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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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第七章  城下擾乱

「暴動が起こっているというのは、本当ですか?」

 警備本部に駆け込んだ円華は、その隅に御上たちを見つけると、小声で訊ねた。
 円華は宴で日本企業の関係者と歓談中の所を、抜け出してきたのである。

「はい。南部地区の、主に流民が多く住む地域で、警官隊との小競り合いが続いているようです」

 暗い顔で言う御上。

「確認してきましたが、暴徒のほとんどは農民や町民などです。装備は棒切れや石、短刀の類で、銃はおろか刀を持っている者もほとんどいませんでした。テロというのとは、様子が違うようです」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、状況を報告する。

「しかし、一般市民というのは却って厄介です。テロリストなら首を刎ねてしまっても問題ありませんが、市民相手ではそうもいきません」
「市民の暴動を隠れ蓑に、テロリストが潜伏している可能性もあるわ」

 樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、難しい顔で続ける。

「でも、どうして暴動なんて……」
「これは聞いた話なんですけどね、昨日、無許可で出店を出していた若夫婦が摘発されて、屋台が強制的に撤去されたらしいんですよ」
 なずなが、聞き込みで仕入れてきた話を披露する。

「その際、警官の一人が母親を暴行したらしくて。それで、身重だった母親は母子共に死亡。他に、父親がヒドイ怪我をしたとか」
「ホントですか、その話!?」

 驚きの声を上げる円華。

「実は妙なんですよ、この話。その流産したとか言う母親も怪我をしたという男の人も見つかっていなければ、暴力を振るったっていう警官も見つかっていないんです」
「え?見つかってないって……」
「つまり、誰かがそうした噂を流して民衆の反感を煽り、暴動を扇動しているかもしれないと言うことです」

 なずなの話を、神狩 討魔(かがり・とうま)が補足する。

「今、事実関係の調査を進めています。また警官たちには、暴徒への武力行使は極力控えるよう伝達しました」
「今のところ、暴動が広範囲に広がる様子はないわ。ただ、南部地区は葦原大社に近いですから、暴徒が大社の方まで進出すると、マズイ事になるわね」

 刀真と月夜の言葉に、一瞬顔を曇らせる円華。しかしすぐに顔を上げると、全員の顔を見ていった。

「わかりました。とにかく、これ以上の暴動の拡大を防いでください。そして、一人の死者も出さないように。皆さん、お願いします」

 強い決意に満ちた表情だった。



 だが、そんな円華の願いとは裏腹に、暴徒たちは次々とその数を増しながら、葦原大社へ迫りつつあった。

「これ以上、侍共に好き勝手されてたまるか!」
「アイツらが来てから、俺たちはヒドイ目にあってばかりだ!」
「何が祭だ!俺達は毎日食うや食わずの暮らしをしてるっていうのに!」
「そうだ!もう我慢ならねぇ!」
「大神様の御魂を担ぎだして、城に強訴するんだ!」
「そうだそうだ!」

 暴徒たちは口々にそう叫びながら、葦原大社を目指す。
 警官たちは、大通りに通じる要所要所にバリケードを築き、進行を阻止しようとしていたが、これを実力で排除しようとする暴徒たちと、小競り合いが続いていた。



「エイッ!」
「グァッ!」

 暴徒に向かって突き出されたミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)の手が、強烈な光を放つ。

「め、目が、目が……!!」

 ミシェルの《光術》で一時的に視力を失った男が、両目を抑えてうずくまる。

「こいつ、魔法を使うぞ!気をつけろ!」
「左右から、同時にかかれ!」

 一瞬ひるんだ暴徒たちだったが、すぐに体勢を立て直し、またバリケードを乗り越えようとする。

「そうはいかないぜ」

 【黒装束】で闇に溶け込んでいた影月 銀(かげつき・しろがね)が、風上から半透明の粉を撒く。
 《しびれ粉》を吸い込んだ何人かが、たちまちその場に崩れ落ちた。

「今だ、かかれっ!」

 手に手に縄や刺又(さすまた)を持った侍たちが、暴徒に襲いかかった。
 激しい捕物が、そこら中で巻き起こる。

「抵抗しても無駄だ!神妙に、縛につけぃ!」
「く、クソっ!ココはダメだ、他に回れ!」

 警官に取り押さえられた暴徒の一人が、後ろの仲間たちに叫ぶ。
 男たちは頷くと、慌てて走り去った。

「待て!」

 すかさず何人かの警官が、後を追う。

「かたじけない。お陰で助かり申した」
 
 現場指揮官の警官が、銀とミシェルに頭を下げる。
 二人は元々城の警備にあたる予定だったが、犯行予告を受けて、城下の増援に回されていたのである。

「いや、礼には及ばないぜ」
「また何かあったら、無線で呼んで。すぐに駆けつけるから」

 警備隊の各小隊長や、銀たちのような契約者たち一人一人には、小型の無線機が与えられ、相互に連絡が取れるようになっていた。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が《用意は整っております》で揃えておいた物である。

