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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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第3章 角ある少年の見る街 2

 アムドゥスキアスの謁見の間には、数多くの芸術品が飾られていた。
 彫刻をはじめとして、絵画や鎧にレリーフに――それらの多くは単なる芸術品に過ぎないが、中にはひときわ異様な空気を放つ『魂の作品』も少なくない。特に、アムドゥスキアスの座る椅子に向かうにつれてそれは比例していくようで、彼は自分の横にある執務机さえも『魂の加工品』だと語った。
「これなんかは作るのに結構苦労したんだよー。調度品なんて久しぶりだったからね。どうかな? 上手く出来てるかな?」
「……ええ、そうですね」
 久我内 椋(くがうち・りょう)は半ばそっけなく答えた。
 しかし、アムドゥスキアスは気分を害することもなく、ニコッと笑みを浮かべた。謁見の間の最も奥にある玉座に座り、彼は自分の目の前にいる者たちを眺める。
 そこにいたのは、椋だけではない。
 彼の横で憮然とした態度を崩さぬまま腕を組んでいるのはモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)。そして、どこか飄然として嫌みを含んだ微笑を浮かべているのは浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)だった。背後では魔鎧のホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)も控えているが、横にいる二人とは違ってどこかおどおどと挙動不審でいる。
 まあ、それも致し方あるまい。彼は魔鎧。そして元々はザナドゥのゲルバドル出身の下級魔族である。魔神を前にしては、恐怖もよみがえるというものだ。
 しかし、それにしても英霊と悪魔の二人はアムドゥスキアスを前にしても堂々としたものだった。彼が見た目はただの少年にしか見えないということもあるだろうが、それを含んでも、幼い身から放たれる不気味な威圧感に怖じ気づくことはない。
 椋としては頼もしいと思える。
(しかし……)
 彼らが自分の為に動くことはまずないだろう。普段は自ら前へと進み出るモードレットは何もしないまま直立し、このアムトーシスの街を椋へと紹介したクロケルは芸術品を鑑賞しながら感嘆の声をあげるぐらいだ。
 ――試されている。
 そんな気がした。
「それで? 何の用だったっけ?」
「魔鎧に……新たな魂を封印できるか、という話です」
「あー……なるほどね」
 アムドゥスキアスの視線が背後のバロウズへと移った。ビクッと震えるバロウズ。
 椋は構わず続けた。
「魔鎧とは魂を加工された代物であるということを、聞きました。だとすれば、それは魂の封印とは別物ではないか、と。ならば、例えば今ある魔鎧に更に魂を封印することでその力は増幅するのではないだろうか……? そう、考えたのです」
「へー、面白いね」
 くすくすと笑うアムドゥスキアス。
 と、その瞳が細く研ぎ澄まされる。彼はそれまでのにこやかな声とは違った底冷えする声で答えた。
「でも、それは答えられないね」
「なぜ……?」
 椋は少し焦り気味に聞き返した。
「なぜってことはないと思うよ? 君だって、自分の大切な術を他人に教えたりはしないでしょー? まして、その種族にとって唯一無二の絶対価値の秘密を教えるなんてことは絶対にしないと思うけどなー。ボクらにとって魂ってのは、それぐらいの存在なんだよ」
 アムドゥスキアスはそう伝えると、自らの作った魂の作品に目をやった。
 その瞳に灯る光が少しだけ哀しそうなのは、どうしてだろうか?
