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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第7章

 
(帰ってこない2人、気になるな……、大丈夫かな……)
 カチッ。
「わああっ!?」
 そんな事を考えていたら、緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)の頭上からザバーッと熱湯が降ってきた。先程から落とし穴や落とし穴やバナナの皮やら、罠に巻き込まれるのは何度目だろう。何があるか分からないし十二分に気をつけているつもりなのに。
 基本的に、後ろを歩く緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)と連れてきたガーゴイルは罠を踏まなかった。
(それにしても、面白いように罠に引っ掛かりますね……)
 湯気を立てる霞憐をしみじみと眺め、遙遠は手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
「うん……これも、2人を助ける為だもんな……」
「? ……ああ、霞憐は2人を探しに来たんですね」
「? 遙遠は違うのか?」
「彼等も気にはなりますが……それより、ここには貴重な物もあるでしょうからそちらを探して手に入れたいですね」
「…………」
 考えもしなかった、というような表情をする霞憐を余所に、遙遠は氷翼アイシクルエッジを広げてふわりと宙を浮く。
「さて、この辺りに敵の類は居ないようですし、ここからは飛んで行きましょうか」
 加えて、床を踏まなければ罠に遭う心配も無い。
(何があるか楽しみですね。非常に興味があります)
 関心高く、遙遠は若干スピードを上げて通路の先を進んでいく。
「あっ、待ってよ!」
 霞憐もガーゴイルに乗って後を追う。隣に並んだ頃には、驚きも収まっていた。
「……遙遠はそんなやつだったな」
 呆れた調子でそう言い、前を向く。
 ――僕は、僕が出来る範囲で2人を探そう。
「ん? ガーゴイル……、まさか、あれが情報管理所のガーゴイルだったり……、まさかな」
 月夜から管理所の存在と守護者について聞いた佑也は、霞憐達を見つけて足を止めた。ラグナも興味を惹かれたのか、彼に言う。
「追いかけてみましょう。あの方達も依頼を見て来ているみたいですし、何にせよ悪いことはありませんわよ?」
 その有無を言わさぬ笑顔と数秒目を合わせ、佑也はガーゴ……もとい、霞憐の通った通路へと足を踏み出した。

              ◇◇◇◇◇◇

「智恵の実か……。林檎のような形か? まあ見つけてみれば分かるか」
 ――そんな事を考えていたら、不意に足元でカチッという音がした。
「! ……落とし穴か」
 体重を預ける拠り所を失って宙に浮く形となった氷室 カイ(ひむろ・かい)は強化光翼を使ってそれを回避する。穴は直径1.5メートルほどで、底が細い棘で埋め尽くされているのが見える。罠を踏まずに先を歩いていたラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が振り返り、やっぱりなと破顔した。
「こういう、宝がある場所って大概罠があるんだよなー」
「ああ、罠に注意しておいて良かった」
 だからこそ不測の事態にも即対応が出来たが、もし人が落ちたら蜂の巣必至である。
「宝、か。智恵の実を目的に来たのか?」
「何かこう、知的好奇心が疼いちまってな。調べないと気がすまねぇ」
「……本当に、奥には智恵の実があるのかしら? あの、アダムとイブの食べたという智恵の実が」
 神殿内で行き会ったローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が真剣味を帯びた口調で言う。
「それは行ってみなきゃわからねぇが、何事も疑ってかかったら進まねぇよな」
 アルカディアにはまだまだ未知の部分が多い。他にも罠類があるかもと警戒しつつ、ラルクは意気揚々としていた。
「そうね……。食べたら、何かが開花するという……」
 ここまでマッピングしてきた地図に先の落とし穴を書き込みながら、ローザマリアは前を行くエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の背を見遣る。この地方に残るおとぎ話という智恵の実の効果は、皆がよく知る実のものと似ている。本当に実があるのなら、エシクが新たに知ることは――
(智恵の実か……、それがあれば俺の記憶が戻るのか? 試してみる価値はあるな)
 話を聞いていたカイも、実について、その効果について考える。
(俺の失われた過去に何があったのか……。俺はそれが知りたい)
 前方から機械の光沢が見えたのはそんな時だった。複数の機械獣が、侵入者を排除しようと襲ってくる。カイは体力温存の為に強化光翼を外し、両手に持つ緋陽正宗蒼月正宗を握り締めた。
「どんな罠があろうがどんなモンスターが居ようが、それを乗り越えて智恵の実を手に入れてやる」
「おう、ガーディアンだろうが罠だろうが、ヘコたれる訳にはいかねえからな! んで、こうやって古代文明な所ってのはガーディアンに守られてたりするんだよな」
 ワクワクと楽しそうな色のこもった声音で言い、ラルクも拳を握り機械獣達と対峙する。彼等によって、機械獣達は動きを停止させていく。
「まぁ、俺の拳でぶち壊してやるぜ! 目的はあくまでも、智恵の実の検証だ!」
 その勢いを止めるには、神殿内の警備システムでは足りないようだった。事実、獣達はそこまでの強さは有していない。
 彼等はそうして快進撃を続け、やがて――地下2階への階段を見つけた。

