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花換えましょう

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花換えましょう
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 ■ みんなに福が宿りますように ■
 
 
 
 空京神社の本社でも、その隅っこにある福神社でも、楽しげな声が飛び交う。
「花換えましょう」
 手から手へ。
 人から人へ。
 渡るたびに福を宿すと言われているから、見知らぬ人にも声をかけ、小枝を交換し合う。
 最初はおどおどと声をかけていた人も、そのうち普通に呼びかけられるようになってゆく。
「花換えましょう」
 こうして交わすひとときが、より福を増幅するようにと。
 
 
「ウィルちゃん、ロザリアちゃん、はぐれずについて来てますですか〜?」
 元気に振り返る広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)に、ウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)が笑いながら答える。
「はい、大丈夫ですよ。ボクもロザリアさん……ロザリアもちゃんといますから」
 さん付けしそうになり、ウィルヘルミーナは慌てて言い直した。ロザリアーネ・アイヴァンホー(ろざりあーね・あいばんほー)はウィルヘルミーナがさん付けすると途端にすねてしまう。普段呼び捨てで人を呼ぶことがないから違和感はあるけれど、そんなにさん付けが嫌ならと、ウィルヘルミーナはロザリアーネだけは呼び捨てにするようにしているのだ。
「ファイ、頑張ってるわねー」
 ロザリアーネはそんなウィルヘルミーナの内心には気付かず、ファイリアのはしゃぐ様子を見ていた。嬉しさを隠さないファイリアは可愛くて、つい笑みを誘われる。
「まずお参りして、それから……枝はどこで売ってますですか?」
 交換用の小枝を探して見回すファイリアの動きに気付いて、巫女の神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)がすっと近づき案内をする。
「あちらの授与所で花換えの小枝を授与していますわ」
 夕菜の指す方向をファイリアは確かめた。
「あのテントのところに行けば枝を貰えるですね。それを他の人と交換すれば良いですか〜?」
「はい。その後はこのお祭りの由来にちなんでただ1人の方と小枝を交わしても良いですし、そうでなければ多くの方々と交換するのですわ。交換すればするほど福が宿ると言われていますから、きっとここの……福の神様がたくさん福を下さいます」
 夕菜はそう言って社を振り返った。あの中で布紅が参拝客の福を祈っているはずだ。皆が小枝を交換している中、布紅が独りでいるのかと思うと気になるけれど……今は巫女の仕事をしなければと、夕菜はすぐに意識をファイリア達へと戻した。
「授与所のすぐ隣に福娘がいますから、まずはそこで交換してみてはいかがでしょう? きっと皆様に福をもたらしてくれますわ」
「みんなと交換すればするほど、いっぱいの人がたくさん幸せになれますですねっ。ファイ、頑張ってみんなを幸せにしますですー!」
 ファイリアは大きく頷くと、授与所へと走っていった。
「桜の小枝を3人分下さいです!」
「ようお参りくださいました」
 巫女服を着たノルンが、丁寧に頭を下げる。その拍子にぐらっと傾いた身体を、横に控えていた神代明日香がさっと支えた。
「ノルンちゃん、あんまり大きく動くと危ないですよ〜」
 背が小さいノルンは桜の小枝を渡すのに具合が悪いからと、明日香が用意してきた踏み台に乗っている。そのお陰で小枝の授与に支障は無くなったのだけれど、狭い踏み台の上ではバランスを取るのが大変だ。
「大丈夫ですか〜?」
 ファイリアに心配され、ノルンは懸命に背筋を伸ばす。
「何ともありません。まだ成長過程なだけです。すぐに大きくなります」
 そして捧げ持った小枝をファイリアに渡した。そこにすかさず明日香が次の枝を渡し、ノルンはウィルヘルミーナ、ロザリアーネ、と順に桜の小枝を授与していった。
「あら偉いのね。お姉ちゃんのお手伝い?」
 次にやってきた参拝客からノルンに掛けられた声に、明日香は内心どきりとする。子供扱いされるのをとても嫌がるノルンがどう反応するかと窺っていたが、ノルンは笑顔で受け流して小枝を授けた。
(これが場をわきまえた大人の対応です、えっへん)
 踏み台に乗ってのお手伝いは神経もすり減るけれど、神様の手伝いだなんて光栄だし、困った人がいれば手伝うのにやぶさかではない。
 ちょっと胸を反らしすぎてまた踏み台の上でよろめいてしまったけれど、ノルンは何事もなかったかのように、けれどどこか得意げに小枝の授与を続けるのだった。
 
