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夏初月のダイヤモンド

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夏初月のダイヤモンド

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【第一章】1

「おいおい新人、荷物はそっちじゃねーぞ」
 ベテラン先輩バイトの声に黒髪の少年が振り向くと、倉庫内に居る男性陣が皆一様に彼を見てニヤニヤしている。
 ――何だろ?
 休みの日を利用してコツコツとバイトに勤しんでいた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、抱えて居た段ボールに殴るように書かれた納入メモをもう一度確かめる。
 ”4月○日15時 三階・B倉庫”
 矢張り間違いは無い。
「この荷物ここのエレベーターで行く3のB倉庫ってありますけど」
「あのー……こっからは例の”男子禁制エリア”に入れるから、女性店員さんとか一部の警備員サンの持ってる特別IDが無ぇと入れないんっスよ」
「ああ! 例の!!」
 先輩達のニヤニヤ笑いの理由にやっと気付いた正悟が気恥かしさに頭をかいていると、教えてくれた同じバイト先の茶髪の男が正悟の持っている荷物を持ち上げた。
「これは俺がやっとくから、後あっちの頼むッス」 
 茶髪先輩が塞がった両手の代りに顎でトラックの搬入口を示されて、正悟は頭を下げるとそちらへ走って行った。
 早速搬入口でトラックから荷物をおろしていると、女性達の明るい声が聞こえてきた。
 正悟の居る搬入口はモール入り口のすぐ横にあるのだ――最も曲がり角のお陰でモールに入る客達には搬入をする姿が見えない様にはなっているが。
 さっきトラックの助手席で揺られながらベテラン先輩バイトから聞いた話では、ここのビルは出来たばかりの目新しさからか実際若者に結構な人気があるという話だ。
 ――同級生とか来てたりするかな。
 正悟は仕事中に知りあいと鉢合わせになる一種の面倒臭さを想像して、思わず一人苦笑いをしてしまいそうになる。
 そして密かに思った。
 ――どうせ会うなら……。
 彼の頭の中を占めるのは一人の女の子の姿と甘い香り、そして柔らかな声。
 でもいやどうだろう、彼女に会った所で気のきいた一言が言えるかどうか。
 情けない思いに正悟が今度は苦笑を隠せずに吹いてしまった時だった。
「わたくしの好きな色の商品ですか?」
 彼の耳に今まさに想像していた声が飛び込んできたのだ。
「本当にあったらとても素敵ですわね」
 この声、話し方、間違いない!
 思わず隠れるように壁を背にして、そっと入り口側を覗きこむと矢張りそこには想像通りの人物が立っていた。

 泉 美緒(いずみ・みお)だ。
 それに雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)アリサ・ダリン(ありさ・だりん)の姿もある。
 そして彼女達が囲むように話している少女に目が行くと、正悟は目を凝らして首を捻った。
「……見た事無い顔だな」

 背の高さは美緒と丁度同じくらいだろうか。
 精巧に作られた人形の様な顔は申し分ないのに、細身の体はオーバーサイズのコートで包まれているし、
 ビルにやってくる誰もが気合の入ったおしゃれを楽しんでいるというのに、彼女は靴も色気もへったくれもないぺたんこのバレエシューズを履いている。
 極めつけは流れるような見事なロングウェーブの髪を茶色のゴムでおさげに適当に括っている事だ。
 「垢ぬけない娘」と言えば一言で済むような話だが、それとは何か違う違和感。
 まるで同じ生き物には見えない程透き通るような肌をした彼女には”普通の服や靴の何もかも不釣り合い”なような、言いようの無い違和感を正悟は覚えたのだ。
 しかし正悟がそう思ったのは無理も無かった。
 
 少女ジゼルは人間では無い。
 
 シャンバラにただ一人存在する作られた生き物だったのだ。 
 今は訳あって人の姿で普通の生活をしているが、元々は戦闘用に作られた生物兵器に他ならない。
 勿論正悟が感じているのは一種のカンと同じような違和感だけで、「あの少女は人間ではない」という具体的に確信めいたものが有る訳ではなかった。
 ただ彼女は――美緒は気付いているだろうか。いや、彼女に何か害が及ぶ事は無いだろうか。
 それだけが不安の種となり暫く様子を伺っていると、向うではアリサが何かに気付いたように手を上げている。
「来たみたいだぞ」
 どうやら彼女達は人を待っていたようだ。
「アリサちゃん、皆、おまたせー」
 挨拶と共にやってきたのは桐生 理知(きりゅう・りち)北月 智緒(きげつ・ちお)だ。
「うふふ、ここ来るの初めてだからちょっとワクワクしてたんだー。ね、ね、選んだら後で見せっこしよう?」
 理知の無邪気な一言に、アリサは目を逸らす。
 そして逸らした目は自らの胸に行っていた。
 ”平ら”。残念ながらそんな単語がピッタリと当てはまってしまうアリサの胸。
 特別気にしている訳でもないが、年頃の娘として矢張り気にしていないといえば嘘になる。
 ――果たしてこれを友人に晒して大丈夫だろうか、笑われたり……いや、気まずくなって無言になられたりしないだろうか。
 めくるめく不安な妄想にアリサが何とか話題を逸らそうと口を開くと、好都合な事に待ち人がこちらへやってきた。
「皆さんお待たせしてすみません」
 火村 加夜(ひむら・かや)と一緒にやってきたのは、
 高峰 雫澄(たかみね・なすみ)シェスティン・ベルン(しぇすてぃん・べるん)水ノ瀬 ナギ(みずのせ・なぎ)の三人だ。
 友人の友人という互いに知らぬ顔も居るので軽い自己紹介をしていたようだが、それを済ませると彼等はさっさと店内へ向かって歩き出してしまう。
 ――どうしよう、もう少し様子を見るべきか?
 正悟が迷っていると、見ていたジゼルがふにゃと顔を歪ませ大きな口を開いて欠伸をした。
「あら、ジゼルちゃん目がちょっと赤いみたい。寝不足?」
 微笑みながら顔を覗き込んできた加夜に、ジゼルは目を擦りながら答える。
「昨日の夜ね、久しぶりに皆に会えるなーとか買い物の事とか考えてたら何故かよく眠れなくて……」
 言いながらもう一度欠伸をするジゼルに笑っている雅羅達。
 彼女がどういう存在だかは分からないままだ。
 ただ皆の様子を見ていれば分かる。
 正悟の胸中に彼女はきっと考えているような”危険なものとは違う”という確信が訪れていた。
 ――どうやら取り越し苦労だったみたいだ。
 正悟はふっと息を吐くと、改めた気持ちで仕事へと戻って行った。