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幼児と僕と九ツ頭

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幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

リアクション

「ありゃ、怪我しちゃったんですかー……」
「秘密結社」による追いかけっこ騒動といい、先ほどの自動車騒動といい、合宿所では非常に危険な事態が頻発している。その中にあって無傷で過ごすというのは非常に難しく、やはり何人かは体に傷を負ってしまう。
 天使の救急箱を手に高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は、そういった「怪我をした契約者」の治療に勤しんでいた。幸いにして彼女は瘴気の影響を受けず、17歳の思考と14歳の外見のまま合宿所内を歩くことができた。とはいえ、やはり幼児化した契約者のパワーには手を焼いていたらしく、
「こ、こらー、だめです、だめですよーっ! ああー! そんな大きな花瓶で遊んじゃいけませんー!」
 などと涙目でおろおろしながら注意を繰り返すばかりで、大した抑制効果は挙げられていなかった。ボーイスカウト経験があるとはいえ、元々他人に注意をするということそれ自体が苦手な彼女であるため、この結果については責めることは誰にもできなかったが……。
「じゃあお姉さんが痛いのをやっつけちゃいますから見せてくださいな」
 今の彼女は、怪我をした1人の契約者を前にしてその体に作られた傷を診ているところだった。どうやらこの契約者は右ひざを擦りむいたらしく、うっすらと血が滲んでいた。
 救急箱から治療用具を取り出し、まず水で患部を洗い、軽く水気を拭き取ったら消毒、そして結和はそっと傷口を手で隠す。
「じゃあ、よーっく見ててね。痛いの痛いの……飛んでけっ!」
 昔からよく言われる、怪我をした子供をあやすための言葉である。怪我をした際にこれを親から言われなかった子供はいないだろう。もちろん、一般家庭で育った子供に限るが……。
「ほぉら、傷がどっかにいっちゃいましたよー」
 結和が手をどけると、そこにあった傷は綺麗さっぱり無くなっていた。明らかに血が出ていた膝には、最初から何も無かったかのように肌色の皮膚が見えていた。
「おねえちゃん、ありがとー!」
 怪我を治してもらった契約者はすぐさま立ち上がり、そのままどこかへと行ってしまった。
 もちろんこの「治療」にはトリックがあった。結和は傷口に手を当てている最中に、こっそり「命のうねり」を与えていたのである。持っていた天使の救急箱でも傷の治療はできるが、怪我が完全に消え去った方が子供は喜ぶだろうと思い、あえて魔法治療を行ったのだ。
(怪我したりしないように、というのが、そもそもの目的ですしねー)
 怪我を完全に治さずあえて「治療中状態」にしておけば、その部分が意識に残り、逆に危ない行動を起こさないようになる。幼児化した契約者に暴れてもらいたくないのであれば、本来ならそうするべきだったかもしれないが、温和な結和にはそれができなかった。やはり子供は傷が無いのが一番である。
 結和の治療はもちろんこれで終わらなかった。彼女は「思考だけはまとも」の幼児化契約者の治療も行っていた。
「しかし檀め、まさか本気でボコッてくるとは思わなかった……」
「それはどちらかといえば、こちらのセリフだと思うのだがね、梓紗殿?」
 続いて結和の前に現れたのは、合宿所の外に飛び出し、周囲には誰もいない状況で乱闘を演じた楮梓紗と漆野檀の2人だった。互いに鬼神力を発動し、片や舌切り鋏、片や綾刀で死闘を繰り広げた結果、当然といえば当然だが全身に傷を負ってしまったのである。戦闘自体は10数分で収束し、両者共に体力の限界を訴えたため休戦と相成ったのである。
「というか、これだけ怪我しててよく生きてましたねー」
 体のあらゆる場所にガーゼを当て包帯を巻きながら、結和は呆れたようにため息をつく。
「まああたしは頑丈さがとりえだしな」
「そんな梓紗殿を止めるために、こちらも体が鍛えられたのだよ……」
