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幼児と僕と九ツ頭

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幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

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第3章 秘境では、お手を繋いで整然と……できませんよね!

 秘境のジャングル、その入り口付近にて1組の親子がたたずんでいた。その構成はいかにも主婦といった出で立ちの母親と5歳程度の男児であり、男児は今、母親の腕に抱きかかえられている状態だった。
 実はその2人は親子ではない。まず1人はフィアナ・アルバート(ふぃあな・あるばーと)、そのフィアナの腕に抱かれる子供は幼児化した橘 恭司(たちばな・きょうじ)だった。
「……ところでフィーナ」
 自分を抱き上げているパートナーを呼ぶ。
「はい、何ですかマスター?」
 緩んだ顔のまま、フィアナがそれに応じる。5歳の子供とは到底見えない渋い表情で、恭司は自らの望みを言った。
「……いい加減離せ」
「嫌です」
 誰がそんな望みを聞いてやるものかとフィアナはあっさりと拒否した。
 パートナーと共に合宿に参加した恭司は、暇な時間があったからと合宿所内でごろ寝を楽しんでいたが、その間に若返りの瘴気を浴びてしまったらしく、気がつけば幼児化してしまっていた。
 自分が幼児化したことに気がついたのは、自分を捜しに来たフィアナの姿が大きく見えたからだった。
「やけにフィーナが大きい。……は? 俺が小さくなっただと!?」
「ま、マスター……、可愛すぎます!」
 姿が見えなくなった恭司を捜して合宿所内を歩いていると、迷子らしき子供が座り込んでいるのを見つけ、それが自身のパートナーであると知ったフィアナは思わず恭司を抱きしめていた。もちろん恭司としてはそのような扱いは御免被るところなのだが。
 恭司に現れた影響は体だけだった。これはどちらかといえば幸いというべきだったが、やはり小さくなった体では色々と勝手が違うのか、とにかく一刻も早く元の体を取り戻したいと願った。幼児化した影響で、左腕の役割を果たしていた義手が使えなくなってしまったのである。
「とにかく状況を改善しないとな……。ずっと抱かれてるわけにもいかないし……」
 元に戻った時の服がどうなるかは疑問だが。恭司はそんなことを思いながらため息をつく。
「私は別にこのままでもいいんですけど……」
 恭司を元に戻すというのはフィアナにとっては不本意なことだったが、当の恭司が本心から望んでいるというのであればそれに従うしかなかった。
 そうして恭司はフィアナに抱かれたまま、右手にブライトグラディウス――普段の光条兵器である5尺ほどの大太刀は幼児化した体では扱いにくかった。筋力は変化前と同じだったが、体が小さくなった分、取り回しに難があるのだ――を握り締め、秘境探索へと乗り出した……。

 合宿所で混沌が展開されている一方、この事態の原因究明と解決を目的とする秘境探索チームは穏やかなものだった。思考まで幼児化した契約者もいるが、そういった手合いは大抵正常なパートナーによってブレーキがかけられるため、行動に支障が出なかったのだ。
 探索チームは先頭を佐保、最後方を匡壱が務め、その間に様々な契約者が適当に歩くという隊列で臨んでいた。匡壱を殿に据えたのは、後ろから幼児化契約者の様子を窺ってもらうためである。とはいえ、探索を行うメンバーの人数が非常に多いため、どうしても目の届かない契約者は存在するのだが……。

