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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●天の光はすべて星

「こちらです。足元にお気をつけて」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が鋭鋒を案内した。
 芝生沿いの道に、赤い敷布と円座のある桟敷敷ができあがっていた。鋭鋒がゆったり星を眺めるため、ルカルカたちがしつらえた特別の席なのである。
「礼を言う」
 鋭鋒は腰を下ろした。一方でルカルカは立ち番だ。最低限の護衛を率い、彼女は鋭鋒の警護隊長の任に就いているのである。
 鋭鋒は星を見上げている。
 彼の鋭い眼光に、夜空の星はどのように映り込んでいるのだろうか。
 ややあって、ルカルカは口を開いた。
「お話、よろしいですか」
「構わんよ」
「里帰りはなさらないのです?」
「貴官は?」
「正月帰りました、国籍は日本なので日本です。雪遊びとコタツにみかんですねー♪」
 思わず軽い口調になってしまったので、ルカルカは慌てて咳払いした。
「失礼を……」
「いや、失礼ということはない。面白い」
 鋭鋒は、短く言った。
「今は教導団が私の故郷だ。里帰りという言葉は、私にはない」
 申し訳ありません、と言いそうになってルカルカは抑えた。
 団長は怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ただ事実を口にしただけなのである。
 だから質問を変えた。
「短冊書かれました?」
「いや。そもそもそういう風習は持たなかったのでな」
「それでは……」
 ルカルカはうやうやしく、新品の短冊とペンを差し出した。
「願いを書けと言うのか」
 一瞬、団長の眼が尖ったようにルカには見えた。
 しかし彼は怒ったのではなかった。なにか思いついたのである。
『恩赦状 私、金鋭峰の名において本日のユプシロンの罪を赦免する。速やかに監に戻すこと』
 達筆で書き上げた。
「中尉、これをリュシュトマ少佐に届けよ。私の車のところにいるはずだ」
「恩赦、ですか……!」
 ルカルカとて、今日の騒ぎは目の前で見ている。今日はずっと、鋭鋒の護衛をしていたのだ。
「あの場は……罰を与えると宣言する他はなかった。学内で騒ぎを起こしたのだ、我々と蒼空学園の外交問題に発展する恐れがある。また、クシーだと勘違いされた少女を連れていたのがイルミンスール所属生であったことを考えても、色々と揉め事となる危険を孕んでいた。それを考えれば、教導団が一方的に悪者となるのが一番いい。しかし、ユプシロンには酷なことをしたと思っている」
「金団長、お優しいのですね」
「温情ではない。信賞必罰は人の上に立つ者の義務だ」
 印を押して鋭鋒は短冊をルカに手渡した。
「事情を知っていようと、罰を与えよと命じればリュシュトマはやる男だ。中尉は速やかにこれを届け、少佐に護衛の任の交替を申し渡せ。少し、彼と話したい」
「あ、はい。しかし護衛なら、替わってもらわなくても私がずっと……」
「中尉、貴官の忠誠は大いに評価している。しかし、貴官の恋人もパートナーも、貴官が戻るのをずっと待っているはずだ。私に、憎まれ役になれというのか?」
 このときわずかだが、鋭鋒が微笑(わら)ったようにルカには見えた。
「はっ、ルカルカ・ルー、速やかにご命令を実行します!」

 こうして、灯の消えた会場を、ルカルカと鷹村真一郎は歩いている。
 軽くカンテラを持ってはいるが、光源はこれだけだ。派手にして空の星の価値を貶める必要はない。
 真一郎は紺色和柄の甚平に雪駄履きだ。ルカルカも、大急ぎで着替えた浴衣姿である。
「ごめんね、護衛の任があったから、屋台のやってる時間に一緒できなかったけど……」
「いや、いいんですよ。そもそも、俺は人混みが苦手ですから」
「でも、夜店の食べ物が……」