「まあとにかく無茶はしないでくださいねー。はい、これでおしまい」
 梓紗は見た目こそ子供だったが、中身はほとんど前と変わらない。そのため結和は命のうねりを与えず、救急箱による治療だけで済ませたのである。これはどちらかといえば差別というものではなく、精神が大人状態の契約者ならばあまり無謀なことはしないでくれるだろうという希望的観測によるものである。
「いやしかし本当にすみません。何とお詫びしたらよいか……」
 自分のパートナーの暴走を止められたのはいいが、結果的に治療という形で誰かの手を煩わせたことに対し檀は平身低頭で詫びを入れるが、結和は笑ってそれを許した。
「怪我を治すのが保育士の役目ですからー。というわけで、はい、次の方ー」
 2人をその場から離し、彼女は次の患者を呼ぶ。続いて現れたのは、今しがた足こぎ自動車で暴走・衝突事故を起こしたロイ・グラードと、それに巻き込まれた常闇の外套――愛称ヤミーだった。
「あ、さっきの……。もー、あんな運転は危ないからしちゃだめですよー?」
「うー……、ブーブーが壊れちゃった……」
「はいはい、痛いの痛いの……飛んでけっ!」
 ロイの全身に回復魔法を施して、結和はヤミーの治療に取り掛かる。
「それにしても、あの事故でよく無事でしたねー」
「いやァ、さすがにあれは死ぬかと思ったけどな……。色んな意味で」
 自動車が壁にぶつかった衝撃とそれによる打撲と擦過傷、ついでにロイの鉄拳を何度も食らったことによる顔面の怪我。それらを結和は救急箱と命のうねりで治療していく。
「ヤミーさんは大人ですから救急箱だけでも十分かと思いましたけど、さすがにその顔は救急箱だけでは無理ですよねー」
「マジに面目ねェ……」
 別に彼が何かしら悪いことをしたわけではないのだが、それでも状況的に謝りたくなるヤミーであった。
 そうして様々な契約者の治療を一通り終えた頃だった。
「ふぅ……、とりあえずこんな感じかな――わっ!?」
 救急箱を片付け、次は何をしようかと考えていたら、突然何者かに抱きつかれた。
「えっ、な、何……?」
 抱きついてきた者の正体を確かめようと、そちらに顔を向ける。そこには結和のパートナーであるエメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)――にそっくりな別人がいた。大型の山羊の獣人であるエメリヤンは、確か今日は瘴気の影響を受けて幼児化してしまっていたはず。では、このそっくりさんは誰だろうか。
 そう思っていると、そのそっくりさんがゆっくりと口を開いた。
「……お姉ちゃん!」
「……はい?」
 その口から出てきた言葉に、結和は目を丸くする以外の選択肢を見出せなかった。
 エメリヤンとは違い、山羊の耳が無く、代わりに山羊の角が頭から生えていたそれはパラミタの一種族――アリス・リリと呼ばれる悪魔の一種だった。
 このアリスは名前をエリー・チューバック(えりー・ちゅーばっく)といい、気がつけばこの合宿所にいたという。瘴気の影響を受けたからか自分が何者かあまりよくわかっていなかったのだが、合宿所内の楽しげな雰囲気を感じ取り、それはもはやどうでもいい案件となってしまった。楽しそうな空気に周囲を見渡していると、山羊の耳と尻尾を有する以外は外見が自分とそっくりな幼児――幼児化したエメリヤンを発見した。
「わぁボクだ。ボクがいる!」
 すぐさま獣人の少年の元へと駆け寄る。エメリヤンの方もエリーの存在に気がついたのか、すぐさま意気投合した。エメリヤンの方は非常に無口――ただし感情は豊か――だったが気が合った2人にとって、それは些細なことだった。
 それからしばらくの間、2人は他の幼児化した契約者を相手に遊んでいた。外見が似ていることを利用し、どこからか持ち出した大きな帽子で耳と角を隠し、どちらがどちらなのかを当てさせるゲームに興じるなど、ひとしきり楽しんだ後、エリーは「その存在」に気がついた。なんだか頼り無さそうで、お人よしのように見えて、どことなくウサギのようなその少女を見た途端、エリーは全力で駆け出していた。
 そしてこの結果である。エリーは結和を姉と認識し、飛びついたというわけなのだ。
(この人だ! この人が、ボクの『お姉ちゃん』なんだっ!)
