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最後の願い エピローグ

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最後の願い エピローグ

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 ふわりと青い光が立ち上り、炎のように揺らめき上がって、夜を、地祇の祭りを照らし出す。
「綺麗ですね」
 ヘリオドールは嬉しそうに、祭りの様子を見つめていた。
「踊りますか?」
「……踊ったことないんです」
 地祇達や、炎の周りを囲む者達は、皆、思い思いに踊っていて、決まった型などなかったが、ヘリオドールは躊躇するように一条アリーセに言った。
「そうですね。見ているだけでも、充分楽しいです。
 少し歩きましょうか?」
「はい」
 ヘリオドールは、差し延べられたアリーセの手を取る。
 手を繋いで、ふわふわと青い炎の漂う、騒がし過ぎない、けれど歌と音楽の溢れる祭の森を歩いた。
「外は、色々な風景があるんですね。……よかった」
 ヘリオドールの呟きに、アリーセは足を止める。
 ヘリオドールは、長く、地下にある聖地から出ることなく、外を知らずに過ごした。
 彼女の護る聖地クリソプレイスは、聖地も村も、地底に存在し、聖地がが滅び、一人生き延びて、初めて地上に出、今は空京で暮らしている。
 この聖地が、滅びるようなことにならなくてよかった。
 ヘリオドールの想いが、アリーセには解った。
「……ヘリオドールは、今何か興味を持っていることなどありますか?」
「え?」
 けれど、そろそろ先の話をしてもいい。そうアリーセは思う。
 彼女の心も安定してきたし、ずっと、今を頑張ってきた。
「やりたいこととか。
 できることなら、手伝います」
 ヘリオドールは、じっとアリーセを見つめている。
「……先生にも、病院の手伝いばかりでなく、自分のやりたいことをやっていいんだよ、と言われて、でも、何がやりたいのか、よくわからないのです。
 私は、ずっと、自分の務めを果たすことだけを、生きる目的にしてきました」
 きゅ、と、アリーセの手を握る。
「……お願いを、しても、いいですか」
「何なりと」
「もっと、強くなりたいのです。あなたのように。
 そして、クリソプレイスに行って、私を護る為に死んでしまった人達を、ちゃんと、葬ってあげたい……」
 クリソプレイスは魔境化し、今もモンスターの巣窟となって、人が容易に入れる場所ではなくなってしまった。
「いつか、その時には、一緒に行ってもらえるでしょうか」
「勿論。お供させてください」
 アリーセは頷く。
 ヘリオドールは、ほっとして微笑んだ。
「ありがとうございます」
 よく笑うようになった。
 それを見て、アリーセは思う。
 その可憐な外見には、やはり笑顔が似合う。


 祭の広場では、中央の大きな炎以外に、あちこちにちらほらと小さな青い光が揺らめいている。
 広場の中央に置かれなかった花々だ。
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)も、ブーケにして持って来た花を、中央には置かずに持っていた。
 今、詩穂の手の中で、ブーケは青い炎をまとっている。
 熱くはなかった。
 実際花も燃えていない。
 それを見つめながら、詩穂は、先のウーリアとの戦いのことを思い出していた。

 女王を護る為の戦いだったのに、詩穂はウーリアに負けた。
 見せられた幻覚を思い出すと、今でも背筋がぞっとする。
 鏖殺寺院の者の手によって、女王、アイシャが殺され、シャンバラが滅びてしまう夢。
「……もっと、頑張らないと……誓ったんだから」
 力だけではなく、きっと必要なのは、覚悟。
 ぎゅっと目を閉じ、開く。
 楽しそうに地祇達が踊っていて、ふと笑った。
 今も祈祷を続けているのだろう、アイシャに、護られている世界。
「おかげで、こうして皆でお祭りを開けてるよ。ありがとうアイシャちゃん」
 詩穂はアイシャを想いながら、祭りの輪の中へ向かい、大きな炎の中に、ブーケを投げる。
 それは、青い飛燕草の花束。
 花言葉は、高貴、尊大、慈悲、清明、そして、あなたは幸福をふりまく。
 詩穂にとって、アイシャそのものと言っていい花だった。


