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花換えましょう

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花換えましょう
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 ■ 交換するたび宿る福 ■
 
 
 
 今を盛りと咲く桜。
 空京神社には花見がてらに祭りにやってくる人々の姿が増えてくる。
 参拝までは頭上に揺れる桜花の眺めを楽しみ、参拝後には自らの手に花換えの桜を持って楽しむ。
 花換えまつりは、そんな桜尽くしのお祭りだ。
「やっぱり、こっちに来る人減ってますね……」
 七瀬歩は福神社への人の流れを眺めて呟いた。
 それでも、一昨年昨年と福神社で花換えまつりを開催していたことを知る人が来てくれたり、本社にやってきたついでに福神社に足を伸ばしてくれる人がいたりで、福神社への参拝が途絶えてしまった訳ではない。
「その分、1人に対するサービスを頑張りましょうね」
 ぐっと拳を握りしめる歩のやる気に触発されて、アルコリアもこれは頑張らなければと思う。
「トラブルが起きた時の対処は頭に入ってますか? 何か問題があったらすぐにこちらに連絡してくださいね」
 連れてきた従者にも巫女の衣装を着せ、参拝客の安全確保に2人、問題対処に2人、伝令に1人、とアルコリアは配置した。自分は歩と共に、持てるスキルを駆使して参拝客のもてなしを担当する。
 柳玄氷藍は参拝客を誘惑して連れてくると、茶や菓子を出してもてなした。
「茶菓子でも食べてくつろいでくれ。美味い団子が……」
「ああ、氷藍殿は余計な事はせずに、お客人のお相手を願います。菓子はこちらで用意します故」
 片倉小十朗は笑顔で、手を出すなと氷藍に宣言した。氷藍に任せておいたら、団子ばかりのラインナップになりかねない。だから氷藍には客の相手だけを任せて、菓子は自分でバランス良く用意してふるまう。
「団子は桜に似合いの菓子だと思うが……」
「勿論それも存じておりますよ。菓子から団子を排除しようというものではございません」
 そればかりになるのを防ぎたいだけだ、と言いながら小十朗は桜花を見上げた。
「団子に似合いかどうかは別として……ここでも桜の花というのは縁起物と扱われているのですね。いや、これは奇遇ですし喜ばしいものですな」
「パラミタと地球とは似通った部分も多いからな。桜も尊ばれるのだろう」
「桜の色には人の心を落ち着ける効果があると言われていますが、これを見た客人が少しでも穏やかな、幸福な春を送ることが出来れば良いのですが……」
 それが福の神の仕事なんでしょうね、と小十朗は布紅のいる社を見やった。
 
 
「今日が一番の見頃だな」
 境内の桜を見上げる瀬乃 和深(せの・かずみ)に、上守 流(かみもり・ながれ)は幾分ぎこちなく頷く。
「そうですね……」
「どうかしたのか? 人混みにでも酔ったか?」
 和深に心配そうに顔を覗き込まれ、流は慌てて首を振った。
「な、なんでもありません」
 和深の顔から逸らした視線が、花換えまつりの看板に留まり、流の鼓動は一層速まる。
 花換えまつりは男女が桜の小枝を交換して、想いを伝え合ったのが始まりだと聞く。
 そのお祭りに誘ってくれたということは、もしかしたら和深は……。
 こっそりと和深の横顔を窺って見るけれど、そこにあるのは普段と変わりない表情だ。
 気もそぞろに参拝を終えて、さてどうしようかと思っているところに、巫女の神威由乃羽の声がかけられた。
「ようお参り下さいました。桜の授与はあちらになります」
「あそこで桜の小枝を買って、交換すれば良いんだったな。流、行こう」
 由乃羽に教えられた授与所に向かう和深の後を、流もついていった。
 授与所の巫女から花換えの小枝を授かると、
「流。花換えましょう、だ」
 和深は迷いも無く、流の方に小枝を寄越す。
「花換えましょう……」
 流は真っ赤になりながら和深と小枝を交換した。こんな風に告白してくれるだなんて……と恥ずかしさと嬉しさを噛みしめている、と。
「花換えましょう」
 流と交換した枝を、和深は今度は五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)の前に出した。
「ああ。多くの福が宿りますように」
 東雲は手にしていた小枝にそう願うと、和深と交換した。
「そっちも願いが叶うといいな。さて次は、っと」
 和深はもう次の交換相手を探して、どんどん行ってしまう。どうやら和深がしたかったのは、ただ1人の人と想いを交わすことではなく、福を求めて多くの人と枝を交換しあう方のようだ。
 流は自分の勘違いに苦笑すると、和深と交換した枝を大切に懐にしまってから、和深の後を追いかけて行った。
「花換えましょう」
「お、ええのか? 花換えましょう」
 瀬山裕輝は礼を言って和深と小枝を交換した。そして、また別の相手見付けて走ってゆく。
 その背を見送ると、裕輝は小枝を交換している人々を見渡した。
「皆、幸せ一杯やな」
 花換えをしている皆は、誰もが楽しそうに見える。
「けど絶対に……おる。確実におる」
 幸せ一杯の中でそれを妬む者が、と裕輝は期待する。
 光あるところに闇あり。
 周囲が幸せそうであればあるほど、そうでない人はそれを妬むものだ。
(妬み隊が増えますように、妬み隊のメンバーが増えますように、妬み隊の……)
 どこかにいるに違いないと信じているその者と巡り会えるようにと、裕輝は小枝をどんどん交換していった。
 