              ◇◇◇◇◇◇

「爆弾の設置は壁への攻撃には入らないのか」
 黒と白だけのシンプルな色合い。柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、数字と同数のマークが入ったトランプのカードを壁に貼り付けた。{カード型機晶爆弾である。アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)の持つ銃型HCが地図を確実に形成していく一方で、彼は通路の分岐点ごとに目印としてこれを取り付けていた。緊急時用のトラップという役割もある。話に聞いていた機械人形の姿も何度か見たが、ここまで人形達とは目を合わせずにやりすごしている。
「殺気は感じられないわね。私達から仕掛けない限り大丈夫なのかしら」
「通路に並んでいたものが動き出したらしいが、そこらをうろついているだけというのは些か解せぬの。恐らく、何かあるのじゃろうが」
 殺気看破が反応しなかったことに対し、真司に纏われた魔鎧、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)とアレーティアがそれぞれに言う。
 そう、何かある。もし正面から相対していたら、真っ先に狙われていたのはアレーティアであろう。探索の方針が幸いし、難を逃れていたのだ。
「あの人形には触れない方がいいだろうな。動物型の機械も何体か見たし、役割が違うのかもしれない」
 彼女達にそう自分の所見を伝えてから、真司は工房を訪ねた時の事を思い出す。
「しかし、肝心のライナスが行方不明とはな……」
 彼が今日ヒラニプラに来たのは、ファーシーの施術を行うと聞いたからだ。だがいざ行ったら当の機晶技師の安否が分からない。こうなったら、アルカディアに赴きライナスを探しに行くしかないと現在に至る。
 工房で得た情報は、ワープ系を含む数々の罠があるという事。機械人形の存在。そして情報管理所についてである。
「情報管理所で先に情報を手に入れられれば、捜索もスムーズに行くだろうな。ただ、問題は本を守護するガーゴイルか……。融通が利く相手ならいいんだが。……おっと」
 分岐路に差し掛かり、真司はトランプを壁に取り付ける。
 ――スペードのジャックは、彼等の背をただ静かに見送った。