 完全に懐いてしまったのか、エリーは結和から全く離れようとせず、しっかりとその体にしがみついていた。
「え、えっと……、どちらさま、ですかー?」
 しどろもどろになりながら、ようやく結和が言えたのはそれだけだった。
「ボクはエリー! エリー・チューバックだよ!」
「そ、そうなんですか。私は高峰結和で――きゃ!?」
 自分に抱きついてくるアリスの自己紹介を受け入れようと思ったその瞬間、またしても結和は何者かに追突された。またしても自分に飛びついてきたのはエメリヤンだった。その目つきは非常にわかりやすく、逆三角の形――要はエリーを睨みつけていた。
 エメリヤンが結和に飛びついたその理由は単純だ。自分と遊んでいたエリーが突然結和の元へと全力で駆けていき、しかも思い切り飛びついた。その光景がエメリヤンには「結和がいじめられている」と見えたのである。
(だめ……。いじめちゃ、だめなんだからね……!)
 なかなか口を開いてくれないため、エメリヤンのその心の声はパートナーである結和にしか伝わらない。そのためエリーには、今のエメリヤンが結和を独り占めしようと目論んでいるように見えた。もっとも、その判断はあながち間違いではなかったが。
「やっ! やーだーっ、ゆーわはボクと遊ぶんだもんー!!」
(独り占めはだめ……。ゆうわが困るからだめ……!)
「離れてよー! ゆーわと遊べないよー!」
(いじめちゃだめ……! だめだから……!)
「ち、ちょっとエメリヤンもエリーさんも、そんな、引っ張らないでー」
 生みの親と育ての親の両方から腕を引っ張られる子供とはこんな気持ちだったのだろうか。そんなことを思いながら、結和はただ、されるがままの状態でしばらくを過ごしたのだった。
 新たなパートナーとの出会いは、とんだ騒動の一幕だった……。

「それにしてもこれは酷い……。何が酷いって、私の体とこの合宿所の惨状が……」
「確かに見事な保育所状態ですね、これは……」
 合宿所には、やってきた客人に対し料理を振舞うための調理場も作られている。腕のいい料理人によって、備蓄された食材が見事な料理へと変身していくその光景は、料理が好きな者であればおそらくは心が躍るものであろう。
 その調理場には今、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)――愛称エイボン、クロス・クロノス(くろす・くろのす)の3人が陣取っていた。この3人の目的はもちろん「子供向けのお昼ご飯を作る」というものだった――厳密には、これを考えているのは涼介だけであり、エイボンとクロスはその手伝いといったところだったが。
「まあエイボンには、今回は食事中のお世話を頼むとして、クロスさんには簡単な調理補助と給仕をお願いしましょうか。調理の大部分は私がやりますので」
「わかりました」
「じゃあ、それをお手伝いしますね!」
 クロスは精神こそ無事だったが、瘴気の影響で体が小さくなっていた。身体能力それ自体は変わらないため、もちろんやろうと思えば調理はできる。だがクロスは今回「主に幼児化していない契約者の手伝いをする」という目的で動いているため、涼介を差し置いて自分が第一に動くのを避けることにしたのだ。
 もちろんそれ以外にも理由はある。彼女の本来の姿は外見16歳の女性であるが、現在は4〜5歳程度の子供である。肉体が小さくなったことにより、本来覚えていた「肉体的な感覚」にずれが生じており、細かい、感覚的なところで満足に動くことができなかったのだ。特に体全体のバランスが取りづらいため、クロスは超感覚を発動し、その頭からは暗い黄金色の大きめの狐耳、ふわふわした尻尾を出してバランスを保つ。
「幼児化前の感覚で歩こうとすると転びそうになるんですよね……」
