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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 2/3

リアクション



マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)

教授とか、博士とか、クロード叔父がヤードにまともに勤めていた(と周囲に思われていた)頃、たしかそんなあだ名で呼ばれていたはずだ。
以前、犯罪研究のために過去の新聞を調べた時、タブロイドの見出しに、「ヤードの教授、人肉料理教室を開講!」の大文字があったのをたまたま目にした記憶がある。
自首した叔父が法廷で、自分の殺人作法を身ぶり手ぶりをまじえた実演つきで、懇切丁寧に説明した件についての記事だった。
「彼は、傍聴席にいるもの一人一人が帰宅してから、今夜、人肉料理を調理する気になったとしても、少しも困らぬよう、細部までくわしくその手順を、たっぷりと時間をかけ、優雅に語ってくれたのである」
締めは、こんな文章だったよな。
そしていま、メメント森の首なし死体を解剖し終えた叔父は、にこやかにほほ笑みながら、まるで、料理教室の先生のように、俺に、森の内臓の部位の解説をしてくれている。
「だから、マイト、人間はブタに似ていると言い切ってしまうのは簡単だが、それを実感するには、やはり、食べなければならない。
人間の舌、ブタの舌、牛の舌、これらを食べくらべることではじめて、人間とブタの相似、牛との違いを身を持って知ることができるだろう。
社会に帰属する人間という動物は、食感から物を考える行為を忘れかけている。
目、耳、鼻、皮膚と同じく、時にはそれ以上に、味覚はさまざまな秘密を教えてくれるのだよ」
叔父は、俺たちの食感、味覚を野生動物並みに鍛えるつもりで、毎年、親族に人肉ハムを贈り続けたのだろうか。
いま彼が手にしている、森の口内から切り離された舌は、血と唾液で汚れた、意外に長い、なまこかなめくじのようなそれは、事件について、言葉をよりも多くを語る、って?
「叔父さん。
解剖が終わったのなら、俺にもわかるように所見を話してくれませんか」
しかし、コリィベルのスタッフも、ロウも九条たちもいなくなった元食肉解体場に、叔父と死体と一緒にいるのは、なんだか気が滅入るな。
「まずは、食せ。
さすれば、天啓が汝に訪れん。
マイト。私は疲れた。久しぶりの仕事だったからな。栄養補給が必要だ」
冗談に聞こえない。
いや、そもそも冗談ではない気がする。
「待ってください。なにをするつもりですか。
俺がここにいる以上、あなたに常軌を逸した行動をとらせるわけにいきません。
落ち着いて、冷静になってください」
トレーにのった森のパーツを叔父が食するのをとめようと、俺は彼の正面に立って、両手で肩を押さえる。
「冷静さ。落ち着いてさえいる。
自分でも驚くほどに」
耳元でささやかれた。
彼はこちらに近づき、俺の背中に手をまわし、体を密着させ、