 小枝を手にしたファイリアの方は、今度は福娘の元へと向かう。
 巫女服の上に千早と金の烏帽子をつけた姿は、春の浮き立つような祭りに似合いの華やかさだ。
「あ……向こうを手伝ってきます」
 それまで福娘をしている白雪牡丹の近くで手伝っていた椿は、難渋している車椅子の参拝客を見付け、そちらに行こうとする。
「え、あ、つ、椿っ」
「すぐに戻りますから頑張って下さいね牡丹」
 椿がいなくなるのは不安だけれど、そう言って頭を撫でられたらここにいて欲しいとは言い難く。
「あう……は、はい……」
 仕方なく牡丹は頷いて、椿を見送った。
 そこにファイリアがやってきて桜の小枝を差し出す。
「福娘さんにも、幸せが訪れますように〜。頑張ってくださいです〜♪」
「は、はい、ありがとうございます。ど、どうぞ、あなたに福が訪れますように……っ」
 ファイリアの笑顔に励まされるように、牡丹はぺこっと頭を下げて小枝を交換した。
 ウィルヘルミーナもファイリアにならって、
「あなたにも、ささやかでも幸せが来ますように」
 と声をかけて福娘の柊美鈴に枝を差し出した。
「花換えいたしましょう。あなたに福が訪れますように」
 美鈴が微笑みながら交換した枝を手に、ウィルヘルミーナはロザリアーネに場所を譲ったが、ロザリアーネはあたしは遠慮しておくよと、福娘とは交換をせずに一般の人の方へと向かい。
(お母さまをこの時間では絶対に死なせない。守り抜いて見せるんだ。あたしの願いはそれだけ)
 しっかりと小枝に願掛けをして、
「どれだけの、何の想いをこめているのか想像できないけど、願いが叶うように応援するわ。頑張って」
 相手へエールを贈りながら花換えをする。
 ウィルヘルミーナはそんなロザリアーネとファイリアの幸せを願いながら、ファイリアは参加者の人たちに幸せがいっぱい宿るようにと願いをこめて、小枝を交換してゆく。
「頑張って、どんどん幸せこめて、みんな幸せになりましょうです!」
 手作り感溢れる桜の小枝に、幸せへの願いをたくさんのせて。
 
 
 
