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夏初月のダイヤモンド

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【第一章】3

 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)と共にショッピングモールのランジェリーフロアへやってきていた。――勿論男性のベルクは下の階に残してきたが。
 そんなフレンディス達をジゼルが先程次百姫星を見つけた要領でもって見つけてしまうのには、それ程時間を要さなかった。
 フレンディスとジゼルは合わせた片手を握り合うというやはり謎スキンシップをしながら、フロアの隅で話し始めていた。
「新生活はどうですかジゼルさん。確かお仕事を始められたとか」
「有難う、とっても順調よ。校長先生が紹介して下さった仕事も大変だけどとっても楽しいし」

 ジゼルの話す”校長先生”とは蒼空学園校長の山葉 涼司(やまは・りょうじ)の事だ。
 事件のあった日の夜、ジゼルは雅羅達にこう話した。
「私が皆の力を勝手に利用しようとしたのは本当の事よ。
 これからは嘘をつかないで皆とちゃんと向き合いたい。だから……」 
 不思議な力を持つアクアマリン事件の発端となったジゼルは、シャンバラに生きるものとして享受すべき”裁き”を望んだ。
 彼女の意向に正しく沿うならば軍に連れて行くのが良かったのだろう。
 だが事件が終わって真実を知った契約者達はそれを望まなかった。
 そして彼等が選んだ最善の道……、ジゼルが連れて行かれたのは山葉の所だったのだ。
 既に婚約者の火村加夜によってジゼルの存在を知っている山葉ならば話しが早いし、一番良い方法で解決してくれるだろうと思っていたのだ。
 雅羅が――ジゼルには内緒で――考えたコネ作戦は実に上手く行った。
 本当の所山葉は雅羅達の必死な様子や、受け取った他校生達の陳情がしたためられた手紙で判断を下したのだが、
”指導者”として振舞っていた山葉の態度に雅羅達がそれに気づかないままジゼルに下された裁きの結果は
「事件を起こしたものとしてしっかり反省するように。暫く保護観察下に置く」
「それから俺の知りあいの定食屋に住み込みで働いてもらう」の二つだ。
 山葉によって選ばれた保護観察官はというと雅羅なのだからこれはもう「友達がちゃんと面倒をみてやれ」と同義な上、
居候生活は衣食住全てを失ったジゼルに、それら全てと仕事を与えてやるという寛大な措置だった。
 こうしてすっかり世話になり初めて人に尊敬の念を持ったジゼルは、山葉の事を「校長先生」と呼び慣れない敬語を懸命に使って話しているのだ。

「それは良かったですね。今度改めてジゼルさんの作ったご飯を食べに行かせてくださいね」
「えへへ、待ってるわ。
 ……あら? フレンディスってとてもシンプルなのが好みなのね」
 ジゼルが目を止めたのはフレンディスが手に持っていたブラジャーとパンツのセットだ。
 装飾も無く、色も肌色と妙にそっけない。
「そうでしょうか」
 頷いている雅羅達をみて、フレンディスは肌色のセットを見てみる。
 確かにつまらない組み合わせと言えない事もない。
 普通こういったデザインを選ぶ時の理由である”色や装飾が服に響く”とかそういうことを気にした訳ではなかった。
 ただ忍びの里の頭領の娘であったフレンディスには、下着は今まで縁遠いものだったのだ。
 忍装束の時はブラジャーをした事が無かったし、和服を着れば本格的に下も着けない日すらあった。
 しかし彼女が夢見ているのは平凡な生活。
「やはり普通の女性である為に、こういった可愛い下着も買うべきでしょうか……」
 目の前のトルソーに飾られていた華やかなレースが飾られている淡いピンク色のセットを前に、頬に掌をあてて首をかしげている。
「うんうん、その方がいいって。ちょっと頑張ってみなさいよ」
「女の子だったらやっぱり可愛いものを選ぶべきですわ」
 雅羅と美緒に薦められて、フレンディスは意を決したようだ。
「が、頑張ってみますね。
 では行ってまいります!!」
 まるで戦場へ向かうような堅苦しさで、フレンディスは合ったサイズのピンクのセットを手に取ると、
シンプルなスポーツ系の上下を持っているレティシア――彼女こそ「如何に戦闘時の動きを阻害しないか」という最も色気の無い理由でそれらを選んでいたのだが――と共に、試着室へと向かって行った。


