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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~

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大廃都に残りし遺跡~魂の終始章~
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 第14章
 
 
 魔砲ステッキから放たれたビームが一閃し、消える。その途端、“彼女達”の周囲は真っ暗になった。
「!? どどどどど、どうしたんですか!? 何が起きたんですか!?」
「!? その声は……。! ど、どこ触ってるんですか離れなさい離れな……」
 ぱっ、と、そこで灯りがついた。緋山 政敏(ひやま・まさとし)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)が、それぞれに持ってきたライトをつけたのだ。
「「…………」」
 光の中央で、彼女達は状況把握が出来ないまま数秒固まっていた。抱きつかれて望をひっぺがそうとするアクア。頑なに離れようとしない望。その姿のままで。アクアの服は当然、乱れていて――
 政敏がびっくりした顔でアクアを見ている。びっくりした顔のまま、着やせしているが意外と「ある」場所を見ている。アクアははっとして、慌てたように今度こそ望を引き剥がした。襟を正しながら、苦言する。
「い、いきなり何をするのです! 暗くなったからといって突然……。……?」
 そこで、アクアの表情が訝しげなものに変わった。何かに思い至ったのか、その表情のままに望に言う。
「まさか……貴女、暗所恐……」
「あ、あははははは、なななな何を言ってるんですか! 暗いのが怖いとか、この私にそんな弱点があるはず……」
「主は暗所恐怖症じゃ」
「……お、おせんちゃん!」
 地の文が入る隙無く交わされた会話は、山海経の一言によってあっさりと幕を閉じた。
「あれでは誤魔化せませんよ、全く……。ですが、それならば何故同行してきたのです? 遺跡に暗闇があるとは考えなかったのですか?」
 暗闇が付き物、とは言わないが遺跡である以上その可能性は考慮して然るべきだ。呆れた口調のアクアに、望は開き直ったのかやれやれと首を振った。
「他人の心配ばかりで自分の事を顧みない方がココにもいるからですよ。先程もファーシー様の所に行かれる時、自身の安全を気にしていましたか?」
「…………」
 訊かれて、アクアはあの時の事を思い返してみる。……していなかった。
「で、ですが、だからといって自分を顧みないとは言えないでしょう。私は……」
「とにかく、こっちは心配でしかたがありません。借金も有りますしね」
 私が一番です、と反論しかけてそう言われ、アクアは言葉を失った。ぐうの音も出ない、とはこの事だろうか。
「…………」
 優勢に立っていた筈が、いつの間にか逆転されてしまっていた。
「そういえば、ファーシー様達はどこです?」
 思い出したように、望は周囲を見回す。部屋はがらんとしていて、どう見てもアクアと、彼女に同行していた者達しかいない。ノートが罠を踏んでワープした為なのだが、あの乱戦状態で把握出来るわけもなかった。当のノートも状況が掴めていないようできょろきょろしている。
「あら? あの人形はどうしましたの? それに、突然人数が減りましたわね。広い場所にいたはずですのに、この狭い部屋は何ですの?」
「どうやらワープしてしまったようじゃな」
 銃型HCで現在地を確認していた山海経が言い、鳳明が驚いて声を上げる。
「え! じゃあ皆とはぐれちゃったってこと!? で、でもこの状況を見るとそうだよね……」
「とにかく、地図を見ながら少し歩いてみよう。ここに留まっていても始まらないしな」
 レオンのこの言葉をきっかけに、アクア達は歩き出した。 

