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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第4章 夜の訪問者 2

 まだエンヘドゥがバルバトスのもとにいたとき。
 アムトーシスに送られるという話を聞いた直後のことだ。
 彼女の世話役を任されていた地上の契約者――土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、バルバトスに向けて吼えていた。
「エンヘドゥさんを別の魔神の所に贈るってどういうことだよ! そりゃ、あたしは信用ねーかもしれねーけど、仕事はちゃんとやってきただろ!?」
「別に、あなたの仕事の良し悪しは関係ないわ〜。ただ事が動き出したということ……それだけのことよ」
 妖艶な笑みを崩さないバルバトスは、軽く彼女をあしらう。
 雲雀は彼女の返答に納得できず、さらに詰め寄っていこうとした。だが、パートナーのはぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)がそれを手で遮る。
「それ以上生意気な口を開くと痛い目にあうけど……いいかしらヒバリ?」
「カグラ……!?」
 バルバトスに魂を奪われたパートナーは、雲雀がこれまで知る彼女ではなかった。
 それまでは子供らしい性格と姿をしていたものの、今ではバルバトスの雰囲気にも似た妖艶な美女の容姿をしている。変化は外見だけではない。それまで身を潜めていた残虐性が表面化し、忠実なるバルバトスのしもべとして恭しく従っているのだ。
 ――無邪気だったカグラはどこにいったのか? まるでかつての彼女は死んでしまったかのような、雲雀はそんな気がしてならなかった。
「でも私も気になりますわバルバトス様。せっかく魔力も頂いたのに、このまま捨てられるのはあんまりですもの」
「フフッ……別に魂を捨てるようなことはしないわよ〜。ただ、あの娘は南カナンのお嬢様でもあるでしょ? 色々と便利な使用法があるってだけよ〜」
「では、私はアムトーシスでエンヘドゥの『遊び相手』をお引き受けしたく思います。何かあれば早急にご連絡致しますわ」
「ええ……よろしくね〜」
 そのあと、バルバトスはなんでもやらねばならない仕事があるという話ですぐに屋敷を出て行った。残された雲雀とカグラは、敵の地で成す道など一つしか残されておらず――アムドゥスキアスのもとでエンヘドゥの世話係として働くことしかできなかった。


「逃げるお手伝いもできず、申し訳ありませんです……でもきっと、きっと必ず、仲間の皆さんが助けに来て下さいますから!」
「気になさらないでください、雲雀さん。わたくしも仮にも南カナン領家の娘です。このような事態になることは想定内。別の言い方をすれば……慣れているんですよ」
 部屋の中で窓の外を眺めていたお嬢様は、くすくすと雲雀に笑って見せた。
(……気丈な方だ)
 さすがに南カナン領主の双子の妹だけはあるのだろうか。彼女は苦く笑うでしか答えることができなかったが、心の中ではそう思って感心していた。
 こんなところが似合うはずもない妹姫は、必死で自分を奮い立たせて弱音一つも見せようとしない。昼間はブロンズ像になってしまう身でありながらも、常に領家の娘としての誇りを忘れず前を見ているのだ。
 ――彼女を救いたいと、そう思う。
 ただ、夜のアムドゥスキアスの塔は警備が厳重だ。まして彼女の部屋の前には、自分たち以外の契約者もいる。
 それが――
「は、はい……!」
 コンコンと、ノックの鳴った扉に向けてエンヘドゥが告げると、扉が開く。その向こうから現れたのは、白騎士の鎧を身にまとった一人の女だった。
「夜分に失礼。……問題はないかしら?」
「ああ、大丈夫だ…………アヤ殿」
 顔まで覆った兜の奥からは、瞳の光しか見えない。
 白き魔鎧――ベルディエッタ・ゲルナルド(べるでぃえった・げるなるど)を纏って、アヤという偽名を名乗る天貴 彩羽(あまむち・あやは)は、雲雀を値踏みするように見た。続いて、部屋を見回す。
「そのようね」
「ところでよ……さっきからなんか騒がしいみたいなんだけど」
「ああ……あれね」
 口には出さないでいたが、雲雀はなにやら塔の内部で兵士の声や物音など、騒がしく鳴り始めているのに気づいていた。エンヘドゥも同じだったのか、兵士たちの声に怪訝そうな顔をしている。
「なんでも賊が入り込んだみたいよ。それで、私たちも呼び出しがかかったから持ち場を離れないといけないの。実はそれもあって見に来たのよ」
 彼女はエンヘドゥの監視のために、部屋の前に待機していた。そこから離れなければならないということだろう。憮然とした声色が含まれているのは、それを不満と思っているからか? そもそもがアムドゥスキアス直々の部下ではないだけに、その可能性は高そうだった。
「ぬあー! むしゃくしゃするー! このむしゃくしゃは賊とかいうやつらにぶつけてやるじゃん!」
「おやおや、魂を奪われた上に賊なんて! ミーたちはどうなってしまうのデショウ!」
 廊下から、彩羽のパートナーであるアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)の声が聞こえてきた。
「それじゃあ――くれぐれも、おかしな真似はしないようにね」
 パタンと部屋は閉じられた。彼女の言い残した声は、部屋の中に尾を引いて消えていった。



 もしも賊が契約者であったとしたら、警備兵に見つかる分には、少なくともアムドゥスキアスに見つかるよりマシである。自分にいま出来るのはこれぐらいだ。彩羽はそう思って廊下を歩んだ。
「フフフ……サァ! 大義名分をかざしてザナドゥに来た事を悔やむのは、ドナタでしょうカネ?」
 先を行くアルラナは愉快そうに笑っている。
 なるべく傷つけることは避けるように言ってあるが、さてどうなるものかは分からない。アルラナは自分を守るために働いてくれるだろうが、アルは魂を奪われた当の本人だけにむしゃくしゃが収まりきらないようだ。
「アル、分かってるでしょうね?」
「むー! ちょっとぐらい焦がしたっていいじゃん!!」
 口をとがらせる彼女は魔砲ステッキを振りかざす。いますぐにでもファイアストームで相手を焼き焦がしたいという思いがあるようで、不満は尽きなかった。
 彼女の魂を取り戻す術はあるだろうか? アムドゥスキアスは魂を扱う術は魔族特有のものであるため教えることはできないと語っていた。バルバトスを倒すことは、最も常套手段か。あるいは説得? まあそんなものが、彼女に通用するようには思えないが。
 と――彩羽は思考を中断した。
「こっちだ! こっちに逃げたぞ!」
 どこかで兵士の声がした。
「サア、運命の輪はどう転がるのデショウ! 楽しみデスネ〜!」
 アルラナが芝居がかった口調で手を広げる。くるくると回って歩く彼についていきながら、彩羽は兵士の声がした方角へと廊下を進んでいった。