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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~後篇~

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【金鷲党事件 二】 慰霊の島に潜む影 ~後篇~

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第八章  由比 景継


 戦いの音を遠くに聞きながら、円華たちは、鏡の指し示す方向へと、山中を進んでいた。
 地面は土砂崩れによって、とても歩けた状態ではない。
 しかし一行は、ノーンの《空飛ぶ魔法↑↑》で浮き上がることによって、順調を歩を進めることが出来た。

「もう、すぐ側まで近づいているはずですが……」
「はい。景継様のいらっしゃる所までは、もうすぐですよ」

 突然の声に、身構える一行。
 誰一人として気付かぬうちに、小男が、一行の目の前に立っている。

「あ、あなたは……!」
掌玄さん?」

 討魔となずなは、その男に見覚えがあった。
 男の名は三田村 掌玄(みたむら・しょうげん)
 執事として、景信の更に先代の当主から由比家に仕え、主に表沙汰に出来ない用件を執り仕切っていた人物である。
 先の紛争の直前に行方不明になっていたので、てっきり討魔たちは、景信と共に死んだものと思っていた。


「お初にお目にかかります。それがし、由比家執事、三田村掌玄と申します。以後、お見知りおきを。」

 掌玄と名乗った男は、一行に向かって頭を下げると、改めて円華の方に向き直ると、その場に跪いた。

「五十鈴宮円華様。ご挨拶が遅れまして、誠に申し訳ございません。本来であれば、新しき五十鈴宮家のご当主様には、もっと早くご挨拶に伺わねばならぬ所ですが、我が由比家も色々とゴタゴタが続きまして……。何卒、ご容赦願います」

 掌玄は、地に頭を擦りつけるようにして、深々と頭を下げた。

「どうぞ、頭をお上げください。私が、五十鈴宮円華です。こちらこそ、ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません」
「こ、これは!それがし如き陪臣(またもの)に、勿体無きお言葉。恐れ多いことにございます」
「……それで。その執事さんが、一体何の用なんや?」

 時代がかったやり取りにシビレを切らしたが、口を挟む。

「これは、失礼を致しました。円華様。由比景継様が『円華様にお会いしたい』と、こう申しておられます。それがしがご案内致します故、一緒にいらしては頂けませんでしょうか」

 予想外の申し出に、思わず顔を見合わせる一同。

「そんなあからさまにアヤしい招待なんぞ、受けられるかいな!」
「これは罠です、円華さん!」

 皆が、口々に反対する。円華は、確認するように、御上の方をじっと見た。御上は厳しい表情でコクリと頷く。

「み、御上君!?」
「分かりました。参ります」
「円華さん!?」

「有難うございます、円華様。では、こちらへ」

 掌玄は、周りのメンバーを一切無視して一礼すると、踵を返して歩き出した。
 円華も、無言で後に続く。
 その円華の様子に、まだ何か言いたげだったメンバーたちも、黙って後に付いていった。 
 


「よく来た、五十鈴宮の娘よ。儂が由比家の正当なる継承者、由比景継だ」

 円華たちは、掌玄に誘われ、金冠岳の中心部、カルデラの底に当たる部分へと辿り着いた。
 幾重にも篝火に取り巻かれた、大きな岩の上。
 そこに由比景継は、護衛の侍たちと共に、円華たちを睥睨するように座っていた。

 初めて対面する景継。父親の従兄弟にあたるというその男の顔を、円華はまじまじと見つめた。
 顔の作りなど、確かに景信を彷彿とさせるところも無くはないが、痩せぎすの身体、顔の右側に走る傷、ギラついた眼などが、その印象を父親とは似ても似つかない物にしている。
 何より、その全身から発せられる禍々しい気が、円華に景継を酷く嫌悪させた。