 まずその代表が五月葉 終夏(さつきば・おりが)日下部 社(くさかべ・やしろ)のコンビであった。
「ひきょうたんけん、かいしや〜!」
「ひきょうたんけん、ごーごー!」
 この話し方でもうおわかりであろう。この2人は思考も体も幼児化してしまったのである。
 2人はこの探索をただの探検としか認識していなかった。とはいえ、ジャングルの中にはモンスターも生息しており、それに対抗する手段を持っていなければならないということは認識しており、さらに他の契約者からはぐれた時のための備えも怠らなかったが。
「みんなとはぐれちゃっても、これがあるからだいじょうぶだもんね!」
 終夏がそう言って手を当てたのは「牧神の笛」だった。つまり、これを吹いて周囲の者に自分の居場所を知らせるつもりらしい。
 だが終夏のその作戦は結果的には不要だった。元々音楽好きであるためか、社と共に大声で「幸せの歌」の合唱をしていたため、笛を吹かずとも居場所は丸わかりだったからである。
「おたからさっがしに〜♪ ぼくら〜はすすっむ〜♪ どんな〜こんなんに〜もまっけないぞ〜♪」
「やまありたにありもんすたーあり♪ ぜ〜んぶのりこえぼくら〜はすすっむ〜♪」
 大声で歌い続ける2人。これが普通の探検であれば静かにするように命じられるところだったが、自分たちの居場所を逐一知らせる効果があったのと、モンスターが大声に驚いて出てこなくなるであろうという予測のもと、止められることはなかった。
 先頭を歩く佐保が仕入れた情報によれば、秘境のジャングルに現れるのは、どういう原理なのか巨大化した野生動物ばかりだという。基本的に野生動物というのは危険には敏感なものであり、騒がしい音――大きく振動する空気を感じ取るとすぐさま逃げる可能性が高い。そのため2人の歌は、言ってみれば防犯の役割を果たしていたのだ。
「ところでおりばー、ちょっとおもったんやけどな」
「うん、やっしー、どうしたの?」
 歌を一旦止め、社が終夏に話を振る。
「いや、このじゃんぐるって『もとにもどるためのほうほう』いがいに、なにか『おたから』があるかもしれへんな」
「おたから!?」
「おう、なんてったって『ひきょう』やからな!」
「なるほど〜! でも、そのおたからって、もんすたーがまもってたりするんじゃないかな?」
「お、そのかのうせいはあるな!」
「たからばこにてをかけると」
「いきなりうえからおそってくる!」
「そしてわたしたちはこうさけぶ!」
 声を揃えて2人は言った。

