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願いの魔精

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願いの魔精

リアクション

 抜け駆けした一匹のモンスターの頭が宙を舞った。それが会敵の合図だった。
 魔精の元へと向かう契約者たちに、あれからも何度かモンスターが襲いかかってきた。最初のやつに比べれば数はたかだが知れているし、その襲撃が散発的なものであっては足止めになどなるわけがない。
 樹月 刀真(きづき・とうま)は仲間の死からなにも学習せず飛びかかってきたモンスターへと、あえて一歩踏み込み、攻撃のポイントをずらすことで勢いを逸らした。空中でバランスを崩したモンスターの頭を撥ねるは弧を描く白刃。
 利口なやつがいる。飛び散ったモンスターの血の向こうから、回りこむ一匹を視界の端で捉える。無視。前の敵へと剣を振った。
 大口を開けて刀真に食いつかんとするモンスターは、乾いた銃声とともに地に伏せた。その頭だけを撃ちぬいたのは、刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
「私たちの邪魔をしないで」
 ここに至ってようやくモンスターは敵へと向かうだけのその足を止めた。怯えたか臆したか、それらを感じる知能があるのか知らないが、どうあれ結果は同じだった。
「いい的だな。外しようもない」
 月島 悠(つきしま・ゆう)がガトリング状の光条兵器を構えて引き金を引いた。吐き出される弾丸によってモンスターの体に無数の風穴が空いていく。
 それからも逃れたモンスターはとうとう回れ右して責務を放棄しようとするが、
「はい、逃げるのはなしですよ。仲間を連れてこられても嫌なので」
「道を作らせてもらいます」
 悠のパートナーである麻上 翼(まがみ・つばさ)のガトリングによって撃ちぬかれ、浅間 那未(あさま・なみ)の二刀によって切り裂かれていった。
 程なくして動いているモンスターはいなくなった。
「制圧完了」
「じゃあ、先に進みましょう」
 剣を収める刀真に向かって、その前に、と悠が刀真に向かい問いかけた。
「魔精の元へたどり着いて、どうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「魔精を、殺すつもりか?」
 悠の目的はルカルカ・ルー(るかるか・るー)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)と協力して、魔精を消し去ることなく救うことだ。そして悠の担当は魔精を狙う者を阻止すること。刀真の答えが意に沿わぬものであれば、あるいは。
 刀真と月夜からは陰になって見えない那未の手が、ゆっくりと刀に伸びた。先のモンスターのように易い相手ではない。見えてはいないはずだが、月夜が目を細めた。
 そんな月夜の頭に、刀真が手を載せた。月夜がむ、と上目遣いに刀真を睨む。
「私は犬じゃないわ」
 待て、のサインに不満を表す月夜に、まぁまぁとしてから刀真は悠に向き直った。
「とりあえず、殺すつもりはありませんよ。それしかないとなれば、まぁ分かりませんけど、殺すことなく救えればいいな、と思います」
 刀真の答えに悠は息をついた。那未の手が柄から離れる。
「そうか。ならば、目的は同じだ。すまなかったな」
「いえ。それよりも先に進みましょう。彼女の元へとたどり着かないことには、俺たちの目的は果たせませんからね」


 魔精の元へ向かっているのは魔術師の側も同じだし、散発的にモンスターが襲い来るのもまた同じだった。
「来ましたよ!」
 警戒していたエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が来敵を知らせる。声を聞くが早いか魔鎧であるエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)をまとった小夜子が雷霆の拳による一発を入れた。張り合いもなく吹っ飛ばされるモンスターを確認して、魔術師を安全圏に退避させている悠司に声をかけた。
「彼らはお願いね」
「ああ、そっちは頼むな」
 魔術師は悠司らに任せておけばいい。後顧の憂いのなくなった小夜子はパートナーを引き連れてモンスターに立ち向かう。
「エノンさん、エンデさん、行くわよ」
「はい、邪魔はさせません」
「お任せ下さい、小夜子様」
 
 モンスターに襲われることさえなければ、遺跡内は平坦で、ボンクラよりも少しマシ程度の魔術師を護衛しながらの進行でも会話の余裕はあった。そこで、魔術師に対して源 鉄心(みなもと・てっしん)が声をかけた。
「そろそろ、聞かせてもらえないだろうか」
 悠司たちとはまた別に魔術師を探るべく接触した鉄心は、注意深く言葉を選んで魔術師に質問をした。
「キミは、キミ自身の願いで魔精を召喚したのか?」
「あぁ、俺もそれは一応聞いておきたいな、どうなんだ?」
 悠司も鉄心に便乗して魔術師に尋ねた。
 鉄心の質問は、魔術師が助手に利用されているのではないか、という危惧からの質問だった。二人組と聞いて懸念したことではあるが、こうして実際に相対すると十中八九そんなことはないだろうと思える。魔術師にしろ、助手にしろどこか緊張感のない態度に、利用する者、される者の姿を見ることはできない。悠司も言うように、一応、である。
 魔術師の答えは案の定のものだった。
「ええ。間違いなく、僕が召喚しようと思い、召喚しました」
 鉄心はちら、と傍らのパートナー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)に目を向けた。嘘感知によって、魔術師の言葉に、嘘はないかと探っていたティーは小さくかぶりを振った。嘘はない。
 ならば次の質問。
「魔精の願いについては知っているのだろう? 彼女は、願いを叶えることを拒絶している。それでも、叶えたい願いがあるというのか?」
 今度の質問には、魔術師はやや考えこんだ。
「まぁ、出来れば、ですね」
 歯切れの悪い曖昧な答え。ティーはやはりかぶりを振った。嘘はない。
 もう一歩、踏み込んでみる。
「願いについて、教えてくれないか? あるいは、魔精に頼らずとも、俺たちで手伝って実現できるものかもしれない」
 ティーも一歩前に出て魔術師へと言葉をかける。
「鉄心の言う通りです。魔精の子が嫌がってるのもありますし、願いを叶えてもらっても、死んでしまったら……」
 鉄心とティーの言葉を受けて、悠司も頷いた。
「そうだな、よっぽどのもんじゃねー限り、俺たちだって手伝うぜ」
 魔術師は困ったように頬をかいたり、バツが悪そうに真摯な視線から目を逸らしたりして、ため息をついた。
「まいったなぁ。そんな大したものじゃないんですけど」
 ここまで、ルートは違えども、魔精の元へと向かう契約者たちと、魔術師一行の魔精までの距離はほぼ同じだ。契約者たちよりも一足早く遺跡に足を踏み入れていたはずなのにこの体たらくでは、ボンクラとしか言い様がない。どちらかに足止めがなければ、魔精の元でバッタリ、というのは十分にありうる状況だった。
 どちらかに足止めがなければ。