「……ん?」
「何じゃ?」
 やがて、彼等の目に赤いカーペット敷きの部屋が見えてきた。中には本棚が並んでいて、その入口では――
『…………』
「…………」
 霞憐の乗ったガーゴイルと情報管理所守護者・ガーゴイルが鼻を突き合わせていた。その部分だけ切り取れば、トランプの絵柄にでもなりそうだ。
 これはこれで面白いし良い時間稼ぎにもなる。霞憐はガーゴイルの上で困った顔をしていたが特に干渉もせず、遙遠は管理所に足を踏み入れた。真司から声が掛かったのは、適当に書架の間を歩いていた時。
「……あれは、何をやってるんだ?」
「深い意味はありませんよ。お互いにシンパシーでも感じているのでしょう」
 そう答え、遙遠は手近な本を取って開いてみる。中は、見事に白紙だった。
「これは……」
「殆どがダミーだそうだ。だが、管理者によれば中身のある本もあるらしい」
 遙遠に気付いて静麻が近付いてくる。3人は彼からこれまでの遣り取りをざっと聞き、遙遠は2冊目の本を手に取った。そこで――
 守護者ガーゴイルが剣を構え一直線に飛んでくる。遙遠は氷翼を使ってそれを避けると、ヴァジュラを出した。「遙遠!」と、霞憐も守護者ガーゴイルを追ってやってくる。
 光の刃と剣。お互いに武器を向けた状態で遙遠は言った。
「おや、閲覧許可は出たと伺いましたが……」
『そこの男に出しただけだ。お前には出していない』
「それでは……本を見せていただけませんか? 出来れば、この……」
 手にある本の中身をちらりと見る。白紙だ。だが、守護者ガーゴイルは問答無用で襲ってきた。どれだけ職務に律儀なのか。その攻撃を払い、言葉を続ける。
「白紙以外の本の在処を教えていただけるとありがたいのですが」
 この部屋の本は、守護者とダミーによって厳重に守られている。ということは同時に、それが貴重であるという事を示していて。まあ、興味も高まるというものだ。
「遙遠としては、本の中身をちょこっと覗きたいだけなのですが……。本自体を持ち出す気は全くないのですよ。あなた達にとっては中の情報も守護すべき対象なのですかね?」
『……そうだ』
「本当に? そう命令されたのですか?」
『……命令……』
 ガーゴイルは束の間黙り、それから言った。
『本を、情報を守るという事は神殿を、智恵の実を守るという事だ。神殿の守りを切り崩される恐れのある事を、そう簡単に人に示すわけにはいかない』
「…………。それはあなたの解釈であり、考えですね? つまり、命令としては『本を護れ』としか受けていない、と」
「…………」
 返事はない。ただのしかばねのよう……ではなく、返事が出来ない、という事自体が明確な答えになっている。
「何とか見せてもらえないか? アルカディアの中で行方不明になっている人達がいる。既に1日経っていて安否も気になる。2人を早く見つける為にも……」
『人が行方不明になっている事は知っている』
 真司の話を遮り、ガーゴイルは言う。その口調からは特別な感情は感じられない。
『神殿を訪れ、行方不明になった者などその2人に限った話でもない。それは私の関知するところではないし、“その程度の事で”情報を開示するわけにはいかない。私にとって、お前達の価値観は無意味だ。全てにおいて優先されるのは、この神殿を現在の状態に保つこと』
 ……………………。
 管理所の中に沈黙が降りる。それは虫の羽音さえ目立つような沈黙。異なる目的から生まれる対立要素を含む、沈黙。
「そうですか……」
 その中で、遙遠が口火を切った。
「どうしても教えていただけないのなら……力ずくで聞き出すのみですね」
 白紙本を持ったまま宙を飛んで管理所を出る。思った通り、ガーゴイルは追い掛けてきた。律儀だ。律儀過ぎる。某ゲームとは違い盗人と判断されても追ってくるのは1体だけだ。これならば対処も可能だろう。しかし、こうして留守にしている間に他の盗人が来た場合はどうするのだろうか。まあ、こちらが考えても詮無い事なのだが。
 ――見た目からして硬そうですからね……
 ガーゴイルが充分に管理所から離れたところで、遙遠は懐から機晶爆弾を取り出し、投げた。破壊工作3つ分の爆発音が起き、石の体は吹っ飛んだ。だが動きは止められず、ガーゴイルは煙の中から飛び出してきた。まだ余力がありそうだ。
 魔力を集中させて罪と死を使う。武器とスキルの属性相性もあり威力は常時よりも減退したが――
『うお……!』
 驚愕にも似た声が聞こえてくる。恐らく、2人のレベル差は12程度。ダメージを与えるには充分だったらしい。
 否――
 ガーゴイルは煙の中から飛び出してきた。そこかしこが欠けているが、動く事に問題は無いらしい。石であるが故に痛覚が無いのか、動きに鈍りは見られない。
 攻撃に転じようとしたガーゴイルに、ダッシュローラーを装備した真司がリーラの神速を使って迫る。至近距離から呪魂道で攻撃し、追撃しようとしたところで反撃を仕掛けられて行動予測で回避する。だが完全回避は出来ず、剣先が彼の腹部を掠めた。シャツが軽く裂け、纏っていた魔鎧が下から覗く。リーラは攻撃を受けた瞬間に硬化していたので、彼は無傷だ。
 カード型機晶爆弾を一枚投げて牽制し、一旦距離を取る。
 次にブルースロート・フェイクのエネルギーシールドに守られたアレーティアが前に出てライトニングブラストを放つ。それを避けて迫るガーゴイル。そこにフェイクがビームライフルで迎撃し、石像は数メートル飛ばされる。地に仰向けになった石像に、精神剣「ガイスト・ブレード」を振り上げた真司が迫る。ライトニングブラストで帯電状態になった精神剣でソニックブレードを放つ。
『…………!』
 ――ガーゴイルは真っ二つになり、上半身と下半身とに分かれて転がった。

