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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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春を寿ぐ宴と祭 ~葦原城の夜は更け行く~

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「祭の警備に引っ張りまわされて、ご苦労な事だな。晴明」

 人気のない裏通りで、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)安倍 晴明(あべの・せいめい)と対峙していた。

「貴様――」
「僕の名は高月玄秀。覚えておけよ、貴様の敵は蘆屋の一門や鏖殺寺院だけではないという事を」

 晴明を、憎しみの篭った目で見つめる玄秀。
 だが晴明は、その玄秀の視線を涼しげな顔で受け止めている。

「何やら大層な恨まれようだな。俺には、君に恨みを買うような覚えがないのだが?」
「訳などしらなくてもいい。俺がお前を倒す。ただそれだけの事だ」

 晴明は、「迷惑千万」という顔で大きくため息を吐くと、懐から式神を取り出した。

「それで、ここでやるのか?」
「祭りを荒らす程、無粋ではないつもりだ。それに、お前と戦う機会はこの先何回もある。今日の所は、顔を見に来ただけさ」
「なんだ、ついでか!?俺を探しているようだから、わざわざ出てきてやったのに。つくづく無礼なヤツだ」
「腹が立ったか?お前がやるというのなら、相手になるぞ」
 
 ようやく感情を露わにした晴明に、嬉しそうな顔をする玄秀。

「玄秀、誰か来たよ!」

 大通りに出る所で見張っていたティアン・メイ(てぃあん・めい)が、息せき切って駆け込んで来る。

「チッ……、邪魔が入ったか。まぁいい。次に会う時を楽しみにしておけ、晴明」

 玄秀は、《アシッドミスト》と《迷彩塗装》を巧みに使いこなし、闇に浮かぶ霧の中に溶けるように消えた。

「やれやれ。これもまた、『ご先祖様の因縁』と言うヤツか――。全く、毎度毎度の事ながらロクな事がない」

 晴明はそう愚痴をこぼすと、下町の方へと姿を消した。


「折角二人でお祭りに来たんだから、あんな奴放っておけばいいのに……」

 つまらなそうに石ころを蹴り飛ばしながら、ブツブツと文句をいうティアン。

「そうはいかん。これは、俺なりのけじめだ」
「もうけじめはついたんでしょ!なら、これからは私に付き合ってよ!!」

 ティアンは玄秀の腕に滑りこませるようにして腕を絡めると、玄秀を大通りの方へと引っ張る。

「お、おい!」
「このまま帰るなんて駄目。一緒にお祭りを観に行くの!」

 口調こそ強いものの、その目は伺うように玄秀を見つめている。
 もし断られたら――と考えると、不安で仕方がないのだ。

「……好きにしろ」
「ホントに!?なら、あっち行こうあっち!目をつけてたお店があるの!」
「わかった、わかったから引っ張るな!」

 すっかりはしゃいでいるティアンに、引きずられるようにして歩く玄秀。
 ティアンはその夜、中々腕を離そうとしなかった。



「鋭士さん、お神籤どうでした?」
「……吉だな」
「やったぁ、私中吉ですよ!」
「何故喜ぶ?」
「だって、中吉の方が吉よりもいいんですよ」
「本当にそうなのか?」
「う……そう言われると、ちょっと自信ないかも……。ねぇダリル、どっちがいいのかな?」
「少し待て――調べたところによると、『大吉、吉、中吉、小吉、半吉、末吉、凶』の順となっている」

 【銃型HC】を覗き込みながらダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が答える。

「えぇー!そんなァ……」
「フン、思った通りだ。裏の取れていない情報や予断を元に情況判断を行うとは、軍人失格だな」
「トホホ〜……」

『鋭士』と呼ばれた青年にズバリと指摘され、ガックリと肩を落とすルカルカ・ルー(るかるか・るー)

 ルカたちは今、「葦原島の実情をこの目で確認したい」という教導団団長金 鋭峰(じん・るいふぉん)の護衛の任務についていた。
 眼の前の『鋭士』という名の人物こそ、金 鋭峰(じん・るいふぉん)その人である。
 お忍びでの視察を希望した鋭鋒のために、ルカたちは日本人観光客『金田鋭士』という設定を用意していた。
 実際、メガネをかけてカジュアルな服装に身を包んだ鋭鋒は、指先一つで数万の軍勢を指図する教導団の団長にはとても見えない。
 時折見せる、その鋭い眼光を除けばだが――。