 調理補助に回ったもう1つの理由はここにあった。いくら超感覚があるとはいっても、それで肉体の動きの全てをカバーできるわけでは無い。そのため包丁を使うようなことは避けようと判断したのである。その代償として、耳や尻尾に彼女の感情が素直に反映されてしまい、誰かに何かを言われるその都度、耳と尻尾がやたら動くようになってしまったが……。
「その調理、俺たちにも手伝わせてくれないか?」
 さあ調理を始めようと思った矢先、3人の耳に男性の声が飛び込んだ。声のする方を見てみればそこには、幼児化したユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)を連れた黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)夜月 鴉(やづき・からす)の姿があった。声の主はどうやら竜斗らしい。
「おや、あなた方は?」
「いやなに、幼児化した連中の面倒を見ようと思ってるただの契約者だよ。ちなみに俺は黒崎竜斗。後ろにいるのはパートナーのユリナだ」
「……俺は、夜月鴉」
 現れた男2人の姿に涼介たち3人はいぶかしげな視線を向ける。竜斗の方はその背にユリナをくっつけており、鴉の方はどういうわけか全身に傷を負っていた。
 ユリナは元々からして引っ込み思案なところがあり、通常の状態でも竜斗の背に隠れて行動している。その距離は精神感応が必要でないほどだ。普段は19歳の彼女だが、瘴気の影響を受けて幼児化してしまい、引っ込み思案に拍車がかかったらしく、余計に竜斗から離れたがらないというわけである。当の竜斗は、最初は秘境探索に乗り出して原因を究明したかったのだが、幼児化したユリナから残るようにと懇願されたという。
「自分の恋人に上目遣いプラス涙目で頼まれたら……、誰も断れないだろ? もしここで断ってたら、幼児化してるのも手伝って絶対大泣きされてた」
 だからといって子供をあやした経験などあるはずもなく、パートナーは自分から離れようとしない。しかも先だっての幼児化契約者たちによる騒動のおかげで、さらに人見知りが激しくなっているのだ。
「あうぅ……知らない子がいっぱい……こわい……」
 涙目になりながら、ユリナは竜斗の服を必死で掴んでいた。
「とまあこういうわけだから、何かしら手伝えることがあるなら手伝おうと思ったってわけだ。……一応言っておくが俺は――」
「大丈夫。言いたいことはわかりますので」
 幼女に必死に抱きつかれている青年という構図は、下手をすればあらぬ誤解を招きかねないが、少なくともその場にいた全員は事情を把握できたため、竜斗に「疑惑」がかけられることはなかった。このことについては、特に「理解した」と明言した涼介の功績が大きい。
「そういえば、鴉様のその傷は一体……?」
「……色々あってな」
 エイボンが指摘した鴉の全身の傷は、主に幼児化契約者たちにつけられたものだった。
 鴉は瘴気の影響を受けず、体にも精神にも異常が出なかった。パートナーは連れてきておらず、本来ならば秘境探索に乗り出してもいいはずなのだが、どういうわけか彼は合宿所にて契約者の世話をする道を選んでしまったのだ――方向感覚が鈍いという弱点があったために秘境探索を諦めた、あるいは「実はお人よしである」という本心が出てしまったのかは不明である。
 慣れないエプロンを身につけ、さらに慣れない子供の世話を行おうとする鴉だったが、基本的に短気で無口、口を開けば悪口、さらに面倒くさがりで人当たりも良いとはいえないこの新人保育士は最初から苦労を強いられた。
 まず彼が行ったのは、泣いている幼児化契約者をあやすことだった。
(えっと、こういう時は……、いわゆる『高い高い』をやればいいのか……?)
