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リアクション
第3章 熊と狼 2
「熊さん達、いっくよぉ〜♪」
司たちとともにビッグベアと戦う強殖魔装鬼 キメラ・アンジェ(きょうしょくまそうき・きめらあんじぇ)は、気楽な声を発しながら、まるで遊びに興じるように身を躍らせた。勘と本能だけの戦略も何もない戦い方は、ぬいぐるみを振り回す子どものそれである。はじめは幻槍モノケロスを手に、その穂先を相手に突き込んでいたが、武器が弾き飛ばされると――それに気にした様子もなく、素手で巨熊をぶん殴りはじめた。
「ははッ、アンジェのやつもやるじゃねえか。なら、こっちも負けてられねえな!」
アンジェを横目に見やりつつ、司――アギト化しているらしい眼鏡の若者は鬼人化した肉体ひとつでビッグベアに突っ込んだ。その巨大な体躯をえぐるようにして、続けざまに拳を叩きこんでいく。
どこぞの仲間が、もしや楽しんでいるのでは……? といういぶかしげな声を発したが、司はニヤニヤした笑みを浮かべながら拳を止めなかった。
「おぃおぃ……楽しんでるなんて人聞きが悪りィなァ、俺はコレでも心を痛めてるんだぜェ〜」
全身に返り血を浴びた戦いっぷりは、とてもそんな風には見えない。
愉快げに戦闘を楽しむ若者を尻目に、獣人の娘はエースたちと連携してビッグベアを仕留めていた。数が包囲の形を取り始めたため、いったん後ろにさがるリーズ。
「ふふっ♪ 楽しい狩りの時間が来たみたいですよぉ♪」
可愛らしい声音ながらも不気味な言葉が聞こえたのはそのときだった。
「げっ……テ、テレジア……」
「ふふふっ、ビッグベアの巨躯から滴る血を啜れると思うと心が躍っちゃいますぅ♪」
ぴょこっと生えた猫耳の下の丸めの輪郭が愛くるしい笑みを浮かべているが、台詞はそれに反して残酷なものだった。紫紺の髪がゆらりとなびき、黄玉の瞳がつややかな色合いで巨熊を見る。されど、そこにある柔らかな雰囲気は紛い物のそれに見えた。
「……さぁ、殺(や)るか」
次の瞬間、その甘えた声音が悪魔のそれに変わる。
刹那、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は氷上を舞うフィギュアスケーターのような華麗な跳躍でビッグベアたちの背後に回った。
サターンブレスレットとアボミネーション、その身を蝕む妄執――闇から生まれし瘴気の影が巨熊たちを押さえつける。足下に生まれた沼のような漆黒から生えた奈落の鉄鎖が、さらに追い打ちをかけてその脚部を捕らえた。
「リーズ! 殺(や)っちまいな!」
「わたしは『その殺(や)る』で闘ってないのよ! ひらがなっ!」
あれだけ可愛らしい容姿の持ち主のくせに罵声のような口調なのは、彼女に奈落人のマーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)がのり移っているからである。だが、獣人娘にそれを知る術はない。テレジアという少女は危なっかしい性癖の持ち主だと思いながら――しかし、そこに頼もしさを感じつつ、リーズは長剣で巨熊を斬り倒した。
「さて、群れの数は減ってきたが……集団にはリーダーがつきもの……と、アレか」
リーズと仲間たちの連係攻撃がビッグベアたちの数を減らしつつあったとき、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がぼそりとつぶやいた。その彼の髪は、普段の銀髪ではなく、漆黒の黒髪である。
「蓮生、やれるか?」
弥十郎――いや、いまや奈落人の伊勢 敦(いせ・あつし)に憑依されているどちらとも言えぬ若者は、鋭い目で横にいた仲間を見やった。
「無論」
簡素な言葉を返したのは、いかにも侍然とした、黒髪を後頭部で束ねた青年である。敦とはその過去になにかしらの接点があるらしい彼は、熊谷 直実(くまがや・なおざね)という名があるが『蓮生』と呼ばれていた。
しかし――天狗の面で顔を隠しているいまは、その姿こそが『蓮生』と言って過言ではない。
「ならば、兵を一匹でも多く引き付けるぞ。下は任せた」
「了解だ。獣と言えど気は抜くな。存分に蹴りを見舞うが良い」
天狗の男と佐々木の体を借りる奈落人は、数少ない会話を交わすと、それぞれ頭上と地上の方角に突貫していった。
すなわち、敦の体はその身に帯びたエネルギーで空を飛ぶ。
ビッグベアの間を吹きつける風のように縫って、足技の神童は巨体を足場に巧みな蹴りを放った。相手の叩きつけてきた爪を足で華麗に受け流す様は、一種の芸術のようである。
上空へ向けて突き上げられた爪が受け止められたと思った直後には、ぐわんと身を捻った神童の強烈なハイキックが顔面を吹き飛ばしている。刹那、コマが回転するようにして飛び跳ねたとき、もう一体のビッグベアはそれを理解するよりも早く、踵を脳天から叩きつけられていた。
むろん、地上――下方から斬撃を叩きこむ直実もそれに劣ってはいない。空と地上のどちらにも一方的に注意が泳がぬよう、攻撃はタイミングを見計らう。
転瞬――雷撃のような鋭さを帯びたヴァジュラが、熊の足を叩き斬っていた。
「あの〜、アニマさん?」
