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第六章

「迷惑かける猿は、許さないよ」
 旅館を占拠したアシハラザルの群れを前に、清泉 北都(いずみ・ほくと)が宣言する。
「ヒプノシスで眠らせて捕縛も考えたんだけど、ここまで暴れるようなら、多少痛い目を見ないと繰り返すだろうからね。反省を促す意味で、倒して捕縛するか」
「オートバリアとオートガードで、防御力を上げておきます」
 丁寧な口調で言ったクナイ・アヤシ(くない・あやし)が、走り出した北都の後を追う。
 北都は、超感覚で、音や臭いから、猿の居場所を特定しつつ、旅館の廊下を進んだ。
 ポンシュー等の罠や奇襲は、ふたりの持つ禁猟区で警戒している。
 博識で、猿の生態についての知識を呼び起こした北都は、弱点になりそうな所がないかと考えた上で、数の多いアシハラザルに、手分けして対応することにした。
「部屋の中で戦闘すると物を壊しそうだ、中庭に投げ飛ばそう。そっちの部屋に隠れている猿を頼む」
 クナイに指示を出し、自分は、猿の攻撃を、超感覚の素早さで回避。ポンシュー罠の向きをサイコキネシスで変えて、中庭に飛び降りる。
 クナイは、眩しさと軽いショックを与える程度に威力を抑えたバニッシュで猿を怯ませては、ポイポイと中庭に投げ込んだ。
「キーッ!」
 一匹が反撃に出たが、待ち構えていた北都が、飛びかかってきた所に、右足で雪を蹴って目くらましを喰らわせ、そのまま下ろした右足を軸に回し蹴り! 体勢の崩れた猿を、さらに銃の柄で殴って気絶させた。
 スキルを使うまでもない……というより、使ったら必要以上に宿を傷付けてしまいそうで控えた北都だったが、中庭の隅に用意した檻には、次々と猿が放り込まれていく。
 コントラクターたちの行く手を阻む邪魔者の片付けは順調、と思われた、そのとき。
 プシューッ!
「うわっ」
 紅葉の木から飛び降りてきたアシハラザルが、口に含んだポンシューを、盛大に吹きかけて……、
「あぶない!」
 北都の前に飛び出して彼を庇ったクナイは、日本酒に似た匂いを発する霧を、全身に浴びてしまった。
「ううぅ……」
 酩酊状態で理性の吹き飛んだクナイが、フラフラと北都に近づき、本能のままに、ギューッと抱きつく。
「……仕方ないなぁ」
 酒に強い北都は、あたりに漂うアルコール臭をものともせず、クナイを振り回しはじめた。
「キキッ!」
 襲いかかってきたアシハラザルを、遠心力で浮いたクナイの足でキック!
「上手く協力できたよ」
 見事に撃退したものの、一度倒れると、ふたり分の体重で雪に埋まってしまい、なかなか立ち上がれない。
「早く終わらせて、温泉でのんびりしようよぉ」
 呼びかけても、振り回されて更に酔いの回ったクナイは、でろんでろん状態で、とにかく甘えたがり、離れようとしない。
 終いには、北都の上で、気持ち良さそうに寝息を立て始めた。
 クナイの目が覚めたときの北都の反応が怖い気もするが、とにかく、ふたりの尊い犠牲で、広間への道は開けた。
「先へ進もう」


 そして、コントラクターたちが駆け込んだ風船屋の広間は、宴会中のアシハラザルで埋め尽くされていた。
 畳の上には、調理場から持ち出された果物や肉、魚が並び、床の間の前には、ぐでーんと横たわった白毛の大猿、まるで雪山のようなアシハラビッグフットの巨体が見える。
「あのビッグフットと戦うと宿が全壊する……となると、恋愛を思い出させるしかないですわね! 刀真さん、ちょっと手伝って貰いますか?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)に、いたずらっぽく微笑む冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の目的は、刀真とイチャついて、彼のパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)をからかうことだ。
「ふむ、あの猿の前でいちゃついて、恋愛感情を呼び起こせば良いのか?」
「月夜さんがいるから、あれかもしれませんけど……あくまで演技ですから、気にしないで下さいね」
「俺は大丈夫だけど、小夜子は、俺で良いの? 小夜子位の女の子なら、引く手あまただと思うんだけどね。まあ、引き受けたからには、ちゃんとやるよ!」
