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葦原明倫館流☆年末年始の過ごし方

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葦原明倫館流☆年末年始の過ごし方
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第1章  鳴り響く鐘の音


「これなら、怪我などの心配も軽減されますな」

 ゲイル・フォード(げいる・ふぉーど)は、夜闇に包まれる山道を眺めた。
 今日ばかりは特別にと、祭事用の提灯に照らされている。

「わいは運動納めにもってこいや思て、のせてもろたんどす。
 ゲイルはんは、なんでこの企画に参加しはったんどすか?」
「いや、なんというか……私達に選択権はありませんので……」
「そうですか……」

 隣を走りながら、伊達 黒実(だて・くろざね)は問いかけた。
 答えに困るゲイルに、思わず苦笑する。

(あああ忍として憧れのゲイル殿と年の瀬を過ごせるなどせせ拙者どうすればいいのか!
 ととととりあえず拙者は遠くから見守るだけで充分なのですが……)

 そんな2人を、樹の上から追いかける上月 鬼丸(こうづき・おにまる)
 憧れの対象に緊張してしまい、同じ大地に立つことができないでいた。

(鬼丸はん、前から壁の向こうでゲイルはん見とるだけやったからなぁ……しょうないな)

 頭上の存在には、もちろん気づいている黒実……多分ゲイルも。
 ひとつ息を吐くと、ゲイルの顔を見上げた。

「ゲイルはん、すんません。
 ちっと待ち合わせあるんで、いったん離脱させてもらいますな」
「おや、そうですか。
 お気をつけて」
「あれ、黒実殿!?
 い、いずこに行かれるのですか!?」

 そう言い残して、黒実は脇道へと入ってしまう。
 慌てふためいた鬼丸が、感情に任せて飛び降りた。

「ぐっ……」
「ってあああゲイル殿申し訳ございませんっ、ごご御仁の上に乗るなど僕はとんだご無礼をっ!」

 下をよく見なかったがゆえの、出来事。
 鬼丸は、なんとゲイルにお姫さまだっこされてしまったのだ。

「大丈夫でしたかな?」
「はっはいっ!」
「それはよかった」
「あああ本当は忍術や忍としての教養を教えていただきたいがそれどころじゃ……」

 次第に、焦りやら恥ずかしさやらがこみ上げてきて。

「ん?」
「拙者その異性と2人っきりにされるのはちょ……黒実殿、帰ってきてくださいっ!」
(この機会に仲ようなればええと思っとったんどすが……こりゃあかへん。
 ゲイルはんには悪いんやけど……先に頂上行った方が安全な気がするさかい、鬼丸はんは任せましょ)

 どうしたらいいのか判らず、ゲイルの首筋に力を込める。
 いまだ抱え上げられている鬼丸は、黒実に置いてきぼりを喰らうのであった。

(俺が1番になるんだっ!
 今年の締めくくりを決めてやるぜ!)

 わたわたな3人の前を走るのが、黒野 奨護(くろの・しょうご)だ。
 企画参加を決めたのは、そう、5日前のこと。

「ねぇね、今度みんなでお山を登る競争があるんだよね?」
「そうだよ、よく知っていたな」
「けど、そんなのやらなくってもいいのにね〜」
「どうして?」
「だってうちのパパが1番になるに決まってるじゃん、ねぇパパ?」
「ぇ……あっ、あぁっ!」

 リリス・黒野(りりす・くろの)の明るい声が、家族団欒に花を添える。
 だが無邪気な笑顔のままで、なかなかプレッシャーなことを言ってのけた。

「くっ……」
(がんばれ、俺っ!
 リリスのためだっ……)
「あなたっ!」
「んなっ、ティアっ!?」
「あたしもいるよ〜」
「おぉ、リリス〜!」

 実は、奨護の参加に反対だったティア・ルシフェンデル(てぃあ・るしふぇんでる)
 大晦日にお正月くらい、家族水入らずで過ごしたかったのに。

「諦めない……絶対、絶対、裏山の鐘はあたしが1番に撞くんだからッ!」
「マ、マーガレットー!
 そんなに速く走るとあとが持たないよぉ〜!」

 そんな奨護を、マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が鮮やかに躱していく。
 だがそれは、ペース配分もなにも考えていない、がむしゃらな走りだ。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)としては、心配でならない。

「あなたっ!
 1番にならなかったらどうなるか、わかってるわよね?」
「ひぃ〜」
「ママ……恥ずかしいから」

 追い抜かれてしまった奨護を叱咤激励するティアの声には、少し脅しも入っているだろうか。
 悪寒すら感じて、脚にますます力が入る。
 いつになく、自分のキャラなんて完全無視して、大声で声援を送るティア。
 その必死さに、リリスは少し引いてしまっていた。