 桜の下をどこか浮かれた様子で歩く人々を高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は一渡り眺めた。
「春……か」
 薄曇りの空。満開の桜。
 重いコートを脱いで軽やかな足取りになった人々。
 優しくなった風。
 どれも、よく知る春の情景だ。
「巷じゃ世界が滅ぶとか言ってるけども、あんまり変わってる気はしねーなぁ」
 思わず呟くと、隣で桜を見上げていた関谷 未憂(せきや・みゆう)が顔を向ける。
「高崎先輩? 何か言いました?」
「いや、別に。ま、平和なことは良いことかねぇ」
 せっかく神社まで出てきたことだし、今日はこの平和な雰囲気を味わってみても良いだろうと、悠司は未憂と共に境内をぶらついた。
「桜を見ると春が来たなあって思うのは、日本生まれの日本育ちだからなんでしょうね」
 寒さがゆるんで来て、桜が咲いて。空気まで色づいているようだと未憂は深呼吸した。
「とりあえず、てきとーに出店で食い物とか飲み物とか買っとくか」
 悠司の方は花より団子、というよりは、こういう行事で売っているものは買っておかなければと出店を覗く。いつでもその店に行けば食べられるものと違い、出店は限定物みたいなものだから、少しでも興味を持った物は買っておかないと損をした気分になる。あの時買っておけば、と思っても、出店は行事が終われば片づけられてもう二度と巡りあえないかも知れないのだから。
 悠司の意識が桜から出店に移ったのを見てとって、未憂もそちらに目を向ける。
「せっかくだから食べていきましょうか。あ、桜餅2つ下さーい」
「ありがとう。手作りだから少し形は揃ってないけど、美味しく出来たと思うの」
 桜餅を売り歩いていたエレノアが、紙皿に桜餅を2つ載せて未憂に渡す。
「手作りなんですか。美味しそうですね。桜の下で桜餅って贅沢な気がします」
 嬉しそうに桜餅を受け取る未憂の後ろでは、悠司が出店の大人買い。
「うし、オッサン。売ってんの全部1つずつくれ」
 両手いっぱいに食べ物を買い込んで、まずは喉が渇いたから飲み物を一口……と口に含もうとするのを、未憂にひょいと取り上げられた。
「先輩、まだ未成年でしょう」
「あん? ちょ、叩くなよ」
「未成年ですよねっ」
 ばしばしばし。未憂に叩かれて、悠司はやっと気が付く。
「あー、それ酒か。別に酒が飲みたかったわけじゃねーから良いけど……」
 ただ単に全部買ったらその中に酒が交ざっていただけだから……と悠司は辺りを見回すと、目に付いた巫女を呼び止めた。
「水か何かもらえるかい?」
「えっ、は、はい、いえ……お水、ですか?」
 急に声をかけられて、巫女……皆川陽は焦りながら振り向いた。
「和菓子を買ったので、何か飲むものが欲しいんです」
 お酒以外で、と未憂が言うと、陽は状況を呑み込んで頷いた。
「お茶を出してる人がいるから持ってくる……持ってきます」
 巫女らしく丁寧に、と言い直すと陽は柳玄氷藍と片倉小十朗が接待をしているところに行って、茶を2人分貰ってきた。
「お待たせしました」
 薔薇の学舎で働いている人達の動作を思い出しながら、陽は茶を渡す。巫女としては恭しすぎる感はあるけれど、懸命な陽の様子と相まって初々しさを醸し出している。
「ありがとうございます。あ、それとお祭りのこと教えてもらってもいいですか?」
 花換えまつりに参加するのは初めてで、という未憂に陽は急ごしらえの授与所を手で示した。
「あのテントのところで巫女さんが桜の小枝の授与をしてます。その小枝を福娘さんとか、えっと、他にお祭りに来ている人とかと交換する、っていうお祭りなんです」
「祭りに来てる人かー。俺とも誰か交換してくれっかな?」
 悠司に聞かれ、陽は頷く。
「はいあの……交換すればするほど福が宿ると言われてるので、その……たくさん交換するのが良いんです。だからきっと、みんな交換に応じてくれると思います。あ、でもただ1人の人と交換するというのもあって……それは……」
 陽はしどろもどろになりながら説明した。祭りの謂われや内容は頭に入っているのだけれど、人に説明しようとすると何をどう話したら分かり易いのか迷ってしまう。
 誰かに説明を任せてしまいたい気分だけれど、それでは自分は変われない。頑張ると決めたのだからと、陽はごちゃごちゃになりかかる頭を必死に動かして、花換えまつりの説明をする。
 ……そんな陽を、テディは少し離れたところからハラハラと見守っていた。
 花見をしているふりをして境内を歩き回りながらもずっと、テディは意識をずっと陽に向け続けているのだ。たまに桜の樹にぶつかったりもするけれど、それも大事な主の為なら痛くない、痛くない。
「……ちょろちょろウザいんだよ!」
 背後からののしられテディが振り返った先には、両手を腰に当てた巫女がいた。女装大得意のユウだから、巫女姿は堂に入っているけれど、テディに対する態度はまったく巫女らしくない。
「従者である僕が大切な主君を見守るのをうざい言うな! そもそも、僕が助けるのは駄目とか禁止しやがるから悪いんだろ!」
 陽の傍から遠ざけられ、むかっ腹がたっているテディはユウに食ってかかった。
「そもそもパートナーは僕だけで十分なんだよ2人でラブラブと幸せに暮らす予定なんだよ後から突然やってきて一体なんだよ偉そうにすんなよ男のくせに女装すんなよ」
 そこまで猛スピードの一息で言い切ると、でも、とテディは相好を崩す。
「主は超ウルトラスーパー可愛いから、女装大歓迎エへへへへ」
「この……駄目男!」
 腹の底からユウはテディに怒声を浴びせた。
「オマエが駄目パートナーを甘やかすから、自分では何もやらずに駄目男がどんどん駄目になっていくんだよ! パートナーを駄目にしか出来ないオマエも駄目男なんだよ!」
 何のためにオレが、と言いかけたのをぐっと呑み込み、ユウはテディを睨みつけたけれど。
「こうしてる間も主は働いて……そうだ。後でお茶持っていってあげよっと! さりげなく差し入れを装っちゃうもんね。そしたら僕の株、上がりまくりだもんね!」
 テディは目の前で怒鳴っているユウを通り過ごして、巫女姿の陽の様子に一喜一憂しているばかりなのだった。
 
