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ザナドゥの方から来ました

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ザナドゥの方から来ました

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                              ☆


「無理無理無理!! 魔族6人衆とか絶対無理だから!!」
 と、シャウラはノーンとウィンターを両脇に抱えながら部屋を出た。
「あ、でもあれ一応女の子らしいですよ!?」
 横を走るユーシスは一応言ってみた。
 その言葉に、ちらりと振り返るシャウラ。
 ザナドゥの地祇 メェは10歳ほどの少女で、その頭部は黒い山羊である。
 山羊の角とかじゃなくて、本当に山羊。ふっさふっさ。

「――いや、やっぱり見た目も大事だろ!!」

 一瞬だけ思い止まるシャウラだったが、その前方に突然そのメェが現れた。
「――まさか、逃げられると、思ってる?」
 メェの得意技は、張り巡らさせた魔方陣を自在に出入りできるテレポート能力だ。

 複雑で難解な魔方陣から魔方陣への移動を、この通路ではメェだけが自由に繰り返すことができる。
「――っ!!」
 漆黒のローブの中から覗いた、子供のような、柔らかそうな手。
 その可愛らしい手が、自分に向けて必殺の威力を持つ魔術を放とうとしているのを、シャウラは眺めていた。


「――危ない!!」


 と、そこにキリカ・キリルク(きりか・きりるく)が割り込んできた。
 メェが放った炎から、ラスターエスクードで守る。
「――っと!!」
 両脇にノーンとウィンターを抱えたシャウラを見たキリカは叫ぶ!!
「子供たちをお願いします!!」
 その一言に、シャウラは我に返る。
「了解した!!」
 さすがにここにおいては、互いを結ぶロープは邪魔だ。
 シャウラとユーシスは互いのロープを切り、ウィンターとノーンのロープも切ってやった。
「ありがと!!」
 そのノーンの前に陽太が立ち、皆をガードするように前に出る。
「みんな、俺の後ろに……まともに戦う必要はありません。鍵水晶は入手した以上、無益な争いは避けるべきでしょう」
 その言葉に、ユーシスが驚く。
「……いつの間にそんな!?」
 陽太は、軽く笑って答えた。
「それに関しては……探検家さんのお手柄でしたね」
 と。


「お宝見つけたら逃げ出すのが探検モノの定番ってヤツだろーーーっ!!?」


 驚きの瞬発力。
 風次郎は、隠し部屋の魔方陣が発動したと思った瞬間に、スペランカー秘伝の『加速薬』で黒水晶を奪取し、一目散に逃げ出したのである。
 ところで、ここはただでさえ暗い地下通路なのだが。

「あ」

 当然のように暗い足元に躓いた風次郎は、そのままごろごろと黒水晶ごと転がっていくのだった。

「あーーーれーーー!!」

 探検家、前田 風次郎。ザナドゥ時空に死す。


                    ☆


 それはそれとして、隠し部屋の付近ではメェと、キリカのパートナー、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)との戦いが始まっていた。

「いつまでもこんな暗いところにいてはいけない……争いや戦いだけが楽しみの手段ではないと、誰かが教えてやらんとな!!」

 次々にテレポートを繰り返し、ヴァルとキリカをかく乱するメェ。
 どうやら部屋や通路に隠されている魔方陣はテレポート用以外にもあるようで、時折そこから雷術や氷術による攻撃が二人を襲った。
「――フッ!!」
 キリカはシーリングランスで、それらの魔術を薙ぎ払った。手にした忘却の槍がうなりを上げる。
「……帝王、背中は任せてください」
 最近、いよいよ腕を上げてきたヴァルの、頼もしい背中をキリカはいつも見つめていた。
 最初に出会った頃は、まだ小さな少年であった彼。
 その少年が一人の男として成長し、一人立ちしようとする様を、キリカはずっと見続けてきた。
 まだ、自分が彼の背中を守れることが誇らしい。
 まだ、彼が自分の力を必要としてくれていることが、嬉しいのだ。

 ちょっと、大人気ないだろうか、などと思いながら。


 メェはちょろちょろとヴァルやキリカの前に姿を現しては、消えることを繰り返していた。
 たまに陽太やノーンのほうにもちょっかいを出すように現れては、また消える。

「……遊んでるのか。いかにも子供らしいな」
 ヴァルは、ぐっと握りこぶしを作る。
「――いたずらっ娘には、おしおきも必要か」

 と、タイミングを計ったその時。


「ちょーおっと、待ったー!!」


 戦場に駆け込んできた少女がいた。
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)だ。
「何じゃ何じゃ、こんなに可愛い少女によってたかって大の男が!!」
 戦闘中という空気を読まずに、ずかずかとメェとヴァルの間に入り込むファタ。

「……誰? 邪魔……しないで」
 と、メェはローブから片手を出してファタを攻撃しようとした。
 しかし、その手はファタによってそっと握られる。
「……?」
 戸惑うメェに、ファタは優しく語りかけた。
「安心せい、わしはおぬしの味方じゃ。わしの前では頭が山羊であろうが魔族であろうがそんなことはどうでもよい。
 ただ……愛くるしい幼女がそこにいれば、の。
 ところで……その頭は被り物で、本当は恥ずかしがりやの女の子が隠れてたり、せんものかのう?」

 少し呆れたように、メェは呟いた。
「自前」
 と。

「とういうわけで、わしはせっかくじゃから幼女の味方をするぞおおおぉぉぉ!!!」

 なんという絶対幼女主義!!

