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幼児と僕と九ツ頭

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幼児と僕と九ツ頭
幼児と僕と九ツ頭 幼児と僕と九ツ頭

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第1章 それは、序章でした

「ハイナ奉行、お困りのようだな……」
 合宿所にて待機することとなった葦原明倫館の総奉行――要は校長であるハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の頭上から、少なくとも彼女は聞いたことがあるだろう声が降りかかった。
 彼女が声のする方に目を向ければ、果たして予想した通り、高い木――足を乗せられる枝の上で直立不動状態の武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿があった。近くには彼のパートナーの魔鎧である龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)の姿もある。
「主に若者で構成される契約者が揃いも揃って幼児になってしまう……。そう、これは……ヒュドラの仕業だ!」
「いや、知っていんす」
 この場にいる誰もが知っているであろう情報をわざわざ口にするのは、牙竜がヒーローだからであろうか。
「というわけで、ヒュドラの湖に急ぐぞ! 来い、可変型機晶バイク!」
 樹上から牙竜が声を張り上げると、どこからとも無く――実際はあらかじめ森の中に仕込んでおいた牙竜の可変型機晶バイクが走ってくる。ちなみにバイクは自動で動くわけではないのでその運転席にはアネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)が乗っていた。
「とぉ!」
 それを確認した牙竜は、灯と共に樹上から飛び降りる。
「カード・インストール!」
 灯の掛け声で、彼女は見る見るプロテクトスーツの姿をとり、牙竜の全身を包み込む。
「変身、ケンリュウガー剛臨!!」
 落下地点にアネイリン――もちろんアネイリンはすぐさまその場から離れた――が待機させたバイクにそのまままたがり、決めのポーズ。
「子供のピンチの時に、颯爽と現れるのが正義のヒーロー、ケンリュウガーだ!」
「おお〜!!」
 その瞬間、その光景を見ていた幼児化契約者から拍手の渦が巻き起こった。
(よし、決まった……。つーか、こうやって決まるの、割と久しぶりじゃないか?)
 牙竜は元々蒼空学園で【ケンリュウガー】というヒーローを演じていた男である。時折デパートの屋上でヒーローショーに出演していたが、この頃は葦原での活動が多く、子供から拍手を受けることが少なくなっていた。
 だがそれでもヒーローの心を失わない彼にとって「子供からの声援」というのは最高の原動力なのである。たとえそれが、精神まで幼児化した――いくらかは知り合いであろう契約者であったとしても。
「というわけでハイナ奉行」
「はいはい、なんだぇ?」
 バイクをゆっくり運転しつつ、牙竜はハイナの近くまでやってくる。
「これから俺はヒュドラがいるであろう湖に向かうから、後を頼みたい」
「うむ、任されんした」
『まあ元々頭の中身が子供と差が無い牙竜に瘴気が通用するとは思えませんし、今後部座席に座ったアーたんはお子ちゃまですし、私は魔鎧、つまり本質は「物」ですから、ここは大船に乗ったつもりで構えておいてください』
「元々子供衆でありんしょうが、魔鎧でありんしょうが実は影響が出てるのもいるみたいでありんすがね……」
 実際のところ、普段が子供みたいな思考回路であろうが、種族的に「物体に近い」存在であろうが等しく瘴気の影響は出る――一方で偶然にも影響が出ない者もいる――ため、灯の主張は少々ずれていたわけだが、それでも彼女は自信を持ってハイナに「大丈夫だ」と告げた。
「では早速――」
 後部座席にアネイリンを乗せ、そのまま秘境に突入しようとする牙竜を制したのは、離れた所から聞こえてくる携帯電話の着信音だった。
