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最後の願い エピローグ

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第11章 みんな無事でよかった、お疲れ様
 
 空京の結界の外に、オリヴィエの、住居代わりの飛空艇はある。
 空京郊外というよりは、空京近郊、というべきか。

 諸事を済ませて、オリヴィエ博士と巨人アルゴスが、王宮から、その壊れた飛空艇に戻った時、二人に同行していた者達、あるいは先に此処へ戻っていた者達が、まずやろうとしたことは宴会だった。

 船内に入れない巨人の為に、場所は甲板を使う。
 椅子やテーブルをぞろぞろと持ち出して来た光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)ルカルカ・ルー(るかるか・るー)らに、最初は何事かという顔をしていた巨人も、後ろの方に座っているオリヴィエが、のんびりそれを眺めているので、気にしないことにする。
 替えを持っていないのか、オリヴィエは眼鏡を失ったままだが、特に不便は無いようである。

「椅子の数は適当でええじゃろ。
 足りなきゃ、半立食パーティーってことにすりゃええけえ」
「適当だなあ。
 でもま、甲板なんだし皆あちこち歩き回るだろうから、それでいいんじゃない?」
 翔一朗達が置いたテーブルに、やがて食事が並びはじめ、人が揃って、宴会が始まった。


 乾杯の音頭は、ルカルカがとった。
「えーと」
 と、言い淀んで、
「おめでとう乾杯!」
と叫ぶ。
「乾杯!」
 あちこちから、杯が上がった。
 本当は、博士が生きててよかった、と言いたいところだったのだが、照れが先に立ってしまったのだった。
 だが、乾杯の後で、翔一朗達が、
「二人共無事でよかったわ!」
と叫びながら、杯をオリヴィエ達の杯にぶつけてきたので、台無しという気もしないでもない。
 それでも、楽しく宴会が始まったのでよしとした。

 ルカルカのパートナー、ドラゴニュートのカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、乾杯と共に猛然と食いに走り、また、英霊の夏侯 淵(かこう・えん)は、食べたり飲んだりしつつ、給仕の手伝いもしている。
 手伝いに回ろうとするヨシュアを、誰かが強引に座らせて、杯を取らせていた。

「博士、体調大丈夫? 賑やかなの、傷に障らない?」
 少し前に、致命傷を負ったオリヴィエを案じて、ルカルカが、隣に座りながら声をかけた。
 更にその隣に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が座る。
 不死身の生命力を持っていても、回復能力は常人のそれで、治療は大変だったのだ。
 サルヴィン川で救出した時、それなりに治療はしたが、回復した、とダリルが判断したのは空京に戻ってからである。
「大丈夫だよ」
 答えたオリヴィエに、持参のお菓子を出した。
「これね、ダリルが作ったチョコシフォン。甘さ控え目で美味しいよ。チョコバーもあるよ。
 あと、博士はまだお酒とか控えた方がいいよね。カモミールティーも持って来たよ」
「えー」
 乾杯くらいならいいだろう、と、ダリルの許しを得て、一杯目はワインだったのだが、二杯目からは、胃に優しいハーブティーを薦めた。
 やれやれと言いながらも、オリヴィエはそれに逆らわないでいる。
 それににこにこ笑って、ルカルカは言った。
「ねえ、ルカは、博士とお話したり、世話焼いたりするの嫌いじゃないよ。
 きっと他の人もそうだと思う」
 だって、それが友人というものだから。
 ルカルカの言葉を、オリヴィエは黙って聞いている。
「昔のこと、忘れちゃっても、新しい楽しい思い出を沢山作って、新しい大切なものを沢山育てて行くのが、いいと思うな」
「そう簡単なことではない」
 ダリルが静かに言った。
「大切だった筈の物を人を思い出せない辛さ、時の流れに磨耗して行く空虚さ、
 ゆるゆると狂っていく過程を、体験していないルカは実感出来ていない」
「…………」
 オリヴィエは、薄く目を伏せる。
「……そりゃ、ルカは単純ですよ」
 ぷう、とルカルカは頬を膨らませる。
 確かに、ダリルの言うことを、本当に理解はしていないのかもしれない。
 でも、と、ルカルカは思う。
 過去を憂いても、もう、どうにもできないのだ。
 世界は色々刺激的で、家族もいて、おしかけ友人もこんなにいるのだから、失った以上に新しく注げばいい。
 そう、ルカルカは思う。思うだけでなく、きっと実行もする。
 どんどん引っ張り回す気、満々だ。

