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花換えましょう

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花換えましょう
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「ん〜、バランス取って花をつけるの結構難しいなぁ……」
 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は以前にも、花換えまつりの小枝作りを手伝ったことがある。だから小枝を作ることに問題はないのだけれど、出来るならもっと手早く綺麗に作れるようになりたい。
「難しいですね……」
 答える布紅も、危なっかしい手つきで枝を支え、ゆっくりとゆっくりと花を留め付けている。
 そんな2人を横目に、ルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)は手早くまた1本、小枝を仕上げた。
「ルイーゼ、上手だねぇ」
 ミレイユはルイーゼの作った枝を感心して眺めた。早いだけでなく、ルイーゼの作った小枝は出来も良い。どの枝も綺麗に揃っている。
「こう見えてもあたし、手先は器用なんだよぉ♪ どんどん作ってあげるからね」
 絶対に花換えまつりに間に合わせてみせるから、とルイーゼは次の枝の材料に手を伸ばしかけたけれど、その前に、と枝に花をつけているミレイユに教える。
「桜をつける時にぐらぐらしないように、こうやって押さえておくんだよぉ」
「……こう?」
「それだと上手く支えられないから、こっちの手で……」
「あ、そっか〜。ルイーゼ、ありがと〜」
 コツを呑み込んだミレイユは、また小枝作りに黙々と取り組んだ。
 ミレイユがさっきよりもスムーズに小枝を作っているのを確認すると、ルイーゼはその視線を布紅にうつした。
 目が寄ってしまいそうなくらいに枝に顔を近づけて、口元をきゅっと結んで布紅は小枝を作っている。恐らく、ここにいる誰よりも手が遅く、誰よりもつたない出来だ。
 見ているとつい手を出したくなってしまうけれど、ルイーゼはそれをぐっと堪えた。手を出すのは簡単なことだけれど、桜の小枝を作ることは布紅が自信を付けるきっかけになるかもしれない。それを邪魔してしまうことは避けたい。
「布紅ちゃんも頑張ってるねぇ♪」
 ルイーゼが声をかけると、布紅は顔をあげた。
「下手だから恥ずかしいです……こんなんじゃ、交換する人に申し訳ないでしょうか……」
 一応は形になっているけれど、他の人の作成したものと比べるとかなり出来は悪い。
 こんなのを貰ったら迷惑かと心配する布紅に、追加の材料を運んできた桐生円が言う。
「まぁ下手でも思いがこもってれば良いんだよ」
「そうでしょうか……」
「たぶんね。細かいことは知らないけど、後は桜の小枝を渡す子が上手いこと渡してくれるさ」
 だから頑張りなよと、円は追加の材料を置いていった。
 布紅は気を取り直して、枝に花を留める作業に戻った。
「しっかり留めてるのはいいねぇ。あとはここをチョイチョイと弄ると……ほら、ずっと良くなったよぉ♪」
 ルイーゼは手を出し過ぎないように少しだけ布紅に手ほどきをして、自分の作業に戻った。
 1本でも多く枝を仕上げて、花換えまつりに間に合わせたい。
 自然と口数も少なくなる。
「ふぅ……」
 出来上がりを確かめて、息をついたミレイユははっと気付いた。
「ふぁ、ごめんなさい。もっと楽しくお手伝いしたかったのに……!」
 集中しすぎて布紅とろくに話もしていない、とミレイユが言えば、
「あ、いえ……わたしも枝作りで精一杯で……」
 まったく他に気が回らなかった、と布紅も謝る。
 そんな場の様子に、神楽坂翡翠は小枝作りの手を休めて立ち上がった。
「皆さん、お疲れさまです。休憩がてら、お茶でもいかがですか?」
 翡翠の用意してきたのは、ホワイトチョコと桜の花の塩漬けをのせた桜のスコーンと、湯に塩漬けの桜を浮かせた桜湯。花換えの桜の小枝にちなんだ差し入れだ。
「作業ばかりだと飽きますし、楽しむことも大切でしょう」
 翡翠は作業をしている皆に菓子を勧めた。
「桜のスコーン? 春っ、って感じだね。よしっ、競争はひとまずおいといてお茶にしよう。ミカとロビンも一緒に食べよ」
 のぞみが早速、スコーンと桜湯に手を伸ばす。
「こちらも良かったら食べてくれ」
 ブルーズが持ってきた大きなバスケットの中には、ロールサンドがたっぷりと詰まっていた。
「これがゆで卵とハム、キュウリのマヨ。向こう側のはエビとアボカドのわさびマヨ和えだ」
 具を載せたパンはくるくる巻き、1つずつラップでくるんでその両端をキャンディのように捻って留めてある。これなら作業しながらでも摘めるだろうとの配慮だ。
「日奈々ももらう? はい、あーん」
 千百合がサンドイッチの包みを半分剥いて、日奈々の口元にもってゆく。
 もぐ、とそれを食べると、日奈々は美味しいですと微笑んだ。
 
