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炭鉱のビッグベア

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炭鉱のビッグベア

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第2章 行く者と待つ者 3

 坑道を走る影が三名。正確に言えば、酔い潰れた一人を筋肉モリモリの褐色肌の男が背負いながら、巨熊の群れから逃げている最中だった。
「あの熊たち、絶対にセラの麗しい見た目に食欲誘われちゃったんだ! そして捕まえたらこうしてああして、もう、リアクションじゃ描写できないようなことされちゃって、にちゃにちゃのなぐさみものにされちゃうんだぁ〜!」
「もしもし、セラ、全年齢対象でそれは絶対にないと思いますよ?」
「ううう……この可愛らしい容姿が今は恨めしい!! 読者サービスって酷なのね!」
 緑色の髪をした愛らしい顔の少女――魔導書のシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)がよよよと涙しながら泣き崩れる。契約したときは純粋な娘だったというのに、いつからこんなに廃れてしまったのか?
 読者サービスを避けるために逃げる最中、むくりと背中で顔をあげる音が聞こえる。
「むぅ……気持ち悪いのじゃぁ〜……気持ち良く昨日はお酒を飲んでいたはずなのじゃが」
 廃れるレベルでは同等ぐらいの酔っ払い幼女が、ルイ・フリード(るい・ふりーど)の背中で苦悶の表情のままうめいた。見た目は幼女であるが、これでも立派な三十路娘である。どこかの偉いおまわりさんが見ていたら通報されそうなほどの酔い具合は、よほど飲みまくったと見て取れた。
「む? ここはどこじゃ?」
「はははっ! では説明しましょう! 酔った桜華を迎えに行き、その帰り道に近道しようと思ったら、なぜか気づけば坑道の中で、大きなくまさんの集団に出会ったと! ……そんなわけなのです!」
「だああぁ、うるさい……二日酔いで頭にガンガン響くのじゃぁ」
 目の前でムカつくぐらいやかましい笑い声を挟みながら語る筋肉男の言葉に、深澄 桜華(みすみ・おうか)はガンガンに揺れる頭をなんとか両手で押さえ込んだ。
「うぇっぷ…………まったく、あやつらをなんとかせねばならんのかぁ〜。久々に本気をだすかのぉ……」
 追いかけてくる巨熊を見やり、幼女はルイの足を止めると、その場に降り立った。
 瞬間、カッと目が見開いたと思いきや、むくむくと大きくなる体。眩いオーラに包まれたそこには、鬼神力によって二十歳前後の姿に身体変化を起こした桜華が立っていた。
「この身体になったのも久々じゃ! 暫くなまった身体を動かすには丁度良い! さあ、思う存分かかってこい!」
「今夜のお夕飯は熊肉の熊鍋コースに決定! しっかり食べて供養といきましょう!」
 さすがに追いかけられるだけに徹するのはいい加減に飽きた。ルイたちも戦闘態勢に入る。
「こうなったらやるしかねえ! サンダーブラスト放射!」
「ってセラっ!? 当たってる! 私に当たってますよ!」
 セラの放った稲妻に黒焦げにされながら、ルイたちの戦闘は始まったのだった。



 アイシクルエッジによる氷の刃が、薄闇の坑道のなかでひときわ煌めきを放つ。
 が、予想していた結果ではあったが、巨熊にとって氷の刃はさほど驚異ではなく、めりこんだ刃は鋼鉄の皮膚に阻まれて致命傷を与えるには至らなかった。
「邪魔なビッグベアを排除しよう……とまではよかったですが……はあ」
 思わず、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は嘆息の溜息をついた。
 機晶石採掘の依頼を受けて坑道に侵入したまでは良かったものの、炭鉱を巣にしているビッグベアたちに行く手を阻まれたのだ。立ちふさがる壁は破壊して進むのが信条――とまではいかないが、邪魔なものは振り払う気概だった。
 しかし、ブリザードで相手を凍らせたり、氷刃で斬り込んでみたりはしたものの、大した効果は得られない。
(さて、どうしたものか……)
 ビッグベアの攻撃を華麗に避けながら、思案を巡らせる。
 ふと、天井で崩れそうになっている岩盤を見たのは、そのときだった。
「ああ、そうです」
 何を思い至ったか、どこか大人びても見える青年はポンと手を打った。
 その隙を突いて、ビッグベアの爪が迫る。だが、遙遠は反射的にそれを飛び退いて避けると、今度は相手の股をスライディングして通って反対側に回った。とっさに振り返るビッグベア。
 しかし――その顔が驚愕に歪んだのは、遙遠から直接攻撃を受けたからではなく、天井にぶつかった何かが強烈な爆発を起こしたからだった。
 粉砕された岩盤が真上から落下してきてビッグベアを潰す。瓦礫の下敷きになった哀れな巨熊を見下ろしながら、遙遠はぽつりと呟いた。
「考えてみればこうすればよかったんですねえ……」
 意識を失っていたビッグベアが、その後、機晶爆弾の爆発にトラウマを抱えるようになったのは言うまでもなかった。