「……成程。確かに、似ているな」

 一方景継は、円華の中に、景信の影を見出していた。
 全体的な作りは母親似だが、眼が、あの男にそっくりだ。
 死んだ筈の、そして憎んでも憎み切れぬ男と同じ、あの澄んだ眼−−。
 景継は、沸き上がってくる憎悪にギリッと奥歯を噛むと、やおら立ち上がる。
 一抱えもある大きな箱を手に取ると、その蓋を開けた。

「あ、あれは!?」
「鏡!」
「なんてこった……」
「やはり、間に合いませんでしたか……」

 一行から、悲鳴のような声が上がる。

「どうだ、五十鈴宮の娘よ。これが、由比家累代の重宝、『解理の鏡』だ!」

 勝ち誇ったように、高らかに宣言する景継。

「あれが……お父様の、鏡……」

 円華はそう言ったきり、じっと鏡を見つめている。

「そうだ。お前の持つ、『産日の鏡』と対を成す物。そして、この儂を覇業へと導く物よ」
「覇業……?」
「そうだ。『解理の鏡』に営々と蓄えられてきた甚大な魔力に、この儂の術が加われば、如何に房姫の加護があるとはいえ、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)を呪い殺すコトも容易い」
「総奉行の呪殺……。それが、あなたの狙いなのですね」

 御上が口を開く。

「この儂に屈辱を与えた者、全てにしかるべき報いを与える事。それは、第一歩に過ぎぬ。儂が望むのは、儂に逆らう者全てを抹殺し、全シャンバラを支配すること」

「古今東西、テロリズムで国を治めることの出来た者はいません!」
「全くや、そないなアホなコト、本気で考えとるヤツがおるとは」
「呆れてモノも言えないね」

 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)の言葉に、皆が口々に同意する。

「果たして、そうかな?……いでよ、我が下僕たちよ!」

 不敵な笑みを浮かべた景継が、右手をサッと上げる。
 すると、景継の周りに、薄ぼんやりとした影が現れた。その影は次々と数を増して行き、あっという間にカルデラの中を埋め尽くすほどになった。

「な、なんなの、この幽霊ども!?」
「これが全部、景継の下僕……」

「儂は既に、この金冠岳の怨霊全てを支配下においておる。儂は、怨霊を引き寄せる。我が支配から逃れられる怨霊は、この世に存在せぬ」
「なんだって!?」
「そして我が呪術は、怨霊共の抱く怨念を力の源とする。無念を抱いて死んだ者が多ければ多いほど、我が力は増して行く」

「ちょ、ちょっと待ってください。イキナリ呪い殺された人って、普通、心残りがありますよね?てコトは……」
「あの人が誰かを呪い殺すたび、どんどん力が強くなるってコト!?」

 驚いて顔を見合わせるキルティス秋日子

「そして、あの解理の鏡が産日の鏡と同じ力を持っているとすれば、あの鏡は、そうして得られた魔力を、ほぼ無尽蔵に蓄えることが出来ます」

 円華が、淡々と言う。 

「あらゆる怨霊を支配して呪力を増し、怨霊の力を持って人を取り殺し、さらに怨霊を作り上げ、支配する……。確かに、これを無限に繰り返していけば、理論上は、全シャンバラを支配することも夢ではありません」

「そして、このスパイラルは、初めの内こそゆっくりとしているけど、ある一定のラインを超えたところから、加速度的のそのスピードを増して行く筈だ」

 陽太の総括を、御上が補足する。

「これだけの怨霊とあの鏡があれば、決して夢みたいな話じゃない」
「そ、そんな……」

 御上の言葉に、衝撃を受けるメンバーたち。

「そういう事だ。そしてお前らにも、我が下僕の列に加わってもらう。そうそう、その『産日の鏡』も渡してもらうぞ。魔力の源は、多ければ多いに越したことはないからな」

 そう言って、ニヤリと笑う景継。 

「アホかっ!『怨霊になれ』言われて、『ハイそうですか』っちゅうヤツが、何処におるかいっ!」
「そうだ!景信さんの鏡も、返してもらうよ!」
「馬鹿め。この怨霊の群れと戦って、勝つつもりか?やれっ!!」