 お約束に従い、鴉は契約者の1人の体を持ち上げる。だが持ち上げ方が悪かったのか子供はさらに泣き出した上に、鴉の頭上で等活地獄による乱舞を披露した。
「って、スキル使ってきやがった!?」
 思わず手を離し、超感覚を発動して鴉はその場から逃げ出すが、乱舞の余波が彼の体を襲い、結果的に体に傷を作ることとなった。長年の経験で培われた防御術が無ければもっと酷いことになっていただろう。
(今のは危なかった……。っていうか、他にも泣き止まないのがいるのかよ……)
 先ほど抱き上げた子供以外にも、泣き続ける幼児化契約者がいるのを知った鴉は次の手段を考えざるを得なかった。自らの体だけでは怪我が増えるだけに終わるのは必至。となれば、自身以外の何かを利用して子供を泣き止ませなくてはならない。
 何か無いかと周囲を見渡した鴉は、合宿所の外に子供用の「滑り台付きジャングルジム」を発見した。
(お、いいもの発見。あそこに誘導してやればあるいは……)
 思い立ったら即座に行動。鴉は自分の周りにいる契約者に呼びかけた。可能な限り優しい話し方で。
「なあみんな、あそこにジャングルジムがあるぞ。遊びに行こうか?」
 この言葉に契約者たちは見事に釣られた。かくして鴉は10人程度の幼児化契約者の意識をジャングルジムに向けることに成功したのである。
 だが彼の成功はここまでだった。ジャングルジムに連れて行った後、なかなか鉄の棒に登れない子供を押し上げたりしていたら、遊具の天辺に上った契約者からサンダーブラストを叩き込まれたのである。
「ホント、ガキンチョって世話がかか――るるるううぅあああぁぁぁ!?」
 上空から飛来する雷の嵐を受け――ディテクトエビルで事前に攻撃を察知し、超感覚で攻撃の軌道を感知し、エンデュアによる魔法防御と歴戦の防御術が無ければもっとヤバいことになっていたであろう鴉は、その場からほうほうの体で逃げ出した。
(あ、危なかった……! っていうか、あいつらマジに殺す気か!? ガキンチョの世話ってこんな事しなくちゃいけないのかよ……!? しかも今度は腹が減ったとかぬかしてるのもいるようだし……)
 息を切らしながら鴉は心の中で毒づいて、空腹を訴える幼児たちにプリンでも作ってやろうかと調理場に足を向けた。
「とりあえず、ヒールをかけておきますわね」
「……どうも」
 エイボンの手によって鴉の傷は完全に治療された。
「手伝っていただけるのはありがたいのですが……」
 集まった面々に対し、涼介は確認すべきことを質問した。
「実は、今からお昼ご飯を作ろうと思ってるんですけど、調理の経験はありますか?」
 そう、ここは調理場である。クロスのように調理補助を行うのもいいが、できることであれば涼介と同じく調理ができる人材がいてくれた方がありがたかった。
 そしてその心配は杞憂のものとなった。
「まかせとけ。何を隠そう俺は【喫茶エニグマ】で働いていたりする」
「同じく……、俺はイタリア料理店の【フェリチターレ】にいる」
 つまり竜斗も鴉も調理経験者なのだ。
「それはありがたいです。では早速始めましょうか」
 涼介の号令で、彼らはめいめいの仕事に取り掛かった。
 デザートとしてのプリンは鴉に任せておき、涼介、エイボン、クロス、竜斗の4人は「和風お子様ランチ」の制作にかかることにした。和風であるのはこの場所が葦原島だからである。
 今回のお子様ランチで作られるのは以下のものである。

・小口の俵結びの握り飯(塩味とおかか味)
・甘口の出汁巻き卵
・肉団子のトマトソースかけ
・海老の天ぷら
・レタス、キュウリ、ミニトマトのサラダ
・豆腐と三葉の澄まし汁

「まずサラダはエイボンとクロスさんにお任せします。竜斗さんには肉団子と天ぷらをお願いしましょう。私は俵結びと出し巻き卵、それから澄まし汁を担当しますね」
「了解ですわ」
「任されました」
「よし、任せとけ」
 涼介の指示に従い、それぞれが担当する料理が作られていく。
 実際の料理風景は残念ながら省略させてもらうが、数10分後、彼らの奮闘によって数多くのランチが出来上がっていった。
「これであらかたは出来上がった、けど……」
