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亡き城主のための叙事詩 前編

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 十三章 正義の従士 後編

「こりゃあちゃんとした戦力になれるか心配ですね……」

 少し離れたところで正義の従士の戦いぶりを見ていたクド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は小さく呟いた。
 冒険屋ギルド所属の冒険屋として、少しでも戦力が欲しいので加勢して欲しい的な依頼を受けたクドは目を細め正義の従士の一挙手一投足に注視する。
 そう、それは自身の技術と正義の従士の腕前を比べ、どういう風に加勢すれば最も効果的な結果を得られるか冷静に分析しようとしている――のでは決してなかった。

(……ごつごつとした鎧の隙間に見える女性らしい肌。これはこれで、変に露出度が高いよりも結構グッとくるんですね、はい)

 クドは自分の本能に忠実に、一瞬の仕草さえ見逃さないよう、全身全霊の力を目に集中させる。

(永遠の思春期的なお兄さんがその魅惑的なお体に思わず見入っちゃってしまったとしても仕方のない事だと思うんですよ、ええ)

 心の中で言い訳を並べつつ、クドが正義の従士に夢中になっていると、そのクドの影からトプンと音をたて坂上 来栖(さかがみ・くるす)が現れた。

「オイオイオイ……クドさんよ、その程度の色気に振りまわされちゃって……存外苦戦してるじゃないか」
「く、来栖さんがお兄さんの影から現れたァァーッ!? ……ハッ、もしかしてお兄さんを助けに来てくれたんですか? やったー!!」

 大げさに騒ぐクドを無視し、来栖は彼に歩み寄る。

「いや、何もしませんよ? 私はなんの依頼も受けてないし、戦う得は何もない」
「そうなんですか? やだー……」

 がっくりと肩を落とすクドを見て、来栖は悪戯めいた笑みを浮かべた。

「……この前読んだ昔の地球の本に興味深い話が載ってまして、なんでも吸血鬼の主従関係における忠誠の証は『頭を撫でる』らしいですよ。
 貴方は私の眷族でもありませんけど、仮になにかしてほしいなら相応の態度というものがあるでしょう?」
「お兄さんが来栖さんを撫でていいんですか? 触っていいんですか?」
「敬愛と畏怖……心を込めて撫でなさい」

 来栖の言われるがままに、クドは心を込めて頭を撫でる。

(おっぱいが大きくなりますように……)

 邪な考えだけれども、クドによって丁寧に頭を撫でられた来栖は御機嫌そうに口元を吊り上げた。

「……クハハッ、なるほどなるほど……悪くない。よろしい、助けてやろう。それと――」

 来栖はクドの襟元を掴み、自分の顔へ引き寄せる。
 それは、少しでも動いてしまえば唇と唇が触れ合いそうになる距離。
 来栖は鮮血より赤い瞳でクドの双眸を見つめ、静かにけれど強く言い放った。

「なんだかとても気分が良い、後で『飲ませろ』」
「それは、つまり後で血をよこせって意味ですね! よろしくお願いします、ハイ!!」

 クドの恍惚とした表情から発せられる元気の良い返事を聞いて、来栖は掴んだ手を離す。
 そして正義の従士を見据え、まるでどこかに出かけるような気軽さで呟いた。

「じゃ、始めるか」

 ――――――――――

 正義の従士の槍捌きは、あまりにも可憐だった。それは見る者の背筋を凍らせるほど、どこまでも美しい。
 繊細にした豪放。機敏にして静謐。華麗にして残酷。槍なのに、刀のような鋭さがある。槍なのに、弓のように美しい放物線を描く。
 重厚な鎧をものともせず、彼女は踊る。近づくことさえ許さない、どこまでも洗練された剣舞を。