 休む間もなく、ミシェルの無線が鳴る。

「こちら影月班――わかった、すぐに行くわ」
「ドコだ?」
「この3本先の路地。圧されてるって」
「よし、行くぞ!」

 銀とミシェルは、全速力で駆け出した。

 

「こっちだ!」
「ここはまだ封鎖されておらん、急げ!」

 裏通りを駆け抜けていく暴徒たちが、警官の配置されていない路地を見つけ、殺到する。

「ミシェル、プリムラ、来たぞ」

 【ブラックコート】で気配を消し、路地の左右に隠れた矢野 佑一(やの・ゆういち)が、ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)に、静かに指示を出す。

「任せて」

 暴徒たちが、目の前を通り抜けようとする直前、プリムラが《空捕えのツタ》を生み出し、路地を塞ぐ。
 行く手を塞がれ立ち往生した暴徒たちが、突然身体の力を失い、バタバタと倒れていく。
 ミシェルが《ヒプノシス》をかけたのだ。

「クソッ!」
「他を当たれ!」

 回りこもうとする男たちの前の行く手を、佑一が塞ぐ。

「ここから先は、通しませんよ」
「やっちまえ!」

 一斉に、佑一に襲いかかる暴徒。
 
 だが、【パワードレッグ】と【ゾディアックエンブレム】で素早さを増した佑一は、《歴戦の立ち回り》でその全てを躱す。

「何っ――!」
「大人しく投降してくれれば、悪いようにはしません」

 冷静に、投降を促す佑一
 だが頭に血の上った男たちに、その落ち着き払った態度は逆効果だった。 

「いきがりおって!」
「なめるなっ!」

 怒りに駆られ、佑一に向かって来る男たち。
 佑一は《歴戦の武術》で確実に急所を狙い、男たちを気絶させていく。
 逃げ去ろうとする者は、ミシェルが《ヒプノシス》で眠らせていった。


 縄目をかけられ、引っ立てられていく暴徒たち。
 その後ろ姿を眺めながら、ミシェルとプリムラは今一つ納得が行かないという顔をしている。

「この人たち、どうして……」
「誰か、後ろで扇動している者ががいるって、御上先生たちは言ってたけど」
「でも、いくら扇動している人がいるからって、元々不満が無ければ暴動なんて起こさないでしょう?」
「ミシェル、プリムラ。事の真相は、必ず円華さんたちが明らかにしてくれる。僕たちは、この騒ぎがこれ以上大きくならないように、全力を尽くすだけだ」
「そうだね、佑一さん」
「わかったわ」

 佑一は頷くと、無線機を手に取った。
 


「ここか……」

 三船 敬一(みふね・けいいち)白河 淋(しらかわ・りん)は、街外れのうらぶれた診療所に来ていた。
 二人は頷き合うと、診療所のドアをくぐる。

「誰だ?今日は休診だよ」

 中から、年取った男の声がする。

「急患は見るんだろ?」

 敬一たちは構わず中に入っていった。

「あぁ、急患?ドコにだ?」

 白衣を来た赤ら顔の老人が、背を椅子に預けたまま振り返る。

「昨日、ココに急患が運ばれたんですよね。妊婦と、その旦那さんと」

 淋が、ベッドに手を触れながら訊ねる。

「ん?あ、あぁ――そういや、そうだったな」

 微妙に目をそらす老人。

「子供は死産、母親も出血多量で亡くなったと聞いてますけど」
「何だい、あんたらは。警察か?」
「まぁ、そんなようなモノだ」

 敬一は、警備隊の腕章を示す。

「雇われ警備員か――。それで、何のようだね。治療じゃないなら、とっとと帰ってくれ」
「あんたに、色々と聞きたいことがあってね。死亡診断書を、見せてくれないか」
「死亡診断書なら、ホラ。ココにあるよ」

