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第17章 梟雄と書いて変態と読む

 粗方の事後処理が済んだ後、非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は、気になっていたことを理子に訊ねた。
「巨人の持っていた剣は、結局どうなったのです?」
「あれね……」
 理子は忌々しげに、大袈裟に溜め息を吐く。
「あれ、旧時代にあの巨人の一族で、対イコン兵器として作られたもの、らしいんだけど」
「けど?」
 パートナーの魔女、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)が首を傾げる。
「研究機関に回そうとしたらあの巨人、
『そんなことに使われるくらいなら叩き折る、と言いたいところだが、敗者には何を言う資格もないな』
 とか、嫌味言うのよ! やりにくいじゃないっ!」
「……矜持、ということか」
 ヴァルキリーのイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)の言葉に、きっ、と睨みつける。
「あまつさえ、
『お前達は、イコンの技術を復活させて、まだ僅か数年なのだろう。
 それで、旧時代のイコン戦を経験した我が一族に勝とうなどと、考えが甘い』
 みたいなことを言ってて、でも詳しい年齢を訊いたら、3500歳位だって言うじゃない!」
「……それは、旧時代を過ぎて、シャンバラが滅びた後で生まれた、ということでございますか」
 剣の花嫁、アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が唖然として言うと、そうよ! と理子は握り拳に力を込めた。
「自分だって本当は、全盛期を知らなかったくせして、偉そうに――!
 あいつ、あの戦いの時は無口っぽかったけど、実は饒舌な奴だったのよ! 嫌味言いまくりよ!」
「……まあ、でも、それはそれで、一族の形見、という扱いなのかもしれませんね」
 じたばたと文句言いまくりの理子に、一応、近遠はそうフォローを入れてみる。
 はー、と、理子は気を鎮めるように息を吐いた。
「ま、そんな訳で、今あの剣については保留になってるわ。倉庫に保管されてる。
 その内誰かが、何かいい案出してくれるんじゃないかしら」
「投げやりですね」
 苦笑した近遠に、理子も肩を竦めた。
「まあ、あたしが全部を決定するわけじゃないし。良案待ちってとこね」


「重罰は望まないと解っていますが、無罪放免は甘いと言っておきますよ」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)の言葉に、理子はうん、と頷いて苦笑した。
「でも実は、それ以上に甘いと言われそうな判決が出たんだけど……」
「例え殺意が無くても、女王への攻撃は民全体の攻撃であり、王国債権の礎となった方々への冒涜。
 極めて重い行為です。
 軽い処分は、国に尽くす方々を蔑ろにする意思を、非公式にでも女王が示すことになってしまいます」
「…………」
「博士って、肩書きは機工士なんだって?
 なら、転職の刑にすればいいと思うわ」
「何だ、それ?」
 二人の会話に、パートナーのアリス、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)がそう言って、陽一は不思議そうに訊き返した。
 美由子はふふふ、と笑う。
「梟雄と書いて変態と読む、マゾマゾクラスがあるのよ……」
 ぎくり、と陽一は顔を引きつらせた。
「女王殺害という大罪を犯した報いを、終わることのない永遠の責め苦を受け続けることで贖うのよ! 紳士的にねっ!」
「未遂だけどね」
「バ、バカヤローッッ!!! 漸く記憶も薄れてきたのに蒸し返すなー!!
 てゆーかそれじゃ償いどころか御褒美になってるだろうが!」
 陽一の魂の叫びに、理子は首を傾げた。
「何の話?」
「いやっ! 何でもない!」
 陽一は激しく首を横に振る。
「……まあ、そういうネタ系もいいけど、頭丸めればどうかという話もあったし、でもオリヴィエ博士がマゾだって話は特に聞かないわよねえ」
「マゾに決まってるのに」
 断言する美由子に理子は苦笑した。
「とりあえず、博士の罪刑は、“監視付きで空京で強制労働”ということになったわ」
「……まあ、それが落とし所でしょうね」
 陽一は頷き、ふ、と息を吐いた。