 広間からよく見える縁側を、アシハラビッグフットの視線を意識しつつ、ふたりで並んで歩く。が、小夜子が本当に意識しているのは、柱の陰から、こっそり覗いている月夜だった。
「ふたりとも、引っ付きすぎ! あれは演技、あれは演技……」
 と、自分に言い聞かせながら、モヤモヤギリギリしている様が、かわいらしい……などと、小夜子が思っているうちに、刀真は、彼女の手と繋いだ手を、そのまま、自分が着ているコートのポケットに一緒に入れた。
「小夜子の手が冷えないように……」
「ありがとうございます、温かいですわ」
「温かい食べ物で、もっと温かくなろう」
 来る途中で買ってきた焼き芋を食べた刀真が、小夜子にも分ける。
「小夜子、あーん」
「美味しそうな焼き芋ですね。あーん」
 と、遠慮なく頂いてしまった小夜子は、さらに、
「あら、口元に付いてますわ」
 と言って、刀真の口元を拭った。
「あそこにいるビックフットは、独りで平気なのか?」
 そう言いながら、ちらりと振り返った広間では、アシハラビッグフットが、ふたりのことをじーっと眺めていた。
 よし、もう一息だ、と刀真と小夜子が、頷き合う。
「独り身ですと、寒いですものね……刀真さんがいますから、私は寒くありませんわ。刀真さんこそ、大丈夫?」
「俺は、小夜子がいるから、平気だけど。一緒にいると、温かいし安心するよ」
 台詞もバッチリだ。アシハラビッグフットは、身を乗り出して、ふたりを見ている。
「……寒くないか? もう少しこっちにおいで」
 刀真は、自分のコートの中に入れて温めるために、小夜子の肩を抱き寄せた。
 そのまま身を預けてくる小夜子の顎先に手を当てて、少し持ち上げた後、キスをする……ように見せかけるために、親指で唇を押さえて、自分の親指に口付け。
 口元を見られてバレないように、お互いの頭の位置に気をつけたせいか、それとも、男性とここまで近づいたのは初めてな小夜子が、ちょっとドキドキしてしまったせいなのか。演技のキスは、本物のキスそっくりになった。
 さて、アシハラビッグフットは? と、広間の様子を伺おうとしたふたりだったが……、
 ゴツンッ!
「刀真! 演技でも、キスはやり過ぎ!」
 月夜が、太ももに巻いてあるホルスターから抜いたマシンピストルが、刀真の頭に命中!
「……って、まさか銃を投げ付けるとは……」
「演技でも、もう駄目!」
 ぷ〜っと膨れた月夜は、刀真の腕をとって小夜子から引き離し、その懐に潜り込んだ。
「ちょっと、やり過ぎちゃったかなぁ。その分、刀真さんに可愛がってもらうと良いですよ」
 そう言ってなだめる小夜子を「にゃーっ!」と威嚇した月夜は、シャットアウトするように、刀真のコートの前を閉じた。
 頭を撫でてもらっても、その機嫌は直りそうもない。
「赦してあげないんだから!」
 しかし、それでも、月夜の頭を撫で続ける刀真。
「さっ……小夜子と同じ事してくれるなら、赦してあげない事も無いよ?」
 月夜は、とうとう、聞き取れないほど小さな声で言って、刀真の胸に、顔を埋めた。

 月夜の怒りは鎮まったが、アシハラビッグフットの恋愛欲も下がってしまったらしい。
 すぐ近くに置いた肉の塊を、子分のアシハラザルを顎で使って持ってこさせる様子は、女子……いや、メスとしていかがなものかと思われるほど、ぐうたらな干物女っぷりだ。
 手強い相手を前にして、遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、まず、広間を埋め尽くすアシハラザルを片付けることにした。
「お猿さん達は、全員、退場願います」
 歌菜は、超感覚で警戒しつつ、アシハラザルに接近。子守歌で眠らせて、げっつ!
 羽純も、殺気看破で、相手の動向と罠に注意し、ヒプノシスで、確実に眠らせて仕留る。
「出来るだけお猿さんは傷付けたくないですからね。眠って貰って、その間に退場して貰うのが、一番かと思うのです!」
 羽純に微笑みかけた歌菜の頭上で、突然、天井が開き、そこからスルスルと下りてきたアシハラザルが……!
「ポンシュー攻撃だ!」
 羽純は、メンタルアサルトでアシハラザルの気を逸らし、その隙に槍の柄で殴って気絶させたが、その間に、足元を走ってきた一匹が、跳ね上がって、歌菜にポンシューをプシューッ!