「……形成、逆転」

 ぼそりと、メェが呟いた。
 確かに、元々一人では手に負えないレベルの魔族を相手にしていたところで、更に協力者が現れてはたまったものではない。

「ええい……何を考えている!! 子供を甘やかすだけではいかんだろう!!
 時には心を鬼にしてしかってやることも大事なんだ!!」
 と、ヴァルはファタを怒鳴りつける。
 しかし、ファタも負けてはいない。
「ええいやかましい!! 幼女は慈しみ守るべき世界の秘法!! その幼女に折檻などおぬしこそ正気の沙汰とは思えぬわ!!」
 ファタは、メェを守らんと紅の魔眼を開放し、ヴァルに襲い掛かった。
「ええい……やっかいな!!」
 しかたなく応戦する構えを見せるヴァル。
 だが、そこにメェの呟きが響いた。

「……また何か来た。……変なのが」

 そこに現れたのは、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)とそのパートナー、シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)だった。
 メェの言う変なの、とは『手記』のことだ。
 全身をぼろぼろの黄衣に包んだ、金色の瞳と銀の髪、褐色の肌。
 それはいいとして、その衣から見える身体――それは、大小さまざまな触手で構成されている――が、頭が山羊くらいは本当に可愛く思えてくるほどの異形っぷりを見せ付けている。

「黒山羊!! 黒山羊ではないか!!」

 その『手記』は、まるで親戚の子供を見つけたかのような気安さで、メェに近寄った。
「……何?」
 どうやら『手記』もザナドゥ時空に侵されているらしい。
 自分のことを『黄衣の王』であると思い込んでしまい、メェをその眷属であるところの黒山羊であると勘違いしているのだ。
 つまり、『手記』の主観的には、自分はメェの父であり母であり兄であり姉であるところの何か、ということになる。


「そんなワケないでしょう」


 と、ラムズは突っ込むが、すっかり勘違いをおこしている『手記』には届かない。
「ううむ……それにしても些か小さいのぅ、じゃが安心せい、我が責任を持ってきちんと住処へと還してやるからな」
 『手記』は、『黄のスタイラス』を取り出し、地面に魔方陣のようなものを書き始めた。
「……あの」
 メェはどうしていいのか判らずにその場に棒立ちになっている。
 この目の前の奇妙な生命体をどうしていいのか判らないのだ。


 その時、ファタとヴァルの対戦にも変化があった。
「ここは私たちに任せるでスノー!!」
 陽太とシャウラが守っていたウィンターとノーンが、二人の間に割って入ったのである。
「ウィンター、危ないぞ!!」
 ヴァルが叫ぶが、ウィンターは構わずにファタの前に踊り出る。

「大丈夫でスノー!! ファタは小さな女の子には攻撃できないでスノー!! 私とノーンの可愛いコンビが引き付けているうちに!!」
 必死にファタに絡み付こうとするウィンターに、ファタは戸惑いの声を上げた。
「ぬ、ぬぅ!! 確かに幼女には攻撃できん!! ところで今、自分で可愛いとか言わんかったか?」
 その一言に、ぎくりとウィンターは顔を赤らめる。
「き、気にしないでスノー!! ほ、ほら!! ノーンなら間違いなく可愛いはずでスノー!!」


 ウィンターさん、ちょっぴり負け気分。


「だ、大丈夫!! ウィンターちゃんだって可愛いよ!!」
 ノーンのフォローも厳しい状況だが、とにかくノーンとウィンターの二人はファタを一時的に封じ込めることに成功した。

「よし!! 今のうちだ!!」
 ヴァルとキリカは、この隙にメェへと向かう。
 メェはというと、何が起こるかわからずに『手記』の書く魔方陣に見入っているところだった。
「……へぇ、珍しい」
 興味深そうに、メェは魔方陣を眺める。
 姿も異質なら魔方陣も異質。元々魔法や儀式に精通したメェだからこそ、『手記』のすることに興味があったのだろう。

「……よし、これで完成じゃ」
 『手記』は額の汗を触手で拭いながら、黄のスタイラスを握って立ち上がった。
 メェも見たことがないような異質な魔方陣が完成した。
 ザナドゥ時空に侵されながら『手記』が描いた魔方陣は、それこそ何かとチャネリングしながら描かれた芸術作品のように難解なものになっていた。

 『手記』は少し芝居がかった様子で、その魔方陣を発動させる。
「……」
 メェはというと、この魔方陣で何が起こるのかを興味深く見つめている。
 黄のスタイラスを振るった『手記』は、自らの儀式を完成させるべく、描いた魔方陣に魔力を込めた。


「イア!! イア!!」


 その瞬間、地面の描かれた奇妙な魔方陣が発光し、徐々にその光を強めていった。
 光はすぐに大きくなり、メェが通路いに描いていた魔方陣をも飲み込み、次々にその力を強大にしていく。

「――これは!?」
 ヴァルは驚きの声を上げた。
 『手記』の描いた奇妙な邪道な魔方陣は、メェの魔方陣と魔力を飲み込み、暴走を続け、主であるはずのメェに光の奔流を浴びせかけた。


「……!!」


「メェ!!」
 ヴァルは、その光の中に手を伸ばした。
 倒したかったわけじゃない。魔族とて、知性ある存在。
 眠りから醒めたばかりの幼さで他人を傷つけるならば、光溢れる道へと導いてやりたかった。
 その光の中で、ヴァルはメェの声を聞いたような気がした。


「……あそんでくれて、ありがと」
 と。


                    ☆


「めへー」
 光の奔流が収まったとき、そこにいたのは一匹の山羊だった。

 『手記』の描いた魔方陣は魔力を暴走させ、メェの本体ともいえた数千年の呪いがかかった黒いローブを封印――実質的には破壊だ――してしまったのだ。
 そこに残されたのは、魔力を秘めた、10歳前後の、可愛らしい、ただの山羊だった。

「めへへー」

 すっかりただの山羊になってしまったメェを前に、ファタは悔し涙を流したという。


「さすがに……さすがにただの山羊は……ッ!!」