「……俺は、君を守ることばかり考えて、気持ちまで考えてなかった」
 ごめん、と、陽一は謝った。
「いや、先生が謝ること……」
「ワガママにならなきゃ、伝わらないこともあるよな。
 君の意思に反しても、君を守りたいと思うのは、俺のワガママだ。
 でも、俺も、理子さんにワガママをぶつけて欲しかった。
 君がゴーレムに乗り込んだ時、まるで心を閉ざしてしまったように思えた」
「……」
 理子は、ごめんなさい、と呟く。
「あの時のことは全然後悔してないけど、皆に迷惑をかけて、本当に申し訳なかったって思ってる。
 皆、女王やあたしを護る為に、力を尽くしてくれてるのにね」
 あたし、もっとしっかりしなきゃね、と理子は言い、陽一は、言葉に困って俯いた。


 源 鉄心(みなもと・てっしん)は、理子が、オリヴィエ博士に言った言葉に対して、進言した。
 空京の王宮の執務室。
 理子は書類を片付け終わり、丁度休憩に入ったところだ。

「国軍なら駄目で、教導団ならいい、という発言は、不適切だったと思います」
 大事にしたくない、という意図は解るし、それ自体に言うことは無いのだが、貴重なイコンを破壊された上に挑発され、挙句代王にまで軽んじられたのでは流石に惨め過ぎる。
「うっ……」
 理子は、鉄心の言葉に何故か、気まずそうな顔をした。
「国民が攻撃を受けて、その財産に被害があった以上は、●●じゃないから大丈夫、のような発言は控えた方がよろしいかと思います」
 イコンは高価だ。それも各国の財源から賄っているはずである。
 理子はちらちらと視線を逸らしながらそれを聞いていたが、溜め息を吐いて、
「ごめんなさい」
と言った。
「今後気をつけるわ」
 実は既に、金団長に直接言い放ったということは秘密だ。まあ、彼も英照もわざわざ他言はすまい。

「でも、ニルヴァーナ探索の間も、護りが厚くなるわけですし、それは嬉しいことですね」
 鉄心のパートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が言った。
「処罰の件も、最終的にはアイシャさん自身が決断するのがいいと思います。
 勿論、色々な人に意見を聞くことも大切だと思いますけど」
「それって、許すってこと?」
 理子は笑った。
 それが言えなくて、アイシャは皆に決断を託したのだから。

「ニルヴァーナといえば!」
 ペンギン型ギフトを抱っこして近くの席に座り、鉄心の話など全く聞かずに、旬のメロンを食べていた、魔道書のイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が顔を上げた。
「……おまえ、それは理子さんへの土産だったんじゃ……」
 鉄心が呆れる。
「とっても美味しいですわ。くじらさんも食べます?」
 くじら型ギフトに、メロンを差し出す。
「ニルヴァーナといえば何?」
「そうそう、セレスお姉様は遊びに来てましたけれど、理子お姉様は来られないんですの?」
「遊びに、ね」
 理子は苦笑する。
「結構楽しいですわよ。……何もないところですけど」
「おい」
 鉄心が突っ込み、理子は笑う。
「行ってみたいけど、今回の今で、また勝手するわけにもね。
 色々怒られたばかりだし、代王二人してニルヴァーナへ遊びに行くわけにもいかないでしょ。
 暫く大人しくしてます」
 わざとらしく殊勝な表情を作りながら、理子はそう答えて笑った。
「でも、ツァンダ近くで、お祭があるんだって。
 それくらいなら、ちょっと行ってみてもいいかなーって」
「祭?」
「素朴な、小さなお祭なんだって。
 万博みたいな大々的なのもいいけど、そういうのもいいかな、って。それに……」
 理子はふと、肩を竦める。
「アイシャも、ずっと引き篭もって祈祷を続けてるから。
 直接は見せてあげられなくても、テレパシーでそういうのを伝えてあげられたらな、って思って」
 ティーは、アイシャを思ってふと目を細める。
「きっともうすぐ良い報告ができるよう、頑張ってきますね、って、伝えてください」
「わかったわ」
 理子は頷いた。