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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第4章 夜の訪問者 4

 夜の酒場は仕事や職人作業を終えた魔族たちが集まる憩いの場だった。舞台もあるその場所では踊り子が舞いを踊り、賑やかな喧騒が絶えず続いている。
 そんな酒場にシャムスたちを連れてきたのは、アムトーシス兵隊長のサイクスだった。
「いや……本当に助かった。改めて礼を言わせてもらう」
 褐色肌の女剣士は席に着き、正面に座るシャムスに恭しく頭をさげた。
 昼間像備品屋に飛び込んできた男は実は数々の悪事を働いていた罪人であり、捕まえようとしたところを逃げ出されたらしい。幸か不幸かシャムスたちはその場に出くわし、それを捕まえる一端を担ったということだ。
 彼女はどうやら律儀な性格らしく、ぜひともお礼がしたいと夜の酒場にシャムスたちを案内したのである。
「実際に相手を倒したのは菜織だ。オレたちは大したことはしてないさ」
 苦笑してシャムスは手を振り、菜織のほうを見た。
 サイクスはふむ、と頷く。
「いやはやそれにしても見事な腕前で、感服した」
「なに、そっちもな」
 菜織は自嘲したような笑みで答えた。サイクスは物珍しそうに彼女の武器を見る。
「そちらは確か『刀』という代物だったかな?」
「ああ。近くの街で手に入れたのだが、何でも地上の武器らしい。この装飾に輝きは、一級の芸術とも呼べると思ってね。ああそうだ……彼の武器もそうだよ」
 飲み物を飲みながらも菜織は隣にいた男のほうに視線を移す。大剣を傍らに置いていた剛腕の騎士団長は、これまた自嘲気味に苦笑した。
「ふむ、これは確かに……。素晴らしいな」
「これもまた地上で手に入れたものなのだが――」
「ああ、大丈夫だ」
 大剣を説明しようとした菜織を、サイクスは遮った。訝しげに目を丸くする彼女たちに向けて、サイクスは不敵な笑みを浮かべる。
「――お前たちが地上から来ているということはすでに承知だ」
「……!」
 一瞬、それまで嬉々として説明していた武器を手に身構えようとする菜織たち。だが、サイクスは笑みを崩さなかった。
「まあ、落ち着いてくれ」
「……どういうことだ?」
「別にお前たちをどうこうしようってのがあるわけじゃない。少なくとも私は地上から来た者として歓迎の意を表するつもりだ」
 先日の戦争を思い出すように、サイクスは遠い目をした。
「……この街は芸術の街だ。仮にお前たちが敵になろうとも、いますぐ交戦しようというつもりはさらさらない」
 間をおいて、ぐいっとグラスを飲み干す。
「それよりも……だ。私はその武器のことをもっと知りたいんだがね?」
 ニヤリと小気味のいい笑みを浮かべるサイクス。
 味方――かどうかは分からない。だが少なくともこの場においてサイクスは敵ではない。そう思って、菜織たちは武器から手を離した。それに菜織にとっては、この女剣士はどこか不思議と波長が合うような気もしていた。
 特に武器に関しては――お互いに趣味が高じているような気がする。
 その後、彼女たちは武器の談笑に浸っていた。あまりにも菜織がのめり込んでいるため、パートナーの有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)は呆れ気味である。
 くっと彼女の袖を引っ張って、視線だけで『楽しむだけじゃいけませんよ』と告げる。
 ――そう。サイクスが敵意を持ってないのであればなおのこと好都合。相手の情報を引き出すためにも、菜織にはもっと核心へ向かった話をしてもらうつもりだ。
 彼女たちが話している間、酒場は盛り上がってきている。
 契約者たちも何人か舞台に立って店を盛り上げており、時には奇術、時には舞いと、それぞれの得意分野を生かしていた。
「ひゅーひゅー! アキュートー! きゃーかっこいいー!」
 見知らぬ魔族たちと一緒に酒を飲んで肩を組んでいるクリビア・ソウル(くりびあ・そうる)が、陽気な声でそんな風にはやし立てる。
 舞台に立つのはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。
 信仰を捨てた元神父は、空いた酒瓶を使ってジャグリングを披露する。実はフラワシを使ってやっているエセ曲芸なのだが、お酒が入っている連中にはさほど差はなく、くるくると宙を回る酒瓶に客たちは盛り上がりを見せていた。
 さらに、アキュートは気分を良くして舞台を最高潮にさせる。ジャグリングが終わったと同時に、氷術を器用に操って目の前に氷の結晶をキラキラと降らせる。その演出に客はいっそう盛り上がり、拍手喝さいだ。