「早速交換したんだね」
 桜の小枝を授かってすぐ、和深と交換を済ませた東雲をリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)は面白そうな目で眺める。
「小枝を交換するほど福が宿る神事……そんなのがあったんだねぇ。ボク、全然こっちの記憶がないからなぁ」
 自分の保持している中には花換えをする祭りの企画は無い、と首を傾げるリキュカリアに東雲が言う。
「パラミタの神事ではないと思うよ。地球のものがこちらに持ち込まれたのかな」
「どうなんだろう。でも、凄く良い祭りだよね。知らない人とだって交流しあえるし」
 福を集めた枝を東雲に渡すことも出来るし、とリキュカリアは声には出さずに付け加える。
 リキュカリアが小枝にこめる願いは、脆い身体のせいで色んなことを諦めてきた東雲が、自分のしたいことを見付けて、それを実行し続けてくれること。いままで諦めていたものを取り戻してくれること。そして……生きてくれること。
(結構多いよねー)
 さすがに交換の時にこめるには長いからそれらを全部ひっくるめて、東雲に福が宿るようにと願いをかける。
 東雲の方は花換えまつりについて聞いた話を思い出しながら、周囲にいる人々に目をやった。
「誰かと交換するほど福が宿るってことらしいから、たぶん多くの人が交換し合うことを望むんだよね」
 走り回って競うように枝を交換している子供たち。遠慮がちに見知らぬ人に声をかけている人がいるかと思えば、交換をきっかけに会話を弾ませている人たちもいて。
 皆、幸福を求めて枝を交換するのだろう。未来の自分、未来の誰かのために。
 そこまで考えて、東雲は自分はどうなのだろうと思う。
 未来のことなんて考えたこともなかったし、今も良く分からない。
(未来……。明日の用事は何かあったかなぁ、って考えるのとは違うんだよね? 今は、契約してくれたリキュカリアの為にも、出来るだけ長生きしようっていうのが目標だけど……)
 契約するまでは未来などないと思って生きてきたから、未来を生きる自分が東雲には想像出来ない。
 こんなことを口に出したら怒るだろうとリキュカリアを窺って、ふと思う。
(リキュカリアの望みって、何なんだろう。彼女の幸福ってなんだろう……)
 それが何かを東雲は知らないが、叶って欲しい。
 リキュカリアやたくさんの人の願いがより多く叶うよう、東雲は小枝に願う。
「小枝の交換してる人〜、福娘はこっちだよっ」
 千早に金の烏帽子といういでたちで、秋月葵が大きく手を振っている。
「あ、そうだった。リキュカリア、福娘と枝を交換しに行こうか」
「うん。福娘と交換したら御利益ありそうだよね」
 東雲とリキュカリアは急ぎ足に福娘の待機しているところへ行くと、早速小枝を差しだした。
「花換えましょう」
 東雲の出した枝は、
「花換えましょう♪」
 葵が元気な笑顔で受け取り、代わりに自分の持っていた小枝を東雲に渡した。
「じゃあ……花換えましょう」
 東雲の交換の様子を眺めた後、リキュカリアも福娘へと小枝を出した。
 それを柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)が微笑みながら受け取る。
「花換えいたしましょう。あなたに福が訪れますように」
 美鈴は手にしていた小枝にそう祈ると、リキュカリアに差しだした。
「ありがとう」
 礼を言っている間にも、また別の参拝客がやってきて小枝を……さっき東雲とリキュカリアが渡した小枝と自分の小枝を交換してゆく。それはまた別の人の手へと渡り、人々の手を経て運ばれてゆく。
 たくさんの福を積み重ねながら。
 