 陽から花換えの仕方を聞いた悠司と未憂は、さっそく小枝を手に入れて福娘のところへ行った。
「へー、何かおもしれー恰好してんのな。福を運んでくれんのかい?」
「面白……仕方ないでしょ、この衣装を着るのが決まりだって言うんだから」
 思わず悠司に言い返してしまってから、青い鳥ははっと手で口を押さえた。
 いけないいけない。今日は福娘として手伝っているのだから、それらしくしていないと迷惑をかけてしまう。
「福娘お疲れさま。その衣装、似合ってますよ」
 横から未憂にフォローを入れられて、青い鳥は余計に赤くなった。
「さあ、きちんと福娘のお仕事をして下さいな」
 出雲阿国に促され、青い鳥は気を取り直して小枝を捧げ持つ。
「花換えましょう」
「ほいよー、って、何だぁ?」
 小枝を渡そうとした悠司は、枝ごと手を青い鳥の両手にきゅっと包み込まれて仰天した。
「わ、私だって恥ずかしいの我慢してるんだから……」
 でもこうするものだと聞いたから、という青い鳥の横で、阿国が肩を揺らして笑いを堪えている。
「手はぎゅっとしなくてもいいと思いますよ。私は普通でいいですから」
 未憂は青い鳥と普通に小枝を交換すると、いざ、と積極的に交換に出掛けていった。
 健康でありますように。ケガとかしませんように。
 その願いを小枝にこめて、なるべくたくさんの人と枝を交換してもらう。
 悠司の方は、平穏な日常が続きますように、との願いをかける。悠司自身にとっては退屈な願いだし、ありえないとも思うけれど、未憂はきっとそういうのを大事にするだろうから。
 行き会う人すべてに声をかける勢いで、悠司は小枝を交換しまくった。
 時間いっぱい交換した後、悠司は最後に未憂に桜の小枝を差しだした。
「花換えましょう……ってな」
「はい。花換えましょう」
 2人の間で平穏を祈る小枝と、無事を祈る小枝が交わされる。
 日々様々なことが起きているパラミタだけれど、こんな春の穏やかな時間がこれからも壊れずに続くようにと――。
 
 
 
 小枝を交換しに来る人は皆、願いを胸に抱いてくる。
 水原ゆかりはその1人1人の顔をきちんと見て、その人の元に幸福が訪れるようにと願った。
「あなたの元に心から幸せと思える福が訪れますように」
 シャンバラ国軍中尉という立場上、自分の手は決してきれいなものではない……とゆかりは思う。
 花換えの神事に福娘として参加したからといって、それが浄化されるわけでは決してない。
 けれども軍人であっても誰かの幸せを願うものだ。また、自分自身も含めてその幸福を護りたいという気持ちがなければ、自分達はただの殺戮機械になり下がってしまうだろう。
 甘いかな、と思うし、多分そうなのだとも思う。けれど自分がこうして福娘として人々の幸福を願う気持ちは、紛れもなく本心からきたものだ。
 だからゆかりは穏やかな気持ちで、相手の幸せを祈りつつ小枝を交換する。
 どんなにささやかでも良いから、この祭りに参加した人すべてに幸せが来てくれるようにと願って。
 
「あれは……」
 花換えまつりにやってきたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、福娘の中にパートナーのゆかりを見付けて驚いた。
 今日は出掛けると聞いてはいたが、まさかここで福娘をしているとは知らなかった。
 どうしようか、と思ったけれど、交換するならやはりゆかりとしたい。
「花換えましょう」
 思い切って小枝を差し出すと、ゆかりは一瞬目を見開いた後、微笑んで枝を交換してくれた。
 行き会う人と小枝を交換しながら、マリエッタは今自分が恋をしている人のことを想う。
 ……その人が傷ついているのを慰めているうちに、マリエッタはその人のことが愛おしくなった。けれどもその人には好きな人がいて……彼女はマリエッタに抱かれている間も、泣きながらその人の名前を呼んでいた。
 どんなに想いを寄せても、決してその人には届かない。決して報われない辛い恋をしていて……だからマリエッタに出来ることは、その人がささやかでも幸せになってくれるようにと願うことだけだ。
(せめてそれくらいは……そう想うことぐらい、許してくれるわよね)
 マリエッタは自分自身の幸福ではなく、ただひたすらその人の幸せを願って小枝を交換してゆくのだった。