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第三章

 第二露天風呂女湯の脱衣所で、沙織が、ぱっぱと思い切りよく服を脱いでいく。
「温泉、だーいすき♪」
 裸になって、ドブンッ!
「温泉はいいね、人類の生んだ文化のきわみだよ♪」
 ゆっくりと湯に浸かって、髪を洗って、また浸かって。
「ふぅ、温泉、気持ちよかった♪」
 まったりと温泉を楽しんだ沙織が、脱衣所に戻ると……、
「って、あれ着替えは……? いやっ、着替えがないっ!?」
 いくら捜しても、籠にきちんと畳んで入れてあったはずの服が見つからない。
「このまま外には出れないし、寒いし、風邪ひいちゃぅよぅ……」
 思い悩んだ末、沙織は、発展途上の身体にタオルをぐるぐる巻いて、自分のかまくらまで突撃することにした。
「よーし、出発! 大丈夫、かまくらまで戻れば、着替えあるから!」
 雪道に飛び出した沙織に、雪混じりの冷たい風が吹き付ける。
「ちゃむいよ、ちゅめたいよ……」
 悲鳴を上げながら走る沙織の視界の隅に、人影のようなものが……、
 それは、群れからはぐれ、脱衣所に迷い込んで、沙織の服を身体にひっかけてしまったアシハラザルだったのだが、今の彼女にとって、それを見極めるほどの冷静さは、望むべくもなかった。
「きゃぁ、ひ、人だ! こっち見ないで、えいえいえい!」
 思わず投げまくってしまった雪玉の攻撃に驚いたアシハラザルは、沙織の服をひっかけたまま、逃げ去っていった。

「宿からちょっと離れてるけど、雪道を歩いて温泉に来るのもいいね。隠れ宿とか秘湯に来たみたいでさ」
 ミアにそう言いながら服を脱いだレキが、温泉へ。足を浸けて「くぅ〜!」、全身を浸けて「あ゛〜〜!」。
 ちょっと親父臭い気もするけれど、雪が降って、温泉がより熱く感じるのだから、仕方ない。
「お猿さんも入りに来ている、って話だから、怪我にも効くのかな? 第二露天風呂の方には、猿は来ないっぽいけど。まあ、その方が、のんびり出来ていいかもね」
 そう話しかけながら、ミアを見ると、眼鏡を外して頭の上へ乗せている。
「あれ? 眼鏡外したの?」
「温度差で、眼鏡が曇って見えんからの」
 それに、見えると気になる体格差が……主に二つの山があるし、見えない方が良い事もあるじゃろう……あっても良いよな? と、ミアは、心の中で付け足す。
「あ、あの……ご注文の品をお持ちしました」
 露天風呂まで案内してくれたリースが、燗のポンシュが入った徳利を乗せた盆を、ミアの前の湯に浮かべた。
「さっき、頼んでいたのはこれだったんだね」
「見た目は子供じゃが、酒は飲める年齢じゃからの」
「ボクは、冷たい桃のジュースを頂こうかな」
 夜空には、星の代わりに白い雪がちらついている。
「とても綺麗。景色が、酒のツマミなんだね」
「風流に、雪と温泉と酒を楽しもう。いや、実に贅沢なひとときじゃ」
「帰ったら、ブログにこの宿の事を書いて宣伝しよう。ボク達に出来る事って、このくらいだもん。少しは協力したいしね♪」
「ああ、猿が退治されたら、今度は、普通の宿の方の風呂も楽しんでみたいのう」
 雪に飾られた景色の中で、レキとミアは、「次も、また、ふたりで来よう」と、約束を交わすのだった。

「うわ〜、キレイな雪ですね! 来てよかったですね、茨さん! 私、こういうの、初めてなんです!」
 女湯に入ってきた咲夜が、歓声を上げた。
「そうね、咲夜さん。たまにはこういうのも悪くないわね。用心棒の私が温泉旅行ができるなんて……夢みたいな話ね。誘ってくれた健闘君に感謝しないと」
 感慨深げな茨を、咲夜がじーっと見つめている。
「あら、どうしたの、咲夜さん? さっきから、ずっと、私を見て……」
「あ、すみません! 茨さんの肌が、とても白くて、つい見とれっちゃって……お手入れ、大変だったんでしょう?」
「……なるほど、私の肌ね。お世辞でも嬉しいわ、ありがとう。肌が白いのは、生まれつきよ。小さい頃に『白雪姫』と呼ばれたことがあるわ」
「いえいえ! お世辞なんて、そんな……」
 今度は、茨が、咲夜をじーっと見つめる番だ。
「な、何ですか、茨さん」
「咲夜さん、雪が付いてるわ。払ってあげる」
「あ、ありがとうございます……きゃあ!」
 咲夜の肌に落ちた雪の欠片を払った弾みに、茨の手が、咲夜の胸に……。
「あら、咲夜さん、前から、ずっと、気になってたんだけど、結構いいスタイルしてるじゃない。羨ましいわ」
「あ、そうですか……褒めてくれて、ありがとうございます……」
「ね、もっと触っていいかしら?」
「ええ!? い、いきなり何を言い出すんですか、茨さん……や、止めてくださぁ〜〜いいい!!!」
 咲夜の悲鳴は、舞い落ちる雪の間を縫って、始まったばかりの夜の中へ響き渡った。

「雪景色を眺めながらの温泉は、最高だよな」
 第二露天風呂の男湯では、ジャスミンと柑橘のお茶の盆を湯に浮かべた勇刃が、まったりと温泉を楽しんでいたのだが……、
「う〜ん、いいお湯だな! でも、何で混浴じゃないだろう……あ〜あ……」
 コルフィスの方は、ため息をつきつつ、女湯との仕切りのあたりへ。
「よし、こうなったら覗いてみよう!」
「ちょ、コルフィス、お前また……!」
 不埒な思いつきを実行しようとしたコルフィスの頭に、勇刃のチョップが炸裂!
「いてえ!」
「まったく、本当に隙も暇もないな、お前ってやつは。これだからモテないんだよ」
「もう、勇刃ったら、相変わらず、頭固いな」
「やることがないなら、俺と付き合え」
「ん? 何をすればいいんだい?」
「どっちが温泉の中に長く耐えられるのか、比べてみないか? 負けた方はジュースおごりだぜ! いいな?」
「お、温泉我慢対戦か! いいねそれ!」
 心頭滅却のスキルを持つコルフィスには、自信があった。
「勇刃が負けるに決まってる!」
「ふ〜ん、なかなかやるじゃないか。けど、こっちも負けてられないぜ!」
 競い合う男たちの耳に、女湯の喧噪が届く。
「咲夜と茨が、凄く盛り上がってる……な……」
「ああ、意外とはしゃいでるな……あの性格が真逆な二人が、意外と仲がいいな。っていうかよすぎだろう……」
 不思議がっているうちに、仲良く一緒にのぼせていく勇刃とコルフィスだった。