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ザナドゥの方から来ました

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第6章


 その頃、『緑の通路』は炎につ包まれていた。
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が、火を放ったのである。
 今の彼女は全米エクソシスト協会から派遣されて来た冷酷無比な一流エクソシスト。悪魔の通路に張り巡らされた毒草や毒草に遠慮する必要はない。
 人の心、草の心でこの通路のボス、マンドラゴラの花妖精 ラウネに関する情報を探りながら通路を進んでいるのだが。

「そう……知らないの」
 そう呟くと、ローザマリアは毒草にオイルをかけ、そのままパイロキネシスで火をつける。
「ふふ……役にたたない草なら、燃やすしかないわよね……」
 ローザマリアのパートナーであるマリオン・エーディン・ノイシュバーン(まりおんえーでぃん・のいしゅばーん)はその様子に戸惑いを隠せない。
「おい……どうしたんだ、いくら敵だとは言え……常軌を逸してるぞ」
 マリオンは花妖精だ。確かにこの通路は有害な毒草や毒花が蔓延しているが、だからといって無差別に燃やしていくのはあまりいい気分ではない。

 この時、マリオンには分からなかったが、実はローザマリアはザナドゥ時空の影響を色濃く受けていた。
 全米エクソシスト協会から派遣されてきた、という事実は全くなく、ローザマリアの思い込みである。
 とはいえ、思い込みで性格がすっかり変わってしまった今のローザマリアにマリオンの言葉は届かない。
 エクソシストではないまでも、ローザマリアが魔族討伐のためにこの通路を訪れていることは間違いないのだ。
「何を言っているの……悪魔の植物に何を同情することがあるの」

 あくまで冷酷に言い放ち、また火を放つローザマリア。マリオンは発見したトラップを解除しながら、ローザマリアに喰らいつく。
「そうかもしれないが……しかし」

 と、そこにローザマリア以上にザナドゥ時空の影響を受けている3人組が現れた。

 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)と、そしてユノ・フェティダ(ゆの・ふぇてぃだ)の3人である。
「ふっふっふ……なかなか派手にやっているではないか」
 リリはローザマリアに口を開く。何故か上から目線だ。
「はっはっは……Dトゥルーの部下の通路など、燃やし尽くしてしまえばいいのさ」
 ララもリリに続いた。普段は騎士道を重んじるララ。このようなことを言う人物ではない。
「うふふふ……突然地祇の山を乗っ取るなんて、美しくないわ……」
 ユノはこのザナドゥ時空で出会った花妖精だ。ついさきほどリリと契約を結んだとは思えないほど、リリとララに馴染んでいる。

「――あなた達は……?」
 自身もザナドゥ時空の影響を受けているローザマリアだが、さすがにこの3人の態度はどこかおかしいと思ったのだろう。
 あえて名を問うと、リリたちは胸を張って答えた。
「ふっふっふ……我らこそは『トゥルー四天王』!! 我はAトゥルー!!」
 続いてララも声高に宣言する。
「私はBトゥルー!!」
 そして、トドメにユノ。
「あたしはCトゥルー!!」


 そこにDトゥルーを加えて、『トゥルー四天王』が完成するそうです。


「……へぇ」
「わっ!! 危ないのだ!!」
 眉ひとつ動かさずに、ローザマリアはリリにオイルをかけて焼こうとした。
 咄嗟に飛び上がって距離を取るリリ。それを見たユノは口を開く。
「……名乗ったとたんに焼こうするとは……何という非道な……」
 しかしララは冷静に、リリとユノの二人をなだめた。
「だが、私達はDトゥルーに用があるのだ、そのためにこの通路を抜ける。ここで雑魚の相手をしている時間はない」

「……『用はない』、であえて敵の名乗りをあげた相手を見逃すとでも……?」
 ローザマリアは、曙光銃エルドリッジを構えてリリ達に向ける。
 多勢に無勢ではあるが、冷酷無比なエクソシストに撤退の二文字はない。