「アレ? 頭がふわふわする……ナニコレ? 気持ちいい」
 酩酊した歌菜は、目を潤ませ、頬を染めて、羽純に手を差し出した。
「羽純くんが、たくさん居る……えへへ……羽純く〜ん♪ 羽純くんに囲まれて、幸せ〜世界が回るよ〜羽純くん、一緒に踊ろう?」
 猿はあらかた捕獲したし、ここは退こう、と決めた羽純は、外に運び出すために、歌菜を姫抱きした。
「あれれ? 世界がぐるっと回って、あれは天井?」
 羽純の顔を間近で見つめた歌菜は、自分が抱っこされたことを知った。
「ホラ、歌菜、しっかりしろ。今、かまくらに連れていってやるからな」
「羽純くんの腕、あったかいなぁ〜……睫毛、長いな〜……幸せ♪」
「あーもう、仕方ないな」
「んー」
 完全に酔っ払った歌菜は、広間を出る前に、寝てしまった。
「……ったく、幸せそうに眠って…世話の焼けるヤツだ」
 文句を言いながらも、大切そうに歌菜を抱き直す羽純の姿を、アシハラビッグフットが目で追っている。
「……ウホ」
 どことなく、うらやましそうな様子……に、見えないこともない。
 怪我の功名と言うべきだろうか。歌菜の酩酊は、意外な効果を生み出したらしい。

「倒すつもりで来たんだが、宿が壊れるから、戦闘は禁止と言われた。屋内か……迂闊だった」
 見通しの良くなった広間に立ち、ビッグフットを睨みながら、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、大人びた口調で呟いた。
「どうやら”退治”と言うのは退去させてほしいと言う意味だったようです。私たちが聞いた時点で、少し食い違いがあったようですね」
 と、隣に立つ悪魔のエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が言い、ふたりを守るようにやや後ろに位置取りしたロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が、
「戦うのは駄目でしたか、残念でしたね。でも、他に手があるようだし、そっちでいきますか」
 と、続ける。
「戦わなくてもいい手がある? 何だ、それは……」
「ビッグフットには、その目前で、いちゃつくことが、何よりとか」
 エルデネストは、含み笑いで、グラキエスの問いに答えた。
「”イチャツク”? イチャツク……どうしろと……」
 顔立ちは端正で色っぽくはあるものの、狂った魔力と未発達の精神故に、色恋沙汰にかまける暇もなく、想像した事もないグラキエスには、”イチャツク方法”が、まるで分からない。
「イチャツクとなると、やっぱりエルデネストが適任ですよね」
 ロアの言葉を真に受けて、
「……エルデネスト、任せた。こういう類は、あなたの方が得意だろう。俺は、あなたに合わせる」
 と、言い渡してしまった。
「まあ、それは構いません。獣と戦うよりは、こちらの方が楽めますからね。ふふ……。では、グラキエス様、こちらへ」
 不埒な笑いを浮かべたエルデネストが、広間の畳に正座した膝にグラキエスを座らせる。
 そうして、強く執着している彼を抱き締めて、頬を温めるように撫でたり、髪を梳いたり、無言で微笑みかけたり……。
 端から見れば、イチャついている以外の何ものでもないのだが、グラキエス本人には、”甘えている、構ってもらっている”感覚しかない。
「いつもしていることじゃないか。なんだ、これでいいのか」
「では、いつも以上のことを、いたしましょう」
 エルデネストに手招きされたロアは、一瞬、驚いたものの、すぐに顔を綻ばせた。
「え? 私も一緒にイチャツクんですか? エンドがそれでいいなら、私はむしろ嬉しいです」
 グラキエスのために、氷術で保護した雪うさぎを作っていたロアは、嬉々としてふたりの「いつもしていること」に加わった。
「雪うさぎ、かわいいなあ」
「エンドの方が、かわいいです」
 三人のイチャつきは、アシハラビッグフットが思わず見とれてしまうほど、激しさを増していく……。

 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)とともにやってきたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)も、パートナーの隠された目的には、全く気付いていないひとりだった。
「……え? 恋人同士の真似って、何ですか!?」
 アシハラザルの捕獲任務と聞いていたのに、一体、何のことだろう? と、鈍感娘が、大慌てで聞き返す。
「ちょ、ちょっと待って下さいマスター。演技とはいえ、その……人前でなんて、私、恥ずかしすぎて、無理です!」
 当然の反応だった。
 ベルクのことは意識してはいるが、「自らが家臣」という認識故に、想われていると気付けない程に鈍くもあり、かつ、羞恥心が高く……かつて、彼を襲い、初キスを交わしてしまった事に対し、正気になった途端に半日逃亡するレベルの、女の武器が使えない忍者……それが、フレンディスなのだ。
「キキ……」
「キキキッ」
「えぇい、お前ら雑魚に用はねぇ!」
 ベルクの闇系スキルの発動が、寄ってきたアシハラザルたちを威圧する。
 目的は、ラスボスだ。いや、ラスボスの前のイチャつきだ。
 こんなにあからさまなのに、当のフレンディスだけが気付いてくれない不思議が、ベルクを苛立たせる。
 この状態は、幾らなんでもなぁ……と、思わず、ため息をつきたくもなってしまう状況だ。
 コイツの本心を探る為に仕掛けたが、くそ、やっぱ嫌なのか?