「何だか、色々と書いてあるな――。結婚?出産?家移り?どれも関係ないモノばかりだが」

 お神籤の文面を見て、怪訝な顔をする鋭鋒。

「鋭士さん。神社にお参りした時に、お願いしましたよね?」
「ああ」
「その時の、自分のお願いと関係ある箇所だけ読めばいいんですよ。これはちゃんと調べましたから、間違いありません!」
「当てはまるモノがない場合は?」
「その場合は、『願望』という欄を見ればいいんです」
「成程。よくある質問のみ特に項目を設けておいて、後は願望で一括処理か。中々に合理的だな」
「吉とか中吉とかより、書かれてあることの方が重要だそうですよ」
「『人の助けを得て叶う』か――」
「え、叶うんですか?良かったですねー!」
「そういうお前はどうなんだ?」
「え?ワタシ?私は、『遅けれど叶う』だそうです。でも遅いって、いつなんですかね……」
「要するに、『焦るな』と言うことか」
「多分、そうだと思います」
「ダリル、お前は引かないのか?」
「自分は、もう引きましたので」
「同じ日に何回もお神籤を引くのは、不吉なんです」
「そうか。それで、結果はどうだったんだ」
「……お答え致しかねます」
「あんまり良くなかったんでしょ?コワ〜イ顔して、木に結んでたからね〜」
「なっ――!……ノーコメントだ」
「へっへ〜、ず〜ぼ〜し〜!」
「悪い神籤は、木に結ぶのか」
「木に結んだお神籤は、当たらなくなるっていう俗説があるんです」
「良かった場合はどうするんだ?」
「そのまま持ってていいみたいですよ。特に大吉のお神籤は、お守りにする人もいるみたいです」
「なら、取り敢えず持っているとするか」
「しかし、驚きましたね。団……いや金田さんが、お神籤みたいなモノを信じるなんて」

 ダリルが意外そうな顔で鋭鋒を見る。

「別に、信じている訳ではない。ただ、『人の助けを得て叶う』という言葉は、私にとって肝に命じておくべき言葉だと思っただけだ。どうも私は、何事も自分一人の判断で決定しようとする癖があるのでな」
「さすが鋭士さん!こんなお神籤一つから、自戒の言葉を引き出すなんて――」

 鋭鋒に賞賛の眼差しを送るルカ。

「それで、お前はどうするんだ。遅くては、都合が悪いのではないのか?」
「それなんですよね〜。叶わない訳じゃないし、どうしようかな〜。ウーン……」

 お神籤とにらめっこしながら、真剣に悩むルカ。


「おい、淵」
「フワァイ?」
「『ふわぁい』じゃない。何だお前、また食ってるのか。もう屋台で散々食っただろうが」

 饅頭を口に加えたまま振り返る夏侯 淵(かこう・えん)を、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)がうんざりした顔で見る。

「甘いモノは別腹だぜ?」
「甘いモノももう充分食ったろ」
「饅頭は別腹?」
「幾つ胃があるんだ、オマエ――って、そんなバカ話をしに来た訳じゃない。ちょっと問題が持ち上がった」
「問題――?」

 淵は一転して厳しい顔になると、饅頭を甘酒で流し込んだ。

「俺も噂を小耳にはさんだだけなんで、確かなコトはわからないんだが――暴動が発生してる」
「ぼ、暴動!?」
「警官の対応に不満を持った町民が、徒党を組んで地区の警備本部に押し寄せて、小競り合いになってるらしい」
「大丈夫なのか?城に連絡は?」
「警察から城にいってるかどうかはわからん。俺から連絡するにしても、未確認のまま報告する訳にもいかん」
「なら――」
「あぁ。ちょっとひとっ飛び行ってみるつもりだ。オマエは念のため、団長たちを城に」
「わかった」

 【ベルフラマント】で気配を消し、静かに飛び去るカルキノス。
 淵はすぐに、鋭鋒たちに仔細を報告した。

「――わかった。ルカとダリルはカルキノスと共に、状況の確認に当たれ。私は、淵と共に城に戻る」
「了解です」

 一瞬で団長の顔に戻った鋭鋒の指示に、ルカとダリルも軍人の顔で応える。

「行け――」
「「はっ!」」

 一般人とはかけ離れたスピードで走り去るルカとダリル。
 鋭鋒はその背を見送ると、足早に境内を後にした。