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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第六章 こちらはわんこパラダイス

<月への港・最下層・子犬たちの部屋>

 部屋の外では、まだまだ戦いが続いている。
 少しずつその戦いが近づいてきたのか、敏感な子犬たちの中には、少しずつ異変に気づきつつあるものが出てき始めている。
 ……が、まあ、「楽園」は、まだまだおおむね平和であった。

「ほらほら、仲間だよ〜」
 超感覚で出した犬耳をぴくぴくさせ、尻尾をぱたぱた振っているのは清泉 北都(いずみ・ほくと)
 子犬たちの警戒心を解くために、ということだったのだが、どうやらそれは杞憂であったらしい。
 特に人間を怖がらない子犬たちは、「見慣れない誰か」に興味津々といった様子で集まってくる。
「おいで、よしよし」
 一番近くに来た子を抱き上げ、安心させるように撫でていく。
「うん、やっぱりもふもふは癒しだね……」
 撫でられる子犬も、撫でる北都も、ともに幸せそうな表情を浮かべる。
 その横では、同じように耳と尻尾を出した白銀 昶(しろがね・あきら)が、「頼れる兄貴分」のように子犬たちと接していた。
 彼は犬ではなく狼の獣人なのだが、近隣種である犬と狼なら意思の疎通も容易であり、ある程度なら言葉も通じる。
「お腹の空いてるやつ、具合の悪いやつはいないか?」
 きょろきょろと見回すと、少し怪我をしている子犬が目に入った。
「なんだ、喧嘩でもしたのか? しょうがないやつだな」
 腕を伸ばして抱き上げ、傷が大したものでないことを確認してから、親犬がそうするように軽く傷をなめる。
「ほら、痛いの痛いの飛んでけー……ってな。何となく痛くなくなる感じがするだろ?」
 そう言って何度か軽く頭を撫でてやると、子犬が嬉しそうに一声鳴いた。





 椅子に腰を降ろし、子犬たちに囲まれて歌っているのは火村 加夜(ひむら・かや)
 まるで子守唄のように優しく、「幸せの歌」を歌いながら、それでもなお不安そうな子犬たちを抱きしめては、安心させるように優しく撫でる、を繰り返している。
 そうして不安から開放された子犬たちは、加夜の歌に誘われるように穏やかな顔ですやすやと昼寝を始め、いつしか彼女の周りはお昼寝中の子犬だらけになってしまった。
「もう大丈夫ですからね……こんな可愛い子たちを戦いに巻き込んだりなんか、絶対させませんから」
 彼女の腕の中で眠ってしまった最後の一匹を撫でながら、その寝顔に話しかける加夜。
 その子犬の手触りは柔らかくて温かく、その寝顔は本当に幸せそうで……見ているうちに、なんだか自分まで眠くなってくるようで。
「ふあ……少しくらい、いいですよね……?」
 誰にともなくそう呟くと、加夜はそっと背もたれに身体をあずけて目を閉じた。





「フフッ……可愛い奴らよ」
 普段の凛々しい表情はどこへやら、すっかり緩み切った笑顔で子犬たちとじゃれあっているのは藤原 千方(ふじわらの・ちかた)
「そうですねえ。子犬のお世話は初めてですが、可愛らしくて、癒されますねえ」
 その横で、遊びすぎてお哉を空かせた子犬たちに手作りのご飯をやりながら、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が同意する。
「うむ! 元来、犬とは人類にとっての最高のパートナーだからな」
 もともとの小動物好きに加え、忍者という出自もあり、子犬には特に目がない千方。
 そんな彼女の幸せそうな様子に、自然と紫翠の表情も緩む。
「こうしていると、その言葉もわかる気がしますねえ」
 お腹がいっぱいになったらしい子犬を抱き上げ、膝の上に乗せて背中を撫でてやると、子犬はつぶらな瞳で紫翠の方を見つめてきた。
「これは……好きな人にはたまらないでしょうね」
 そんな子犬の前足を取り、掌の肉球を触ってみる。
 もし嫌がったら、とも思ったが、特にそんな素振りもないので、しばしその感触を楽しんでみる。
 そんなことをしているうちに、やがて子犬は膝の上で寝息を立て始めた。





「よしよし、もう大丈夫だぞ」
 最深部にはまだほとんど影響が出ていないとはいえ、特別に敏感な子犬たちの中には、最初の攻撃ですでに異変を察知していたものもいる。
 そうしてショック性の下痢を起こしてしまっていた子犬たちをお風呂に入れてきれいに洗い、タオルで拭いて乾かして……と、かいがいしくお世話をしていたのはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)
 それもようやく一段落し、落ち着いた様子の子犬の頭を撫でながら一休みしていた。
 もともと対価を求めての労働ではないとはいえ、こうしたささやかな安らぎを対価として得るだけの権利は当然あるだろう。

 しかし、残念ながらその至福の時はそう長くは続かなかった。
 気持ちよさそうな顔で撫でられていた子犬が、突然立ち上がって駆けていってしまったのである。
 しかも、周囲にいた他の子犬たちも一緒に。
「……む?」
 驚いてブルーズが顔を上げると、そこには子犬たちに囲まれて微笑んでいる黒崎 天音(くろさき・あまね)の姿があった。
 まあ、天音の方が動物に好かれるのは事実であるが……それにしても、これはあまりといえばあまりである。
「解せぬ……」
 彼が眉間にしわを寄せてそう呟いたのも、当然といえば当然であろう。





「はい、お手!」
 元気な子犬たちを集めていろいろしつけているのはアリス・ウィリス(ありす・うぃりす)
「うん、よくできました! それじゃ次は……おすわり!」
 動物とも言葉の通じるハーフフェアリーのアリスだけに、子犬たちにしつけが浸透するスピードは驚異的でさえある。
 そんなアリスの様子を眺めているのは、及川 翠(おいかわ・みどり)ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)
「アリスちゃん、すごーい!」
 純粋な翠はアリスを尊敬の眼差しで見ているが、ミリアはアリスがいつ暴走しだすかが心配で仕方ない、といった様子である。
 そして、往々にして悪い予感というのは当たるものである。
「それじゃ、次はねー……」
 次に何を教えよう、と考えていたアリスの目に、子犬たちと遊ぶために用意してきたサッカーボールが目に入った。
「次は、玉乗りの練習やってみよう!」
 いきなりのとんでもない発言に、がくっとズッコケるミリア。
 さらにまずいことに、彼女が止めようとするより早く、翠が嬉しそうな声を上げた。
「そんなことできるの!? すごい、サーカスみたい!!」
「あ、それいいかも! わんわん大サーカス!!」
「うんうん、それ楽しそうー!!」
 いつの間にかすっかり意気投合し、「わんわん大サーカス」を目指し始めてしまう翠とアリス。
 もう、一度こうなってしまっては止めることは容易ではない。
「私は何も見ていない……わよね、うん」
 そう呟いて、ミリアは近くに来た子犬を抱き上げ……その癒しの中に逃げる道を選んでしまったのだった。