              ◇◇◇◇◇◇

「戦闘中にワープ? 本隊はライナスと合流……か」
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)と神殿内を歩きながら、テレパシーを使って政敏と連絡を取っていた。
「まさかとは思うが、アクア君に何かしていないだろうね」
『何かって?』
 絶好のシチュエーションについ確認すると、ぽかんとした声が返ってきた。はぐらかしているわけでもないようだ。というか暗闇でアクアに何かしてしまったのは彼というより望である。
『そっちは? まだ管理所に着いてないのか?』
「! い……今、着くところだ」
 先行して出発したというのに何か出遅れた気分だ。特に何があったわけでもなく、時に応じて魔物達を退けながら歩いていただけなのだが。銃型HCのマッピングも進んでおり、行程自体は順調と言える。
 実際既に、情報管理所の姿は目に入っている。入口から見える本棚に赤いカーペット。上半身だけになって凍りついている石像の姿。
「一度切るぞ。また連絡する」
 石像は氷から抜け出して菜織に気付くと、中には入れまいという意志を込めて壁となった。それを見ながら、彼女は呟く。
「理想郷。……さて、誰が求めたものであろうね」

『む……ぐ、ぐぅ……』
 凍りついたガーゴイルは、翼を動かそうともがいていた。時間と共に氷も溶け、内側から力を加えていけば壊れそうである。試合終了しないように諦めずにもがき続け――そして、遂に脆くなった氷にひびが入る。ここぞと力を入れた拍子に砕け、自由になったガーゴイルは宙を舞った。気配を感じたのは、中に取って返そうとした時。
『……次が来たか』

 ――ガーゴイル……。守護者そのものだな。
 腰から下を失っても心が折れた様子は無い。剣を構えて立ち塞がるガーゴイルと向き合い、菜織はそんな感想を抱いた。目を逸らさずに石像を見据え、静かに説得を試みる。
「話し合いに応じて頂きたい。こちらは生み出す為に、必要としているものがある故に立ち寄ったにすぎません。理想は自らで作り上げねば、誰かの理想では意味がありますまい」
『…………生み出す為、だと……?』
 初めて聞く言葉に、ガーゴイルは眉を顰めた。
『行方不明者を探す手掛かりを得に来たのではないのか?』
「それは無論だが、私達は智恵の実の情報が欲しい」
『智恵の実、か……知ってどうする。見つけ、食すのか? 今の自分では満足出来ないと?』
「違います。私達は『智恵』が何を活性化させるのか、それを知りたいのです」
 美幸はそうして、工房でリーン達と意見交換した時にしたようにガーゴイルに話をする。銃型HCに追加された情報には『智恵の実で記憶を取り戻した人多数』とあった。それを確認し、彼女は自分達の予想がある程度的を得ていたという手ごたえを感じた。
「私達の中に、誰かの記憶があるとします。今の“自分”が“自分”として失ったものかもしれませんが……、それは、本来だったら、2度と表に現れない経験であり知識です。ですがもし、その知識を、埋もれてしまった知識を『実』の力によって継承することが可能なら――。知識は確実に積み重ねられ、そこから新たな物も生まれるでしょう」
『…………成程。言葉の意味、お前達の目的は解った』
「それじゃあ……」
『私は一切、協力はしない。私が、お前達の望む言葉を口にすることは無い。私にとって、人間の事情など無意味。守るべきは、この神殿。此処に未来など必要無い。求められるは、時が止まったと同義にアルカディアを保つ事。実は、危険なのだ』
「アルカディア、理想郷……。『理想』があるから人は創造する。決して無意味ではないと思うがね」
『誰がどう思おうと私は関知しない。お前は、自らの理想を作り上げていけばいい……。そうではないか?』
 ガーゴイルは、菜織達に剣を向けた。
「あくまでも拒む、か……。情報が危険性を持ち、『重い』ものである以上、戦わねばならんな」
 菜織はレビテートを発動してガーゴイルよりも更に高く飛び上がった。空中からの勢いを利用して雅刀で攻撃する。だが斬撃は、ガーゴイルに正面から受け止められた。相手の剣を支点に刀を押し込める菜織。力は拮抗しやがて、互いに弾かれたように跳躍した。彼女は空中で一回転し姿勢を変えると、再び向かってくるガーゴイルの剣を避けつつミラージュを使った。
『む……、またか、小細工を……』
 視界に広がる複数の菜織の姿に、ガーゴイルは内心で臍を噛む。刃を交わした感触。彼女とはまともに戦えば、どちらも一方的ではない、ある意味熱い戦いが出来たろうに。
 本物の菜織は、動きを止めたガーゴイルに対して全力の剣戟を繰り出す。
 ――狙うは剣のみ。意志を彼に示す為。
 破壊は必要だが、手は生み出す為にこそある。故に、武器のみを破砕する。
 ガーゴイルも、こちらを倒すことは望んでいない。“彼”、そして神殿の信条は恐らく、侵入者を追い返すこと。
『…………!』
 ぱきんっ……、と、ガーゴイルの持つ剣が根元から砕かれた。姿を認識出来ぬうちに武器を奪われたのが悔しいのか、ガーゴイルは鞘を失った刃を掴もうとする。その直前で、菜織は彼の手を取った。驚きを示すガーゴイルに、彼女は言う。
「手を繋ぎたい。力とは理解し、自覚を持つ事で扱う資格を得る。故に、教えて欲しい」

