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ザナドゥの方から来ました

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ザナドゥの方から来ました

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第4章


 各通路ではコントラクター達による戦闘が繰り広げられている。
 それぞれの通路が繋がっている『ブラックタワー』の前では、この騒ぎを起した張本人、Dトゥルーがいた。

「――来たか」

 そして、そこに乗り込んできたのがツァンダ付近の山 カメリア(つぁんだふきんのやま・かめりあ)である。
 その傍らには、レン・オズワルド(れん・おずわるど)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の姿がある。

 偶然ではあったが、Dトゥルーが建てたブラックタワーがある山は、元々カメリアが住んでいる山だった。
 カメリアのささやかな住家はといえば、とある友人たちが作ってくれた一人用の神社ともいえないような社だったが、それでもカメリアにとっては大切な我が家だった。
 その社はと言えば、今はブラックタワーの端っこギリギリの地点で辛うじて存在している有様だ。

 怒りのままにここまで乗り込んできたカメリア、その小さな肩の上に、レンはそっと手を置く。
「――カメリア、怒りに身を任せるな――感情に流されては、勝機を失うぞ」
 カメリアは、肩に置かれた手に自分の小さな手をそっと重ねた。
「――レンよ……判っておる……判っておるが……これが怒れずにおれるかあああぁぁぁ!!!」


 カメリアの堪忍袋は5分ともたずに弾け飛んでしまった。


 とはいえ、これでもレンがいてくれたお陰で随分持ったほうだ。もし、本当にカメリアが一人で来ていたらブラックタワーの前に辿り着く前に憤死していたかもしれない。
 それだけ、カメリアにとってこの山と社は、大事な存在だったのだ。

 しかし、この場で殴りかかって勝てる相手でないことは、レンにはよく判っていた。幾多の冒険を乗り越えてきたコントラクターであれば、状況を冷静に分析し、相手の力量を測ることはできる。
 顔面を真っ赤に染めてDトゥルーへと向かおうとするカメリアの頭を引っ掴んだレンの横から、ノアが前に出た。
 レンとノアの目論見としては、カメリアを可能な限り押しとどめつつ、他のコントラクターが鍵水晶を手に入れるまでの時間稼ぎをしたいのだ。
 そのためには、今すぐに戦闘を始めてしまうわけにはいかない。

「――何用だ」
 Dトゥルーは口を開いた。
 とは言うものの、Dトゥルーとて彼らがここに遊びにきたのではないことは判っている。
 Dトゥルーは赤黒い鎧を纏った大男で、頭部はタコのような異形の形状をしていた。
 ぐにゃりとした軟体の頭部からは二つの眼が覗き、赤や土色の触手が人間で言えば口のある辺りに蠢いている。
 その異形の怪物を目の前にして、ノアはとりあえず頭を下げる礼を取った。

「――初めまして。今日はちょっと話し合いに来たんですよっ」

 妙に明るい声で近寄るノアに、Dトゥルーはいぶかしげな表情を浮かべた。
 と、そこに更に声をかける者がいた。

 緋桜 ケイ(ひおう・けい)と、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だった。
「――奇遇だな。こちらも話をしに来た」
 山を登ってきたケイは、しかし息も乱さずに語りかけた。
「――初めまして、Dトゥルーさん。私はソア・ウェリンボスと言います」
 そこに割って入ったのが、ケイのパートナーである雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)である。

「ふっ……数千年ぶりだなDトゥルーよ……面白いことをやってるじゃねぇか」
 この場の雰囲気にそぐわずに、やたら慣れなれしく語りかけるベア。
「……誰だ、お主は」
 と、Dトゥルー。
 当然だが、Dトゥルーとベアに面識はない。何しろ、Dトゥルーはつい最近までザナドゥの隅っこで寝ていたのだ。
「ふん……寝起きだから記憶が曖昧なんだな……この寝ぼすけさんめ!!」
 がっはっはと豪快に笑うベア。ソアはそんなベアの様子に戸惑いを隠せない。
「ちょ、ちょっと……ベア、どうしちゃったの!?」
 もちろん、ベアは日本の雪国でマスコットキャラをしていたゆる族で、ザナドゥ出身ではない。
 だが、それにも関わらずベアはビシッと太く大きな親指を立てて自分を指差してみせた。