 
「以前にやったように、手分けして作業するのが手っ取り早いよね」
 ええと、と緒方 章(おがた・あきら)は顔ぶれを見渡した後、分担を決める。
「僕が絵馬の文字入れ、バカラクリがお守り袋、樹ちゃんが枝作りの手伝い……かな? アホ鎧には立て看板の修繕をしてもらおうかな。ここ数年でかなり劣化していたから」
「そうだな。魔鎧、工具を持って修繕をしてきてはくれまいか? それが終わり次第、こちらの方も手伝ってくれ」
「おっけーいっちー。オレ様の手にかかれば、修理なんてちょちょいのちょいよ!」
 林田樹に頼まれて、新谷 衛(しんたに・まもる)は工具を手に出て行った。残った樹、章、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は以前にやった時の要領で、3人で作業を手分けしながら桜の小枝を作る。
「……相変わらずアキラの字は、何書いてあるか分からないなぁ」
 樹は絵馬にさらさらと筆を走らせている章の文字を眺めた。
 水茎の跡もうるわしく、というところだろうか。章の書く流れるような文字は美しく、そしてまた達筆すぎる故に……何と書いてあるものやらまったく判別出来ない。
「……放っといてよ樹ちゃん」
 これでも結構気にしていて、改善するように練習しているのだと説明する章に樹は首を傾げ。
「練習すればするほど、達筆になってゆくのではないか? もはや文字というよりアートの域であろう」
「うーん……それじゃ本末転倒のような気が……」
 章は文字を書く手を止めて、しげしげと自分の書いたものを吟味してみた。勿論、章本人には何が書いてあるのか一目瞭然なのだけれど。
 そんな章の様子を見て、樹に笑みが浮かぶ。
「……私はな、『自分が不完全である』ということを分かっていて、それでも努力を怠らないアキラを、誇りに思うぞ。だからこそ私は、アキラの申し出を受けたんだ」
「樹ちゃん……えっと、それって……プロポーズのこと?」
「ああ、そうだ」
 樹は満面の笑みで答えた。
 章は顔を真っ赤にして、絵馬にぐねぐねと筆を走らせる。まともに樹の顔を見ていられない。
「この頃樹ちゃんは、無意識に恥ずかしいこと言い放つよね……それって、惚気だって分かってる?」
 もごもごと章は口の中で呟く。
「ん? アキラ、何をごにょごにょと言っているのだ?」
「イイエナンニモ」
 樹は本当にまっすぐで美しい女性なのだと章は再認識した。
 
 出来上がったお守り袋を持ってきたジーナは、そんな樹と章に声をかけることが出来なかった。
 回れ右して元の位置に座っていると、その頭がぽこぽこと叩かれた。
「おーい、じなぽん。元気ねぇな」
 まだ飾りの付いていない枝で頭を叩いてくる衛の手を、ジーナは払いのけた。
「何でござりやがるですかバカマモ、あんた仕事終わったですか?」
「おい、ちょちょいのちょいって言ったろ! とっくに終わってんぜ……ってもこの雰囲気じゃ、いっちーとあっきーの間に入って手伝いしづれぇな」
 お邪魔虫になりそうだからと、衛はジーナの隣に腰を下ろした。
「……前はバカ餅とケンカしながら作ったでございやがりますのに……」
 今年は自分だけのけ者になった気がする、とジーナがぼそぼそとこぼす。
「ま、しゃーねぇだろ。あいつ等付き合ってんだし」
「付き合っているどころか婚約していることだって知ってます! でもなんだか……」
「おめー、それってワガママだろ? ワガママ言うと、シワ増えるぜ。それに……お、お、オレがいるじゃん」
「わ、ワガママって言わないでくだ……」
 そこまで言いかけて、ジーナははっと赤くなる。
「い、い、今何言いやがりましたですかバカマモ」
 衛もジーナに負けず劣らず赤い顔で言い返した。
「オレがいるから元気出せって言ってるんだろ。バカヤロー!」
「おれ、おま、おめ、あ、あんたがいてもいなくてもワタシは大丈夫なのでございやがります! 変なことゆーな!」
 ジーナは衛の手にある作りかけの枝をむしりとると、ぺしぺしと叩き返した。