「何でしょう?」「何だ?」
 同時刻。管理所に入ったラグナ佑也は入口から通路の様子を伺った。霞憐達を追い途中で見失って多少迷ったが、分かれ道から今、ちょうど辿り着いたところである。
 そこに、上半身のみとなったガーゴイルが転がってくる。これが石像で良かった。生身の魔物だったらちょっとしたホラーである。
「……もしかして、管理所のガーゴイルですか?」
 状況的にそうとしか考えられず、驚きつつもラグナは訊く。
『そうだ。貴様等も本を見に来たのか……?』
「あ、ああ。そうだ、書物を閲覧したいんだけど、正規の手順とかは無いのかな」
『……そんなものは無い。元々、閲覧を前提とした資料でもない』
 ガーゴイルは答える。後半は、自信に少し陰りが見えた。
「うーん、そうか……。でも、別に盗むわけじゃなくてちょっと内容を見るだけだし、それぐらいなら大丈夫だよな……?」
『駄目だ』
 にべもない。ちなみにこの時点では、佑也達は本の白紙率についてまだ知らない。困惑しながら本を持つと、ガーゴイルは半身のままに翼を広げ、剣を構えて突撃してきた。
「うわっ!」
 慌てて避け、佑也は仕方なく守護者の動きを止める事にした。
『む……?』
 ミラージュで自らの幻影を展開すると、ガーゴイルは本物を求めるように視線を彷徨わせた。繰り出された攻撃は完全に外れ、壁に当たる。実践的錯覚を併用し間合いを外させた為だ。体勢を立て直す前に、佑也は氷像のフラワシの冷気でガーゴイルが動けないように翼から下を凍りつかせた。
『う、くぅ……』
 ごとんと落ち、動けずに悔しそうなガーゴイル。それはそれとして、『彼』は壁を攻撃してもワープしなかった。トラップが有効なのはあくまでも侵入者だけにらしい。
 その間にも、ラグナは中身のある本を探していた。探しながら、智恵の実に関して考えていた事を声に出す。
「それにしても、智恵の実は本当に機晶姫に知性を与えているのでしょうか? 意識レベルの低い機晶姫の身体を乗っ取り、自我を持った生物には共生のために力を分け与える。一種の寄生生物なのでは……、と、そんな事を思ったのですが」
 そこまで言って、ラグナはちらりとガーゴイルを見た。苦渋に満ちた目が一瞬見開かれる。口をもごもごさせ、何か言いたそうだ。それを確認し、彼女は付け足す。
「……まあ、考え過ぎでしょうね、きっと」
『…………』
 ガーゴイルの目が半眼になる。そこに現れた感情を簡単に言うと、先が『何を言ってるんだこいつは』で、後が『何だ分かってるんじゃないか』という類のジト目だろう。
 とりあえず、智恵の実は寄生生物ではなさそうだった。