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リアクション
【十 消えたふたり】
「ザカコさんを、援護して!」
豪風の中で動けない美羽は、コハクに指示を出して、ザカコの援護に回らせた。
マーダーブレインの姿が見えているザカコは、豪風の中にあっても、巧みな体重移動で着実にミリエルとの距離を詰めてゆく。
ザカコの後に、甲冑で重量を補完しているベディヴィアが補佐役として続く。ザカコのように、姿を消しているオブジェクティブが見える訳ではないが、過去に何度もマーダーブレインやバスターフィストと交戦してきた経験が、ここで活きる格好となった。
「未散くん! わ、わたくしは一体、どうすれば良いでしょう!?」
とりあえず、何かしなくては――そんな焦りのような思考が湧き起こっているハルだが、これまでオブジェクティブと出会った経験が無い彼としては、何をどうすれば良いのか分からない。
勿論、聞かれた未散にしてもそうだ。
「そ、そんなこと聞かれたって……分かる訳ねぇだろう!」
思わず怒鳴り返してしまった未散だが、決してハルが悪い訳ではない。それは重々承知しているのだが、この場では他に答えようが無かった。
ところが、すっかり狼狽し切っているハルの隣に、いつの間にか唯斗が姿を見せていた。
幾分ぎょっとした表情で、突然現れた唯斗に視線を送るハルと未散だったが、唯斗は至って落ち着いた口調ではあるものの、矢張り豪風に負けないよう、大声で呼びかけてきた。
「暇があるなら手伝って欲しい! オブジェクティブとの交戦経験なら、俺にもある!」
「あ、そ、そうなんですか!」
勢いに押されて、ハルは唯斗の補佐を務めることとなった。唯斗という攻撃手段を得たからには、精一杯頑張る――ハルは、未散に爽やかな笑顔を残して、ミリエルが佇む位置へ、豪風を押して駆け出していった。
かくして、ベディヴィアを従えるザカコが真正面から、ハルを従える唯斗が背後から、挟み撃ちとなる形でミリエルの立つ窪みの縁へと迫る。
その様子を、歩や巡、或いは輪廻といった面々は、複雑な心境で眺めるばかりであった。
結局、クロスアメジストの正体にはある程度迫ることは出来たが、その持ち主である盲目の少女を救い出すには、至らなかった。
そんな無力感が、三人の心を酷く落ち込ませていた。
「どうして、こんなことになっちゃったのかな……」
歩の沈んだ声は、この豪風の中でも、巡と輪廻の耳にはしっかりと届いていた。
しかし、ふたりには歩に返してやれる言葉が見つからない。この場で、マーダーブレインに対抗出来る能力を持っていないことが、恐ろしく罪深いように思われてならなかった。
ナラカ・ピットと思しき巨大な窪みが発生した市場とは対照的に、シャディン集落の他の地区では、コントラクター達による避難活動が本格化していた。
ようやく到着した二台の大型トラックから、レティーシア率いるクロカス災害救助隊が飛び出し、北都や鉄心達が集めていた領民を次々に収容していく。
勿論その合間には、淵が主体となって掻き集めていた子供達も、同様にトラックの荷台へと誘導していた。
そんな中、美奈子はレティーシアの活躍する様を必死になって写真に収めようとしていたのだが、この豪風の中ではろくにピントを合わせることも出来ず、後で確認した時には、まともに写っている写真はせいぜい一枚か二枚程度という悲惨な有様であった。
「ど、どうしましょう、コルネリア様! ちっともピントが合いません!」
「……気合ですわ! とにかく気合で撮りまくるのです!」
全く非合理な精神論だが、とにかく美奈子はコルネリアに指示されるまま、ひたすらシャッターを押し続けるばかりである。
しかし、この非常時に写真を撮ってばかりという行為は、流石に顰蹙を買ったようであった。
同じく救助に駆けつけてきた真人が、珍しく火を噴くような勢いで美奈子を怒鳴りつける。