 死亡診療所を受け取った敬一は、しかめっ面をしながら、死亡診療所ためつすがめつしている。
 その間淋は手持ち無沙汰そうに、病院の器具を手にとって眺めていた。

「何処にも、不備はないよ。死亡診断書なんて、嫌ってほど書いてるんだ――オイ、勝手に触らないでくれ」

 老医師は、2人をあからさまに煙たがっている。

「……このベッドですか?処置したのは」
「ああそうさ。ウチには、これしかベッドはないからね」
「真昼間っから呑んだくれてるとは、いいご身分だな」
「休診日に何をしようが、ワシの勝手だ」
「だいぶ、羽振りがいいみたいだな」

 敬一は事務机に無造作に置かれている札束を手に取ると、淋に渡す。
 床に転がっている空の酒瓶はどれも、高いモノばかりだ。

「――何が言いたい」
「なら、率直に言うわ。このベッドで処置をしたっていう話、嘘ね」
「な、何を――!」

 血相変えて立ち上がる医師。
 だが淋は、何事もなかったように続ける。

「いえ、それどころか、そもそも重体の妊婦を処置したというのも嘘。あなたがしたのは、男の腕に包帯を巻いたことだけ。それも偽装のために」
「な、何を言っとるんだ!?ワシは確かに――」
「このベッド、医療器具。そのどれにもあなたが治療したという妊婦の「記憶」がないの。読めたのは、あなたがその包帯を巻いた代わりに、札束を貰った男の記憶だけ」
「なっ――!」
「《サイコメトリ》って、知ってる?モノに宿った記憶を読めるのよ」
「一緒に、来てもらおうか」
「く、クソッ!」

 老人は、咄嗟に手にした酒瓶を投げつけると、裏口の方へと走る。

「逃すか!」
「こちら白河。裏口へ逃げたわ!」

 裏口を出て、ドアに鍵を掛けた老医師は、一目散に逃げようとする。
 だがその行く手を、龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)勅使河原 晴江(てしがわら・はるえ)が塞いだ。
 やはり犯行予告を受けて、城下の警備に当たっていたのだ。

「残念だったな」
「観念したほうが、身のためじゃぞ」

 逃げ場を失った老人を脅すように、ゆっくりと歩み寄る2人。

「ま、待て。待ってくれ!ワシは、頼まれただけなんだ!」

 壁にへばりついた老人は、恐怖のあまり真っ青になっている。

「誰に頼まれた?」
「な、名前は知らん。風采の上がらない小男が来て、言う通りにすれば金をやると――グウッ!」

 老人は、最後まで話す事は出来なかった。
 音もなく飛んできた矢が、男の胸を刺し貫いたのだ。
 
「しまった!」
「ど、どこからじゃ!」

 素早く周囲に目をやる2人。
 晴江の目が、彼方の屋根の上から立ち去る人影を捉えた。

「あそこじゃ!」

 言うが早いか、影に向かって走る晴江。


「どうした――おい、しっかりしろ!」

 裏口を蹴破った敬一と淋が、老人を抱き起こす。

「ここは頼む!俺たちは、狙撃手を追う!」
「わかった!すぐに増援を呼ぶ、気をつけろ!」

 廉は返事もせずに、晴江の後を追った。



「待て!」

 身軽に屋根の上を渡っていく暗殺者の後を、必死に追う晴江。

「クッ、早い!」

 しかしその距離は縮まるばかりか、どんどん離れている。
 【カメハメハのハンドキャノン】を撃つにしても、外して民家に被害を出す訳にはいかない。

 逃げる男が振り向きざま、何かを投げつける。苦無だ。
 春江は、1本を躱し、もう1本を匕首ではね返すが、さらに距離が離れてしまう。

(このままでは――)

 晴江が焦燥感に駆られ始めたその時、何か黒いモノがヌゥっと、逃げる暗殺者の前に立ちはだかった。

 人だ。
 目だけを残して、顔全体に包帯を巻いた人――レギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が、【狂血の黒影爪】で隠れていたのだ。

