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ザナドゥの方から来ました

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ザナドゥの方から来ました

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                              ☆


「さて……茶番はそろそろ終わりにしようか」
 ノアが差し出した百億万円札を手に持った剣ではたき落とし、Dトゥルーはやや重い声を出した。
「!!」
 ケイとソアが身構え、レンはカメリアを後ろに回して応戦の姿勢を取った。
 直接戦闘を仕掛けに来たわけではないが、襲ってくるならば応戦しないわけにもいかない。

「ふん……戦う気のないものと戦う気はない……だが……」
 Dトゥルーの背後から闇の瘴気が立ち上り、あっという間に暗闇が周囲を包んでしまった。
 まるでそこ一帯の空間を切り離したような状態になり、周りを見渡すと、存在を確認できるのはケイとソア、そしてレンとカメリアだけになっていた。
「……さて、話をしに来たと言ったな」
 ここはDトゥルーの用意した舞台だ。呑気に話をしている場合ではないのかもしれない。
 だが、ケイとソアはこの状況下でも一歩前に出て、あくまでも平静に話をするつもりのようだった。
 ソアは、ケイに目配せをして、まず先に口を開く。
「――はい。……私、どうしても気になることがあって……」
 Dトゥルーの目が、一瞬細くなる。

「Dトゥルーの『D』って、何の略なんですかっ!?」


「あー……そういう……」
 この期に及んでか、とDトゥルーも絶句せざるを得ない。
 ソアは続ける。
「やっぱり悪魔だから『Devil』のDかとも思ったんですけど、タコだからひょっとしたら『Devilfish』の方かもしれないって……!!」

 そこに、ケイも口を挟んだ。
「俺も気になっていた……最初、あんた達がツァンダの上空に姿を現した時……最後に言った言葉だ」
 Dトゥルーはあえてソアを無視して、ケイに向き直る。
「……何だ」

「『PRIPARE』じゃなくて『PREPARE』の間違いだろ?」

「……どいつもこいつも」
 Dトゥルーはため息をつく。多少の危険もあっただろうに、こんなところまでやってきておいて話をする内容はそんなことばかりなのかと。
 だが、ケイもソアも、一瞬の間をおいて、次の言葉を繋いだ。

「――と、まあ冗談はこのくらいにしておいて……最初から色々とおかしいんだよね、あんたの言動は」
 ぴく、とDトゥルーの頬が動く。
「何がおかしいというのだ?」
 その質問に対し、ケイが答える。
「わざわざ付近の土地を乗っ取ったのなら、鍵水晶の存在や配下の規模、通路の場所なんか教える必要なんてない。
 さっきの言い間違いなんかも最初から予定通りだったんじゃないかと、思ってな」

「――」

 Dトゥルーは答えない。そこに、ソアも語りかけた。
「そうです……本当にこの土地が欲しいだけなら、ただ占拠だけして、わざわざ攻略の方法を教える必要はありませんよね。
 本当は、自分達の理想郷を作ることよりも、むしろ力比べを楽しむことが本当の目的なのではないですか?」

 ソアとケイの言葉は、様々な状況と照らし合わせても整合性がある。
 Dトゥルーは一拍おいて、軟体質の口元をぐにゃりと歪ませて、笑った。
「ふん……ただのうつけ者ではなかったか……」
 どうやら、二人の考えはある程度核心に迫っていたようだ。それならばと、ケイは本来の目的を切り出す。
「もしそうなら、こんなことはやめるんだ。
 力比べをしたいだけなら、相手になってくれる奴らだって山ほどいるさ。
 もし、ずっと眠っていて知り合い――友達がいないんだったら、俺達だって――」
 だが、そのケイの申し出は、Dトゥルーの嘲笑交じりの言葉で切って捨てられた。


「――残念。半分正解だが、半分は間違いだ」


「えっ!?」
 とたん、Dトゥルーの口元の触手がぐにゃりと伸び、ケイとソアの二人に絡みつく。
「――何をする!!」
 ケイとソアは、咄嗟に互いをかばおうとするが、存外に触手の力は強く、辛うじて抵抗するのが精一杯だ。