「ひきょう(秘境)だけに、ひきょう(卑怯)!」

 瞬間、社と終夏の周囲の空気が氷点下にまで下がった。
「誰だー! 唐突にブリザードなんか使ったのはー!?」
 そんな悲鳴がそこかしこから聞こえてくるが、2人は全く気にしなかった。終夏の方は「明確に怒られれば謝る」という思考でいたが、歌にせよシャレにせよ、怒られないのであれば気にしないつもりでいた……。
「まあじょうだんはおいといてやな」
 話を元に戻すべく社が口を開く。
「おたからときいて、おりばーはなにがあるとおもうん?」
「……そういうやっしーは?」
「おれか? おれはやな……、けんりゅうがーのべると!」
「おお〜!」
 変身ヒーローのベルトがあるのではないかと、子供の思考で社は決め付けた。ちなみにケンリュウガーの名前が挙がったのは、先ほど合宿所前で変身シーンを目撃したからである。
「それはすごいねー!」
 同じく子供の思考で終夏は手を叩き、まるで自分が見つけたかのように喜んだ。
「そんでもって、べるとをみつけたらおれはこういうんや。このべるとで、おれはおりばーをまもる!」
「かっこいいー!」
 これが素の状態であればとんでもない爆弾発言なのだが、子供の思考では社も終夏もそれがわからなかった。
 そのような会話を展開させていたその時だった。大声で歌っていなかったのが原因なのか、道を外れた2人の目の前に大型の「何か」が数体飛び出してきた。丸みを帯びた体と頭、そしてそこから生える合計8本の足。節足動物の代表格、巨大化した蜘蛛だった。
「ぎ……!」
 いきなり現れた巨大蜘蛛を目の当たりにして、社も終夏も一瞬動きが固まる。油断していた人間2人を餌と認識したのか、数体の巨大蜘蛛は捕獲行動を試みようとする。
 だがその行動は終夏の次のアクションで遮られた。
「ぎにゃあああああああああああああっ!?」
 大型の蜘蛛の存在を認識した終夏が、その場で全力で叫んだのである。しかもただの叫びではない。ドルイドの持つ原始の力が上乗せされた、ミンストレル必殺の「叫び」である。終夏を中心に発せられた強烈な空気振動は蜘蛛の体を揺らし、その外骨格にダメージを与え、しかも振動の直撃を食らった蜘蛛をそのまま遠くに吹き飛ばした。
「わあああん! あしのいっぱいあるの、やー!」
「お、おりばー! そのさけびやめたってー!」
 親友の必殺攻撃に思わず社は耳を塞いでしゃがみ込む。終夏の叫びは、隣にいた社の鼓膜にもダメージを与えてしまっていた。
 実はこの終夏、蜘蛛や蛸のような「足の多い生き物」が大の苦手なのだ。運動が苦手というのがよく知られる終夏の弱点なのだが、どうやら他にも弱点があったらしい。
 終夏の叫びを受けた巨大蜘蛛たちは怯みはしたものの、まだ向かってくる気迫を見せる。目の前のご馳走が惜しいからだろうか。
 結論から言えば、蜘蛛たちの腹は子供の肉で満たされることはなかった。蜘蛛たちの腹に収まったのは、高速で飛来する光エネルギーの弾丸だったのである。
「どこかで子供たちが泣いている、となれば――」
 どこからともなく聞こえてきた声に社と終夏が振り向くと、木の上から自分たちに向かって跳んでくる1人の男の姿が見えた。森の中だというのに花柄のパンツ1枚という珍妙極まりない格好で飛び出してきたのは、3ページ前でぶっ飛ばされたクド・ストレイフだった。
「困った時のクドバリア! お兄さんのホークアイは1キロ先のパンチラすら見逃しませんよ! ついでに目の前の敵の弱点もね!」
 終夏と社を背に、下着から曙光銃エルドリッジを取り出し、眼前にいる蜘蛛に連続で弾丸を浴びせる。空賊の経験で鍛えられた優れた視力が蜘蛛の姿を捉え、得意の二挺拳銃から繰り出される正確かつ弾数の多い連射――1丁につき4発分の弾が節足動物の体を粉々に粉砕した。
「ふっ、決まった……。割と珍しく……」
 今の外見を見ればわかるが、クド・ストレイフという男は変態である。「守備範囲」が広いことでも知られる変態である。だがその銃の腕前は本物であり、やる時はやってくれるのだ。
 珍しくかっこいいクドだったが、次の終夏の叫びがそれを台無しにした。
「へんたいだああああああああああああ!」
「のひゃあ!?」
 終夏は女の子である。自らコンプレックスを持つ程度の容姿だが、彼女は女の子である。いきなり目の前に下着1枚の変態が現れて冷静でいられる5歳女児がいるわけがないのだ!
 終夏の叫びを至近距離で食らったクドは当然怯む。そしてさらに彼に不幸が襲い掛かった。
「おりばーになにしてくれとんねん!」
「んぎゃふっ!?」
 いきなり現れた不審人物に向かって、社が鉄甲――いつの間にか5歳児用にカスタマイズされていたそれをはめた右拳に雷を纏わせ、クドの腹部に全力の一撃を叩き込んだのである。社はかつて所属していたイルミンスール魔法学校、そこに存在する【イルミンスール武術部】に所属しており、徒手空拳による格闘戦術には一日の長があった。幼児化していても身体能力、及び技のキレに影響は出ない。外見5歳、中身は18歳の契約者のパンチは見事に変態を叩き伏せることに成功した。