『あ、牙竜。あれ私の携帯ですね』
「え、何で着信音が離れた所から?」
『いや、だって、魔鎧モードになったら私の服脱げちゃいますし……』
「そういえばそうでした」
 秘境に突入する前に、牙竜は灯の携帯と、彼女の服である矢絣柄の着物を回収に向かう。
 灯は魔鎧に変身する際、その「肉体のみ」が魔鎧となり、上に着ている服が全て脱げてしまうのである。いつぞやの大乱闘事件で衆人環視の中、魔鎧を解除したことがあるが、あの時も実際は、灯の服は脱げていたのだろうか……。
 木の下にて落ちていた携帯電話を拾い、自身と鎧に声が聞こえるように位置を調節する。
「もしもし、佑也か? ……ほう、それは面白そうだな」
『なるほど、着眼点が面白いですね……。その憶測がもし真実ならば、無駄に命を取らなくて済みますが……、まあ命を取った方が簡単だと思いますけどね』
 全員は話し合い、心を通じ合える方法を取るだろう。灯はそう付け足したが、それを聞いたのか聞いていないのか、牙竜はケンリュウガーのマスクの下で大量の涙を流していた。
「その憶測、俺は感動した! それならば話は早い。ヒュドラを倒すのではなく、話をしに行くぞ!」
 そうしてバイクを人型に変形させ、彼らは一路、ヒュドラの湖へと向かった。

「おともだちを、どーん!」
「どわああああっ!?」
 そのような掛け声と共にサンダーバード、ウェンディゴ、フェニックスのトリオを合宿所から少々離れた広場にて召喚するのは、4〜5歳程度――実は若返りの影響を受けた契約者の大半は、一様に4〜5歳に変貌していた。ついでに服装も、肉体が幼児化した契約者は全員子供用の服を着せられている――に幼児化した伏見 明子(ふしみ・めいこ)だった。
「はい明子ちゃん、よくできました。ね、見たらわかるように、『お友達』は体が大きいの。だから狭い所で呼んじゃダメなの。わかったかな?」
「うん、わかったー!」
 明子をそのように説き伏せるのは、彼女のパートナーである九條 静佳(くじょう・しずか)である。
 最初、明子は合宿所の中で召喚を行おうとした。だが合宿所の安全を憂えた魔道書の鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)がすんでのところで明子を外に連れ出し、試し打ちとして召喚させたのである。ちなみにその際、魔鎧のレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が犠牲になってしまったが、合宿所が壊れるのと、パートナー1人が再起不能(リタイア)するのとどちらが重大かといえば、間違いなく前者であった。
「だから、呼ぶ時は拾いところでしようね」
「はーい!」
 いつもの男性的な口調を押さえ、静佳は明子をなだめる。
「それじゃ、そろそろ探検しようか」
「わーい、たんけんたんけんたんけんだー!」
 ジャングルにて探検が行えると聞いて、幼児化明子は大はしゃぎである。
「おうちにこもってるとよくないってくじょーのおねーさんにゆわれてたんけんだー! おもちゃのつえもーまほうつかいっぽいふくもー、あとおともだちもたくさんだー!」
 片手にアヴィケンナの宝笏を持ち、その身をアルガゼルの衣で包み、明子は意気揚々と探検に乗り出した。
 それを見届けた静佳はため息をつく。
「……ふう、危なかった。さし当たって、マスターを外に連れ出すことには成功したが……」
「うにゃー、お疲れ様なのです」
 同じく明子を見届けた六韜が安堵の表情を浮かべた。
「人気の無いところで召還獣試し打ちさせておいて良かったのですよ」
「……俺はちっとも良くないけどな」
「おおっと、レヴィもちょーお疲れ様なのです。実験台になってくれたおかげで、合宿所の平和は保たれたのですよ」
 全身をフェニックスの炎で焦がされたレヴィが何とか立ち上がる。召喚獣のコンボを食らってよく生きていたものだ。
「そう、合宿所の安全は何とか保たれた」
 2人を見ずに静佳はその顔を少し歪ませる。
「まずこれで最低ラインはクリアできたと言ってもいいだろう。後はまかり間違ってマスターの勢いで死人が出たりしないように努力するしか――って、こらそこの2人、逃げるな」
