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リアクション
【七 天空から突き刺さる柱】
竜巻の被害を受けたブリル集落でも、当然ながら夜は明けた。
単独でピラーに関する情報収集を進めていた御凪 真人(みなぎ・まこと)は、ブリル集落を襲ったのが本当にピラーなのかを確かめるべく、夜明け前から破壊の傷跡が生々しい無残な集落跡に姿を現していた。
最早、集落跡、といい切って良いだろう。
家屋も畑も、そして家畜達が住んでいた筈の農場も、跡形も無く消し飛んでしまっており、ただただ瓦礫の山だけが、視界一杯に広がっていたのである。
レティーシア率いるクロカス災害救助隊が、そこかしこで班分けをして瓦礫の撤去作業に勤しんでいるが、これだけの破壊の後である。
果たして、集落そのものが再生し得るのか……真人には、甚だ疑問であった。
トラックで一時避難していた領民達も戻ってきてはいるのだが、その大半は瓦礫の荒野と化した集落の脇に呆然と佇み、或いは力無くしゃがみ込んで、自分達を襲った奇禍を呪い、そして悲嘆に暮れている。
真人は被害を受けた領民達に対し、内心では申し訳無いと思いつつも、それでも調査の手を止める訳にはいかなかった。もし昨晩の竜巻が本当にピラーであれば、今後の避難活動に於いては、明確な指針を示す材料が得られる筈であった。ところが――。
「昨晩のあれは……ピラーではないな」
倒木の破損箇所を調べていた真人に、背後から、幾分疲れの色が混じった老齢の声が投げかけられてきた。
慌てて起き上がって振り向くと、果たして、そこにはバンホーン博士の姿があった。
「昨晩の竜巻を動画に収めて、画像分析にかけてみたんだがね……あれは、F4クラスの群発性衛星竜巻のひとつに過ぎんかったよ」
一瞬、真人は言葉を失った。
それならば、もしピラーに遭遇すれば、これ以上の被害が出るというのであろうか。
考えたくはなかったが、しかしバンホーン博士が嘘をついているとも思えない。ということは、今後ピラーが発生した時、昨晩同様の緊急避難措置では、完全に逃げ切れない恐れがある、という理屈になる。
だがその一方で、真人はある結論にいきついた。思わず、ごくりと息を呑み込んでしまう。
「博士……昨晩の竜巻が衛星竜巻であるというのであれば……ピラーはすぐ近くに発生する可能性が高い、ということですね?」
「然様。聞いた話では、クロスアメジストの所持者たる幼子が見つかったという報告もあるらしい。ピラーの出現は、もう時間の問題であろうな」
真人は、バンホーン博士が視線を飛ばす先に、面を向けた。
西の方角。即ち、シャディン集落へと続く方向。
ヘルやおなもみからの連絡は、バンホーン調査団にも届けられていたのである。
「僕は、行きます……ピラーを確実に止める手段がまだ見つかっていない以上、ひととして、コントラクターとして、果たすべき務めを全うしたいと思います」
それだけいい残して、真人は素早く踵を返した。
* * *
シャディン集落に向かっているのは、真人だけではない。
レティーシア率いるクロカス災害救助隊から分派された一部隊もまた、ブリル集落から急行しつつあった。このクロカス災害救助隊には、森田 美奈子(もりた・みなこ)、コルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)、アイリーン・ガリソン(あいりーん・がりそん)、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)、そしてリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)といった面々の姿もあった。
移動には、昨晩ブリル集落で一時避難に用いられた大型トラック二台が用いられている。
レティーシアは一台目の助手席に座っているのだが、美奈子、コルネリア、アイリーン、亜璃珠、そしてリリィ達はというと、二台目の荷台に乗車していた。
尤も、この二台目の荷台は絨毯やクッションが敷き詰められており、乗り心地は然程悪くは無い。
ちなみに、リリィは純白の愛馬も連れてきているのだが、こちらは一台目の荷台に乗せられている。
リリィ自身は一台目の荷台に乗車しても全く問題は無かったのだが、後で行動を共にするかも知れない他の面々が、馬の匂いがリリィの衣服に染み着くのを嫌がって、無理矢理彼女を二台目に乗せたのだ。
愛馬が別のトラックの荷台に乗っている為、リリィは幾分落ち着かない様子を見せていた。馬というのは元来繊細な生き物であり、飼い主と引き離されて単独のまま荷台に押し込められるというのは、相当にストレスが溜まるものであると考えなければならない。
このストレスの為に、いざリリィが任務を全うしなければならない時に実力が発揮出来なければ、死活問題に陥ってしまうのである。
そんな訳だから、リリィが愛馬の様子を心配に思うのも、無理からぬ話であった。
「気分良く、乗っててくれると良いのですけど……」
思わずそんな台詞をひとりごちたリリィだが、実は彼女以上に、この二台目の荷台に押し込められたことに不満を抱いている者が居た。
美奈子である。
コルネリアやアイリーンと同乗する分には全く構わないのだが、美奈子の場合、『麗しのレティーシア様を写真に収める』という重要な(?)任務を帯びている為、少しでもレティーシアの近くに居たいというのが本音であった。