 祭りの広場の片隅に、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が座って、地祇達の踊りを見ていた。
 刹那は、鏖殺寺院の者として働くことが多いが、任務であれば何でもするだけであって、刹那自身に善悪の感覚は薄い。
 今回は仕事ではなく、パートナーのハーフフェアリー、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が祭りに行きたい、と言ったので、付き添いで来たのだった。
 空京での戦いで敵対した者と対峙したなら、しかと説明するつもりではいるが、一応、目立たないようにしてはいる。
 それに、と、刹那は周囲を見た。
 なるべく離れた位置に立つようにし、炎の向こう側で見えないが、この祭りの広場に、代王、高根沢理子がいたのだ。
 無論理子は一人ではないし、こちらから襲撃する気は全く無いが、過去の犯罪歴から、発見されれば捕らえられるのは確実だ。
 この祭で、そんな騒ぎは起こしたくないと思っている。
 いつでも逃げられるようにしておかなくてはならないか、と思いつつも、刹那は、地祇達と楽しそうに踊っているアルミナを、暫く遠くから見ていた。
 その表情に、自然と笑みが浮かぶ。
 やがてその輪からアルミナが走って戻って来た。
「せっちゃん。せっちゃんも踊ろうよ」
「じゃが……」
 理子のことは、アルミナには伝えていない。
 余計な心配をせずに楽しんで欲しかったからだ。
 せがまれて、結局刹那も、地祇の踊りの輪に加わる。
 理子の姿を見たが、特に反応してはこなかった。
 こちらは向こうを知っていても、理子は自分を知らないのだろう。
 知る者もいておかしくないが、騒ぎを起こしたくない、という刹那の想いを、また向こうも思っているのかもしれず、誰に声をかけられることもない。
 アルミナの幸せの歌に合わせて、刹那も踊った。



 もーりおんが、ケバブと焼きソバとお好み焼きとイカ焼きとたこ焼きを黙々と食べ終える頃、クマラのお菓子のバッグも空になり、クマラはもーりおんの手を引いて、踊りの輪に加わる。

 昼の聖地の上空をドラゴンで飛んだグラキエスやレリウス達は、夜の聖地の上空も飛んだ。
 青い花は、祭の広場以外のところにも置かれているようで、森の中に点々と小さな青い光が瞬いている。
「夜空の星のようですね」
 エルデネストが呟いた。
 美しいと思うことは滑稽だが、それは、地上の夜空のようだった。

 騒々しさはなく、青い光や暖かな音が、さらさらと揺らめいている。
 思い思いの歌や音楽や踊りが、ちっとも耳障りになっていない。
 理子は、僅かな連れと共に、密かにそんな素朴な祭に参加していた。
 アレキサンドライトやかるせんに身分は明かしたが、
「プライベートで来たの」
 と言ったら、とりあえず護衛として側にはついているものの、全く特別扱いをされないでタメ口である。
「綺麗ね」
 理子は、踊りの輪を見ながら言った。
「アイシャにも、見せてあげたいな……。テレパシーとかじゃなくて」
 王宮の地下深く、パラミタの為に祈祷を続けている女王。
 ほんの少しの間だけでもいい。アイシャを此処に連れてきてあげられたらいいのに。
 かるせんは、その言葉に理子を見上げ、それからじろりとアレキサンドライトを見上げた。
 視線を受けて、彼は苦笑する。
「できないの」
「……簡単なことじゃないんだがな」
「でもできる、ってこと?」
 理子が、目を丸くしてアレキサンドライトを見た。




 地祇と精霊の祭には、不思議がつきもの。

 女王に良く似た少女の幻が、赤毛の地祇と一緒に踊り、優しく微笑んで、ふわりと消えて行くのを見たと、後に何人かの地祇が語っていた。
 
 
 

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