              ◇◇◇◇◇◇

 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の則天去私を受け、通路の先に立ち塞がる複数の機械人形の統率が乱れる。そのうち2体が榊 朝斗(さかき・あさと)に向かっていき、残りに対してアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)魔銃レクイエムアヴェンジャーを掃射して援護する。……否、援護というには聊か派手で、何体かの人形達は沈黙した。
 前方の機械人形が振るう大剣での攻撃、そして後方の機械人形の槍での突きを、行動予測によって朝斗は正確に捉えた。歴戦の武術により2方向からの攻撃を正確に回避し、大剣の方の背後に回る。体の中央に真空波の一撃を叩き込むと、もう一体の懐に滑り込みウィンドシアの不可視の刃で脚部を攻撃して動きを止める。
 先に何が起きるか分からない。最小限の労力で2体を倒したわけだが――そこで思わぬ方向から如意棒が飛んで来た。
「……ぶっ!」
 如意棒は思いっきり朝斗の顔を直撃し、しかしその勢いのままに1体の機械人形を薙ぎ倒す。人形は壁にぶつかり、がしゃん、という激しい音を立てた。ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は、そこを更にぼこぼこと容赦なく叩く。コテンパンにのされた機械人形は、スクラップにこそならなかったがぴくりとも動かなくなる。
「……ふぅ。……て、何やってるんですか?」
 爽やかに一汗拭うと、ルシェンは朝斗とアイビスを振り返った。顔面を押さえて転がっている朝斗を見て首を傾げる。戦闘に巻き込んだ自覚は全く無いようだ。
「今の人形……私を狙っていたようですね……」
「うん、情報通りだね。でも、何事も無くて良かった」
 顔のど真ん中にぶっとい跡をつけたまま復活した朝斗が言う。若干何事かあった気もするが、気のせいだろう。
 ルシェンとアイビスが殺気看破を使い、朝斗はトレジャーセンスを使いながら引き続き神殿内を歩き出す。
「『アルカディア』か……。2人の安否も気になるけど、智恵の実と情報管理所が気になるな」
「そうですね。アルカディアにある『智恵の実』ってどういうものなのかしら……? ……あ、待ってください。ここに罠がありそうです」
 幾つか解除しているうちに、ルシェンは罠の仕掛けられている床とそうでない床を区別出来るようになっていた。ほんの少しだが、高さに差がある。
「……これで大丈夫です。行きましょう」
 無事トラップ解除し、工房で得た情報と銃型HCを参照しながら先に進む。
(智恵の実……ですか。実在すれば、恐らく私にも効果はあるのでしょうが……今の私には無理ですね)
 アイビスは2人の後ろを歩きながら、考える。
 ――もし記憶を取り戻すことが出来たとしても、忘れてしまった以前の私を受け入れる覚悟が、私にはありません。
 いずれ……昔の私を受け入れるその覚悟が出来るまでは……