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ピラー(前)

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【六 ひとの手による嵐】

 一夜明けて、ブリル集落壊滅の報が、カルヴィン城を震撼させた。
 だが、領主ヴィーゴ・バスケスだけはこの一報に触れても然程に動揺した態度を見せず、淡々と被災者救助隊を編成して派遣する手続きを取るのみであった。
 むしろ、戦々恐々としているのはツァンダ使節団の方である。
 これからバスケス領内を視察して回ろうかという矢先の事変に触れて、使節団員の大半が、慌てた様子を見せるようになっていた。
 無論、団長たるジュデットだけは例外で、彼女はその美貌に厳しい表情を浮かべつつも決して慌てず騒がず、冷静な態度でヴィーゴの私室を訪れ、今後の対応について朝から協議を重ねた。
 この協議の際、領民に被害が出ているにも関わらず、ほとんど関心を寄せようとしないヴィーゴの態度に、ジュデットが相当に腹を立てていた、という噂が城内を駆け巡った。
 領民に対する思いやりの念が余りにも足りなさ過ぎる、とジュデットはヴィーゴを真正面から面罵したというのだ。
 結局、ジュデットは一部の使節団員を率いて自らブリル集落の被害状況を視察する運びになったのだが、ヴィーゴに対する悪感情というか、しこりのようなものが残ったまま、ほとんど物別れに近い形で視察に出ることになったのである。
 だが、問題はその後だ。
 ジュデット率いる視察隊を負うような形で、カルヴィン城の遊撃守兵隊が出立した、というのである。しかもこの遊撃守兵隊には何故か、ゾーデとミリエルの姿も見られたという。
 明らかに、何らかの思惑があっての部隊派遣であるのは間違い無い。この遊撃守兵隊にはヒラニプラから買い入れたジープ数台が与えられ、騎乗で出立したジュデットの視察隊と比較すると、スピードで優る。
 恐らく、先回りする魂胆であろう。
 一方、臨時応対スタッフとして城に入っているコントラクターのうち、その大半がジュデットの補佐として視察隊に組み込まれた。その為、ゾーデとミリエルの一件を知ったのは、城に残ったヘルとおなもみだけであったのだが、ふたりはすぐに視察団に同行している面々に、連絡を入れた。
 ところで、連絡を入れた相手はジュデットに同行している面々に対してだけではなく、マーダーブレインについてよく知っている、ある人物に対しても同様に、ミリエルに関する情報がもたらされた。

     * * *

 シャディン集落は、バスカネアとブリルのほぼ中間地点に存在する、比較的人口の多い鉱山村である。
 バスケス領の主力が鉱山物資の産出である以上、このシャディン集落は他の領内集落と比較しても、それなりに人口が多く、賑わいも豊かな村であるといって良い。
 このシャディン集落にリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)、そしてまたたび 明日風(またたび・あすか)の四人が姿を現した。
 狙いはひとつ。
 マーダーブレインを、ここで待ち受ける為だ。
 ジュデット率いる視察隊がブリル集落に向かう途中、このシャディン集落に立ち寄るという情報が既に聞こえてきているのだが、ミリエルを擁する遊撃守兵隊が先回りを狙うとすれば、恐らくこのシャディン集落で、ということになるだろう。
 そして、カルヴィン城のヘルとおなもみから連絡を受けていたリカインは、ミリエルの背後に潜む影、即ちマーダーブレインの接近を、このシャディン集落にて待ち受けようという腹積もりであった。
 予想では、先行する遊撃守兵隊の到着は今からおよそ二時間後になるだろうということで、リカイン達は村の中央に位置する市場脇の茶店に腰を据え、休憩を取りながら時間を潰そうと考えた。
「それにしても、向こうから来てくれるなんてね。探す手間が省けたわ」
 店の軒先に設置された屋外テーブルで茶菓子に興じながら、リカインは幾分機嫌が良さそうに鼻を鳴らす。ところがその一方で、明日風はむっつりした表情で明後日の方角に視線を漂わせている。
 それも無理からぬ話で、実はこの明日風、その風貌が災いして、リカインにマーダーブレインの容姿を説明する為の生きた人相書きとして利用されていた節があったのだ。
 特に、その三度笠を髣髴とさせる頭部のへたつき輪切りの実が、マーダーブレインの鋼糸製三度笠に非常によく似ており、聞き込みの際、大いに重用されていたのである。
 ところがそのマーダーブレインが、向こうから近づいてきてくれるという。
 そうなると、もうこれ以上は聞き込みの必要は無く、つまり明日風の事実上の役割も終了したことになるのだから、面白かろう筈も無い。
 そんな明日風に幾ばくかの同情心を抱いているのか、アストライトとヴィゼントは何ともいえぬ面立ちで、ふたりして顔を見合わせては、気の毒そうな視線を本人には気づかぬように、こっそりと送っていたりする。
 勿論、リカインはアストライトとヴィゼントの明日風に対する気遣いなど気づいた様子も無く、ただただ、茶菓子を美味そうに頬張るのみであった。
「あ、そういえばさ、ヴィー。例の、印加反転粒子散布装置の手配はどうなってるの?」
「それなんですがね、お嬢。どうやら今日中には、配送出来そうな雰囲気らしいです……とはいっても、もうあと二時間後には奴と遭遇する可能性があることを考えると、いささか遅きに失した、という気がせんでもないですがね」
 オブジェクティブは、デジタル映像の集合体である。デジタル信号は、0か1かの切り替えが可能だが、オブジェクティブは自身の姿の可視状態を表示と非表示とに、自在に切り替えることが出来る。
 リカインは、姿を消したまま超高速で奇襲を仕掛けてくるオブジェクティブ達に相当手を焼いたという話を、仲間のコントラクター達から何度も耳にしている。
 だがその一方で、非表示状態オブジェクティブの電荷状態を強制的に逆転させて、常に表示状態とさせる装置をマーヴェラス・デベロップメント社のエージェントが使用していたのを覚えていた。
 それが、印加反転粒子散布装置である。
 この装置を、ヴィゼントがマーヴェラス・デベロップメント社に働きかけて借用出来ないかと申し入れていたのだ。申し入れ自体は意外とすんなり通ったのだが、装置の準備に随分と手間取ったらしく、やっと今日になって、ヴィゼントの手元に届くという運びになっていた。
「うーん、やっぱり、遅いな。あの化け物を勘で迎え撃つのは、ほとんど無茶芸だぜ」
「無茶でも何でも、無いものは仕方が無いわね。奴が現れたらもう、その時はその時よ」
 アストライトの嘆きに対し、リカインは半ば投げ遣りな様子で適当に呟く。こういうのが一番怖いと、ヴィゼントにしろ明日風にしろアストライトにしろ、非常に危惧するところではあったのだが、当のリカイン自身は既に腹を括っているらしく、至って落ち着いた様子を見せていた。
 ところが、そのリカインの表情が、急激に変化した。彼女の端整な面が、見る見るうちに、険しい色に染まってゆく。
 残る三人が慌ててリカインの視線を追うと、彼女が緊迫した態度を見せている理由がよく分かった。

