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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第1章 芸術の都アムトーシス 2

 シャムス一行がアムトーシス内へ潜入した頃、街の郊外には陣営地が作られていた。無論、出来る限りひっそりと、森の中に隠れて設置されたものである。不気味な草木が伸びる陰鬱な森は、今にも獰猛な牙をむき出しにした魔性の獣や、ぐつぐつと煮える窯を見てヒーヒッヒ! と高笑いを発する古典的な魔女なんかが現れそうだ。
 そんな不気味な森の陣営地で、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は南カナンの将兵たちと警戒に務めていた。シャムスたちが街に潜入している間、いつ何時敵に襲われるかは分からない。警戒はどれだけ重ねても困ることはなかった。
 そんなマーゼンの後ろにいたパートナーのアム・ブランド(あむ・ぶらんど)が、アムトーシスとは逆の方角を見て、静かに口を開く。
「暗い……世界」
 誰ともなく呟かれたその声に、マーゼンたちは振り向いた。アムトーシスを遠目から観察していたマーゼンも同じように振り向き、アムの言う『世界』を見る。
「…………」
 確かに、そこは暗い世界だ。
 昼間であるにも関わらず陽光は差さず、空には闇の帳が広がったままである。そんなザナドゥにあって唯一光と言えるのは街の明かりなのだろうが、それもまたどこか畏怖にも似た感覚を覚えるのが魔族の世界と言えた。
(だがこれこそが、彼らの生きる世界なのだな)
 マーゼンはそう己の中で反芻して、再びアムトーシスの方角へと視線を移した。背後のアムが使い魔のコウモリを逆の方角へと飛ばしているのを視界の隅で感じた。
 さて……どうなることか。良くも悪く軍人は、冷たすぎる生き物だとマーゼンは感じた。自分は、暗い世界でいかに“戦う”かということを、常に考えているのだから。
 しかしそんなマーゼンであっても、仲間は――パートナーはいる。まるで自分には出来ないなにかを求めているかのように。彼は彼女たちを見ていると少しだけ笑みがこぼれるのだ。
 軽く視線をやった先――陣営地を挟んだ向かい側で、逆の方角を警戒するのは彼のパートナーの本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)早見 涼子(はやみ・りょうこ)だった。
「ちょっとぉ、涼子! ここから先はあたしが先頭だって言ってたでしょー!」
「誰が先頭であっても構いませんが…………お好きになさってよろしいですわよ?」
「むきー!! なによー、その余裕っぷり!」
「?」
 憤慨して地団駄を踏む飛鳥を、涼子は首をかしげて見ている。
 先頭に行きたいなどいかにも子供っぽい飛鳥らしい主張だが、さすがにかつては教師を目指していた涼子。軽く自分の主張を受け流す彼女に、飛鳥は小馬鹿にされた気がしていた。無論、涼子がそんなつもりではないのは誰が見ても明白なのだが――飛鳥本人にとってはどっちにしても態度が嫌ということなのだろう。
「じゃ、じゃあ、あたしは向こうを見てくるからね!」
「はい。それじゃあお願いいたしますわ」
 とはいえ――笑顔で涼子に見送られて、先に先行する飛鳥の図は、仲の良い友人か姉妹に見えなくもない。なんのかんのと、お互いに良い関係なのだろう。
 マーゼンも再び警戒活動へと移る。今度は、アムトーシスを別の角度から見れる方角へと歩き出した。
 アムトーシスは美しい。芸術にさほど詳しいわけではないマーゼンにもそれはよく分かった。そしてその中心にあるアムドゥスキアスの塔は――どのような角度になろうとも、その景観を変えることはなかった。



 オットー・ツェーンリック(おっとー・つぇーんりっく)はアムトーシスにいた。
 当然、一人ではない。なぜか密かに芸能界入りの野望を抱きながらも教導団にいるパートナー、ヘンリッタ・ツェーンリック(へんりった・つぇーんりっく)も同行している。
 しかし彼らは、潜入するまではシャムスたちと同行していたものの、現在は別行動だった。というのも、オットーに課せられた任務は街の防衛状況の調査である。となれば、多数で行動するよりもパートナーと二人でいるほうが効率が良いと考えたのだ。
 もちろんそれ自体はおかしなことではない…………が。
「だ、大丈夫でしょうか……? ワ、ワタシたち、怪しまれてないでしょうか?」
「大丈夫ですわ。それより…………そんなオドオドしてたら余計に怪しまれてしまいますわ! もっと、シャキッとしてくださいませ!」
「は、はいぃぃ!」
 いかんせん、オットーはなにかと気弱で、頼りなささが全開である。挙動不審になる彼を呆れた目で見るヘンリエッタはため息をついた。
 なぜ、自分はこんな契約者とパートナー契約を交わしてしまったのだろう? オットーの頼りなさに飽き飽きしてきているヘンリエッタにとって、契約は気の迷いとしか思えないことだった。自分の好みはもっと素敵な男性のはずなのに……。
(……まー、良いところもあるんですけどね)
 人はそれを優柔不断とも言う。
 いずれにしても、どれだけ頼りなさかろうが任務は任務。オットーと一緒にヘンリエッタは街の構造を観察した。
 着目されるのは、街の至る所にある飾られている彫刻である。もちろん第一の目的は装飾なのだろうが、よく見てみればそれは同時に防衛としての機能も担っていた。
(彫刻が邪魔で、次の角や建物の中が見えないですわね。……仮に待ち伏せされていたとしたら、厄介なことになりそうですわ)
 偶然かはたまた意図されたものか。……恐らくは後者。こんな街を作るアムドゥスキアスもそうだが、それを芸術的な彫刻と一体化させて実現させるこの街の芸術家たちも芸術家たちだった。
 感嘆と呆れの混じった顔になるヘンリエッタ。と、彼女はオットーが運河を見ていることに気づいた。
「どうしたんですの? オットー」
「いえ……この運河があること自体が、この街の防衛構造でもあるんだろうな……と」
 オットーがまともなことを言ったせいか? 多少、ヘンリエッタは驚いて目を見開いた。
「……これを塞き止める事は可能でしょうか? あるいは、逆に、水門や堤防を破壊して湖を氾濫させ、街を水没させるとか? もし、手段を選ばずとも良いのなら、湖水に毒を流し込む、という策も考えられますが………………でも、おそらく、シャムス様はそのような手段を用いようとはなさらないでしょうね」
 ブツブツと呟きながら思考を巡らせるオットー。
 そんな彼を見つめていると、ヘンリエッタは少しだけ胸が熱くなって顔が赤くなってきた。まったく……これだから契約してしまったのだろう。
 たまに見せるオットーの軍人としての顔は、これまでヘンリエッタが見てきたどんな男よりもカッコイイと思える顔だった。