「ず、頭脳労働の私めはこの辺で失礼を……」
「いや、しかし九條の旦那、逃げていいスかね、実際……」
 残ったパートナー2人に向き直った静佳は六韜とレヴィの腰が引けているのを目ざとく見つけた。
「さっきもフェニックスと戯れたおかげで、俺様ちみっと焦げてるンすけど……。さすがにこれ以上焦げるのは嫌ッスよ」
「っていうかあのマスターに近づくのはさすがに勘弁願いたいのですよ。これまでの経験を保ったまま若返りだなんて、ちょっと冗談じゃ済まされない技術のよーな気がしますし」
 確かにこの場で幼児化した契約者は「これまで培ってきた経験」が全て、そのまま残った状態でいるのだ。つまり明子の実力そのままに5歳児になったわけだから、ただでさえ暴れん坊な明子がさらに暴れん坊になったら、これはもう誰にも止められない。
 そういう意味ではレヴィも六韜も責められはしないのだが、静佳はあえてそれを責めた。
「まあ確かに気持ちはわからなくはないが……」
 頭をかきながら静佳は事の重大さを説いた。
「今の明子が怪我して本気で暴れ出したらどうなると思う? パートナーとして責任を果たしなさい」
 このまま放置しておけば、確かに自分たちの安全は保たれるであろう。だがそれは、一方で多大な被害を別の所で出すということを意味していた。
 怪我をした明子が暴れれば、その余波が誰に、そしてどこに向くのか。それを想像した2人は、もはや逃げられないのだと悟った。
「あー……。まあ、確かにこの状態でほっぽったらトンデモねェ事になるのは見えてるなァ……」
「紗那王、横暴〜」
 六韜は不満の声を挙げるが、完全に諦めたレヴィに説得され、結局は明子と共に行動することを決めた。
「とほほ、生きて帰れっかなァ……」
 レヴィのその言葉が、明子のパートナー3人の意思を見事に代弁していた。

「不肖、このペド・ストレイフ! じゃない、クド・ストレイフ!  小さくなってしまった子供たち、主に女の子の世話をさせて頂きます!」
 などとのたまいながら合宿所に現れたのは、本人が名乗った通りの男――クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)である。
「というわけで!」
 そしてその宣言の直後、彼はすぐさま身に着けていた服を脱ぎ捨て、下着1枚姿に変貌した。
「早速お世話を――ばああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 だが次の瞬間、近くにいたハイナの花散里から繰り出された疾風突きを胸に食らい、そのままクドは合宿所の外へと飛ばされてしまった。
「……思わず体が勝手にぶっ飛ばしてしまいんしたが、あれは大丈夫でありんすか?」
 刀を鞘に納めながらハイナは近くに立っていた9歳程度のヴァルキリーの少女に声をかける。雰囲気からしてこの少女がクドのパートナーだろうと思ったのだ。
 果たしてそれは的中していた。そこにいたのはまさしく、幼児化してしまったルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)だった。
「まあ、大丈夫でしょう。クドのことですし」
「そうでありんすか」
「というか、本来なら私が止めるべきところを、ありがとうございます」
「なんのなんの、ああいう変態はどなたかがやらねばなりんせんでありんす」
 とりあえず目立った被害は出ていないのだからとハイナは笑いながら手を振った。
「では、私も秘境に向かいます」
「ここに残りんせんのでありんすか?」
 見た限りでは思考は本来のまま体だけが幼児化したらしいルルーゼに、ハイナは目を丸くする。
「本来ならば、この姿では足手まといになるだけですので合宿所で待機しておいた方が良いのですが……」
 だが、何もしないというのも我慢できるものではなく、ましてあのクドという男を放置しておいては問題になってしまう。
「監視役としてお供しなければ、クドが何をするかわかりませんしね」
