨がったセシル・フォークナー（せしる・ふぉーくなー）が、魔力で留美の体に取り憑いたスライムを吹き飛ばしていく。
「な、なんとか無事ですわ。でも、わたくし、汚されてしまいましたわ……」
　頬をうっすらと上気させ、目を潤ませながら、セシルを見つめる留美。思わず、セシルの背中をぞぞぞっと何かが走った。
「こんな状況でお礼できるものと言えば、わたくしの体ぐらいしか！」
「あ、慌てずに！　まだスライムが残ってますから！」
　粘液まみれの状態でセシルに抱きつこうとする留美。
　そのとき。
「う、うおっ！？　だ、大丈夫か！？」
　水路から姿を現したのは、アッシュ・グロックである。肌も露わな留美の姿に、思わず鼻を押さえている。
「ちょっと！　男に見せるものじゃありませんわよ！」
　きっと留美が目を吊り上げて言う。
「じろじろ見るんじゃないの！」
　アッシュの後頭部を、永倉　八重がコツンと小突いた。
「お、お二人とも、助けてください！　数が多くて！」
　セシルが振り返って叫ぶ。留美の身も守らなければならないのだ。この数を一人で相手にすることは無理だろう。
「任せて！　前は二人で突っ込んで痛い目を見たから、同じ轍は踏まないわよ！」
　叫び、八重の髪と制服が真っ赤なものに変わっていく。大剣を構え、叫ぶ。
「アッシュ！　私がサポートするから、前衛よろしく！」
「俺が援護する。レーテヘクセ、お前はフォワードだ！」
　と、こちらはアッシュ。びしっ！　と二人して、前方を指さしたまま固まった。
「なんでそーなるのよ！」
　こうなっては、先に動いた方が相手の作戦に合わせたことになる。意地でも動こうとしない八重がアッシュに向かって悪態を垂れる。
「どっちでもいいから、早くしてくださーい！」
　思わず叫ぶセシル。その元へ最初に駆け寄ったのは、八重とアッシュについてきたティー・ティーだ。
「だ、大丈夫ですか？　いま治しますから……」
　目立たないよう、フラワシをそっと呼び出し、留美の（溶解液のせいで）赤らんだ肌を癒していく。
「わたくし、もうダメかと思いましたわ。あなたが傷を癒してくださらなければ、きっと乙女の肌が取り返しのつかないことになって……ああ、おかえしできることと言えば、この体ぐらいしか……」
「それも後にしてください！」
　箒でひっぱたきたくなる誘惑を押さえてセシルが叫ぶ。
「はっ……こんなことをしてる場合じゃないわ。行くわよ、アッシュ！」
「お、おお！」
　八重が叫ぶ。アッシュがともに駆け出した。
　結局、３人が力を合わせることでこの一帯のスライムは掃討されたのだが、なんともやれやれな顛末であった。


　別の一角で、氷室　カイ（ひむろ・かい）は刀を用いてスライムを切り裂き続けていた。
「手応えのない連中だが、これだけ数が多いと、やっかいだな……！」
　刃が触れる先からスライムを斬り飛ばしている。新入生にとっては難敵のスライムも、カイにとっては楽な相手だ。とはいえ、運悪く……あるいは良く、大がかりな巣に辿り着いてしまったらしい。大量のスライムが斬る先から湧いてきている。
「あまり焦らないで。落ち着いて対処すれば、恐ろしい相手ではありません」
　隣に並んだサー・ベディヴィア（さー・べでぃびあ）が、同様に２本の剣を操りながら言う。
「退屈な戦いだ。主よ、後は任せたぞ」
　カイの纏う鎧……魔鎧ルナ・シュヴァルツ（るな・しゅう゛ぁるつ）が告げた。激しい戦いを求めるルナにとっては、あまりにあっけない戦いだったのだ。
　カイとベディヴィアが振るう剣が次々にスライムを切り裂いていく。食品をミキサーにかけるようなあっけなさだ。
「ここは……どうやら、出番はなさそうですね」
　スライムの巣を感知してやってきた御凪　真人（みなぎ・まこと）が、細切れになったスライムの破片を見て呟く。全滅も時間の問題である。
「それじゃあ、違う巣を探すことに……」
　パートナーのセルファ・オルドリン（せるふぁ・おるどりん）が言いかけて、妙な違和感に口をつぐむ。
「……どうしました？」
「危ないっ！」
　セルファが叫び、真人の前に飛び出す。シールドを構える彼女に向けて、スライムの破片が一斉に飛びかかった。
「何っ！？」
　背後に気配を感じたカイが振り返ると同時、切り裂いたはずのスライムが巨大な塊と成って迫ってきていた。粘体は刃をすり抜け、カイの体を包む。
　本来、身を守るはずのルナの一瞬の油断……強さ故の慢心を突き、融合したスライムが襲いかかったのだ。
「くう、この……っ！」
　スライムはシールドを捕らえ、さらにセルファを包み込もうとする。それはカイの側も同じだ。武器を振り回しても、柔軟なスライムが衝撃を飲み込んでしまうのである。
　みるみるうちにスライム達は融合を繰り返していく。ふたかたまりになったスライムは、ともに水路を埋めつくさんばかりにふくれあがっていた。
「セルファ、氷を使いますよ！」
　真人が告げる。以心伝心、セルファが短く祈りの言葉を呟き、自らの氷への抵抗を高める。
「氷の嵐よ！」
　真人の杖から冷気がほとばしる。それは通路の一画ごとセルファとスライムを包み、魔獣を凍り付かせていく。
「私まで巻き込んで、どうするつもりよ！？」
「セルファなら大丈夫ですよ」
「ああ、もう、分かったわよ！　こうすればいいんでしょ！」
　セルファが全身に力を込める。大きく体をひねり、延ばす。びしりと凍り付いたスライムに亀裂が走り、甲高い悲鳴を立てて砕け散る。
「カイ様、こちらも！」
「早く蹴散らしてしまえ」
　ベディヴィアとルナが口々に告げる。カイはスライムの取り付いている剣に魔力を走らせた。
「今度は、撃ち漏らしがないように徹底的にやってやる」
　一方の剣に冷気が宿る。取り付いたスライムが、剣にまとわりついた部分から急速に凍り付いていく。
「……はあっ！」
　気合い一閃。もう一方の剣からは猛烈な炎が噴き上がり、凍り付いたスライムを吹き飛ばした。
　スライム達が再び飛び散り、水路に張り付く。
「い、言っておくけど、私が馬鹿力なわけじゃないからね！」
　誰に向かっての言い訳か、セルファが叫ぶ。
「それより、また復活するかも知れません。次は炎で焼却しますから、少し下がってください」
　と、真人。向かい合ったカイが、軽く手を掲げた。
「助けられたな。すまない」
「いえ……それより、そこにいるとあなたも危ないですよ」
　水路に張り付いたスライムの残骸を、真人の炎が焼き払っていく。
「魔獣を退治しきれなかったとき、残っているとすればこのスライムだろうからな。念には念を入れるべきだったな」
　カイは赤く照らされる通路を眺めながら、呟いていた。