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取り憑かれしモノを救え―調査の章―

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●真実の一片・赫

 そこは何とかまだ家の形を保っている木造家屋だった。
 神経質そうな老婆に連れられた、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、なぜこんな離れた場所まで来たのだろうと思っていた。
「ここが、あの結界を作り出した奴の家だったところだよ」
 トマスは声が出なかった。
 老婆の真意が分からない。
「本来ならあの結界は村を守るために作られたもので、それ以上の価値は何もなかったはずだったんだ。あの時まではな」
「あの時?」
「結界を作っていた奴の姉が大型の魔獣と相打ちした。それから奴は狂ったんだよ。それはもう手が付けられないくらいでね」
 老婆はトマスの問いに律儀に答える。
 その答えを聞いて、トマスはなるほど、と得心が行った。
 何か引っかかっていた部分がすっと胸に落ちた感じがする。
「じゃあ、なぜ僕をここまで連れてきたのですか?」
「必死に駆け回る人たちを見ていると、この剣の呪いも今日にでも解けるんじゃないかと思ってな……」
 だから、と老婆は言葉を続ける。
「あの結界が壊されれば、暴走を止められると思うが……」
「……それは、村長の言葉と違うのでは?」
 トマスはその一点に違和感を覚えた。
「あの若造が何をいったのか知らんが、奴の悲願は結界の機能が正常に働いていることの確認と、剣の持ち手が絶対に負けない状況が作り出せることが分かればいいのだよ」
 老婆の言葉に、さらに謎が深まった。
「だが、目的を忘れれば、殺し殺されるために動き出すだろうよ」
「その話は本当?」
 老婆が口を閉ざしたところで、話を途中から聞いていたフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が声を上げた。
「もう少し詳しく話を聞かせていただいても?」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)も興味深げに聞く。
「いえ、僕の本来の目的の玉石について教えてもらってもいいですか」
「待て待て、あんたらはいつここに来たのだといいたいところだが、まずはこの小僧に話をするところからだ。もし知りたいことがあればあの家の中を探してみろ。一応あんたらも結界について調べに来た人たちだろう……?」
 口々に老婆に言い寄る3人を、待て待てと宥める。
「まず、あんたらは何を知るためにここに来た」
 老婆はフレデリカに問う。
 それに資料館の隠し部屋から地図を見つけてやってきたということを、フレデリカは簡潔に答えた。
「目当てのものは家の中にあるだろう」
「じゃ、じゃあ!」
「好きに調べなさい。見つからなかったら誰かに持ち出された後ということで諦めなさい」
 フレデリカはぱっと表情を明るくすると、家の中に入っていった。
「あんたは行かんでもいいのか?」
「私はお婆様のお話を伺おうかと」
「そうかい。じゃあ、まずは小僧の聞きたいことから話そう」
 老婆は穏やかに目を瞑り、話し出す。

 もうそれは、50年も前の話。
 一端の彫金師として装飾品を作っていた、老婆の元に目をぎらぎらに血走らせた男がやってきた。
 頬はこけ、顔色は悪く、服も着古していたが、眼光の鋭さだけは今でも忘れられなかった。
 その男は、かつて村を救うため命を落とした女の弟だとすぐに分かった。
 男は掌大の宝石を4つ取り出して言ったんだ。
「この玉石に、この通りの加工をしてくれ」
 魔法に疎かった老婆は、男に渡された資料に書かれている術式がほとんど分からなかった。
 しかし、赤い宝石――資料に書かれた文字には赫玉石と書かれていた宝石の加工だけは大変だったのを覚えている。
 文字を宝石の中に書き込めという指示だった。
 その文字列は5文字英単語だったが、それはそれは苦労した。
 文字を埋め込む術式を勉強し、独学で宝石の中に文字を転写することに成功した。
 後の宝石は装飾で補えるものだったお陰で何とかなりはしたのだが。


「と、まあ、こんなところさね」
「ありがとうございます……やっぱり、この村を守るための結界だから協力したんですよね」
 トマスは心苦しさを抑え、そう聞いた。
「ああ、確かに後のことを考えればやるべきはなかったのだが、姉を失った悲しみから研究に打ち込んでいたと思っていたのだよ」
 老婆はどこか遠くを見つめ、優しい声でそう言った。
「ありがとうございます」
 トマスはもう一度頭を下げた。
「さて、次はあんただね」
 老婆はルイーザを向いた。
「……私は大丈夫です。今の話で聞きたいことの大半は聞けましたから」
「そうかい」
 ルイーザの聞きたいことは、結界が何を封印しているものか、だった。
 しかし、それは違ったことが改めて分かった。
 結界は、村に被害を出さないためのもの。そこに敵意あるものを封印する。閉じ込める。そんな結界だというのが嫌というほど分かった。
「……でも一つだけ」
「なんだい?」
「結界の開発者と、剣の作り手は、そのライバル同士だったんでしょうか?」
 剣と結界に因果関係はなかっただろうけれど、フレデリカと練った考察の1つにあったものだ。
 思い切って聞いてみた。老婆の話す男はただ結界を作り上げただけで、剣を鍛えた人は別にいるだろうと思ったからだ。
「さて、ねえ。仲は良かったと思うが、姉思いの弟と、姉の腕っ節に惚れていた鍛冶屋では、考えようがないんじゃないのかね」
「そう、ですか。ありがとうございます」
 ルイーザはにっこりと老婆に笑って御礼を言うと、フレデリカの下へと向かった。