(いいから、そこで大人しく待っとけ! いいな!)
(えっと、でも……)
 契約者に対して精神感応で話しかける娘は何かを言いかけたが、それを言い切る前に会話はブツッと途切れてしまった。どうやら探索に集中するらしく、脳波のパイプを切ったらしい。
 しかたがないといったような溜息をついて、娘――ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は両手で胸に抱く小さな人影に声をかけた。
「大人しく待ってろだそうです……どうしましょう?」
「にゃ〜?」
 猫のような鳴き声を発して首をかしげたのは、皆からは「ちびあさ」と呼ばれている人形のゆる族ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)だった。彼女(彼?)は、ヴェルリアの胸の中で居心地よさそうにおとなしくしている。
 ヴェルリアの耳に、通路の向こうからかすかな音が聞こえたのはそのときだった。
「何やら奥から人の気配がしますね……ちょっと行ってみましょうか?」
 独り言のようにつぶやいた彼女に、あさにゃんが紙を差し出した。どうやら、普段は「にゃー」とかしか喋ることができないために、いつも持ち歩いているメモ書きのようだった。
「あまり動かない方が良いと思う? うーん……でも、もし炭鉱で働いている人なら近くの町への道を知ってるはずですし、そっちのほうが早くこの場所から出られていいじゃないですか? そうしましょう。それがいいです」
 もはやあさにゃんの意見など聞く耳持たず、マイペースにヴェルリアは通路の向こうへと歩を進めた。あさにゃんは心配そうに鳴き声を発するが、言っても無駄ということを悟ったらしく、仕方なくそれに付き合うことに決めたようだった。
 やがて通路の向こうに見えた角を曲がる一人と一匹。
「ひっ……」
 そのとき、ヴェルリアの口からはひきつった声が洩れたのだった。