「個人的には、愛情が調味料の食べ物のほうが好みです。気にしません」
「あのー……でも……」
「でも?」
 うつむき加減にルカは言った。
「人混みじゃないけど、手はつないで歩きたいな……」
 真一郎は多くを語らず、黙って彼女の手を握った。
 するりとルカが手をまわして、指と指が絡み合うつなぎかたに変えた。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)夏侯 淵(かこう・えん)、それに姜 維(きょう・い)が、二人の後から付いてきている。
「短冊、書くよー」
 一同を振り返ってルカが宣言した。
「こんなに暗いのにか?」淵は不満げに口を尖らせるが、
「こういう困難を乗り越えて書いた短冊の方が願いが叶うんだよ☆」
 などとルカが言ったので、
「ほんとか!?」
 態度一変、一番手となるべく短冊を手にしたのである。
「困難を乗り越えて書いた短冊の方がかなう、だと? 非科学的だな」
 ところがダリルは一刀両断した。
「でも、短冊は書くんですね。ダリル殿も」
 姜維が問うと、
「短冊に願いを託すこと自体は非科学的とは言っていない」
 妙な理屈でそう答え、ダリルはさらさらと、活字のような手書き文字を仕上げたのだった。
「何を願ったかはなーいしょ♪」
 書き上げたとたん、宣言するルカルカに、
「おい、流れ星だぞ」
 すかさずダリルが言った。途端、ルカは早口で告げる。
「えーっ、どこどこ!? あ、消える前に……『戦争がなくなりますように、戦争がなくなりますように、戦争がなくなりますように』って、流れ星どこー!?」
「不可能な願いだな」
 ダリルは簡単に感想を述べた。
「願うのは駄目くないもん! ……って、流れ星なんかなかったじゃない! もしかして、ルカの願いを白状させたかっただけ!?」
「気づくのが遅い」
 ダリルは、にこりともせず言った。
「じゃあダリルの短冊も見せなさいよー!」
 ルカルカは彼の手から短冊をむしり取る。そして見た。
『国力回復』
「うわあ、硬〜い」
「硬くて結構」
 憮然とした顔でダリルは言う。
「自分は、これで」姜維の短冊にはこうあった。
『パラミタの平和』
「定番かもしれませんが、やはり自分の第二の人生にも関わることですから」
「おい、姜維、持ちあげろ!」
 姜維の足元から、夏侯淵の声がした。
「ああ、ごめんなさい。淵殿、今日は浴衣姿ですね。なんとも可愛らしい」
「可愛いと言うでない! くーるがい(cool guy)と呼べ! って、『持ちあげろ』といったのは『おだてろ』という意味ではないわっ!
「いえ、おだてたつもりじゃないですよ。本当に可愛いです」
「だから可愛いではない! 一人前の丈夫(ますらお)にそういう言い方はよくない! ……じゃなくて話を前にすすめるのだ! 持ちあげろというのは、『短冊をつるすから手伝え』という意味だ!」
「ああ、それならそうと言って下さればよろしいのに。背が届かないからですね……ようやく合点がいきました」
「いっぺん死ぬか! さっきから無礼発言ばかりしおって」
 ぶつぶつと夏侯淵が言っているのは、けっこう気にしていることを言われたからである。
「失礼失礼」
 姜維は、ひょいと夏侯淵を抱き上げた。小柄で軽い夏侯淵だ。
「持ちあげてみると、やっぱり可愛いですね」
「……もう怒る気力が失せてきた」
 夏侯淵がつるした短冊を、しっかりダリルは見ていた。
『170cm以上20歳台の外見を希望する』
 ダリルは無言で、ポン、と夏侯淵の肩を叩くのだった。
「今日は無礼者しか来ておらんのかー!」
 姜維に抱き上げられたままなので、じたばたしながら淵は言った。
『今ある幸せが続く事』と書いた短冊をつるし、真一郎は一同を振り返った。
「こうして皆で楽しめる時間がある事を嬉しく思います。お疲れ様でしたね、姜維もばた……あれ?」
 真一郎は困惑した表情を浮かべたのである。
「馬岱はどうしました?」
「兄者……自分は馬岱居ないのには気付いてましたが……途中から」
 姜維は静かに指摘するのだった。