 今にも両者間での戦闘が発生しそうになったその時、通路の奥から声がした。

「――やれやれ……いきなり通路を焼いたかと思えば仲間割れか、人間というものはおかしな生き物よ……」
 そこに現れたのはこの緑の通路のボス、マンドラゴラの花妖精 ラウネだった。
 複雑に絡み合った様々な毒草やツタ。そこから3つの女性の上半身が生えている姿はDトゥルーの部下『魔族6人衆』の中でも異質だ。

 だが、その姿に臆することなく、リリはラウネの顔の一つの正面に立った。

「ふむ、Dトゥルーの部下か我らは急いでいるのだ――いいから早く鍵水晶を渡すのだよ。ほれ」
 Dトゥルーの配下ならば同じ四天王の自分の配下も同然、とリリはラウネに近づいて手を出すが、もちろんその認識が通用するのはリリ達だけだ。
「――へ?」
 次の瞬間には、リリは一層太いツタに弾き飛ばされて、通路の壁の毒花の中に頭を突っ込まれていた。
 自分に四天王クラスの実力がある……と勘違いしたままのリリでは、相手の攻撃を受け流すこともできなかったのだ。
「何を……!!」
 同じく四天王として抗議しようとしたララも同様だった。リリの隣に綺麗に並んでロケット状に跳ね飛ばされた。
「きゃーっ!!」
 もはや口上すら必要ないとばかりに、ユノも同様の運命を辿る。


「……あらあら、四天王仲間のわりに、仲が悪いのねぇ……」
 冷たい瞳をリリ達3人に向けたローザマリアは、感情のこもらない視線をそのままラウネに向けた。
「まあ……だれが相手だろうが同じこと。……悪魔の手先は誰であろうが、この炎で浄化するまで」
 ザナドゥ時空に侵されているというものの、ローザマリアの戦闘力に変わりはない。
 フォースフィールドを展開し、ミラージュで自分の幻を何体も出現させた。

「――ほう。一人でこの私とやり合うというのか――面白い」

 ラウネはローザマリアの幻影の一つをツタで貫き、そのまま振り回した。
「――確かに他のコントラクターが集まらなかったのは計算外だったけれど――」
 その隙を突いて、ローザマリアの曙光銃エルドリッジが連続で火を吹いた。

「――!! ふん!!」
 上半身が3つあり、下半身が植物でできているラウネの機動性は低い。
 本来ならば通路のツタや毒草で弱らせた相手をじわじわと毒で苦しめるのがラウネの戦法なので、強引に通路を焼いてきたローザマリアの戦法は以外にも悪くなかったと言える。
 もちろん、地下通路で火を使うということは遠からず酸欠になる可能性も否定できないのだが、植物が育っているこの緑の通路ならば、その可能性は低いと踏んだのだろう。
 しかも、ローザマリア本人は光学迷彩で自分の姿を消してしまっているので、肉眼でその位置を特定することはできない。

「ならば、こうするまでよ!!」

 突然、ラウネの合図で通路中の毒花という毒花から毒液が噴き出された。

「――!!」
 ラウネが吐き出した毒液は通路にいる者全てに吹きかかり、それは姿を消したローザマリアといえども例外ではなかった。


 そして、ことのついでにAトゥルーとBトゥルーとCトゥルーも。


「あうう……苦しいのだ〜」
 毒液を浴びたAトゥルー……リリは苦しげにうめいた。同様に苦悶の表情を浮かべたララもまた怨嗟の声を上げる。
「ぐわあぁぁぁ……Dトゥルーの部下がこれほどやるとは……」
 そしてユノが苦しんで転がった時、毒液を噴き出した壁の花の中に光るものを見つけた。
「!! これ!! これなの!! これが鍵水晶に違いないの!!」
 3人が吹き飛ばされた場所は偶然にも鍵水晶が隠されていた毒花のある場所だったのだ。
 本来はもっと毒草で覆われているはずだったのだが、ローザマリアが通路を焼き払ったせいで露出してしまったのだろう。
 毒花の中に手を突っ込んで『緑水晶』を握り締めたユノは、リリとララを促した。
「こ……これさえあれば雑魚を構う必要ないよね!! さっさと行っちゃおう!!」