 椋がじっと彼を見ていたからだろうか。アムドゥスキアスは苦笑して呟くように言った。
「……心配することはないよ。魂なんて、ひとつだろうがふたつだろうが一緒さ。君たちなら強くなれると思うよ。きっとね。なにせ……あの偏屈なモートと一緒に戦った人たちなんだからね」
 そして彼は、椋たちの横に控えてたもう一人の悪魔へと目を移した。
「そう思わないー、フィーグムンドさん?」
「お前がそのようなことを人間に告げるとは、面白いな」
 フィーグムンド・フォルネウス(ふぃーぐむんど・ふぉるねうす)は不敵に笑って前へ進み出た。その横にいるのは、まるで彼女の従者のように付き従う二人――ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)。そしてグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だった。
 グロリアーナは剣帯にさがる両の剣を撫でながら壁にもたれかかり、フィーグムンドの様子を見守っていた。いついかなる時も彼女らを守れるように、アムドゥスキアスに警戒の念を抱いている。
 対して、ローザマリアはいつもとは違った姿をしていた。この地はあくまでもザナドゥの地である。人間とバレぬように赤毛で垂れ目気味の女性に変装している彼女は、フィーグムンドの使い魔といった立場でそこにいた。
 恭しく頭を垂れる使い魔『ロゼ』を控えさせて、フィーグムンドは言う。
「久方ぶりに来たが、この街は変わらないね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
 にこやかに笑ったアムドゥスキアス。そんな彼に、フィーグムンドは一枚の絵画を見せた。それはパラミタ内海の絵だった。美しき蒼を描いたそれを魔神に見せて、フィーグムンドは信念の光を瞳に灯す。
「しかしな……私が、お前達に協力しかねる理由が、此処に在る。それがこの地上ならではの、蒼だ。大洋を統べるには、ザナドゥという名は、重い枷でしかない――故に、袂を分かつと決めた」
「…………」
 アムドゥスキアスは深淵の瞳となり、フィーグムンドを見つめた。
 蒼き髪。蒼き瞳。
 かつてザナドゥの地にいた大洋の悪魔は、己の道を見つけたことをアムドゥスキアスに告げていた。
「……理由を、聞いてみてもいいかな?」
「私の契約主は、この海で一軍を任された立場に在る。私は、この海という己が為に与え賜うた約束の地を支配したくなった、ただそれだけの事だ。そしてそれが、契約にあたり私が求めた唯一にして最大の対価なのさ」
 対価。
 彼女はそう言った。それはつまり、彼女が悪魔として、『魔族』としての自分の地位と名誉を捨てるも同義であるように聞こえた。
「美しいね……うん。美しい生き方だと、思うよ」
 どこか羨ましそうにも聞こえる声で答えて、アムドゥスキアスは微笑した。
 と、そんなとき――謁見の間にナベリウスたちがなだれ込んできた。
「うわーい、鬼ごっこだー!」
「だー!」
「だー!」
「鬼ごっこは楽しいんだよ〜♪」
 サクラと一緒に鬼ごっこと称される破壊活動をしている四人が、しっちゃかめっちゃかにお互いを追いかけ回って謁見の間をひっくり返す。
「ナ、ナベリウス様!? なんでアムトーシスにいるんだよっ!」
 自分には恐怖の対象でしかないナベリウスがやってきて、バロウズは慌てて椋たちの背後に隠れた。
 モードレッドが、すかさず剣を構える。
「暴君殿……今回は……」
「分かっている。ただの保険だ」
 クロケルの抑制の声に苛立つように答えて、モードレットはあくまでもこちらからは攻撃を仕掛けないように努めた。
 やがて兵士たちがやってきて、ナベリウスを追いかけるサクラや、それを追ってきたなにやら勝手に侵入してきたのであろうアルティナを捕える。話によればどうやらもう一人いるようだ。兵士たちが探しに向かったため、見つかるのも時間の問題だろう。
 遊びが強制終了になって不満げなナベリウスをなだめて、アムドゥスキアスは立ち上がった。
「さてと……それじゃあボクはそろそろ出かけてくるね。この塔は好きに見て回っていいよー。部屋だってたくさんあるし、しばらく滞在しても構わないからー」
 そう言い残して去っていこうとするアムドゥスキアス。
 その背中に、椋が問いかけた。
「どこに行かれるのですか?」
「お客様の様子を見に行くんだよー」
 ひらひらと手を振って、アムドゥスキアスは部屋を出て行く。
 しばらくその場に立ったまま訝しんだ顔をしていた椋だったが、
「まだまだ遊び足りないのー」
「だから遊ぶー」
「遊ぶー」
「ひいいいいぃぃぃ!」
 とりあえずは悲鳴をあげるバロウズの救出が、彼にとっては最優先事項のようだった。