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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第3章 角ある少年の見る街 1

「ドーナッツ♪ ドーナッツ♪」
「おいしい輪っかでくるくるくるりん♪」
「シナモンたっぷり、ちっちゃい世界〜」
 アムトーシスの中心に建つアムドゥスキアスの塔で、三人の魔神娘が楽しそうに歌っていた。その手に持っているのは美味しそうなドーナツ。穴に指を突っ込んでくるくる回したり、穴からのぞく視界を楽しんだり……無邪気の遊びながらも、やがてははむっと口にする。
「「「美味しい〜♪」」」
 彼女たちは――魔神ナベリウスは、とけるような幸せな顔になった。
 そうして思い出されるのは、このドーナツをくれた人のことである。
「楽しい人だったね?」
「そうだねー」
「面白かったー」
 キャッキャキャッキャとはしゃぐ三人娘。
 ドーナツの香りに出会ったのは、彼女たちがアムトーシスの街に遊びに行った時だった。


「お……ナベリウスか?」
「あれー、どっかで見たお兄さーん?」
 アムトーシスの街をぶらついていた神条 和麻(しんじょう・かずま)は、鬼ごっこでもしていたのか、三人で追いかけ回ってはしゃいでいるナベリウスを見つけた。
 そんなナベリウスの視界に入った和麻はと言えば、両手に何やら紙袋を抱えている。片手に持っているのは美味しそうなドーナツで、出来たてなのかその香りがふわっと三人娘の鼻孔を優しく撫でた。
 じー……っと見ている三人娘の視線に、和麻の隣にいたパートナーのエリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)が気づく。
「カズ兄、カズ兄! もしかしてナベリウスさんたち、ドーナツが食べたいのかもしれないのですよ?」
「ん…………そうなのか?」
 聞いてみると、こくこくっと力強く頷くナベリウスたち。
 運河の傍にあるベンチに座って、和麻は彼女たちにドーナツをあげた。
「「「わーい!!」」」
 嬉々としてさわぐ彼女たちの姿を見ていると、ある意味でペットに餌をあげる感覚に似ているような気がした。まあ無論――一歩間違えればこちらを殺しかねないペットであるわけなのだが。
 とはいえ、お食事時はナベリウスも大人しくなるのか。仲良く三人でベンチに座って、ぱくぱくとドーナツを食べ始めた。なんというか、魔神といえども子供は子供。お菓子で大人しくなるとは簡単なものである。
 せっかくだ。この際に聞いておけることは聞いておこう。
 和麻は自分の考えに頷いてナベリウスたちを呼ぼうとした――が、その前に、すでにエリスが彼女たちと話していた。
「へー、ナベリウスちゃんたちって、それぞれに名前があるのですか〜」
「そーだよー、ナナはナナー」
「モモはモモだよー」
「サクラなんだよー」
 髪の長い順から、『ナナ』『モモ』『サクラ』であるようだ。
「食べ終わったら遊んでほしいの〜」
「ちょ……ちょ、ちょっと今日は勘弁してくれ」
「え〜、つまんないー」
 彼女たちの言うところの遊びはもはやバトルゲームである。さすがに今日は、それを許容するようなつもりではない。出会うたびにそんなことが起こっていたら、こっちの身がもたないというものだ。
 それよりも、和麻は聞く。
「そんなことより、ナベリウスに聞きたいことがあったんだ」
「「「なーにー」」」
「君たち魔族は地上に侵略しようとして戦いを始めたみたいだけど……ナベリウス自身は、俺たち地上の人間のことをどう思ってるんだ?」
 率直過ぎる質問だったろうか……? と、半ば後悔が生まれる。しかし、ナベリウスはさほどそんなことを気にしてはおらず、何事もなさそうに素直に答えた。
「うーん……ナナ分かんないー」
「モモもー」