「ご主人……俺様は思い出してしまったんだ……実は俺は『魔族6人衆』の7人目だったということに!!」

 まあ、要するにザナドゥ時空の影響でちょっとした記憶の混乱が行なわれたらしい。
 今のベアの状態を表すとこんな感じである。


 白熊型ゆる族 雪国ベア【白】……北極において海と氷を支配するもふもふプリチーなザナドゥのマスコットキャラのゆる族です。全てのゆる族の中の人は自分だと言い張っていますが、真偽のほどは定かではありません。


 なお、白の地下通路の建設予定はありません。

 ソアとケイ、そしてノアが面食らっていると、今度はケイのパートナー、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が現れる。
「そう……ありえないことも起こってしまう、ここは今『ザナドゥ時空』の影響下にさらされておる……」
 どうも、カナタの様子もどこかおかしいようだ。
「……おい、カナタ? どうした?」
 ケイの呼び声にもどこか上の空で、カナタは薄い笑みを浮かべた。
「ふっ……わらわは……わらわは気付いてしまったのだ。
 ……わらわたちは、いつの間にか『パラミタ時空』に引きずり込まれているということに!!」


 また何か言い出した。


「おい……何言ってるんだ?」
 ケイの突っ込みももはや遠い。カナタは、流れるように美しい銀髪をたなびかせつつ、言葉を繋いだ。
「わらわの仮説がついに証明される時が来たのだ……。
 よいかケイ。人はそれぞれ自分の言語というものを持っている。それなのになぜ、パラミタの民と地球人は何の困難もなく意思疎通ができるのだ?
 しかも見よ、先日魔界で目覚めたというDトゥルーですら、わらわたちと問題なく会話ができているではないか!!
 これが、これこそがわらわ達の意思疎通を実現している『パラミタ時空』!!」
 どうもカナタの方もザナドゥ時空の影響を色濃く受けているらしい。

「まあまあ皆さん……まずは順番を守ってくださいよ……私、今日は交渉に来たんですから!!」
 と、混乱する場を納めるべく、ノアは荷物からあるものを取り出した。


 スイカである。


「……スイカだな」
 と、Dトゥルーは感想を述べた。
 ノアはそのスイカをまるでどこかの家宝のようにうやうやしく頂き、言った。
「暑い季節になって来ました、魔族の皆さんといえどもこの暑さにはこたえるはず。
 そう思って、夏の風物詩、スイカをお持ちしました!
 この『大地の恵み』は最近イナテミスで開発された新種のスイカなんです!!
 とっても甘くておいしいんですよ、こちらは挨拶代わりです、どうぞ!!」

「……」
 もはや何を言っていいのか判らない状況で、Dトゥルーはスイカを受け取る。

 とりあえず大人しくスイカを受け取ったDトゥルーに気を良くしたノアは、たたみかけるように次の交渉を開始した。
「聞けば、Dトゥルーさんたちは魔界から出てきて住む場所がないとのこと……ならば、正規の手続きを踏んで住む場所を確保すればいいのです!!
 というわけで、こちらをご用意いたしました!!」
 じゃじゃじゃじゃーん、とノアが取り出したのは『百億万円札』である。
「どうですか、これほどの現金はそうそうお目にかかれるものじゃないですよ!!
 これだけあれば大抵の土地を買うことができるでしょう!!
 ですから、まずはカメリアさんの山を彼女に返してあげてください!!」
 と、明らかに『こども銀行』レベルのおもちゃである『百億万円札』を手に、Dトゥルーと交渉を進めるノア。


 まさか、ノアこそがこの場の誰よりもザナドゥ時空の影響を強く受けていようとは、誰も思わなかったのである。


 気付くと、レンとノア、ケイとカナタ、ソアとベア、そしてカメリアと7人もの人間が訪れていながら、そのうち3人がザナドゥ時空の影響で使い物にならない状態だった。

「……おい、人間」
 場の空気を破って、Dトゥルーはケイに話しかけた。
「……何だよ、魔族」
 Dトゥルーは、口元の触手を動かして、もごもごと尋ねた。
「どこから突っ込めばいい?」


「――俺に聞くなよ」


                              ☆