 身体能力それ自体は変化前と変わらないのだが、やはり本来の体格でなければ思うように動けないのだろう。ルルーゼは刀を2本、腰に差し、ジャングル方面に飛ばされたパートナーを追って足を進めた。

「どうしてこうなった……」
 合宿所にて柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は呆然としていた。それもそのはず、彼の体は本来なら18歳程度の体格をしているはずなのに、今は7歳程度になってしまっているのだ。幸いにして思考部分は変化しなかったが、それでもこの状況は非常に問題である。
 何しろ先ほどまで、彼はパートナー2人から色々といじくり回されていたのだから……。
「まあどちらにせよ、元に戻るまでは大人しく合宿所で――」
「真司ー」
 大人しく待機するしかないと思った真司の耳に聞きなれた声が飛び込んだ。偶然にも幼児化しなかったヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)である。
「ん、どうしたヴェルリア?」
 寄ってくるヴェルリアに真司は顔だけを向ける。
「いえ、実は和葉さんに探検に誘われまして」
「……は?」
「それで、一緒に行きませんか?」
「……探検に?」
「はい」
 嫌な予感がした。和葉というのはおそらく水鏡 和葉(みかがみ・かずは)のことだろう。
 ヴェルリアと和葉、というフレーズを聞いて大抵の天学生はこう考える。
「あの2人がコンビを組んだら、間違いなく2人揃って迷子になる」
 そしてそれを最も良く知るのが真司と、和葉のパートナーであるルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)なのだ。
 ヴェルリアと和葉は極度の方向音痴である。この2人がコンビを組み探検に行くとなれば、迷子になるのは確定事項!
「……行くな、とは言わないが、それならせめてアレーティアが戻ってくるまで――」
「許可が下りましたので、それでは早速行きましょう!」
「って、人の話を聞いてくれー!」
 パートナーから探検に出る許可をもらったと思い込んだヴェルリアは、そのままの勢いで真司の手を引き、和葉が待っているであろう合宿所の外へと突撃していった。

「ルアークがちっちゃい……。んでもって柊先輩もちっちゃい……。こ、これは、可愛い〜! おお〜、なにこのほっぺのやわらかさ! これはもう殺人級でしょ!」
「まぁ、マシュマロみたいにやわらかい……」
「えっ、本当ですか? えっと……、さ、触ってもいいですか?」
 合宿所の外にてヴェルリアと真司は、和葉、ルアーク、そしてもう1人の和葉のパートナーであるメープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)と合流することに成功した。幸いにして和葉たち3人はすぐ近くで待機してくれていたらしく、合流できずに迷子という事態は避けられたようだ。
「って、質問に答える前に触るな抱きつくな!」
「いい加減に離せー!」
 真司と同じく体だけが6歳程度になってしまったルアークはメープルに抱き上げられた状態から逃れようと暴れるが、どういうわけかその縛りから抜けることができずにいた。普段の身体能力でいえば明らかにルアークの方が上なのだが、今日に限ってメープルの方が強くなっているらしい。これも子供の持つ魔性の影響なのだろうか……。
「しかしまさかお前も小さくなっているとはな……、ルアークよ……」
 知り合いの惨状を目の当たりにした真司が思わず頭を抱えた。ヴェルリアと和葉という迷子コンビを止めるのには自分1人では不可能だと判断した彼は、同じ苦しみを分かち合うルアークに助けを求めるつもりでいたのだが、当のルアークまで幼児化しているというのであれば話にならなかった。
「っていうか、なんで柊まで小さくなってんの……?」
「そんなもん、俺が知りたいくらいだ」
「ですよねぇ〜」
 2人して半ば諦めムードが漂う中、彼らを含めた5人は合宿所の周辺を散歩していた。とりあえず合宿所それ自体が珍しいのか――葦原島にあるというだけあって、合宿所は本格的な和風造りとなっていた――、とにかく色々と見て回ろうというらしい。