 完成したお子様ランチとプリンを前にして涼介はしばし考え込んだ。確かにランチもプリンもいい出来ではある。だがどうももう1品が欲しいところなのだ。
「う〜ん、デザートを増やしてみようかな?」
「……プリンだけじゃ足りないか?」
 涼介の言葉を耳にした鴉が近づいてくる。
「いえ足りないというか、バリエーションが欲しくなった、といったところでしょうか」
「と言うと?」
「2〜3種類デザートがあれば『デザートを選べる』ということで子供が喜ぶんじゃないかと思いまして」
「……なるほど」
 涼介の説明に納得した鴉は、そのままプリンを作る手を動かした。
「プリンはそのまま鴉さんに任せるとして……フルーツヨーグルトでも作ろうかな。缶詰のフルーツミックスを使えば簡単に出来る――うおっ!?」
「……どうした?」
 フルーツヨーグルトを作るための缶詰を探そうと涼介は冷蔵庫に向き直る。するとその眼前では奇妙な光景が広がっていた。見知らぬ子供2人――片方は男で12歳程度、もう片方は女で6歳程度――が勝手に冷蔵庫の中を物色して、その中からフルーツミックスの缶詰を取り出していたのである。
 思わず声が出てしまった涼介にいぶかしげな視線を送る鴉だが、同じくその光景を目にすると納得したように頷いた。ああ、確かにこれは声が出るだろう……。
「あ〜、いきなりごめんねぇ。変なことはしないと思うからそこだけは安心して」
 横合いから別の声がかかる。2人の近くにはどうやら瘴気の影響を受けていないらしいパピリオ・マグダレーナ(ぱぴりお・まぐだれえな)が立っていた。
「……一体何なんですか?」
「あ〜、ちょっとしたデザート作りのお手伝い、ってとこかな……」
 涼介の問いにパピリオは頭をかいて苦笑した。
 子供2人――幼児化したアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)六連 すばる(むづら・すばる)がここにいるのは、どちらかといえば「成り行き」というものに近かった。
 合宿所にてパピリオが気づいた時には、すでにパートナーたちは幼児化した後だった。隣で寝ていたはずのすばる、さらに周囲の契約者の大半が小さくなったその光景を見た彼女は、頭を抱え軽いパニックに陥った。
「ぱぴちゃん、もうわけわっかんなぁ〜い!!」
 だがパニックを起こすだけではこの事態の解決にならないということを彼女は知っていた。そこで彼女は思考まで幼児化したせいで泣きじゃくるすばるを連れて、どこかにいるであろうアルテッツァと合流することに決めた。
「……えうっ、えうっ、ママぁ、パパぁ」
「ああもう、いちいち泣かなくっていいの。も〜、テッツァったらどこよぉ」
 苛立ちを抑えながら、パピリオは自分の手にしがみついてくるすばると共に合宿所内を歩き回る。程なくしてアルテッツァは見つかったが、その変わってしまった姿にパピリオは落胆を隠せなかった。
「って、テッツァもちっちゃくなってるじゃないのぉ!!」
「キミ、だあれ? ……それから、そっちの子は?」
「……おねーちゃん、この人、だーれ?」
 完全に子供になってしまったパートナーたちにあきれ果てながら、パピリオはため息を1つ吐き出しアルテッツァに自己紹介を始めた。
「……あたしパピリオ。こっちの子はすばる」
「ボク、アルトっていうの」
「アルテッツァ・ゾディアック」という名前は実際は偽名であり、本名は別にある。その本名がどういったものであるのかは不明とされており、この「アルト」というのが本名なのか、はたまた「アルテッツァ」に対する愛称なのかはわからない……。
 それぞれの名前を知ったアルテッツァは、ふとパピリオの傍で泣きそうになっているすばるに目をやった。目が合ったすばるの方は、その動きでさらに目に涙を浮かべそうになる。
 そこでアルテッツァは懐からクッキーの入った袋を取り出した。
「泣いてるの……? はい、クッキー。これ食べて元気出して」
「……ありがと、おにーちゃん」
 すばるを相手に小さなティータイムが始まると、アルテッツァはパピリオを相手に報告を行った。
「ねえパピリオさん、ここの様子を色々見てきたけど、すばるちゃんみたいなおチビさん多いんだね」
「……ぱぴちゃんから見たら、そっちも十分おチビさんだけどね」
