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第12章 恋は椅子取りゲーム

 ハルカの様子がおかしい。

 それは既に、この飛空艇に戻って来た頃には、近しい者達は気付いていて、ヨシュアと共に宴会の準備をしていたブルーズなどは、それを手伝っていたハルカのそわそわにつられたようにそわそわし始め、パートナーの黒崎天音の失笑を買っていた。

 オリヴィエは来客の対応をしていて、ハルカは飛空艇の甲板から外を見ていた。
 飛空艇に寄り掛かって座り込んでいる巨人は、二日酔いで若干具合が悪そうだ。
 いつも午後には回復するから大丈夫、と言っていたそうだが、あそこまで深酒できることも滅多にないという。

「ハルカさん、此処でしたか」
 ソア・ウェンボリスと雪国ベアの声に、振り返る。
「そあさん」
 樹月刀真のパートナー、剣の花嫁の漆髪月夜が、ぎゅっと背後からハルカを抱きしめて訊ねた。
「ハルカ、どうしたの?」
「つくよさん……」
「何だか様子が変」
 えーと、とハルカは言い淀んだ。
「何でもないのです」
「嘘でしょう」
 言われて、ハルカは困る。

「やっぱり、博士のことが心配?」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)が訊ねた。
「…………」
「いいかハルカ!」
 リネンのパートナー、ヴァルキリーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が迫った。
「悩んでる暇があったら行動だ! 行動だぞ!?
 早けりゃ早いほどいい。遅れるな!」
「でも」
「オレは、全力でハルカの恋を応援するぜ!」
「こい?」
「そうだ!
 いいか、オレの経験論を言ってやる。
 恋は椅子取りゲームだ!
 悩んでる間にも、博士に誰かが告白しちまうかもしれねーし、されちまうかもしれないんだぞ!?」
「……妙に実感がこもってる」
 ぽつ、と月夜が呟いた。
 はあ、とリネンが嘆息する。
「……そうだよ、変に遠慮してると……
 ……変に遠慮してないで告っておきゃあ…………うわーん!!」
「どうどうどう。
 また次に、いい恋と巡りあうこともあるってもんよ」
 泣き出したフェイミィを、ベアが慰める。
「てめぇ、気持ちがこもってねえ!」
「いや、なあ……」
 ――何を隠そう、フェイミィの想い人は、リネンである。
 しかし、リネンに別な想い人ができたことで、片想いのまま、告白する前に玉砕してしまった。
 リネンが幸せになればいいと心から思っているが、リネンの傍にいられれば十分だと思っているが、けれど簡単に割り切れるほどの想いでもないのだ。

「……余計な部分も多かったけど」
 改めて、リネンが言った。
「悩んで言えずじまいだと、後悔するかもしれないわよ。
 言える時に言っておかないと……」
「告るにはやっぱ、二人っきりの方がいいか?」
 懲りないフェイミィが、そう付け加えて、ハルカは首を傾げた。
「……ハルカは、はかせに恋してるのですか?」
「……違うのか?」
 フェイミィはきょとんとする。
「ハルカと博士は、恋っていう関係じゃない気がするが……」
 ベアが苦笑する。
 むしろ親子だろう。それも違う気がするが。
「でも、好きなんだろ?」
「好きなのです」
「ラブじゃねーの?」
「ラブなのですか?」
「埒があかない。
 ハルカ、博士に言いたいこと、あるんでしょう?」
 月夜が、フェイミィの台詞分を省いて、リネンの台詞まで遡る。
「…………でも、それは、もう、ずっと前に言ってるのです」
 ハルカは俯いた。
「でも、だめだったのです」
「あ、ひょっとして!」
 ベアが気がついた。
「ひょっとして、契約?」
 リネンも思い付く。
 以前、ハルカはオリヴィエに契約を申し出たことがあった。
 けれどその時は断られたのだ。
 自分は、誰とも契約するつもりはない、と。

「……もう、はかせの心配ごとがなくなったのなら、って、思ったのです、けど……」
 契約する気が無いと知っているのに、一度断られたものを、しつこく誘うことは、気を悪くさせるだけかもしれない。
 それでハルカは躊躇っていたのだった。
「全く、博士にも困ったもんだな! ハルカ泣かすしよ!」
 やれやれとベアは言う。
「……それでも、言ってみた方が、いいと思う」
 リネンが、そう、ハルカの背を押す。
「行ってみましょうか、オリヴィエ博士のところ」
 でも、と、ハルカは珍しく、二の足を踏んだ。