しかるに現実はというと、レティーシアは一台目の助手席、そして美奈子自身は二台目の荷台という具合に、写真どころではない状況に陥ってしまっている。
機嫌が悪くなるのも、当然といえば当然であろうか。
「それにしても」
美奈子の不機嫌さなどまるで意に介した風も無く、亜璃珠が不意に、何かを思い出したようにいいながら、荷台の天井付近に位置する窓の外に視線を飛ばした。
「ヴィーゴ・バスケスなる男、本当に、領主の風上にも置けませんわね」
亜璃珠は他のコントラクター達と同様、臨時応対スタッフとしてカルヴィン城に入った歩や輪廻といった面々からの連絡を、逐一受け取っている。
その中で、ヴィーゴが竜巻の被害に遭ったブリル集落に対して、特段の関心を寄せていないという報告が、亜璃珠の感情を強く刺激していた。
ピラー出現に対しても、最初から疑ってかかっていたのは、危機管理者としてあるまじき態度だ、と亜璃珠は尚も批判を続ける。
この亜璃珠の悪感情に対し、それまで不機嫌そうに黙り込んでいた美奈子がふと小首を傾げ、反論、という訳でもないのだが、幾らか擁護する発言が、その口から飛び出した。
「それはまぁ、おっしゃる通りなんでしょうけど……ただやっぱり、ピラー出現を疑っていたことに関しては、全部が全部、バスケス様が悪いとはいい切れないのでは、ないでしょうか」
「そうね……今まで、シャンバラ大荒野の外に出現したという記録は無いのだから、一研究者の情報だけで家格審査を延期せよというのは、難しい判断だとは思うわ。そういう部分では、一方的に領主だけを責める訳にもいかないわね」
美奈子の発言に、アイリーンも同調してはみたが、かといって、ブリル集落に対する態度まで擁護するつもりはない。
矢張り、領民をないがしろにしているという印象は、ここに居る誰もが抱いているようであった。
「ま、政治的な判断はひとそれぞれ、ね。でも現実の事象に目を背けるのは、矢張り許し難いですわ」
亜璃珠も全くの石頭ではなく、アイリーンの理屈には幾らかの理解を示した。
と、その時である。
不意に、荷台の内壁に設置されていた内線電話が着信音を鳴らした。いつもであれば、美奈子が飛びついて応答に出るのだが、この時は最も手近に居たコルネリアが受話器を取った。
短いやり取りの後、コルネリアが硬い表情で、他の面々に通達内容を告げる。
「たった今、バンホーン博士から連絡が入りました……ピラーが、現れたそうです」
荷台内に緊張が走った。
最初に動いたのは、リリィである。彼女はすぐさま内線電話の受話器を取り、運転席に連絡して、一台目と共に一旦停止するよう要請を出した。
彼女は、愛馬に跨ってピラーを撮影する任務を帯びている。だが、あまり接近し過ぎては危険極まりない為、距離が離れている現地点から撮影場所の探索に入ろうと考えていた。
トラックの停車は、亜璃珠も望んでいた。彼女の場合は、レッサーワイバーンに乗り換え、上空からの避難支援にて、レティーシア率いるクロカス災害救助隊の一助になることを望んでいたのである。
やがて、トラックが停車した。
リリィと亜璃珠は間髪入れずに荷台の後部ハッチを押し開き、タラップを駆け下りてゆく。
「うわぁ……いつの間に、こんな真っ暗に……」
思わずリリィが呻いたのも、当然であった。
つい先程まで、天まで突き抜けようかという蒼い空が広がっていた筈なのに、今この瞬間には、どんよりとした漆黒の雲が一面に広がり、今にも嵐が到来しようかという不気味な風が吹き出していたのである。
ピラー出現による気象変動であるのは、疑いようも無かった。
美奈子、コルネリア、アイリーンの三人も、開け放たれた後部ハッチから思わず顔を出し、余りにも異様な天候の急変ぶりに、息を呑んだ。
そして――。
「あれが、ピラー……」
亜璃珠が、北東の方角をじっと凝視し、戦慄の表情で声を震わせた。
その場に居る誰もが言葉を失い、吹き荒れ始めた強風の中で、全身を硬直させた。
エベレスト級の峻険な山岳が天地逆にそそり立ち、その先端を地面に押しつけているかのようなシルエットを見せながら、有り得ない程の巨大な柱が、天空を覆う暗雲の一部を漏斗雲状に引き込んで垂れ下がっている。
砂塵のみならず、地面そのものを剥ぎ取って、秒速150メートルという猛烈な勢いで巻き上げる上昇気流が半径500メートル程の渦を形成し、大気を裂く轟音を響かせていた。
大地に接する基底部は半径500メートル程だが、上空の暗雲に接する辺りでは、その直径は10kmを越える広さにまで達している。その上空10km圏内はもとより、周辺の数十キロに及ぶ空域もまた、雲が渦を巻いて暴風圏を形成していた。
動きは、遅い。
目測に過ぎないが、時速10キロにも達していないのではなかろうか。
だが、この足の鈍さはむしろ、脅威である。移動が遅ければ遅い程、同じ地域に膨大な被害をもたらし続けるということになるのだ。
ピラーが通過した後には、何も残らない。大地ですら、その原形を留めぬ程に。
地形を一変させる超巨大掘削マシーンにして、進路上に存在する、ありとあらゆるものを天空に巻き上げる貪欲な魔獣。
コントラクターが数十人、或いは数百人集まったところで、どうにかなる相手ではなかった。
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