「それでね、ボク、さっきおチビさんみてた先生の所に行ってこようと思ってるんだけど、いいかな?」
「えー、まさか手伝うのぉ?」
「だってボク、バトラーだし、それにボクにくっついてるこの子の面倒も見なきゃ……」
 言いながらアルテッツァは、今度は自分にしがみつくすばるを指差す。確かにこれはアルテッツァの言う通りだった。できるのであれば誰かが世話役になるべきだろう。
「……先生って校長さんよね。確かにこの際、勝手に動くよりも一言断っておいた方がいいか……」
 先生――ハイナ・ウィルソンは様々な保育士代わりの契約者と共に、他の幼児化契約者の面倒を見ている。ここでハイナに黙って何かを行うよりは、何かしら言っておいた方が、向こうも変に気を使わなくて済むだろう。
 そう考えたパピリオはアルテッツァ、すばると共にハイナの元へと向かった――厳密には、すばるはアルテッツァについていくという形で勝手に来たのだが。
「それでわっちのところに来んした、と?」
「まあ、そういうことね」
 やってきた3人を前にしてハイナは苦笑を見せた。
「そろそろ、3時のおやつですよね、ハイナ先生。ボク、みんなのためにおやつ用意します。……いいですよね?」
「校長さん、今はぱぴちゃんがこの2人の保護者なんだけど、いちおー大丈夫だと思うの。ぱぴちゃん、変なコトしないように見てるから」
「…………」
 さてどうしたものかとハイナは考え込んだ。確かに幼児化した契約者の相手は非常に疲れるものである。それを解消するために人手は欲しいところだが、さて目の前の3人はそれに足る存在だろうか。
「……まあいいでありんしょう。ちょうど人手が欲しかったところだし」
 結局ハイナはこの申し出を受け入れることにした。2人が幼児化しているとはいえ、いくらなんでも大暴れするようには見えなかったし、何より幼児化していないパピリオがいるということが、ハイナに決断させたのである。
「とまあ、そういうわけなのよねぇ」
「……理解しました」
 以上の説明を受けた涼介と鴉は、共に苦笑を返す以外のリアクションを思いつけなかった。
「まあ、そういうことであれば、そうですね……、エイボンとクロスさんにもサポートをお願いしましょうか。特にクロスさんは手伝いたがるでしょうし」
「いやぁ、ホントに助かるわぁ」
 この申し出をパピリオは喜んだ。いくらパートナーたちが暴れるような人間ではないとはいえ、さすがにこの状況を1人で乗り切るというのは大変だったのである。
 そんなパピリオたちを差し置いて、アルテッツァとすばるは冷蔵庫から缶詰を運び出そうとしていた。
「……引っ張ってちゃ、ボク、お支度できないんだけど」
「すー、おにーちゃんのとなりがいい。すー、おやつはこび、できるよ。おてつだいするから、めーしないで」
「……うん、じゃ、お手伝い、お願いね」
 できることならばアルテッツァが全てやってしまいたいところだったのだが、涙目で懇願するすばるを前にしては、強く出ることはできなかった。
 2人が作ろうとしているのは「フルーツの盛り合わせ」だった。本来ならば涼介の案に従ってフルーツヨーグルトにするはずなのだが、あえて彼はそれをしなかった。せっかく子供が自主的に手伝いに来ているのだ、邪魔するのは無粋というものだろう。
「うー……、これ、うえにおけないよぅ……」
 1つ問題があるとすれば、すばるは幼児化しているために調理台に手が届かなかったことだろう。だがこの問題はすぐに解決した。サイコキネシスで缶詰を宙に舞わせたのである。
「やったぁ! ちゃんとおけたよ! つぎ、なにするの、おにーちゃん?」
「うん、次はこの缶詰を開けるんだけど……」
 缶詰を開け、その中身を出してガラス鉢に盛り付けるだけで作業は終わりなのだが、肝心の缶切りが見つからなかった。
 2人で途方に暮れていると、涼介の指示を受けたエイボンとクロスが缶切りを手にやってきた。
「ここは危ないので、わたくしが開けさせていただきますわ」
「いえ、せっかくですし、ここは私にやらせてください」
 どちらが缶詰を開けるかと揉めそうになったが、次のパピリオの発言で全て解決した。
「あ、じゃあぱぴちゃんがやるー」
「どうぞどうぞどうぞ」