「サクラもー」
 首をかしげる三人娘。しかしその後、彼女たちは言った。
「だけど、遊んでるときは楽しい〜♪ だから、お友達?」
「…………な、なるほど、な」
 その『遊び』がなにかと問題なわけだが、それも致し方ないのだろうか。色々と頭を悩ませる和麻。
 その後、結局ナベリウスたちから聞くことができたのはパイモンたちのわずかな情報だけだった。そもそもナベリウスが事を詳しく理解できているのか怪しいところだが、少なくとも、魔族たちにとってルシファーとは、ザナドゥ最高の魔王だと言われている伝説の存在であるらしい。年若い魔族はルシファーの存在すら知らぬ者も出てきているようだが、その名に畏怖と威厳があることは間違いない。
 そしてパイモンは――そんなルシファーを復活させて新たな魔族の時代。魔族が悠々と地上を歩き、空を舞う……そんな世界を築こうとしているのだ。
「ナベリウス、なら君たちは――」
 思考から舞い戻り、振り返った和麻。
 だがすでに、そこにはナベリウスの姿はなかった。
「ナベリウスちゃんたち、ドーナツありがとう〜って言って帰っちゃったのですよ〜」
「……そ、そうか」
 なにげに作ったドーナツを全て持っていかれていることに嘆息をつく和麻。
 だがまあ……いいか。少なくとも彼女たちがそれを美味しそうに食べてくれていたことを思い出して、和麻は嬉しそうに笑った。


 和麻のことを思い出しつつ、塔の廊下を歩くナベリウス。
 そんな彼女たちの周りでやたらとテンション高くウロチョロしていたのは、南 鮪(みなみ・まぐろ)だった。
 モヒカン頭のいかにも頭の悪そうな不良青年は、ナベリウスを街へのお遊びに誘っている。
「ナベリウスよぉ〜! だからさっさと街中に出かけてパンツを奪おうぜぇ〜!」
「んー、でもやり方わかんない〜」
「わかんなーい」
「ヒャッハー! そんなの、俺がお手本を見せてやるぜ! いいか、見とけよこうやって…………って、おい、見とけってのごらあああぁ!」
「なにか面白いことないかなー」
「ないかなー」
「かなー」
 地団駄を踏むマグロをガン無視してスタスタと歩いてゆくナベリウス三人娘は、退屈そうに呟いた。
 そんな彼女たちの恥部を覆うパンツからは、なにやら不可思議な雰囲気と視線が感じられる。彼女たちのパンツになってはや幾日経つ英霊――ジーザス・クライスト(じーざす・くらいすと)が、注意深く周りを見回している意思の視線だった。
(それにしても……造形深い塔だ)
 廊下に飾られる壺や照明の豪華さに驚きつつ、ジーザスは思う。
 魔族に囚われた魂がどこにあるのかを探る彼だが、いかんせんその行動はナベリウスのパンツになっていることから制限されてくる。あくまでもナベリウスと同行する形でしか、情報を仕入れることが出来ないのだ。
(……うむ。だがいずれにしても好都合。迷える魂の御子たちよ、待っているがよい。必ずや汝らに救いの手は差し伸べられるであろ――)
「ヒャッハァー! すげえぜ流石最強愛の英霊様だァ〜! そこに痺れる憧れるゥゥー!」
(…………)
 無駄にテンションの高い契約者に羨ましがられるという状況に、パンツも呆れた苦笑を浮かべざるえまい。まあおそらくは、意識の中での話だが。
 と、そんなパンツ布教に精を出そうとする不良とパンツになった英霊がナベリウスを囲んでいたそんなときである。
「んー、迷っちまったなぁ、こりゃ。ていうか、ここがアムドゥスキアスの屋敷か?」
「屋敷というか塔って感じですけどね。それにしても、まさか勘でアムドゥスキアスの塔に辿り着くとは、流石と言うかなんというか……主には感心します」
「それ、褒めてる?」
「いえ」
「…………」
 廊下の向こう側からやって来たのは、なにやら少し哀しい顔をしている夜月 鴉(やづき・からす)と無表情を崩さないアルティナ・ヴァンス(あるてぃな・う゛ぁんす)だった。