「何をやってるんですか! そんなことをしている暇があったら、ひとりでも多くの領民を助けるのが筋でしょう!」
これには美奈子も、返す言葉が無い。
下手をすれば、真人の怒りの矛先がコルネリアにも向きかねなかったが、この時、コルネリアの腰元から携帯の着信音が鳴った。
渡りに船とばかりに、コルネリアは真人から視線を外しつつ、携帯の応答に出る。電話をかけてきたのは、亜璃珠だった。
『今、脱出経路を確認しましたわ。南西方向から出てください。アイリーンさんが誘導しますから、その旨、災害救助隊の方にお伝え願いますわ』
レッサーワイバーンを駆って、ピラーの暴風圏の外側から、大型トラックの離脱に最適なルートを探し回っていた亜璃珠からの報告であった。
コルネリアがその内容をそのまま伝えると、真人は今の今まで激怒していたのが嘘のように冷静な顔つきになり、何度か頷き返すと、すぐさまレティーシアの許へと走り去っていった。
亜璃珠からの電話で何とか救われた形となったコルネリアと美奈子だが、流石にもう、レティーシアの撮影を続けようという気分にはならなかった。
ザカコと唯斗が、もうあと一歩踏み込めば、ミリエル、即ちマーダーブレインとは得物が交わし合えるという位置にまで距離を詰めた時、異変が生じた。
市場を押し潰して発生した巨大な擂り鉢状の窪みから、淡い紫色の光柱がぼんやりと立ち昇っていたのであるが、これが突然、眩い光を発し始め、しかも窪みの底辺から、別の回転を伴う豪風の渦が巻き上がり始めたのである。
この予想外の変化に、誰もが浮き足立った。
窪みの底から湧き起こった、いわばもうひとつの小型竜巻は、徐々に勢いを増し、シャディン集落内に吹き荒れる豪風の圧力を、更に強化させつつあった。
これ程の爆発的な豪風が更に威力を増したとあっては、如何にザカコや唯斗といえども、容易に足を進ませることが出来なくなってしまった。
マーダーブレインが、ザカコと唯斗の接近に対抗して、更なる防御を張ったのか――誰もがそう思った矢先、それまで茫漠とした表情で窪みの縁に佇んでいたミリエルが、驚いた表情で、誰かに語りかけるかのように、小さく呟いた。
「えっ、マーくん、何?……失敗したって、何が?」
幼子の小さな声であったにも関わらず、ザカコと唯斗には、ミリエルの台詞を、はっきりと聞き取ることが出来た。
ミリエルの面に、戸惑いの色が浮かぶ。
誰かが、ミリエルだけに聞こえる声で何かを語りかけている――そのように思えてならないような、彼女の反応であった。
直後、爆発的な豪風が窪みを中心に吹き荒れ、誰ひとりとして、立っていられる者は居なくなった。
ある者は驚異的な威力で弾き飛ばされ、またある者はハンマーで打ちのめされたような衝撃を受けて、その場に昏倒してしまった。
恐ろしく長い時間、この爆風の連鎖が続いていたかのように思われたが、実際にはほんの数秒間という短い間での出来事であった。
爆音とも轟音ともいえる強烈な風音が付近一帯を蹂躙し、目を開けるどころか、呼吸すら出来ない程の破壊的な空気の圧力が、地平を平らげるようにして全てを薙ぎ倒してゆく。悲鳴や絶叫、或いは苦痛の唸りが複雑に絡み合い、呪いの大音声と化してシャディン集落を殷々と覆い尽くした。
* * *
それから、どれ程の時間が経過したのか、よく分からない。
最初に、輪廻が目を覚ました。
彼の視界に飛び込んできたのは、秋晴れの蒼天と、破壊し尽くされたシャディン集落の瓦礫と、傷ついて倒れている大勢のひとびとの姿であった。
この後、続けて他のコントラクター達が目を覚まし、ゆっくりと起き上がってくる。
どの顔も酷く疲れた様子で、もうこれ以上は何もしたくないといった雰囲気が、濃厚に漂っていた。
だがその中で、ある重大な事実が判明した。
ミリエルと、ジュデットの姿が無かったのである。
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