「おい、カメリア、カメリア! どうした!!」
 同じように触手に絡み取られたレンが叫んでいる。ソアが振り返ると、カメリアが暗闇の中で倒れているのを見つけた。
「……何をしたんです……!!」
 ソアの叫びに、Dトゥルーは事もなげに答える。
「何もしていない……強いて言えば、この空間に耐えられなくなったのだろう。
 それなりの強者でなければ、この闇の中で長時間生存していることは難しい。そこの地祇には我と対峙する資格がなかった、ということだ」
 両手両足に絡みついた無数の触手。辛うじて均衡を保ちながら、ケイは苦々しく口を開いた。
「……半分は間違いだと言ったな。どういうことだ」
 その問いに、Dトゥルーは正面から答えた。

「まず――あえて通路や鍵水晶の存在を教えたのは人を集めるため――。
 理想郷を作ることよりも力比べが目的というのもまあ正解だ。
 だが……より正確には『力比べ』ではなく『殺し合い』だ。言っただろう、我は『闘いや殺し合いは好きだが、戦争は嫌い』だとな。
 我は個人の力量で行なう殺し合いが好きなのだ。
 人間というのはおかしな生き物だ!!
 これから殺し合いをする相手と友になってどうするというのだ!?
 それならば……こちらの女のほうがまだ理解できるというものだ」

 Dトゥルーの言葉を受けて、闇の中に一人の女性の姿が浮かび上がった。
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)だ。

「ふふふ……そうですよDトゥルー様……愛も情も所詮は幻……人間なんて所詮は自分のことしか考えられない生物なのです……」
 どこか中空を見つけるような表情を浮かべ、つかさはソアとケイに近寄った。
「あなたは……?」
 ソアはつかさの瞳を覗き込む。Dトゥルーに操られているのではないかと思ったのだが、つかさの瞳にはそれはそれで自分の意思が感じられる。

「ふん……人間というのは本当に奇妙なものだな。わざわざ侵略者に協力しに来るとは。
 その女はどうやら我に触手の使い方を教えてくれるそうなのでな……面白そうなのでザナドゥ時空にいる間は自由にさせてやることにしたのだ」
 つかさは、Dトゥルーを振り返ると慇懃無礼にお辞儀をする。
「Dトゥルー様の寛大なお心、痛み入りますわ。こんないいモノを持っていながら、ただの戦いにしか使わないなんてつまらないのですもの……。
 この私が、お手本を見せて差し上げますわ……」
 つかさの着物の裾から、Dトゥルーのものと同様の触手がぞろりと這い出してくる。
 いや、本家のDトゥルーのものよりも醜悪で、色黒い。
「――ひっ!!」
 本能的な恐怖と危険を感じ、ソアは身体を硬直させた。
 いかに優秀な魔法使いを目指し、魔法少女として活躍するソアであっても、その精神性はあくまでローティーンの少女のものだ。
 つかさの操る触手はソアの足元から這いずり回る。また一方の触手は美しい金髪に身を擦り付けるように蠢き、先端部から粘液を出して柔らかな頬を汚した。
「……いやぁ、やめてぇ……」
 嫌悪感を露にして身震いするソアに、つかさは薄い笑いを投げかける。ソアは身をよじって抵抗すが、Dトゥルーの触手が全身を絡み取っているため、身動きが取れない。
「ふふふ……こんなところまでのこのことやってくる女の子ですもの……本当はこうなることを期待して来たんでしょ……?」
 つかさの触手が更にいやらしい動きを見せつけようとしたその時。

「――ソアから離れろ!!」
 機会を伺っていたケイがつかさとソアの間に割って入った。
 Dトゥルーとつかさがソアに気を取られていた隙をついて、歴戦の必殺術で見抜いた触手の弱い箇所を、ティアマトの鱗で切り裂いたのである。

「あら……慌てなくても、きちんと順番にお相手して差し上げますわよ。
 そうですね……どうせならベッドの上で対戦いたしませんこと?」
 ソアから触手を離し、つかさはケイをからかうように距離をとる。
「……ふざけるな、あんたはこんな事をしに、ここに来たのかっ!?」
 背中にソアをかばったケイは、つかさを深追いすることができない。闇の中をDトゥルーのほうへと逃げるつかさを睨んで、ケイは叫んだ。
「そうですよぉ……私は自分の興味のむいたことにしか動きませんもの。
 闘いも殺し合いも興味ありません……お友達ごっこにもね」
 ギリ、とケイは歯軋りをした。
 和解を申し込みに来た自分たちとは、つかさは根本的に異質な存在だった.

「あんたは――!!」

 その時。
 ケイが何かを叫ぼうとしたのと、つかさたちを取り囲んでいた闇が消え、周囲の景色が戻ってきたのは、同時だった。