 景継の号令一下、一行を取り巻いていた怨霊たちが、押し寄せる。
 たちまち、激しい戦いが始まった。



「女神イナンナよ、我に不浄の者を打ち倒す、光の刃を!」

 《イナンナの加護》で、新手の接近を敏感に感じ取った陽太が、女神イナンナの力『《我は射す光の閃刃》』で、怨霊の一群を薙ぎ払う。
 その後ろから押し出されるようにして現れた怨霊を、ノーンの【セフィロトボウ】から放たれた《サイドワインダー》の二本の矢が貫いた。
 しかし、2匹を倒した位では、まるで焼け石に水だ。

 新たな矢をつがえている間にも、新たな怨霊がノーンに迫る。
 伸ばされた手が、ノーンの肩を掴もうという瞬間、怨霊が悲鳴を上げてひるんだ。
 ノーンのみにつけていた【御藝神社のお守り】が、黒ずんで足元に落ちている。

(……そっか!幽霊だから、神様のモノには弱いんだ!)

 しかし、怨霊がひるんだのも一瞬だ。すぐに体勢を立て直し、前に出てくる。
 そこに、再び矢を放つノーン。
 とにかく今は、1匹でも多く倒すしか無い。


「行きますよ、マスター」
「オゥ、バッチリ頼むで!」

 未来は狙いもつけずに、《雷術》と《火術》を連続して詠唱する。
 未来の術で倒し切れなかった怨霊を狙い、が《轟雷閃》の炎を纏った【鉄甲】で、怨霊に立て続けにパンチを浴びせる。
 飛び込んできた社に接触しようと怨霊たちが殺到するが、社は《歴戦の立ち回り》でそれを巧みに交わしながら、1匹1匹的確に始末して行く。
  
「昨日の今日やからな、そう簡単にはヤラセへんで!」
「みんなの『音』、そう簡単には消させないわよ!」

 圧倒的な数の差にも、あくまで2人は意気軒昂だ。


「円華さんと御上先生は、ここで、じっとしていて下さい。ココから先は、怨霊には一歩足りとも進ませません」

 キルティスは決意を込めた目で言う。

「キルティス、秋日子君。今皆と連絡を取った。皆、こちらに向かって来ている。助けが来るまで、持ちこたえてくれればいい。……くれぐれも、無理はしないでくれ」

「わかってるよ、御上君。心配しないで」
「円華さんと御上先生には、指一本触れさせません!」

 キルティスと秋日子の2人は、自分から仕掛けることはせず、近づいてくる怨霊のみを確実に排除する戦術を取った。
 キルティスがオフェンス、秋日子がディフェンスだ。
 秋日子が【灼骨のカーマイン】を連射して、キルティスを《弾幕援護》し、キルティスは遠くの敵には《遠当て》、近くの敵には《等活地獄》で対処する。
 彼らの前面では、討魔となずなが鬼神の如き戦い振りで怨霊を倒しているから、2人のところまでやって来る怨霊の数は、決して多くはない。

 だが、彼らの体力や気力も、無尽蔵に続く訳ではない。正直、この状況を覆せるかどうかは、援軍次第だ。
 

「ええい、あの程度の小勢に、何を手こずっておる!」

 数の上では100倍以上にも及ぶ数を有しながら、敵を攻めあぐねている現状に、景継は苛立ちを隠せない。

「な、何分にも、敵も手練が多く……」
「悪路たちは、何をやっておる!」
「そ、それが……。先程、六黒殿が敵に敗れ、早々に戦列を離脱したとの事でございます」
「何だと!六黒め、口程にもない!」
「我が方が疲れ知らずの怨霊なのに対し、敵方は生身の人間。必ず、疲れが出て参ります。このまま攻め続ければ、いずれ音を上げるに違いありません」
「そのような気の長い事を言っておっては、夜が明けてしまうわ!」