 そしてクドの受難はまだ続く。その様子を感じ取ったらしいパートナーのルルーゼ・ルファインドが駆けつけ、そのままクドを回収しつつ社と終夏から離れていった。ある程度離れた所で、木にクドを叩きつけることを忘れずに。
「いい加減にしなさいこの変態!」
「ほごおっ!?」
 木の幹に魚拓ならぬ顔拓を刻み込み、クドはそのまま動かなくなった。もちろん死んだわけではない。ハイナの疾風突きを受けた時もそうだったのだが、服も防具も無いクドはその身を守るのに、自身の完成された肉体と竜鱗化された皮膚を使ったのである。
「り、竜鱗化と、この肉体が無ければ、死んでたかもしれませんねぇ……」
「服を着ない分、社会的には死んでいるも同然ですけどね」
「……ルル、それマジきついっす……」
 その言葉を最後に、クドはその場で気絶した。
「あうう〜、あしいっぱいあるのとへんたい……」
「よしよしおりばー、もぉだいじょうぶやで。へんたいはおれがぶっとばしたからな」
 恐怖を与えてくるものが立て続けに現れたせいで、普段から元気なはずの終夏もさすがに涙目になっていた。もっとも、突然目の前に自分が嫌いな存在と極度の変態が現れれば、たとえ大の大人でも泣き喚く可能性は無きにしも非ずであるが。
 そんな終夏や社の異常を察知したのか、隊列を離れてこちらに駆け寄ってくる人影が見えた。7〜8歳くらいの子供――それにしては非常に小柄だった――と、そのパートナーらしき大人のコンビである。
「おやおやそこのお嬢さん、大丈夫だった? 怪我は無いみたいだけど……」
 やってきた少年はそんなことを言いながら終夏の頭を撫で始める。
 実はこの少年、幼児化したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)である。体も頭も幼児化した彼だがパートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が困っているらしいというので、原因究明のためにこの探索に参加したのである。この場に現れたのは、後ろを歩く匡壱の指示によるものだった。
「変な男がモンスターを退けてくれたみたいだが、また何か起こるとも限らないし、ちょっと様子を見てきてくれ」
 実際にこの指示を受けたのはメシエの方だったが、話半分に聞いていたエースが先に行動したのである。ちなみに当のメシエだが、彼がこの探索に参加したのは、パートナーであるエースが元に戻ってくれないと、生活に支障が出るという理由からだった。実はメシエ、子供の相手が非常に苦手なのである。理不尽でワガママで、しかも大騒ぎするような輩の相手などしたくないというのに、どうしてそういう時に限ってエースが子供になってしまうのか!
 おかげでメシエは子連れでジャングルを歩く破目になったのである。
「うんうん、大丈夫。今はもうモンスターも変態さんもいないからね。皆がいるからそういうのが出てきても大丈夫だからね〜」
 終夏の頭を撫でながら、エースは微笑みながらどこからとも無く取り出した薔薇の花を差し出す。それを突き出された終夏はあっけに取られ、思わず受け取りそうになったが社にそれを止められた。
「ちょっとまったらんかい。いきなりあらわれて、いきなりおりばーのあたまなでて、ほんでいきなりこれとはどういうことやねん」
「え? 女の子は『そんちょー』するべきだからさ」
 食って掛かる社にエースは当たり前のように答える。少なくとも社の目には、エースは「突然横から現れたキザ野郎」ということになっているのだが、エースの方はそのことに気がついていなかった。
「こら、こんな所で何をやっているか」
 一触即発のムードの中、追いついてきたメシエが睨み合う両者を引き離した。
「エース、2人に怪我は?」
 確認のため、メシエがすぐさまエースに状況を報告してもらう。
「とりあえず2人とも怪我は無いみたい。……あっちで木に埋まってる変態はボロボロだけど」
「……まあ、変態は放っておいてもいいだろうね。パートナーも近くにいるようだし」
 木にめり込んだクドの隣にいるルルーゼに会釈し、メシエはエースたち3人を列に戻るよう促す。
「さあ、それじゃそろそろ戻ろうか。皆が心配してるよ」
「はーい」
 今度は変態でもなんでもない「大人」の登場のおかげで完全に落ち着いたのか、終夏も社も素直に指示に従う。またエースも次なる手伝いのために一旦隊列に戻ることとなった――そのため、社とエースがこの後睨み合うことは一切無かった。
 3人を列に戻してから、メシエは人知れず頭を抱えた。
(まったく、このままでは完全に引率者ポジションではないか。幸いにしてこの2人はまだマシな方だが、世話をする子供が増えることになれば大変だ……)
 早く何とかしなくては。小さくなった体でうろうろ歩き回るエースを見やって、メシエはため息をついた。