「それで? ジゼルは決まった?」
「んー……」
 ”人気ナンバーワン!””着け心地ナンバーワン!””男性受けナンバーワン!”
 ナンバーワンだらけの見本の前で頭を抱えているジゼルの後ろからひょっこり出てきたナギ。
 手には年相応なデザイン、赤いギンガムチェックのセットを手にしている。
 彼女の横でむっつりと黙ったままのシェスティンは、白地に紺色の刺繍とレースが入った良くあるデザインを無造作に握っていた。
 よくあるデザインとは言ったが、しかしこれでもシェスティンにしてはかなり頑張った方だ。
 初めはフレンディスのように装飾も無く色も肌に近いものを選ぼうとしていた所にナ ギに「シェス姉って綺麗なんだから、もっとオシャレした方が絶対にいいって!」と、言われて強引に勧められるまま半ば無理やり選んだものだったのだ。
「……まったく、ナギには敵わないな」
 シェスティンがナギに聞こえない程の声で笑って選んだのが、白と紺のセットだったのだ。
 しかし自分がそうやって慣れないものに手を出したというのに、ジゼルが”ラクラクインナー上下セット”を手に取っているのにシェスティンは衝撃を受けた。
「初めてだしもーこういうのでいいかなぁ」
 悩み過ぎて投げやりである。
 いやそうじゃないだろ、とシェスティンは思った。旅は道連れ世は情け。
「我が”おしゃれ”をする必要があるというのなら、ジゼルこそオシャレなものを選ぶ必要があろうな」
「オシャレ……オシャレな色……柄……?」
 シェスティンの提案にジゼルは益々訳が分からなくなったのか、口を開けっ放しでウンウン唸っていた。
 丁度その時近くの新作コーナーから戻ってきた加夜と雅羅は、ジゼルを見るとぷっと吹き出してしまった。
「まさらー……どうしよう。下着でおしゃれって何? 色とか柄とかもー無限にあり過ぎてどーすればいいのか……」
 雅羅は脱力して寄りかかってきたジゼルを受け止めると、その頭をペシペシ叩いてみる。
 うん。いい音だ。
「そんな考えたって仕方ないわよ?
 取り敢えず適当に気に行ったの選んで試着しちゃった方がいいわ」
「でもそしたら沢山試着しなきゃいけないんじゃないの?」
「それでいいんですよ。ブラジャーは表記サイズが合っていても実際に付けて見ると意外としっくりこないものが多いですから」
「え? そ、そうなの?」
「それからちゃんと付け方も正しくしないと駄目なのよ。胸の上にカップが浮いちゃうから」
「そうですね」
「うー……難しいのね」
 頭の上に雨雲でも乗せたように更にどんよりしてきた表情のジゼルに、今度は皆で顔を見合わせて吹いてしまった。
「それじゃあえーっと……私はコレとコレがジゼルさんに合うと思います」
 ぱぱっと指を指して選んでやった姫星の助け船に、
「とりあえずその二つ着てみようよ! ボクもシェス姉と今選んだの試着するから一緒に行こう」
 と、ナギがジゼルの手を引いて試着室へと向かって行った。


 姫星が選んだ下着を手に試着室の一つに入ったジゼルは、早速ブラジャーを着けてみる。
 店員に測ってもらったサイズのそれは雅羅のサイズが大きすぎるものより遥かにフィットするような気もするが、しかしいざ着て見たもののどうすればいいのかよく分からない。
 上半身が下着で、下半身はスカートというそそるのか間抜けなのかも分からない姿をジゼルが鏡で見ながら小首を傾げていると、隣の試着室や雅羅達や姫星が声を掛けてきた。
「ジゼルさん、終わりました?」
「どおー? 上手く付けられたー?」
「う、うん! ……これでいいのか分かんないけど」
「ジゼルちゃんあの、良かったら私見てみましょうか」
 こう外から声をかけてきたのは加夜だ。
「お願いするー」
「あ、ねぇねぇ。正しいつけ方ってボクも知りたい。一緒にいい?」
「いいよー」
 ナギの声にジゼルが了承すると狭い試着室の中に、加夜とナギ、ジゼルの三人がみっちり詰まる事になった。
 しかしやはりというか入ってジゼルの胸元を見るなり、加夜は曖昧な表情を浮かべている。
「やっぱり付け方がちょっと」
「駄目?」
「そうね、まずは……」
 ジゼルの横に回った加夜の胸元を見て、ナギは少し赤くなった。
 今の加夜は試着しやすいようにコートと上着を脱いで薄着になっていたからいつもより体形が良く分かった。
 同性として、いや清楚で女性らしい彼女から下世話な想像等勿論した事は無かったが、こうして見てみると加夜は素晴らしい体形の持ち主だ。
 必要な所は必要な分だけ。不必要な所は不必要な所だけ肉が存在するというのは女性からは実に羨ましい事だったし、男性達が目にしたらさぞ喜ぶ事だろう。
 シェスティンもそうだ。いつも思っていたが均整のとれた肉体は同性から見ても息を飲んでしまう程だ。
 先程「雅羅は大きい!」と叫んでいたジゼルもまた、目の前で下着姿になっているのを見ると平均か、またはそれより大きいか……
 別段小さくは見えなかった。
 というか自分より遥かに大きい!!
 ――い、いや! ボクはこれからだし! うん!
 懸命に自分に言い聞かせて見るものの、発展途上の慎ましやかな胸に一抹の不安を感じる。
 自分は成長期で、皆は何歳か年上で……
 しかし果たして後一年そこらで彼女達のサイズまで急成長を遂げる事が出来るのだろうか。
 思わずため息が出そうな所で、突然耳に入った言葉に我に返った。
「こうすると胸が寄せて上げる感じで実際のサイズより”少し大きく”見えるから」
「おお! 凄いわね、有難う加夜。じゃあ他のも見に」
「ちょちょちょちょっと待って! 聞いて無かった! それもう一回やって! 大きく見えるってとこ!」
 思い切り慌てているナギに、二人は思わずポカーンとした表情を浮かべていたが、暫くして察した加夜がニッコリと微笑む。
「ふふ、じゃあもう一度ね」
「もぉナギってば。今度はちゃんと聞くのよー」
「うん!!」
 メモを取らんばかりの勢いで、ナギが前のめりになった時だった。