ガブ

「ぐ。がぁああああああああああ」
横から首を噛まれ、俺は悲鳴をあげていた。体を離そうとしても、強くしめられていて、うまくいかない。
く、く、く、くわれる。
殺気看破や嘘探知で警戒してはいたが、まさか、ここまでストレートに食べにくるとは、さすがに思っていなかったぞ!
叔父にとって、俺は、久しぶりのエサなのか。
やばい。まじめに噛んで血を吸ってる。彼は吸血鬼ではないはずだ。いくら親族とはいえ、このまま、殺られるわけには。
「そこまでよ。共食いとは見苦しいわね」
威勢よくドアが開いて入ってきたのは、青いドレスに赤い腕章、腰まである金髪が印象的な少女。
「はじめまして。あんたがハムの人ね。
警部を食べるのは、私の用事がすんでからよ。
なかなかこないと思ったら、まさか、共食いしてるなんて。
レストレイド一族。
血はあらそえないとはよく言ったものだわ。
あんたたち一族がカニバリズムの信仰者なのはわかったわ。
代々、名探偵のお使いをさせられてるのも、実は、この秘密を握られているからじゃないのかしら。
私は、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)
百合園推理研究会の代表よ。
さぁ、食事は後にして、専門家として解剖の結果を教えなさい」
いろいろどころか、すべて間違っている気がするが、ともかく、ブリジット代表の登場で、叔父は俺から離れた。
「共食いとは人聞きが悪いな。
私は、年配のレストレイドとして、若いレストレイドの味見をしていただけだ。
刑務所暮らしが長いとはいえ、生で全部を食べるほど、がっついてはおらんよ」
「そのようね。
で、どうだったわけ」
代表と叔父の会話が成立しているらしいのが、俺には謎だ。
二人のやりとりに耳を傾けながら、俺はハンカチを首筋にあてた。
ひどいケガではないが、それなりに出血している。いまさらだが、この叔父の頭の中は、どうなっているんだろうな。
「解剖結果。きみもマイトもそればかり気にしているな。
私には、それほど大切なことだとは、思えんが。
めい探偵。
私が正解を言う前に、きみの意見をききたいところだ。
この死体について、推理はあるのだろう。
せっかくだし、げーむをしようじゃないか。
きみの考えが的を得たものであるのならば、私は、解剖の結果とは別に、コリィベルにおけるある重大な犯罪についての情報をきみらに進呈しよう。
きみが間違っていたのなら、きみらには私の特別料理を食していただきたい。
イキのいい材料もあることだし、私はシェフとしての腕をふるいたくて、うずうずしているのだよ」
俺の血で口まわりを汚したまま、叔父は嬉々とした笑みを浮かべる。
こんな取引に応じる必要はまったくない。代表にもそれはわかっている。
「OKよ。
私の推理を聞きなさい」
「代表。
挑発にのってはいけない。叔父は、俺たちに森を食べさせて、その反応をみたいだけなんだ。
彼は、この状況を楽しんでいる異常者にすぎない」
「実の甥にそこまで言われるとは。
マイト。きみは私を理解してくれているようだな。だが、愉快ではない。
さっきは首ではなく、舌をいただいておくんだったよ」
「安心して。推理なんて、大したものはまだないわ。
私たちにわかっているのは、前提条件みたいなものよ。
舞が提案したお茶会で、メメント森が、頭部を切断、破壊された。
彼が頭を潰されたのは、身元確認を困難にするためかしら」
「つまり、それがきみの推理なのだな」
「推理っていうか、現在のデーターで導き出せるのは、せいぜいそれくらいね。
これで、正解もなにもないでしょ。
だから、勝負は私の勝ちよ。
使うかどうかわからないけど、犯罪の情報とやらも一応、聞いておいてあげる」
「ちっちっちっちっ。
それはありえないよ。お嬢さん。
勝者は私だ」
叔父はもちろんだが、彼の話にまともに付き合うブリジット代表も、俺は、どうかと思う。
「負け惜しみのハッタリね。
私はダマされないわよ。あんたが勝ったていうんなら、証拠をみせなさい。
かくたる証拠がなければ、あんたの勝ちは認められないわ」
「証拠はこれだよ」
森の舌を再び持ち上げ、叔父は、ぶんと振り回す。

