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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第十章 子犬たちは静かに(?)決着を待つ

<月への港・最下層・子犬たちの部屋>

 デヘペロ弟が迫り、次第に緊迫した空気が色濃くなってきた最下層。
 しかし、それでも混乱が最低限に留まっているのは、子犬たちが遊び疲れて眠っていたり、あるいは遊ぶのに忙しくて周囲の様子にまで気を配れていないおかげだろう。

「……来た、ようじゃな」
 供の賢狼の様子で、ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は事態を察知した。
 最終防衛ラインで食い止める手はずであるとはいえ、ひょっとしたら討ち漏らしがこちらに向かってこないとも限らない。
 そのような事態になったとき、はたしてどのように動くべきか。
 そう考えて、彼は一度辺りを見回し……やがて、一つ息をついた。
 一応、防衛ラインからこの部屋まではある程度の距離があり、最低限の対策はとれるようになっている。
 ならば、今不必要に動き回って、子犬たちを心配させることもないだろう。
 ルファンは再び腰を降ろすと、集まってきた子犬たちを安心させるように撫でた。





 椅子に腰掛け、膝の上に乗せた豆柴の子犬をそっと撫でる天音。
 子犬も始めのうちは気持ちよさそうに撫でられていたが、遊び疲れていたこともあってか、ほどなく幸せそうな顔で眠り始めた。
 その子犬を優しげな目で見つめる天音の顔に浮かんだ笑みは、彼が普段浮かべている微笑みとは違った、素のままの笑顔であった。
 当の子犬を含めて、それを見ている者はいなかったが――そんな表情が自然と浮かんだことが、天音自身も子犬たちによって癒されていたことの何よりの証であった。





「ほら、頑張って!」
「うん、もうちょっともうちょっと!」
 アリスと翠の指導というか調教のもと、まだまだ元気な子犬たちを集めての「わんわん大サーカス」計画も着々と進行していた。
「へえ、なんだか面白そうなことをやってるな」
 そこへやってきたのはエースとエオリアの二人。
 先ほどまでたっぷり子犬たちと遊んできて、一休みしようと戻ってきたところであった。
「この子たちに大縄跳びを教えてるんだよ。いっしょにやる?」
 アリスの言葉に、エースも楽しそうに頷く。
「そうだな。手伝うよ、小さなお嬢さんたち」
「エース、いいんですか?」
「これくらいの遊び心があってもいいだろ。子犬たちも嫌がってはいないようだし」
 少し心配そうなエオリアをよそに、再び大縄跳びの練習が再開される。
「よし! よくできた、偉い偉い!」
「惜しい! でもよく頑張った、あともう一歩!」
 翠たちが驚くくらい、とにかくエースは子犬たちを褒めた。
 うまくいった時は大げさなくらいに褒め、うまくいかなかった時も、いいところまで行ったことを褒め。
「エースさんって、すごくこの子たちのこと褒めるね」
 翠がそう言うと、エースは笑顔でこう答えた。
「ああ。子犬に限らず、犬ってのは褒められるとどんどんやる気を出しちゃう動物だからな」
「そうなんだ? それじゃ、私も褒める!」
「うん、それがいい。きっともっとやる気になってくれるはずだ」

 そんな三人の様子を見ながら、ミリアがエオリアにこう言った。
「すみません。なんだかあの子たちがおかしなことに巻き込んでしまったみたいで」
「いえ。こちらこそ、エースが変に煽ってしまったみたいで」
 エオリアのその答えに、二人はお互いに顔を見合わせて苦笑したのだった。





 そんな子犬達の様子を、麗華・リンクス(れいか・りんくす)は小型飛空艇からずっと撮影し続けていた。
 もともとは優希と一緒に「六本木通信社」として取材に来たはずだったのだが、彼女が「取材よりもデヘペロ撃退を優先する」と言いだしてしまったので、その間の撮影は彼女が引き受けることになったのである。

「まあ、なかなかいい絵は撮れたが……あとは、お嬢の方がうまくいくかどうか、だな」





<月への港・施設外部>

「……中の方は、大丈夫だろうか」
 シュヴァルツ・IIのコックピット内で、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)はぽつりとそう呟いた。
 あくまで月への港の防衛のために来たと称しているグラキエスであるが、実は彼もかなりの動物好きなのである。
 とはいえ、彼がその身に宿す狂った魔力は時に動物たちをおびえさせる。
 また、彼が今のように魔力をある程度抑制できるようになるよりも前に、触れた動物を意図せず死なせてしまった経験があることもあって、彼は最も子犬たちから遠い外部での戦闘を選んだのである。
 そして、その辺りの事情を知るエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)は、事前にある根回しをしておいた。
 こちらへの到着直後に優希と麗華に通信を入れ、事情を話して中の映像を送ってもらえるように手配していたのである。

「いつか、エンドが好きだった機晶犬を作ってあげたいですね」
 ぽつりと呟いたのは、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)
「機晶犬、ですか?」
 エルデネストが尋ねると、ロアは怪訝そうに聞き返してきた。
「何ですか、ヴァッサゴー。私、何か言ってました?」
 彼が自分でも意識していないことを呟きだすのは今に始まったことではなく、エルデネストは「またか」とばかりに肩をすくめる。
 そんな二人にも聞こえるように、グラキエスは改めてこう言った。
「なんにしても……こちらもそろそろ決めに行った方がよさそうだな」

 エルデネストやロアを始め、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)やミカエラら各機の情報管制担当、そして偵察専務機の和輝らが、逐一これまでの戦闘から得られたデータを解析している。
 多少の時間はかかったものの、すでにデヘペロの攻略法は八割方見えていた。





「敵の戦意を挫き、戦闘能力を半減させるためには、敵の腕を狙うのが一番有効だと思われる」
 各機に向けて、和輝が得られた結論を伝えていく。
「こちらの狙いを読むくらいの知恵はあるようだが、その一手先が読めるほど賢くはなさそうだ。故に、先に『別に狙いがありそうな攻撃』をしかけ、腕狙いを悟らせないようにする」
『何か別に、ですか。目つぶしでも狙ってみますか?』
 シフの言葉に、和輝は一度頷いた。
「わかった、頼む。ともあれ、そうして注意がそれた隙を狙って、左右の腕を同時に狙う。仮にデヘペロが途中で気づいたとしても、両腕を同時に、かつ完璧に守ることは不可能だ」
『肝心の腕への攻撃は?』
「とにかく威力が肝要なので、ここまで温存してきた白兵戦を挑むより他ないと思う。腕を切り落とすところまではいかずとも、とにかく片腕だけでもつぶせれば、一気に戦況を有利にできるはずだ」
『わかった。任せてくれ!』