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冒険者の酒場ライフ

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冒険者の酒場ライフ

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 酒場にある手洗いというのは、昔から大体が不衛生であると相場が決まっている。
 しかし、そこはチェーン店の蒼木屋である。手洗い場はキチンと男女に別れ、掃除もしっかり行き届いていると同時にウォシュレットも完備されていた。
 店のホールから細い通路を行くと、手前に男性用、奥に女性用の手洗い場の扉がそれぞれ設けてあった。
 黎明華は普通なら、女性用へと入るであろう。
 だが、彼女は今や緊急事態であった。
 頭の中では不気味な自己カウントダウンが始まっていたのだ。
「げ……限界なのだ……」
と、足取りすらも重く感じた黎明華は、「えーい!」と男性用に飛び込む。
 幸いにして『小』をしている客はおらず、黎明華が個室へと入ろうとする。
「ん?」
 入ろうとした隣の個室の扉が開放されており、そこから足が4本生えている。
「……化物さん?」
 興味が危機に勝った黎明華がチラリとそちらを除く。……すると。
 金髪を後ろで束ねたささらが、セルシウスのトーガを半脱ぎにさせて、その上に覆い被さっている。
「うふふ、随分逞しい体をしていますのね」
「く……貴公! それ以上は……アァッ!!」
「あらあら、栄光あるエリュシオンの男は、随分繊細なのですね」
「ト、トーガをこれ以上引っ張るな!!」
「じゃあ、別のところならば、引っ張ったりしても良いの?」
「ぬおぉぉーーーッ!! き、貴公、男だろう!?」
「ワタシ、両方愛せますよ。ホラ、こうやって……」
「フォォォーーー……ッー!」
「ふふふ、攻めるのと攻められるの、どちらが得意でしょうかねえ?」
「く、こ、こんな事で私は……アッー!」

「はてさて、私も参りましょうか……ん?」
 ささらが気配を感じて振り向くと、無修正を見せつけられた黎明華が呆然と立っている。
「失礼……黎明華さん、扉を閉めて貰えますか?」
「あ……あぁ、うん。お邪魔したのだー……」
と、扉に手をかける黎明華。
 ダダダッと、トカゲが地面を這うようにセルシウスがささらから逃げる。
「あれ? セルシウスさん、自分だけ満足して去るなんて酷いですよ?」
 ズレた眼鏡で笑うささら。衣服からはみ出た肩が艶かしい。
「断固、違う!!」
 乱れたトーガを直しながらセルシウスが叫ぶ。
「あのぅ……」
 黎明華がセルシウスの肩をつつき、
「黎明華がお邪魔したのは謝るのだ……だから気にせず……」
「違うッ!! 私はこの手洗い場を調査していただけだ。そうしたらこの者が色々と教えてくれて……今度は、個室のウォシュレットとかいうのを説明してくれると言ったから!」
「……言い訳くさいのだ……」
「でも、ワタシは酒場の手洗い場には別の使い方もあります、とも言ったでしょう? それをお教えしようとしたのに」
「不覚だ!! まるで女のような貴公が男性用の手洗い場にいるのか、もっと早く気づくべきだった!!」
「じゃあセルシウスさんは、ワタシが女なら良かったとでも?」
 ささらが悪戯っぽく笑う。
 セルシウスの脳裏をよぎる、故郷の風景。
 大木の木陰でいつかの恋人と一つの果実を齧りながら語り合ったこと。
 雨の中、彼女に会うために夜の泥道を走ったこと。
 そして別れた恋人が結婚し、その新居を密かに涙しながら設計したこと。
「私は……」
 セルシウスが言葉を発しようとしたその時、
「ぅぷ」
 ささらとセルシウスが黎明華を見やる。
「流石に……本気で……発射……しそうなの……だ……」
「黎明華さん、どうぞお入り下さい?」
 ささらが個室に黎明華を入れ、扉を閉める。
 その隙に、セルシウスは手洗い場から立ち去っていった。数滴の涙粒だけを残して……。
 残されたささらが衣服を直しながら口元を歪める。
「ふふふ……外はぶっきらぼうで近寄りがたくも、中身は絹糸のように繊細か……随分屈服させがいのある男、見つけちゃいましたね」