 
 福神社を訪れる人はそれほど多くは無い。
 その分トラブルも少なく済んではいるけれど、参加する人が積極的に交換に動く祭りの性質上、避けられないのは迷子だ。
「パパママとはぐれちゃったですか?」
 べそをかきながらさまよっている子供を見付けて、巫女役のヴァーナーは声をかけた。
「うん……」
 子供が頷くと、その動きで涙がこぼれる。
「泣かなくてだいじょうぶですよ。ボクがいっしょにさがしてあげるです! そしたらすぐに見つかるです♪」
 ヴァーナーは子供の頭を撫でて安心させると、手をつないだ。
「パパとママのお名前を教えてくださいです。何色のお洋服を着てるですか?」
 子供から両親の情報を聞き出しながら、ヴァーナーは境内をきょろきょろしながら歩き回った。
 両親とはぐれて不安いっぱいだった子供も、ヴァーナーが明るく話をするうちに安心したらしい。涙は止まり、笑顔も見られるようになってくる。
「あそこにいるのがパパママではないですか?」
 子供から聞き出した外見と一致する男女が、しきりに周囲を見回しているのをヴァーナーはみつけた。子供に確認してみると、目を大きく見開いて頷く。
「みつかってよかったです♪ これからははぐれないように、ちゃんと手をつないでてくださいです〜」
 楽しいお祭りを過ごしてくださいと、ヴァーナーは迷子をしっかりと両親に引き渡した。
 
「はい、あちらで授かった桜の小枝を交換すればするほど、福が宿ると言われています。どうぞ『花換えましょう』とお声をかけて、多くの方と小枝を交換下さいませ」
 参拝客の質問に答えている由乃羽の姿を、如月佑也は物陰からこっそりと窺っていた。
 真面目に手伝いしてくれるのかと心配して見張っていたのだが、由乃羽は思った以上によく働いている。
 普段の面倒臭そうな言動が嘘のような、巫女らしい清楚な立ち振る舞い。参拝客へも丁寧な対応をしているし、表情も柔らかい笑顔を常に浮かべていて、いつもの仏頂面からは想像もつかない巫女らしさだ。
(今の由乃羽は完全に巫女さんだ……うわ、こっちに来る!)
 どうやら見つかってしまったらしい。由乃羽はまっすぐに佑也のところにやってきた。
 何を言われるか戦々恐々としていると、由乃羽は穏やかに尋ねてきた。
「私でよければ花換えしましょうか?」
 いつもは『あたし』と言っているのに、人称まで変えている。
「……お前ホントに巫女だったんだな」
「……今まで何だと思ってたのよ」
 しみじみした佑也の呟きに、由乃羽はいつもの口調に戻ってつっこんだ。
「しかしさすがだな。素人には負けてられないって事かな?」
「巫女として手伝うんならそれ相応の態度を取るのが礼儀でしょ。それに……」
 由乃羽は布紅のいる社を振り返った。
 由乃羽が巫女をしている神社の宮司に、『神様は適当にしか助けてくれないから、人は人の手で救わなきゃいけない』と教えて貰ったことがある。けれど、人の為に頑張ってくれる神様も存在すること由乃羽はここで知った。
 けれどそのことを口には出さず、由乃羽は佑也を福神社の社へと手で促した。
「今日はここの神様にお賽銭入れてちょうだい。あたしが手伝う分、奮発してよね」