「嫌なら嫌と言ってくれりゃ……」
 しかし、例え、「嫌」と言われようが、「はいそうですか」と、諦められるものではない。
 そして、希望を抱けたところで、どうすれば「異性として好意がある」と理解して貰えるか、人目が無ければ手を出しても良いのか……等々、悩みの種が増えそうでもある……。
「ご……ご命令とあらば……いえ、その……け、決して、い、嫌ではありませぬ故……」
 涙目で了承したフレンディスが、イチャつきの指示に従おうとしている。
 赤面かつパニックで、言葉を発する事も出来ず、小刻みに震え怯える小動物状態は、戦闘時からは想像できない姿だ。
 フレンディスにしてみれば、必死に伝えようとしている通り、決して嫌な訳ではなく、ただ、人目の中で恥ずかしく、逃げ出したい気持ちで一杯なだけ。
「こ……これは……もしや……」
 ようやく彼女の本心を知ったベルクは、普段見れない彼女の姿に対して、罪悪感を抱きつつも、沸き上がる更なる支配欲を、懸命に抑える。
 そんなふたりのピュアな恋心が、アシハラビッグフットの心の琴線をかき鳴らしたのだろうか。
「ウホウホ」
 白い巨体は、ゴロゴロと畳の上を転がりはじめた。

「ビッグフットは興奮しているようだ! 俺たちも行くぞ! イチャつくことが、人の役に立つならば!」
 アシハラビッグフットの前に飛び出した猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)を、井澤 優花(いさわ・ゆうか)が、畳の上に押し倒す。
「……え? いきなり?」
 優花は、黙々と、勇平の服をむしり取ろうとしている。
「え、演技だよな? 演技のはずだよな?」
 パートナーの迫力に、腰が引けてしまう勇平だったが、彼への依存度が高すぎて病んでいる優花にとっては、演技などそっちのけ。これは、本気の誘惑なのだ。
「忘れてるみたいだから、言っておくけど……これ、一応、健全な青少年達も見るんだぞ?」
「愛の前には周囲に人がいようが、場所がどことか関係ないから……」
「ちょ……ちょっと待てって。は……話し合おうぜ、な? な? いくらなんでも、やりすぎだと思」
「……勇平に必要なのは、私だけ……」
「ちょ、ちょっと待てって、落ち着いて話を……」
 とても見ていられない、見せられない状態になりつつあった勇平を救ったのは、戦いながら、広間に乱入してきたセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)だった。
「猿のくせに、生意気ですわ!」
 残心と金城湯池で、油断なく守りを固めて挑み、旅館中のアシハラザルを何匹も捕獲してきたセシルだったが……、
「あ、危ない!」
 畳の上でもがいていた勇平と、彼に絡みついて離れない優花に驚き、一瞬、構えが遅れたところにポンシューの霧攻撃を食らって……、
「……ふにゃ」
 酩酊後、異様にハイテンションになってしまった。
 手近なアシハラザルに、先制攻撃と雷霆の拳で素早く手を伸ばし、体を掴んで捕獲。捕まえたアシハラザルを人質ならぬ猿質にしつつ、龍の波動で闘気を解放、他のアシハラザルを脅して従える。
 恭順を示したアシハラザルは、膝の上に抱いて可愛がったり、ポンシューを一緒に飲んだり。
 喜び騒ぐアシハラザルたちの上に君臨して、好き勝手に遊ぶ姿は、まさに、猿の女王だ。
「キキキーッ」
「キーッ」
「猿たち、興奮しまくってやがる……このままだと、巻き込まれるぞ、こんなことやってる場合じゃないぞ、な、そうだろ?」
「……」
 さすがに、誘惑を続けていられる状況ではない、と気付いた優花が、ようやく勇平から離れ、ふたりそろって、狂乱の宴から逃げ出そうとしたとき。
「ビッグフットが、立ち上がった……」
 すくっと立った白毛の巨体が、ズシン、ズシンと、空気を震わせながら、広間を進んでいく。
「キキッ」
「キキキキッ」
 セシルと遊んでいるアシハラザルたちにも、檻にも目もくれず、中庭を横切り、倒れた紅葉の木を踏み越えて、山道へ。
「恋を求めて、自ら宿から出ていったのか? 俺の犠牲は、ムダじゃなかったのか?」
 尋ね回る勇平に、居合わせたコントラクターたちはコクコクと頷き、優花は「もうちょっとだったのに……」と言いたげに、くちびるを噛んだ。
「キキ……」
 併設の露天風呂から、そこを占拠していたアシハラビッグフットも、ズシン、ズシンとやってきて、山道を登っていく。
「な……何か大切なものを失った気がする……が、命だけは守ったぜ……」
 ボロボロになった周も、ヨロヨロと這い出してきた。
「さあ、出発ですわ」
 今や、宿内のすべてのアシハラザルの女王となったセシルが、檻の戸を開く。
 アシハラザルたちは、「キキッ」「キキキー!」と楽しげに雄叫びを上げながらも、おとなしくセシルに従って、山に帰っていった。