「タシガンで好き勝手なことはさせない……」

 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は華やかだが派手過ぎない天馬の槍を構え、正義の従士に向けて駆けた。
 尋人は正義の従士と同じ聖騎士。そのため、どうしても守りを固めるが故に行動が遅いとされ、普段は仲間の防衛に専念することが多い。
 しかし今回、前線に出て相手に切り込みに行うため、尋人は眼前で繰り出される槍の舞に恐れることなく足を進めた。
 途端、刃の嵐が尋人を襲う。尋人はヴァーチャーシールドでこれを防ぐが、全てを受け切ることが出来ず身体のあちこちに裂傷が生まれた。
 しかし、尋人は退くことも立ち止まることもせず、また一歩足を踏み込んだ。

「……怖くはないのか、キミは?」

 正義の従士は槍の舞に晒されながらも、自分の間合いに詰め寄ろうとする尋人に問いかけた。
 尋人は顔を引き締め、迫りくる槍を盾で捌きながら、力強く言い放った。

「あんたらを自由にさせて、タシガンを守りきれなかったことを考えると……この程度、怖くはない」

 尋人は自分自身の身体が傷つくことをものともせず、自分の間合い――天馬の槍が届く範囲に辿りついた。
 天馬の槍は流体金属。最も短い状態では剣のように扱い、離れた時は伸ばすこともできる少し変則的な武器。
 ただ強度的にはまだ不安な部分があるので、尋人はこの適正な距離を保って戦いに望む。

「なるほど……キミは立派な志を持った騎士、なんだな」

 正義の従士は槍を振るうのを止め、両手で柄を握り締め高速の突きを繰り出した。
 尋人は自身を穿とうとするその槍の先端に、正確無比に天馬の槍を刺突する。
 ぶつかり合った槍と槍は、甲高い音を立てる。先に弾かれたのは尋人。生まれた隙に正義の従士はバーストダッシュで懐に潜り込む。
 槍を持つ手の片方を外し、正義の従士は篭手の重みを利用して、強烈なボディーブローを尋人に放った。

「この感触は……龍鱗化、か」

 まるで鉄を殴ったかのような感覚に、正義の従士は呟いた。
 尋人は特に堪えた様子もなく、懐に潜り込んだ正義の従士に、素早く天馬の槍を振り下ろす。
 正義の従士の鎧に少しばかり亀裂が走る。鎧に絶対の自信を持つ彼女は予想外のその威力に、驚いて目を見開けた。

「やるな、騎士。この鎧にヒビを入れるとは……!」

 正義の従士は龍鱗化越しにダメージを与えるため、片手で槍の柄を思い切り脇腹目掛けて振った。
 至近距離でその直撃を受けた尋人は、龍鱗化のお陰で肋骨が折れることはなかったが、勢いよく吹っ飛ばされる。
 入れ替わりにやってきたのはなぶらだった。

「勇者を目指すものとして……ここで退く訳にはいかない」

 なぶらは鞘から光明剣クラウソナスを抜き取り、地を蹴り、望みを込めて、宙を舞う。
 空中から振り下ろした聖剣の刀身は、まばゆい光の軌跡を描き正義の従士に迫った。
 正義の従士は槍でこれを迎撃。弾かれたなぶらは着地と同時に間合いを詰める。
 その足を止めようと、正義の従士は刺突するが、なぶらは光明剣クラウソナスで槍の軌道を微かに逸らした。

「さて、行くよ」

 なぶらは懐に潜り込むとチャンピオンの誇る剣技の極み、ソードプレイを放った。
 猛々しくも正確な剣閃が正義の従士に見舞われる。先ほど入った鎧の亀裂が大きくなった。

「ッ!? また、か……!」

 正義の従士は悔しそうに顔を歪めると、懐に潜り込んだなぶらに蹴りを浴びせた。
 鎧の重量を足した、強烈な一撃。なぶらは軽く空を飛び、地面にいくらかバウンドする。
 ――あの程度ではあの青年を倒すことは出来ない。そう考えた正義の従士はなぶらに追撃をかけようと、足元に魔法的な力場を足元に展開する、が。