 朝日が昇れば、怨霊たちは現世にとどまってはいられない。何としても、それまでに決着をつける必要があった。

「あ奴等の中で、一番の手練は?」
「は、あの男−−神狩討魔にございます」

 掌玄が、討魔を指差す。

「そうか。ならばあ奴から、血祭りに上げてくれる」

 景継は凄惨な笑みを浮かべると、鏡の前で、結跏趺坐の姿勢を取った。
 両手で印を組み、呪文を唱え始める。
 すぐに、景継の意識からあらゆる五感が消え、代わりに常人には感じられぬ負の気を捉え始める。
 その隙を、影月 銀(かげつき・しろがね)は見逃さなかった。



 パートナーのミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)と共に、別ルートで鏡の元へと向かっていた銀は、その途上、土砂崩れに巻き込まれ、円華たちと離れ離れになったクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)に出会った。
 2人の連れていた【スカイフィッシュ】に導かれ、円華たちの元へと急行した銀たちは、夜陰に乗じ、景継たちの頭上を取ることに成功したのである。

 《隠形の術》で気配を消しながら、景継を見張っていた銀は、上空に待機しているミシェルたちにメールで連絡をすると、自身は侍たちに向かって、【しびれ粉】を撒いた。

 うめき声を上げながら侍が倒れる音に、掌玄が気づいた時には、既に何人かが、しびれ粉によって身動きが取れなくなっていた。
 そこにミシェルたちが、逆落しに突っ込んでいく。

「景継様、眼をお覚ましください、景継様!」

 掌玄が必死に景継を揺さぶるが、一旦術に入ってしまった景継は、中々目を覚まさない。

「何をしている!皆の者、景継様を守るのじゃ!」

 掌玄は、護衛に指示を出すと、自身は解理の鏡に駆け寄る。

「やらせない!」

 鏡を抱えて逃げようとする掌玄の背中を、ミシェルが《光条兵器》【ルミナスメイス】で打つ。
 上空からの一撃に、掌玄はこらえきれずに倒れた。激しく大地に打ち付けられた掌玄は、鏡を抱えたままゴロゴロと二転、三転して、岩山の端から転がり落ちていった。

 
「侍たちは、ボクが!クリストファーは、景継を!」
「頼む!」

 クリスティーは、侍たちに向かって突っ込みながら、全身の力を込めて《叫び》を上げた。
 そのあまりの凄まじさに、侍たちは、耳を押さえてうずくまる。

 一呼吸遅れて、クリストファーが景継の背後に迫る。
 クリストファーが、【飛竜の槍】の切っ先を景継の心臓に向けた瞬間、掌玄が鏡を手にしたことで、トランス状態が解けた景継が、意識を取り戻した。

 背後に殺気を感じ、振り返る景継。
 クリストファーの槍が、もう目の前に迫っている。
 間に割って入ろうとする侍たち。

「もらった!」
「ナニッ!」

 必殺の《龍飛翔突》を繰り出すクリストファー。しかしその槍は、侍の身体を貫き、景継の左肩に刺さって止まった。

「グガァ!!」

 痛みに呻きながら、這うように逃げ出す景継。

 クリストファーは尚も追撃を加えようとするが、侍は自分の腹に刺さった槍を両手でガッシリと握り、離そうとしない。

「クソッ!は、離せ!」
「お逃げ……ください……景……つぐ……さま……」

 護衛の侍たちに担がれるようにして、逃げて行く景継。

「ま、待てっ!」

 クリストファーのみならず、クリスティーや銀も景継の後に追いすがるが、その行く手を、今度は怨霊の群れが阻む。
 景継の指示で押し寄せてきた怨霊の群れに巻かれ、クリストファーたちは景継たちの姿を完全に見失ってしまった。