 そして――
「ねーちゃん、元気だしな。暗い顔は悪い結果しか呼び寄せないぜ?」
「……アキュート」
 彼は手の中にそれまで物質化していなかった青紫の薔薇を取りだすと、それをシャムスに手渡した。舞台を隅で見ながら喉をうるおしていた彼女は、ささやかにそれを受け取る。
「綺麗だな」
「ザナドゥの薔薇だ。こんな異世界だって、綺麗に咲く花はある。あんたの妹さんだって、立派に咲いてるだろうよ」
 自分で思っていたよりも、思いつめていたのかもしれない。アキュートのその言葉は、今のシャムスにとってはありがたいものだった。
「みーずべーの まーちのー おーおひーろばー。にーがおーえ かーきのー おーじいーさんー。あーきゅーと かーいてー おーこりーだすー。あーたまーの そーのえー べーつりょーうきん。おおげんかー なかなおりー おさけーのみー。そーんーなー ふたりーはー ハゲなーかまー」
 いつの間にか舞台ではペト・ペト(ぺと・ぺと)が歌っていた。
「いやーん、ペトちゃ〜ん。すてき〜〜」
 すっかり酔ってしまったクリビアに褒められて、ペトばテレテレと顔を赤くする。
 よくよく聞くと不思議な歌詞にシャムスはきょとんとなっていたが、一緒に飲んでいたアキュートのもとにハゲたおやじが機嫌よくやってきた。
 まあなんというか――そういうことだろう。
「シャムスさま……一緒に踊りませんか?」
「オ、オレか…………?」
 ペトの可愛い歌を満喫した次は女性の舞いだということで、舞台にすでに上がっていた真口 悠希(まぐち・ゆき)がシャムスを誘った。人前で踊るなどめったにしないシャムスはもちろん気が進まないが――
「いいじゃないか。やってみたらどうだ?」
「ペトもシャムスの踊り見てみたいのですよ〜」
「お、おい……!?」
 周りの連中にはやし立てられて、押され引っ張られ、舞台にあげられる。舞台の袖に彼女を連れて行った悠希は、用意していた衣装を着せ替えさせた。
 いまだに、シャムスはブツブツと文句を言っている。
「相手の心を見るには……まずこちらから心とかを開いていかないと、ですね」
「そういうものか……?」
「ええ、そういうもの、です。きっと」
 ニコッと笑いかけた悠希。
 準備は整って、舞台に二人の踊り子が並んだ。
 照明がつくと、その美しさに感嘆と驚嘆の声があがる。桃色のたおやかな髪を靡かせる洗練の美のシャムスと、繊細で女性らしい美を醸す悠希。
 二人が舞い始めると、それは一つの『芸術』だ。放心したように立ち尽くしていた魔族たちが、やがて楽しく酒を飲み始め、盛り上がる。
「シャムスさまは……良き相手に巡り合えたのでしょう?」
 舞を踊っている最中に、こそっと悠希が耳打ちした。ボッと顔を赤くするシャムスに、彼女はクスッと笑う。
「なら女性としての自分も磨かないといけませんね……男のボクに負けない位には」
「……ったく、余計なお世話だ」
「これでもお嬢様学校在籍ですから……任せて下さい。相手を思い遣ってリードしたり、頑張っていきましょう」
 むすっと頬を膨らませていたシャムスは、諦めたように息をついた。
「…………ああ」
 それが嬉しかったのか。忍び笑う悠希。
 やがて舞いは終わり、シャムスも元のラフな服装に着替えて酒飲みの席に戻る。アキュートがからうかうような笑みで軽く拍手していた。
 憮然とした顔になるのも、仕方あるまい。
 と――席について次の酒を注文したそのときだった。
 近くに寄った緋山 政敏(ひやま・まさとし)が彼女の耳に何かを耳打ちした。一瞬だが、シャムスの眉がピクリと上がる。だがすでに予想していたことでもあったのか? それ以上の反応は見せず、彼女は頷くだけだった。
 代わりに――
「カチェア、リーン、政敏を頼む」
 政敏と一緒にいたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に声をかける。彼女たちもまた、それに応えて頷いた。
「成功したら、膝枕して欲しいな」
 ニコニコと笑顔を浮かべながら、政敏は要求する。隣にいた美幸はげんなりというか、不機嫌な顔になっていた。
「何を言っているんですか? この穀潰しは。ご褒美が無ければ動けないなんて屑ですね」
「それか、美幸ちゃんの膝枕でもいいけどな」
「……ばっ……な、なにを馬鹿なこと言ってるんですかっ!?」
「ははっ。んじゃ、行ってくるわー」
「ぬぐ……」
 美幸は声を詰まらせた。ただし、その顔はひどく真っ赤になっている。ひらひらと手を振ってシャムスたちに別れを告げて、政敏はカチェアたちと一緒に酒場を出る。
 アムトーシスの夜を飾る発光球体は、街をにびいろに染め上げていた。