「だぁー! だからそっちはどこかわからないぞー!」
「違う! 右じゃない! 左、左!」
 などと叫ぶことで、かろうじて迷子にならずに済んでいるが、これがいつまで続くことやら……。
「真司、ちょっとうるさいですよ?」
「うるさく言わないと迷子になるんだろうが!」
 手を引いて連れ歩くヴェルリアがうるさそうに眉をひそめる。もちろん真司も反論するが、その会話の応酬も長くは続かなかった。
「暴れられるのが嫌なら、貴女もこうしたらどうかしら、ヴェルリアさん?」
 隣にいたメープルの悪魔のささやきがヴェルリアの耳に入ったのである。
「え、こうってつまり……」
「抱き上げるのよ」
「なるほど」
「って『なるほど』じゃない!」
 叫ぶ真司の抵抗空しく、彼はそのままヴェルリアに抱き上げられてしまった。暴れて逃れようとするが、メープルに抱えられたルアークと同じく、なぜか抜け出せなかった。
 そうして数分後、5人は森の近くまでやってきていた。
 そう、これから大勢の契約者が突撃するであろう秘境の入り口である。
「……何だか、大冒険の予感がするねっ」
 胸の高鳴りを抑えられず、和葉は期待に輝く目をヴェルリアに向ける。
「……行っちゃう?」
 にっこり笑顔で友人を誘う和葉。本来なら止めるべき立場のメープルも、
「あら、これは楽しそうね」
 などと、非常に乗り気でいた。その傍らには迷子対策としてか、いつの間にかパラミタセントバーナードを控えさせている。
 そしてもちろんヴェルリアも期待を裏切るような女ではなかった。秘境に突撃するのを承諾したのである。
「そうですね。行ってみましょう」
「ちょっと待て! さすがにそこはやばい! そんなとこに入ったら迷子どころか遭難するだろ!」
 ヴェルリアに抱きかかえられている真司は当然そう反論するが、そこは和葉が胸を張って言い返した。
「大丈夫大丈夫。遭難しても大丈夫なように、『いつも通り』非常食と水は持ってるし、それにこういうスリルも味があっていいじゃない」
「こんなスリルはいらないー!」
「しかも『いつも通り』と言ったか!?」
 真司とルアークの叫びを無視し、和葉、メープル、そしてヴェルリアは秘境へと足を踏み入れた。
 秘境に入って数秒もしない内に、幼児化した男2人はもう叫ぶ気力も無くなったのか、パートナーの腕の中でぐったりしていた。1つの誓いを胸にしまい込んで。
(あぁもう、こうなったらやってやるよ。無事に生還してみせる)
(こうなっては仕方ない。何とか無事に生還できるよう最善を尽くすだけだ)
 密かな決意と共に、迷子が主役の探検隊は森の中へと姿を消した。

 一方、いまだ合宿所に残っていた真司のパートナーであるアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は、ふと自分のパートナーの姿が見えないことに気がついた。
 合宿所にいる間、幼児化した真司をいじって遊んでいた彼女だったが、数分席をはずいている間に、パートナーはどこかに行ってしまったらしい。
「まったく、一体どこに行きおったか……。リーラの姿も見えん」
 同じく真司をいじっていたはずのリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)までおらず、アレーティアは途方に暮れるしかなかった。
 だがすぐ後で、彼女が途方に暮れる心配は無くなった。そのリーラから携帯にメールが届いたのである。
「ふむ、何々? 何やらヴェルリアが友達と探検に出かける相談をしてて、自分はこっそり後ろから高みの見物、じゃと!?」
 メールによれば、真司たちはどうやら秘境のジャングルに突撃あそばしたらしく、リーラはそんな彼らの後ろからデジタルビデオカメラを構えてこっそり追跡中なのだとか。ついでにその様子は動画添付という形でアレーティアの携帯にも伝わった。
「まったく、あの天然迷子娘共め、また勝手に出かけおったのか!」
 こうしてはいられないと、アレーティアはカスタマイズした戦闘用イコプラ4機を手にリーラの元へと全速力で向かった……。

 そうした少々のトラブルはあったものの、真田 佐保(さなだ・さほ)丹羽 匡壱(にわ・きょういち)は秘境に向かう予定の契約者を集め終えた。