 暗殺者の行く手を阻むように立つレギーナ。
 後ろからは、晴江が迫る。
 咄嗟に状況を判断した暗殺者は、思い切って下に飛び降りた。

「逃しはしない!」

 暗殺者の着地を狙って、【妖刀紅桜・魁】で《疾風突き》を仕掛ける廉。
 その突きを転がって躱す暗殺者。
 あん馬の要領で、両足を回して起き上がりつつ、廉に連続して蹴りを見舞う。
 廉は咄嗟に刀を捨てると、その蹴りを両手で受け止めた。
 自分の躰(たい)を流しながら、受け止めた脚に回転のモーションを加える。
 その僅かな力の作用によってバランスを崩した暗殺者は、竹細工屋の壁へと衝突した。
 その上に、干してあった竹が雪崩を打って落ちて来る。

 竹の山から這い出してきた時には、暗殺者はすっかり周りを取り囲まれていた。

「もう逃げられはせぬぞ」
「貴様、何処の手の者じゃ」

 暗殺者に迫る廉と晴江。
 だが、暗殺者は不敵な笑みを浮かべると、力一杯歯を食いしばった。

「こやつ――!」
「殺すな、晴江!」

 暗殺者に駆け寄り、力づくで口をこじ開けようとする晴江。
 しかし、既に痙攣を始めている暗殺者の口は、固く閉じられたままだ。
 廉の努力も虚しく、男の身体はすぐに力を失う。

「自害するとは……」
「余程、規律のしっかりした組織じゃな」

 話をしながら、暗殺者の懐を探る廉。
 ざっと調べたが、手がかりになりそうな物は何もなかった。

「ともかく、本部に連絡しましょう」

 レギーナは無線機を取り出した。



「いたよ、秋日子さん。人混みの真ん中だ」

 特技の〈密偵〉を活かして集団の様子を伺っていたキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)は、中からそっと抜け出ると、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)に連絡を取った。

「了解。人が多くて狙いづらそうだけど、やってみるよ」

 人混みを見下ろす民家の屋根の上に格好の場所を見つけると、待ち伏せのために、身を伏せる。

「いいよ、キルティス」
「それじゃ行くよ、秋日子さん」

 キルティスは行動を共にしている警官隊の小隊長に目配せする。
 小隊長は頷くと、懐から呼子を取り出し、思い切り吹いた。
「ピィーーー!!」という甲高い音が、あたりに反響する。

「捕方だ!」
「逃げろ!」

 呼子の音に驚いた群衆が、我先にと逃げようとする。

「御用だ!」
「逃げても無駄だ!」

 予め配置してあった警官が、次々と退路を塞いでいく。

「こっちはダメだ!」
「こっちもだ!」
「こっちだ!こっちは警官がいないぞ!」
「なんだって!」
「みんな、あっちだ!」

 群集は誰もいない路地へと、我先にと殺到する。

「あそこで分かれるぞ!」

 先頭を行く男が、前方の四つ辻を指差す。
 だが、四つ辻まであと数メートルという所で、突然警官隊が現れ、ハシゴで道を塞いだ。

「なにィ!」
「うわぁ!」

 止める間もなく、ハシゴにぶつかる男たち。そのすぐ後ろを走っていた男たちも次々とぶつかっては、警官に取り押さえられていく。
 慌てて来た引き返そうとする群衆を、更に家々の隙間から飛び出してきた警官たちが分断する。
 細い路地の両端を抑えられて逃げ場を失い、更に数の優位を失った群衆に、警官に抗する力はない。
 激しく抵抗していたのもつかの間、瞬く間に取り押さえられていく。

(――いた!)

 屋根の上に身を伏せていた秋日子は、群衆の中に、探していた人物を見つけた。
 男はすっかり警官隊に気を取られていて、秋日子に気づいた様子はない。
 秋日子は【『炎楓』黒紅】を構えると呼吸を整え、撃った。

 《シャープシューター》で狙いをつけた銃弾は、過たず男を捉える。
 男は撃たれた右腕を抑え、その場にうずくまった。
 警官隊が、男を取り押さえる。
 暴徒たちは、さして時間もかからずに鎮圧された。

「偽装のはずが、本当に腕を吊るコトになってしまいましたね」

 キルティスが、秋日子に撃たれた男に声をかける。
 秋日子が撃ったばかりにもかかわらず、男の腕には包帯が巻かれている。
 老医師に頼んで、偽装のために巻かせた包帯である。
 猿轡を咬まされ、喋れない男は、憎々しげな目でキルティスを見つめている。

「すみませんね。アナタに自害されると、困るもので。――連れて行って下さい」

 警官の理不尽な暴力で妻と子を失った男を装い、群衆を先導していた男は、ついに逮捕された。
 これをきっかけに、暴徒は急速にその勢いを失っていった。