「祥子さん、どうですかこの色」
「うん? いいんじゃない? 私好きよ、赤」
「うふふっ。知ってますわ」
 隣の試着室から女性二人の声が聞こえてきた。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)の二人が、ジゼルらの試着室隣に居たのだ。
「でもこのブラジャーというはなかなか慣れませんわね」
 イオテスは背中のホックを上手く付ける事が出来ないらしく、首を後ろに捻って手間取っている。
「あー……そういえばイオテスはスポーツブラが多かったから普通のは慣れないのね」
 イオテスが普段付けているのは被って着るタイプの下着だったので、背中にホックがある構造には慣れて居ないのだ。
 何度もホックの上を行ったり来たりするイオテスの手を見ながら、最終的に見るに見かねた祥子は、
「ちょっと後ろ向けて」
 と言いながらイオテスの背中に回って背中の紐に手を伸ばした。
「祥子さん、ありがとうございます」
「お礼はいいから自分の胸は自分で抑えててね」
「はい」
 至極嬉しそうに返事をするパートナーに、祥子はどう反応したものかと唇を噛んで、作業へ戻った。
 白い肌の上に、透き通るような乳白金の髪が落ちてくる。
 うっとりするほど美しいコントラスト。
 でもホックを付けるのには少々邪魔だった。
「ごめん、髪前にしていい?」
 言いながら目の前の髪の毛を手で束ねると、うっかり背中に触れたのかイオテスの肩がぴくんと跳ねる。
「あん!」
「ご、ごめん!!」
 突然色っぽい反応を聞かされて祥子は馬鹿みたいに慌ててしまったというのに、当のイオテスは笑うだけだ。
「はいはい、じっとして。
 よーく寄せておかないと綺麗に見えないんだから」
 ――全く、ペース狂うわ。
 祥子がこっそりため息をついていると、それに気づいているのかどうなのかイオテスが急に多弁になりだした。
「祥子さん。
 見えない所のお洒落というのも悪くありませんけど、人間の女性って男性を誘惑するのに下着を選ぶのでしょう?」
「うーん、いつもそうとは限らないけど。
 まあそういう場合もあるわね」
「誘惑……私にはそのような相手はいませんし……
 ん〜、魅せるとしたら祥子さんですわね」
 今度は祥子が跳ねる番だった。思わず両手から紐を離してしまい、伸縮性の高いそれはパチンと離れてしまう。
「ふふっ。冗談ですわ」
 今日は本当にペースが狂わされている。
 祥子は小さな復讐がてら、背中の紐をグイッと引っ張った。
「きゃっ」
 イオテスが声を上げるのも想定内だ。祥子の唇が怪しく歪む。
 そのまま一番きついホックを付けると、鏡には何時もより胸元を強調されたイオテスの姿が映し出された。 
「可愛いわよ、イオテス」
 さっきまでの優位な立場を崩されたイオテスが唇をとがらせている。
 祥子はそんな彼女の唇を人差し指でそっとなぞった。


 祥子達の隣の試着室の中。
 聞こえてきた色っぽい会話に思わず静かになってしまっていたナギとジゼルが小声で話しだす。
「い、今みたいな感じが」
「……寄せて上げるのやり方!?」
「違います!!」
 真っ赤になりながら否定する加夜おねえさんが、そこに居た。