「鐘つき勝負の開始地点から終了地点まで走るだと?
 己の実力も分かっておらぬ小うるさい小娘が……」

 皆の目指す神社を訪れた桐条 隆元(きりじょう・たかもと)は、山道を逆走し始める。
 到達を待とうかと考えていたのだが、辞めた。

「あれ、隆元さん!?」
「1番に鐘を撞くなどと……やはり口先だけか、小娘?」
「なんだって!?」

 名を呼ぶリースを無視して、隆元は問いかける。
 挑発を真に受けたマーガレットが、きっと眉をひそめた。

「絶対っ……1番、最初にっ、裏山の鐘を、撞いて、みせるんだもんッ!」
(桐条さんにあたしが口先だけの小娘じゃないってことを認めさせてやるんだからッ!)
「ふんっ、まぁ精々がんばるがよい……」
「隆元さん……ふふふ……」

 息も切れ切れに、だが強く、自身の決意を言葉にするマーガレット。
 精一杯な姿に想いは届いたようで、かすかに口許を緩める隆元。
 追走しつつ、両者の応対に微笑むリース。
 皆々、昨晩の一幕を想い出していた。

「鐘つき勝負で1位になるなんて楽勝だよ〜」
「毎度のごとく口先だけの小娘が……ひ弱なハーフフェアリーの小娘にそのようなことができるものか」
「あたし、テニス部に入っているから体力には自信あるんだもんっ!」
「テニス部におるのは小うるさい小娘だけではないだろう?」
「ち、ちょっと2人とも、落ち着いてよっ!」
「えぇいもう、喧嘩しててもらちが明かないわっ!
 鐘つき勝負に参加して、1番最初に裏山の鐘を撞けるって証明してみせる!」
「やってみろ、小娘がっ!」
「じっ……じゃあ私、体力ないから『空飛ぶ箒』で応援します。
 マーガレットがどのくらいの速さで走ったらいいか、アドバイスしますね」

 とまぁ、もとはいざこざから始まった勝負。
 次の標的を見定めると、マーガレットはパートナー達を放って猛ダッシュをかける。

「普通に鐘をつくのもいいですが、どうせなら勝ちにいきたいですよね」
「1年の計は元旦にありだものねぇ」

 レースも大詰めとなった頃、トップに立っていたのは【にゅーほらいずん】の2人だった。
 互いに協力しあい、障害を乗り越え、ライバルを退けてきた結果である。

「徹夜で登山とか、健康的だしいいよね〜」
「えぇ……おっ、見えてきましたよ!」

 微笑?むルカルカ・ルー(るかるか・るー)の視線は、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の指に奪われた。
 鳥居が、大勢の観衆が、2人の眼に飛びこんでくる。

「ぃやったぁ〜!」
「1番ノリです!」

 宮司はもちろん、生徒や教職員に城下の人々からの、大きな拍手に迎えられた。
 そのまま神社を突っ切り、縄を受けとると。

「どうぞ、ルカルカさん。
 こういうときはレディーファーストですからね」
「えぇ〜っ!
 一緒に撞こうよ〜」
「はい、分かりました。
 では……」
「「せぇ〜のっ!」」

 大きな大きな重い音が、葦原島に鳴り響く。
 今年を終わらせ、来年を始めるための、最初の鐘を鳴らす23時50分。

「なかなかやるじゃねぇか。
 今度は負けねぇからな!」
「えぇ、ありがとうございます」
「ルカルカだって負けないもん!」

 次点のギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)が、ザカコとルカルカのもとへ歩み寄ってくる。
 どちらからともなく手を差し出し、力強い握手を交わした。
 3人ともすでに、次の勝負への闘志を燃やしている。

「優勝者のお年玉に興味はないが、1番にはなりたかったかな。
 ま、来年も俺様は大活躍してやるぜ!」

 残念そうな表情のままだが、来たる年への希望とともに。
 ギャドルも縄を握りしめると、第2音を力いっぱい打ち鳴らした。

「私が殿であった……よっ、と」

 最後に鳥居をくぐったゲイルは、きりよく第30音。
 参加者達が、ときには観衆も交えつつ、108回の除夜の鐘を撞きとおした。

「『あけおめ』って略すのは褒められたことじゃないと思うんだよね。
 だから、あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします」
「去年はお世話になりました。
 今年もよろしくお願いします。
 余裕を見て、皆でどこかへ遊びにいきたいですね」
「そうだね〜あっ!
 葦原で新年を迎えたんだからハイナさんに挨拶しなきゃ!」
「行ってらっしゃい。
 ハイナさんにもよろしくお伝えください。
 風邪にも気をつけるようにと」

 初日の出まで拝み、家路へと就く人々。
 ルカルカはハイナの待つ明倫館で、ザカコはもうしばらく神社で、年の始まりを過ごすのである。