 まだ言い張るか。


 『緑水晶』を手にすごすごと通路の奥へと退散する3人を尻目に、ローザマリアは呟く。
「……さすがに魔族6人衆と名乗るだけのことはある……長期戦は不利のようね……」
 光学迷彩で姿を消したままのローザマリアは最後の勝負に出た。
 アクセルギアを使用し、自身の体感時間を飛躍的に上昇させる。

「おのれ!! どこだ!!」
 次第に通路を覆う炎の勢いが強くなってきた。
 ラウネは長く強力なツタを振り回し、次々とローザマリアの幻影を追うが、むなしく空を切るだけである。
「――ここよ!!」
 光学迷彩でラウネの死角に回っていたローザマリアは、突然至近距離からラウネの頭部にある限りの銃弾を浴びせた!!

「アギヤアァァァギヤアアアァァァ!!!」

 おぞましい声を上げて、ラウネの頭部の一つから紫色の血が飛び散る。
 後頭部を数発銃弾で打ち抜かれたラウネの叫びは凄まじく、炎で燃え盛る通路に響いた。
「おのれ――っ!!」
 だが、ラウネの生命力は凄まじく、毒液の影響で動きが鈍くなったローザマリアを大きく振りかぶったツタで叩き潰そうとする。


 ――しかし。


 ローザマリアが気付くと、ラウネの動きが停止しているのが分かった。
 ラウネの胸にはリカーブボウの矢が後ろから2本突き刺さっている――サイドワインダーだ。

「――マリ、オン」
 ローザマリアは荒い息で、ラウネにトドメを刺したパートナーの名を呼んだ。そろそろ毒が回ってきたのだろうか。
 だが、朦朧とした意識の中で、ローザマリアは信じがたい言葉を聞いた。
「……マリオン? ……ふん、誰のことだ?」
「……何、ですって……」
 マリオンはラウネの亡骸に手をかけて登ると、肩で息をするローザマリアを蹴り落とした。
「あうっ!!」
 まだ体力に余裕はあるが、毒の影響で身体が上手く動かないローザマリアに、マリオンは嘲笑を向ける。
「くっくっく……はーっはっはっは!! 何か勘違いしているようだから教えてやろう!!
 俺が……いや、この私こそが真の魔族6人衆の一人、花妖精のラウネだったのさ!!」

 どうやら、マリオンは通路の炎に巻かれ、毒液を浴びた影響でザナドゥ時空に引きずり込まれてしまったらしい。
 自分を真の魔族6人衆と思い込み、ラウネにトドメを刺してローザマリアに攻撃をしかけたのである。

「……まったく、やっかいな……」
 辛うじて立ち上がったローザマリア。しかし、まだ自分とマリオンとの力量の差は歴然。
 ただ思い込んでいるならば、ローザマリアにマリオンを取り押さえることは簡単なはずだ。


 ――そう、簡単な、はずだった。


「――うわっ!!?」
 突然、マリオンの身体に細かいツタが何十本も絡みついた。
 死んだとおもっていたラウネが動き出し、身体に乗っていたマリオンに触手状のツタを伸ばしたのだ。

「ふふふ……貴様が真のラウネだとは思わなかったよ……ならば、私と貴様は一心同体だな……?」

 頭の一つはローザマリアに潰された。もう一つの身体はマリオンが貫いた。残った一つの上半身がマリオンに迫った。
「……く、離せ!!」
 何とか身体に絡みつくツタを引きちぎろうとするマリオン。しかし、すでにその下半身は無数のツタで埋め尽くされ、ずぶずぶとラウネの下半身に埋まっていく。
「くくく……ちょうど貴様も花妖精。貴様らに潰された身体の代わりになってもらおうか……!!」

「マリオン……!! ぐっ!!」
 パートナーを助けようとしたローザマリアの後頭部に、ラウネのツタがヒットする。
 そのままローザマリアは緑色の血で濡れる通路に倒れ、意識を失った。


 新しい身体を手に入れたラウネの喜びの声と、おぞましい下半身に接ぎ木されていくマリオンの悲鳴を聞きながら。