「……今にして思えば、博士がハルカさんとの契約の話を断ったのは、五千年分抱えてしまったものを、ハルカさんにまで背負わせるわけにはいかないと思ったからかもしれませんね」
 ソアが言った。
 それでも、今回の事件が終わって、彼が生きていてくれて、本当に嬉しいと思う。
 いつも呑気な博士と、その助手であるヨシュア、ハルカが一緒にいる空間が好きだった。
 博士の、さりげない優しさも。
「大丈夫。今の気持ちを、博士に伝えましょう?
 一人では言い辛いなら、私もついて行きますので!」
 それでも結局、ハルカは首を縦には振らなかった。

 要するに、ハルカじゃなくて、博士の方を説得しないといけないんだわ、と月夜は思う。
 その足で、パートナーの刀真のところへ向かった。


 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)とパートナーのヴァルキリー、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)がオリヴィエ博士の元を訪れた時、そこには異様な光景が広がっていた。

 目の座った蒼空学園アイドル、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、オリヴィエの側で、黙々とドーナツを食べ続けているのだった。

「な、何してるの?」
「監視」
 動揺する佳奈子の問いに、美羽は答えた。
「監視?」
「リコに頼んで、僕達が、博士の監視役をしてるんだ」
 美羽のパートナー、ヴァルキリーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、苦笑しつつ説明する。
 オリヴィエの罪を、何とか少しでも軽くしたい、とコハクは考えていた。

 理子への報告書は、既に提出している。
 女王殺害が狂言だというのは事実で、今後彼等に反抗する様子は無い、ということ。
 そして、彼がかつて、パラミタの滅亡を目論んだ存在の討伐や、闇龍の封印にも貢献していることで、恩赦の余地があると思われる、とも伝えた。
 特に、神子捜索に関しては、有力な情報や女王器の提供など、彼による貢献は大きかったのだ。

「そうよね。
 思うところあっての未遂事件だし、恩赦が出ればいいんだけど」
 佳奈子もそう思う。
「騒ぎを起こした償いはしなきゃいけないとは思うけど、それは、王国の為にしっかり働くとか、そんな感じがいいと思うな」
「でも、それはそれこれはこれ」
 と、美羽はオリヴィエを睨みつけた。
 正直、今回の事件そのものに関しては、美羽はそれほどオリヴィエに対して怒りはない。
 女王殺害が本気じゃないことは最初から解っていたし、やっぱりそうだったか、という感じしかなかった。
 勿論、多方面に迷惑をかけたことや、イコンを大量に破壊したことに関しては、働いて弁償すべきと思っている。
 請求額分は、全額返済したというオリヴィエに、
「働いて返すことが大切なの!」
と言った美羽だが、許せないことがひとつだけあった。

 ハルカに、まだ謝っていない、ということだ。

 彼のせいでハルカが巻き込まれ、死にかけたことを、一言謝るまで、博士を間近で監視しながら、ドーナツをヤケ食いしているのである。
「太るよ」
「そんなこと言ってうやむやにさせようとしても無駄なんだからっ!
 ちゃんとハルカに謝るまで、絶対に許さないんだからね!」
「えーと、博士、ハルカちゃんとあの後、なかなか会って話をする機会もなかったんじゃないかな」
 佳奈子は、さりげなくオリヴィエをフォローしつつ、苦笑した。
「今回の騒ぎで、人の出入りも多いし、二人がゆっくり話でも出来るように、場所をセッティングしてあげたらどうかな」
「そうね。二人とも、言いたいことが言えないでいるようなら、可哀想だわ」
 エレノアも言う。
「謝るくらい、できるじゃない。
 一緒に住んでるんだから、二人きりになれる機会なんて幾らでもあるだろうし」
 むう、と美羽は頬を膨らます。
「はーかーせ」
「解った、解りました」
 オリヴィエは、苦笑しながら、降参した。
「これ以上、君の体重を増やすのは忍びないし」
「増えないもん。
 体はしっかり動かしてるんだから」
 とにもかくにも、約束をさせた。あとはそれを見届けるだけだ。