ぱしん。

湿った鈍い音をたて、舌は俺の顔に命中した。
ついさっき噛みつかれたばかりだし、叔父と代表が揃って場を支配したがっていて、ここにいる常識人は俺だけだし。いまさら、死人の舌で叩かれたところで驚く気にならない。
「マイトよ。いま、おまえの頬にふれたこれをどう思う」
「どう思うと言われても、特になにもありません。
ただ、叔父さんは平気なのでしょうが、受刑者のものとはいえ、死体の一部をおもちゃのように扱うのは、良識と敬意に欠けた行為であるのは、間違いないですね」
しかし。
死者の尊厳を認めつつも、気持ち悪く感じたのは、事実ではある。
「悲しいな。
それだけかね。やはり、目でみて、触れるだけでは、限界があるよ。
彼の異常は、この舌にもよくあらわれているのだがね」
今度は、片手にぶらさげた森の舌を俺と代表の目の前に交互につきだした。
何度みても、グロテクスな代物なのは間違いないな。
紫がかったピンク色の紐状の肉の塊だ。
「ずいぶんと色が悪いわね。
長年の飲酒や喫煙の結果かしら」
ヴァシャリーっ子としては当然らしいが、カ○ル料理が好物だったりするだけあって、ブリジット代表は、少しも気味悪がらず、それどころか顔を近寄せ、森の舌を興味深げに観察した。
黙って立っていれば、みめ麗しい良家の令嬢なのだが、彼女はするこなすことがいちいちその、いや、さすがめい探偵と言うべきだろうか。
「ただれてる。
この舌、ただれて腫れあがってるわ。
もしかして、これは。
つまり、あんたが言いたのは」
「正義感ばかりが強い不肖の甥よりも、きみの方が犯罪捜査にむいているのは、私としては認めたくなく事実だな。
解剖の結果、彼の死因は毒物による中毒死であるのが判明した。
通常の殺人、自殺等に使われるものとは違う、非常に特殊な毒物を口腔摂取したらしいな。
毒薬というよりは、麻薬。
それも最近の製法のものではなく、原初のだ。
神秘主義の宗教の儀式や、中毒状態にしたものを思いのままに操るために用いられた、被験者の副作用も後遺症の危険も考えずに、目先の効用だけを求め、つくられた、薬とも呼べないような代物だな。
生体反応から診て、彼が頭部を破損、切断されたのは死亡後。
ただ薬物で死亡しただけの、一見して素人目にはそれさえもわからない普通の死体であったなら、コリィベル内のルールでは解剖などせず、自然死として片づけられていただろう。
であるからして、私の所見ではコリィベルの内情、この中毒死に至るまでの経過をよく知る人物が、彼の死に注目させ、いま現在、我々がこうして話しているような状況を生みだすために、彼の、首を、切った」
わざわざ言葉を区切り、叔父は指先で、俺の首を横一文字に切り裂くゼスチャーをした。
自分でなく、なぜ、俺なんだ。
「頭部切断は、私たち捜査陣に森の死体をくわしく調べさせる手段で、死体の身元確認を困難にするためのものではない。
私の推理が間違ってる、ってそういう意味なのね。
わかったわ。
私の負けよ」
「待て。代表。負けとかそういう問題ではないだろう。
代表が語ったのは推理ではなく、前提条件のはずだ。
俺の判定では、この勝負は無効。
よって、俺たちが叔父の料理を食べる必要は」
「警部。やめて。
敗者の言いわけは見苦しいわ。
負け犬の遠吠えよ。
私はいさぎよく敗北を認めるわ」
「ふふふふふ。
マイト。彼女を見習いたまえ。
さて、調理のためにはここでは器具が足りないな。
私が料理する場所を用意してもらおうか」
「私が手配するわ。
おいしい料理にするには、他の材料もいるわね」
叔父の料理を食べるなんて、代表は、どうしてそんなムチャをすんなり飲むんだ。
探偵の探求心から、被害者を食してみたいのか。
捜査のためとはいえ、俺にはとてもまねできないな。
「ぼーっとしてないで、叔父さんの料理の材料を運ぶのを手伝いなさい」
俺の服の袖を引っ張る代表は、思いのほか、さっぱりした顔をしていた。
「料理を食べるのは、私個人ではなくて、きみら、ようするに推理研チームみんなでいただくの。
こういうシュチュエーションで活躍するメンバーは、警部や蒼也、司、カリギュラよね。
ディオもけだもので、食いしん坊なんで期待できるわ。
そうそうLもたくさん食べそう」
「自分が食べる気は、はじめからないのか」
彼女は俺の問いには答えない。答える必要もないといった感じの空気をまとっている。
「確認しておきたいんだけど、危険はないわよね。
食べた人間が死ぬとか、おかしくなるとか、だったら、私はこのイベントには協力できないわよ」
「私の料理人としての技量を信頼して欲しいな。
未知なるものを食する時には、スリルもまたスパイスの一つにはなるが、私も自分の甥をこんなところで失いたくはないのでね。命の安全は保証しよう」
「よかったわね、警部。
森が体験していたであろう薬物中毒の世界を目の前で誰かが実演してくれた方が、今後の捜査の参考になると思うのよ」
うん?
なんだか、叔父と代表がグルのような気がしてきたのだが、俺のカン違いだろうか。