苛烈を極める戦いの最中、仲間たちの邪魔をしないよう、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)がおそるおそる手をあげたのはそのときだった。
「はい、なんでしょう、桂輔」
しごく平凡な男子学生の発言に応じたのは、対照的に人間離れした美しさをもった少女だった。いや、可愛い、と表現したほうがこの場合は的確かもしれない。紫丁香花色の特徴的な長髪がしなやかな体の横をたおやかに流れる姿は、人形のような繊細さをかぐわしている。それは、少女の表情が常に無表情であることも、よりそれを実感させる要素であった。
アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)と呼ばれるその強化人間の少女に、桂輔はやはり平凡な質問をする。
「えっと……どうして俺はこんな所にいるんでしょうか?」
「それは、最近、資金の使いすぎで真のお金の価値ってなんだろうということを分かっていないであろう圭輔にお灸を据えるためです」
「お金の使いすぎ? そりゃ最近、限定版のイコプラを買ったりして少し使い過ぎとは思ってたけどそんなの少しだけじゃ――」
金属の鋭い冷気が肌に触れたのはそのときだった。
アルマの握る護身用の剣、カルスノウトの切っ先が桂輔の鼻先に向けられていたのだ。
「わかった! わかったから、ちゃんと働くから剣をこっち向けないで! そんな危なっかしい凶器の先端は人に向けちゃいけませんって習わなかった――って、出てる! なんか額から血が出てるよ俺!」
「さあ、頑張りましょう。ちゃっちゃと倒して、ちゃっちゃとお金をいただくのです……主に桂輔の働きで」
「何気にひどいこと言ってるよね! ねえ!」
桂輔の嘆きなどまったく意に介さず、少女は彼の背中を蹴って、むりやり戦場に放り込んだ。武器は主にライトニングウェポンで帯電させた鞭で、ライトニングブラストの電撃で対応――不安が一杯な装備だ。
数分後――
「ぎゃあああああぁぁ」
「…………」
哀れな少年の悲鳴が聞こえてもなお、少女は淡々とそれを見つめるだけだった。
ある程度は数が減ってきたビッグベアたち。だが、その的になっていたリーズは、いったん体勢を整えるためも含めて前線から飛び退いた。
「えー……どうして私が前に出ちゃダメなのよー」
その先では、エースのパートナーであるリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が仲間たちに反論している最中だった。
「半人前が前衛なんて、皆の足を引っ張る様な事は容認できないね」
剣を用意しようとしていた気丈な花妖精の意見を却下したのは、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)である。細めた目でリリアを見やりつつ、優美な吸血鬼はしごく冷然に付け加えた。
「近接武器じゃ無く弓を使用、熊が接近せぬよう護衛・援護で後衛なら、良いけれども。要するに後衛支援をってことだね。それ以外は、認められない」
「そんなぁ!」
いかにも不満げに、リリアは口を尖らせる。だが、契約者であるエースや仲間のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)もメシエの意見に賛同したことから、さすがに彼女もそれ以上は反論できなくなった。
仕方なく後方にさがって弓矢をかまえる。しかし、やはり納得はしていないのだろう。不満を隠すこともなく、ぶつぶつと愚痴をこぼしていた。
「ったくもう……いつまで半人前扱いなのよ……」
「まったくね……」
メシエたちが隙を作るということから、それを待っていたリーズが何気なく受け答えすると、リリアは自分の気持ちが分かってくれる人がいると思ったのか一瞬で顔をほころばせた。
リーズが思わずのけぞるほどに近づいて「そう! そうなのよ!」と、激しくうなずくと、さらに彼女は付け加える。
「早くしっかり一人前って認めて欲しいとか、そう思わない?」
「わたしも、父さんが全然認めてくれなかったわよ。と言っても、それを無視して集落を飛び出してきたんだけどね」
長剣をかまえるのを止めないながらも、リーズは苦笑しながら自分の経緯を話した。愚痴を聞いてほしい花妖精は、獣人娘の言葉に同調してうなずきながら、乙女たちの会話――主に不満を中心に、華を咲かせる。
「さっ、リーズさん、道は開けましたよ」
雷撃が薄闇を照らし、エオリアが声をかけたのはそのときだった。
「よーし、いっちょやりますかっ」
「それじゃあ私も――」
「「ダメだ!!」」
「…………わかったわよぉ」
リーズと一緒に剣をかまえようとしたリリアは、仲間たちに一斉に注意されて致し方なしにそれを納めた。
唇を尖らせたままのリリアを気の毒そうに見やって、リーズは苦笑する。しかたがないが、それほど仲間たちからは愛されている証拠である。それは、自分も旅に出て実感したことであった。
刹那――獣人娘は跳躍。
稲光に動きを止められたビッグベアたちに、刃が一閃した。
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