 リカイン達が居る茶店から、丁度市場を挟んで反対側に当たる鉱山道で、騒乱が生じていた。
 村民達が悲鳴をあげて逃げ惑い、鉱山道脇の採掘小屋や村倉庫などが、次々と破壊されてゆく。そうかと思えば、逃げ遅れた村民が破壊を撒き散らす無法者達に捕まり、いわれ無き暴力を受けるという有様であった。
 ひとことでいってしまえば、完全に暴挙である。しかしその暴挙を働いているのが、シャンバラ大荒野からの野盗や魔物などではなく、コントラクター自身であるのだから、余計に始末が悪い。
 この暴挙を働く無法者達、即ち三道 六黒(みどう・むくろ)羽皇 冴王(うおう・さおう)ネヴァン・ヴリャー(ねう゛ぁん・う゛りゃー)の三人による破壊の嵐が、ピラー出現とはまた別種の恐慌を、村内に波及させようとしていた。
「……何考えてんのよ、あいつら!」
 リカインが、腹立たしげに低く唸りながら茶店を飛び出す。その後に、アストライト、明日風、ヴィゼントの三人が続いた。
 駆けつけてきたのは、リカイン達だけではない。
 レティーシア率いるクロカス災害救助隊からの要請を受けて、たまたまこのシャディン集落に配置していた清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)、更には紫月 唯斗(しづき・ゆいと)といった顔ぶれまでもが駆けつけてきて、六黒と対峙する構えを取った。
 六黒の放ったヘルハウンドの群れや、冴王がばら撒いたヤンキー達によって、その一角だけが破壊と暴力による殺伐とした荒野と化している観があった。
 彼らが何を目的としてこのような暴挙に出たのかは、余人の知り得るところではない。しかし現実としてこのような無法行為を働いている以上は、同じコントラクターとして放っておく訳にはいかなかった。
「それ以上の無法は、捨て置く訳にはいかないねぇ……そもそも、一体何が目的なんだい?」
 北都が感情を押し殺した声で、静かに問いかける。
 六黒は、喉の奥で低く笑った。
「ふっ、目的とな……隠す必要も無い故、教えてやろう。わしの狙いは、間も無くこの地に達するであろう、クロスアメジストと、その所持者よ。ピラーなる超自然破壊に打ち克つ者としては、わしこそが相応しい。であれば、ピラーを呼び寄せる品を貰い受けるのが常道」
「だからといって、このような暴力行為は許せるものではありません!」
 クナイが珍しく感情を爆発させて、六黒に食ってかかった。このクナイにしろ北都にしろ、このシャディン集落を訪れた最大の目的は領民の避難や災害時の救助活動であり、決して戦闘目的ではない。
 だが、六黒のような輩が集落を破壊しようとするのであれば、それは領民達にとってはピラー来襲に等しい危機であり、矢張り排除せねばならない脅威である。
 幸いにして、六黒達はコントラクターであり、どうしようもない破壊力を誇るピラーとは雲泥の差がある。はっきりいってしまえば、撃退出来る可能性があるのだ。
 ならば、ここは領民を守る為にも、果敢に挑まなければならない。
 北都とクナイに、迷いは無かった。
 迷いが無いといえば、唯斗にも何ら臆するところはない。
 六黒は確かに手強い敵ではあるのだが、北都にクナイ、更にはリカイン達も駆けつけようとしている。戦力的にはこちらに分があった。
「単純計算でいけば、こちらの人数は倍以上。それでも尚、無法を働くというのであれば、容赦は一切しませんよ……覚悟は宜しいか?」
「ふん、何が覚悟だ。その台詞、そっくりそのまま返してやらぁ」
 冴王の不敵な笑みに、唯斗は満足げな表情で小さく頷き返す。
 最早、言葉は不要。
 彼らに必要なのは善悪を問う議論ではなく、命を取り合う凄惨な戦いのみである。
 と、そこへリカイン達四人も駆けつけてきた。するとどういう訳か、ネヴァンは六黒と冴王を前面に押し出す形ですっと交代し、北都や唯斗達から間合いを取って、距離を広げた。
「あたし、荒事は苦手なの……じゃ、あとは宜しく」
 それだけいい残すと、隠れ身を使ってそのまま姿を消してしまった。