 これより2人は、大勢の契約者を率いてこの事件の原因と思しきヒュドラがいるであろう湖へと向かい、原因究明と共に事件解決に乗り出そうというのであった。
「それでは佐保、匡壱、よろしく頼みんす」
「任せるでござる!」
「総奉行殿も、どうかお気をつけて。……色んな意味で」
 ハイナの見送りを受け、佐保が先頭、匡壱が殿を務める形で、総勢52名の集団はジャングルへと乗り込んでいった。

 さて、そんな彼らとは別の形でジャングルを歩く者たちがいた。
 その2人組の片方は12歳程度の中性的な少年という風体で「なよなよした」感じがするがどことなく悪意が見え隠れしており、そしてもう1人は頭以外の全身を大型の甲冑で身を包んでおり、どうやらこちらは機晶姫らしい。
 前者の少年はその両手に鬼払いの弓を構えており、傍らにフラワシを発現させている辺り、やはり契約者らしい。傍の機晶姫は、大方少年のパートナーなのだろう。
「さて、新たな知識が欲しいからという理由でこんな所までやってきたわけですが」
 誰とはなしに少年が呟く。
「……そもそもどうしてこうなったのか、今の僕には理解できません」
 その場で大きくため息をつき、自らの境遇を少年は嘆いた。
「葦原島にいることそれ自体はともかく、やってきたらいつの間にか体が縮んでるし、なよっとしてるし、女の子っぽいとか言われるし……」
 早く何とかしないと。少年――幼児化してしまった東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は弓を持った手で頭を抱えた。
 知識の追求を至上とし、そのためにはとにかく手段を選ばず、得る知識も禁忌であろうが正道であろうが問わず、ついでに「知識を進化させるためには争いこそが必要だ」などと、おおよそ凡人には考え付かない程度の思想を元に動くこの男が幼児化したのは偶然以外の何ものでもなかった。
 一体どこで聞きつけたのか、彼はこの秘境に伝わる伝説を耳に入れ、それを自らの知識の足しにしようとここまで来たのだが、望んでもいないのに若返りの瘴気を浴びてしまい、非常に困っているというわけである。思考も多少は若返ってしまったのか、多少なりともこの状況―――周囲一帯木だらけの秘境探索を楽しんでいる節はあったのだが……。
 彼に背後から付き従うバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)といえば、むしろ若返ってしまった雄軒に「萌え」ていた。
(……あ、主が……、可愛い……! これは可愛すぎる……。むしろ反則……。というか、ずっとそのままでいてくれればいいのに……!)
 この心の声を聞いたならば、雄軒でなくともこう思っただろう。ダメだこの機晶姫、早く何とかしないと……。
 今回はいつもは被っているはずの兜だけを外し、その下にある茶色がかった緋色の髪をふるふると震わせながら、雄軒を護衛するべくその手にS字に湾曲した剣を握り締める。周囲の殺気を読み取りながら進むが、その視線は雄軒から外れることは無い。
(というか、さっきから妙な視線を感じて、なんというか、やたら怖い……)
 もちろんその視線が12歳バージョンの雄軒を怖がらせているなどと、バルトは知る由も無かった。知っていたとすれば「怖がっている主人もまた可愛い」などと思うに違いなかったが。
「それにしても一面森、森、森ですね……。道に迷うとさすがに厳しいので、申し訳ないのですがバルトさん、しっかり護衛お願いしますね……、っていうか、大丈夫ですか?」
「……はっ」
 振り返る雄軒の視線に気がつき、すぐさまバルトはその精神を自ら落ち着ける。まさか「実は可愛いものが好き」などということが知られれば、たとえその相手が雄軒だったとしても――むしろ雄軒であればこそ、だろうか――さすがに精神的にダメージを食らってしまう。こんな所で精神的に再起不能(リタイア)などという目には遭いたくないのだ。
 護衛は任せろと言わんばかりに大きく頷くバルトの姿に安心したのか、雄軒はそのままジャングルの地面を踏み鳴らしていく。
 その背にバルトの少々危険な視線を受けて……。