 その言葉を聞いた瞬間、エイボンとクロスは同時に缶切りを差し出していた。本人たち曰く、
「あの言葉を聞いたら、ああ言うべきだと体が勝手に動いてた」
 とのことだそうだ……。
「……だからってホントにぱぴちゃんがやるとはねぇ」
 パピリオの発言は口から勝手に出たものだったらしく、自分が開けるというのは本心からの申し出ではなかった。なぜかあの場はああ言わなければならなかったらしい。
 缶詰の蓋が開き、アルテッツァとすばる――盛り付ける際には、すばるは高さを確保するための台に乗っていた。最初からこれを使えばよかったのだが、缶詰を持ち上げる瞬間はなぜか見つからなかったという――は2人でその中身を盛り付けていき、やがてそれは完成した。
「やった、できたー」
「お疲れ様すばるちゃん。というわけで、お手伝いしたごほうびね」
 喜ぶすばるにアルテッツァは、今度は「プチフール」と呼ばれる小型ケーキの詰め合わせの入った箱を差し出した。
 もちろんこのプレゼントに喜ばないすばるではなかった。
「おにーちゃん、さっきからすごいね。まほうつかいみたい」
「あははは、これは本当は魔法じゃないんだけどね」
 アルテッツァがクッキーやケーキを瞬時に出すことができたのは、バトラーの特技にその理由がある。あらかじめ茶菓子等をこっそり仕込んでおき、必要に応じてそれをどこからとも無く取り出す「ティータイム」のスキル。彼はこれでお菓子を呼び出していたのだ。
 だがそれがスキルであろうと手品であろうとすばるには関係無い事だった。ケーキの詰め合わせを抱え、すばるはその場で小躍りする。
「それでもうれしい。ありがとうね、お兄ちゃん。おれいにすー、おにーちゃんのおよめさんになる」
「……え?」
 唐突かつ突然の宣言にアルテッツァは困惑の顔を見せた。彼女は「およめさん」という言葉の意味を理解しているのだろうか……。
「……すばるちゃん、あのね、大人にならないと、ボク、およめさんもらえないんだよ」
「えっ……」
 その言葉を聞き、再び涙目になるすばる。慌てたアルテッツァは取り繕うように言葉を続けた。
「だから、大人になったら、ね?」
「……うん、すー、はやくおとなになるね」
 一応は納得したように、すばるは表情を元に戻した。
「……なーんかヘンな感じ〜」
 その一連の光景を少し離れた所から眺めていたパピリオがぼそりと呟いた。
 その言葉を聞き逃さなかったのか、涼介がパピリオに目を向けた。
「いやねあの2人、グウゼンすばるんが望んでいた関係になっているけど、2人とも精神が幼くなっているから……」
 元に戻ったら記憶が無くなるかもしれない。それはまさに、一時の夢かもしれない。大人版アルテッツァの本性とも呼べる「大量殺人鬼」という性質に惹かれたパートナーは、そう小さくもらした。

「さあ、みなさん。お昼ご飯が出来ましたよ。残さず食べてくださいね」
 完成したランチは調理場にいたほぼ全員の手によって、幼児化契約者たちに配膳が行われた。この作業はエイボンとクロスが特に中心となって動き、子供が集まるその場は、さながら小学校の給食のようだった。
 魔法少女【クッキングウィッチマギカ☆エイボン】を名乗るエイボンが、幼児化契約者の近くで共に食事を行う。自らが兄と慕うパートナーが作った食事を、きちんと食べてくれているかという確認のためであるが、その姿は魔法少女というよりも、保母と呼んだ方がしっくり来る。
「今日のお昼は優しい給食のお兄さんが作ったお子様ランチですよ〜。皆様、残さずに食べてくださいね。これはエイボンお姉ちゃんとのお約束ですよ」
 一方でクロスはいまだに出しっぱなしの狐耳と尻尾のおかげか、契約者たちに非常に人気だった。狐の姿をした子供が配膳をしてくれるというその光景に、子供になってしまった大人たちの大半が喜んでいた。そういった契約者に揉みくちゃにされたおかげで体力を消耗してしまったのはご愛嬌というべきか……。
「ねむぅ。ちょっと寝てくるー」
 配膳が終わったクロスは、そのまま寝床を確保すると静かに寝てしまった。

 こうして一部の「保育士」たちの活躍により、昼食をはじめ、昼から午後にかけての時間帯は非常に平和な時間となった。