「ったく、なんで買い物の帰り道でこんな炭鉱に迷い込むんだか……」
「話には聞いてたけど、すごい迷子能力だね」
 薄暗い炭鉱を仲間と一緒に探索しながら、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は溜息をついた。それに感心しているような呆れるような返事を返したのは、榊 朝斗(さかき・あさと)である。
 いまはまだ炭鉱の調査済み区画なのだろう。通路を照らす照明によって道は判別できるようになっているが、そうでない場所では彼のダークビジョンを頼らざる得ない。先頭に立つ人の良さそうな少年の返答に、どこか大人びても見える青年は、再度、溜息をついた。
「別に能力とかそんなもんじゃないんだが……それにしたって、この炭鉱はたしか、ビッグベアが住み着いてるんだろ? 勝手にうろちょろしてばったり遭遇とかになってなきゃいいが……」
「炭鉱に住み着いた熊か〜、熊鍋とか美味しそうよね〜」
 真司の心配などつゆ知らず、彼の横にいたパートナーのリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は後頭部で両手を重ねながらのんびりとそんなことを口にした。
「ちびあさが迷惑をかけていないか心配です。こういうのを親の心境と言うのでしょうか……」
 逆に心配に心配を重ねるのは、朝斗のパートナーのアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)である。ヴェルリアといい、リーラといい、どうして自分のパートナーはこうもネジが一本外れた連中なのか?
 なんとなく朝斗のパートナーを羨ましく思いつつ、
「たぶんうちのヴェルリアのほうが迷惑をかけてるんじゃないかって気がするが……」
 真司は付け加えるようにそうつぶやいた。
 ――ヴェルリアの悲鳴が聞こえたのはそのときだった。
「……あっちだっ!」
 朝斗が聞き分けたその方角に、複数の道があった分岐路を通って駆け抜けていく一行。
 たどり着いた空間で、ヴェルリアは巨大な熊に襲われている寸前だった。
「チッ……ヴェルリアに触んじゃ、ねえ!」
 とっさに飛び込んだ真司は、雷術や落雷の術といった雷撃の技で帯電させたナインブレードの一本を巨熊に叩きこんだ。思わず感電して、呻き声をあげながら後ずさるビッグベア。
 その隙に、真司はちびあさを抱いたヴェルリアを連れて、戦線から離脱した。その瞳に、それまでの恐怖からかわずかに涙が浮かんでいる。
「てめえら、ヴェルリアを泣かせてタダですむと――」
「ふっふっふ、上手く持ち帰れたら後で熊鍋よ〜」
「軌道確認。攻撃パターン解析。敵機捕捉。戦闘システムオールドライブ」
 振り返った真司の台詞を遮って、機晶姫と魔鎧の二人が巨熊に立ちはだかる。
「天御柱で『雷神』と言われた人の技、見せてやるよ!」
 刹那、二人よりの背後から先に飛び出した少年の影が、ビッグベアの頭部に雷電の一撃を叩きこんだ。激しい稲光が轟き、相手を焼き尽くす。
「動き等は借り物だけどね、けどそれを再現してみせるッ!」
 続けざま――雷撃は連続の攻撃を叩きこむ。
 それでもビッグベアが倒れないのはさすがに体力のある熊というべきか。降り立った朝斗を含めて、四人はヴェルリアとちびあさを守る盾となった。
「ヴェルリアさんとちびあさは私が。存分に戦ってください」
 アイビスが座り込んでいるヴェルリアとちびあさの傍で、彼女たちを抱くようにしながら言う。
 そして、
「――やるか」
 真司の発する声を皮切りにして、四人はパートナーを泣かせたいじめっ子をぶん殴りにかかった。



 麓の村で歩哨に当たっていた青年は、村の広場で調理に当たっている娘のもとへ帰ってきた。大きな鍋をぐつぐつと煮込むヴァルキリーの娘――ティー・ティー(てぃー・てぃー)に、後ろから声をかける。
「どうだ、調理は?」
「あ、お帰りなさい鉄心。もちろんバッチリで――」
 振り返ったティーは、源 鉄心(みなもと・てっしん)の頭に乗っている子どもを見てパチクリと目をしばたたかせた。歩哨に付き合っていた子どもたちのうち、いちばん年下の幼子の少年が、鉄心の頭で髪をにぎりながら座っていたのだった。
「なんですか、それ?」
「いや、なんですかというか、懐かれてな」
 懐かれるという限度を超えている気がして、イコナはほほえましくも苦笑する。ようやく鉄心もここにきて子どもを地に降ろすと、そろそろ、一度家に帰った方がいいと言い含めた。
「あまり親御さんを心配させるんじゃないぞ」
 バイバイ、おにいちゃん! と叫ぶように言いながら帰って行く少年の背中を見送って、鉄心は改めてイコナの傍で休憩する。
 その視界に映ったのは、木陰で子どもたちを相手に胸を張っているイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)だった。
「えっへん。わたくしはたいへんお役立ちな魔道書ですの。あちらにいるティーも、ヴァルキリーの戦士でそこそこお役立ちなのですわ。まあ、わたくしほどではないですけれどね」
 ない胸を張っている魔導書の少女は、幼子たちに自慢げに語る。いつも背伸びした態度を取っている彼女のそんな姿を見るのは少し新鮮なものだった。
「やたら偉そうだな」
「ふふ、でもイコナちゃん、とっても面倒見がいいんですよ? 連れてきたサラマンダーさんと一緒に子どもたちを遊んであげたり、持ってきたおやつを一緒に食べたり……とっても楽しそうです」
「おやつを一緒に食べるのは、イコナもか?」
「あ、バレちゃいました?」
 鍋を最後に一煮立ちさせながら、ティーはクスクスと笑った。
 シチューの良い匂いが漂ってくる。こうしてその傍で座り込んでいると、思わず眠気が襲ってきそうだ。こんなにも平和な時間。平和な村。自分はビッグベア退治に赴いたわけではないが――せめて別の形でもこの村を守れたらと、鉄心はせつに思った。