 さらに、その後ろからどこかのほほんとした雰囲気の花妖精――サクラ・フォーレンガルド(さくら・ふぉーれんがるど)が続いている。
「うーん、変な像が一杯なんだよ。マスターが勘で歩いてたら絶対迷うんだよ! でも、それで塔に着くなんてある意味すごいんだよ」
「それ、褒めてる?」
「絶対褒めてないんだよ!」
 ど直球に言われて、半ば凹む鴉。
 そんな彼を、一緒にいた西表 アリカ(いりおもて・ありか)が励ました。
「だ、大丈夫だよ、鴉さん。ボ、ボクはちゃんとすごいって思ってるよ」
「……気使ってくれてありがとな」
「あ、あは、あははは……」
 アリカは苦く笑うしかできない。
 だが、鴉に感心しているのは本当だった。契約者である無限 大吾(むげん・だいご)に内緒でアムトーシスまで来たものの、途方に暮れていた彼女と一緒に行動してくれたのが鴉だ。一人では上手く立ちまわれたかもわからない。彼には感謝が尽きないところだった。
 それに――何のかんのとアリカはアムドゥスキアスの塔に辿りついて良かったと思っている。
(あの娘たちが、いるかもしれないからね)
 “魔神”の名を冠する少女たちを求めて、彼女はここまでやってきたのだ。
 凹んでいた鴉はすぐに調子を取り戻して、廊下を見回した。
 と――その視線がナベリウスたちを見つけて止まる。アリカの目も、彼女たちを見て止まった。
「って、あれって……ナベリウスたちじゃ……」
「あー! ナナ、モモ、サクラの三人なんだよ! 名前が被ってるなんて図々しいんだよ! 待つんだよ、私もサクラなんだよ!」
 立ち止まった鴉とアルティナを放っておいて、一直線にナベリウスたちのもとに駆けてゆくサクラ。一緒に、アリカが続いた。
「あー、サクラちゃんだー!」
「同じなまえ同じなまえー!」
「一緒なのー」
 しまった――と、鴉が思った時にはすでに遅く。
「あははははは♪ 鬼ごっこなんだよー!」
「鬼ごっこー、鬼ごっこー」
「鬼ごっこー」
「鬼ごっこー」
 ナベリウス三人娘+サクラ一名の4人は、そこらの芸術品をガッチャンガッチャン壊す勢いで鬼ごっこを開始した。もちろん普通の鬼ごっこでは済まないわけで、サクラの火術やナベリウスの獰猛な爪が辺りを切り裂いて旋風を巻き起こす。
「お、おい、アリカ――」
 アリカを求めて視線を泳がせる鴉だったが、すでにアリカはナベリウスたちの“遊び”の中に飛び込んでいた。
「サクラちゃん、モモちゃん、ナナちゃん! どうしてキミ達は戦うの? 楽しい遊びだから? …………もしそうなら、止めて欲しいよ。誰かを傷つけるのは遊びなんかじゃない、ただの暴力だよ!」
 アリカは真剣そのものでナベリウスに訴えるが、三人娘はキャハハハと笑って反撃してくるだけだった。どうやら、アリカが遊んでくれる仲間だと思っているらしい。
(戦いが楽しい遊びなんかじゃなくて……悲しく切ないものなのに)
 アリカはそれを彼女たちに伝えたい。
 そのために、ここまでやって来たのだ。
 それが言葉だけで伝わらないのであれば、どれだけボロボロになっても、彼女たちに付き合う覚悟だった。自分の想いを、その叫びを、伝えるために。
 アリカを巻き込んで、なにやら混沌模様に暴れ回る少女たち。
 鴉はひきつった顔になって、やがて諦めたため息をこぼした。
(こりゃもう止めるのは無理だな……。ナベリウスとの遊びは絶対疲れるし……あとはティナに任せるか)
 そそくさとその場から離れて、塔の屋根に飛び出ると昼寝を開始する鴉。
 アルティナはそんな主に呆れつつも、ナベリウスとサクラの鬼ごっこを見守っていた。一応はお守りということになるのかもしれないが、無茶苦茶な体力をしているナベリウスが廊下を破壊しまくるため、瓦礫からはなんとか自分の身を守らないといけない。
 そのうち遠くに行ってしまうナベリウスとサクラ、アリカ。
 彼女たちを追って、アルティナもまたボロボロになった廊下を進んでいった。