「何だ、刑罰の話か?」
 お茶を飲むだけで食事に手をつけないオリヴィエの前に、ダリルのチョコバーを置きながら、淵が話に加わってきた。
「近いような遠いような」
「謀反は理由の如何を問わず処刑に決まっているであろうが」
 ばっさりと言った淵に、オリヴィエは特に気にもしない様子だったが、ルカルカが
「えー、そんなのやだ」
と反対する。
 なら、こんなのはどうだ、と、ダリルが案を出した。
「空京に居住し、自宅軟禁状態にして、王国の為に働く」
「うん、それならいい。ルカもお仕事手伝うよ」
「下手なことを考える暇もないくらい多忙になるぞ」
 にやりと笑うダリルに、ルカルカは苦笑した。
「鬼だ。鬼がいる」
「酷使しても死なないし、労働奉仕なら人件費も掛からない。
 国にも得な話だろう」
 どうだ? と、ダリルはオリヴィエを見る。
「意見を挟める立場に無いんだけど」
 オリヴィエは肩を竦めて苦笑した。
「ふん。
 それは、死刑や追放刑でなくすための建前、だな」
 淵も苦笑する。
「建前でもいいじゃない。ルカ、理子に提案しておくね」
 政治決定に軍人が関与することを、ルカルカはよしとしない。
 だが今回のことは、当事者の意見を聞くと言われているので、一個人として、理子に直接提案しようと思った。


「おう」
 翔一朗は、黒崎 天音(くろさき・あまね)の姿を見付けて声をかけた。
「ちゃんと礼を言いたいと思っとったんじゃが、今頃になっちまった。
 ハルカの名刺、助かった。ありがとうよ」
 オリヴィエ達が行方不明になった時、ヨシュアを通じて託されたその名刺は、ハルカの捜索に非常に役立てられた。
「役に立ててよかったよ」
 天音は笑う。
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)達と樹月 刀真(きづき・とうま)達は、丁度ハルカと共に居合せていた。
 今更かもしれなかったが、やはり、ハルカを救う為に連携行動を取れた彼等にも、礼を言いたい、と、翔一朗も歩み寄る。
「傷はもうええんか?」
「心配ありません」
 刀真は答える。
「今更かもしれんが、皆、あの時はどうもな」
「礼には及びません」
 刀真の言葉に、ソアも頷いた。
「お互い様、ですし。
 私こそ、皆さん、あの時はありがとうございました」
「キリがねえから、やめとこうぜ」
 ソアのパートナー、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が笑って言った。
「そうだな。
 折角解決したんじゃし、ここは楽しむとこか」

「はかせの心配ごとは、もう終わりなのです?」
 ハルカが、オリヴィエ達の方を振り向く。
「おう。もう全部解決じゃ」
 実際のところは、オリヴィエに対する刑罰の告示が残っているが、それはもはや、自分達がどうこうできる問題ではない。
「ハルカ、どうしたの?」
 刀真のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、思案気にオリヴィエを見つめるハルカに訊ねる。
「何でもないのです」
 ハルカは首を横に振ったが、その後も何となくオリヴィエを気にしている様子で、ソアや月夜達は何事かと顔を見合わせた。


「よう。あんたがオリヴィエ博士か」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)に声を掛けられ、オリヴィエは彼を見た。
「初めまして、だな。
 俺は今回、王宮の護りに参加してたんだ。
 博士のゴーレムの勇姿を見る機会は逃したが、今回の件の首謀者に会いたいと思って」
 ふ、とオリヴィエは微笑んだ。
「初めまして。今回のことでは、迷惑をかけたね」
「いや、俺は別件の方で動いてたからな」
 迷惑も何も、とエヴァルトは笑う。
 オリヴィエのことは、話には聞いていたが、確かに真意の掴みにくい雰囲気があるな、と思った。
 だが、嫌な感じはしない。悪人ではない、ということは分かる。
 何より、自身すら捨て駒にする覚悟で行動するなど、そうそうできることではない、と、感じていた。
 失うには惜しい人物だ、と。
「あまり、重い罰にならないといいな。
 国の為にできることは、他にも色々あると思うぜ。
 ゴーレムも、これで完成、じゃなくて、改良を続けていければいいと思うしな」
「そうだね。考えてみるよ」
 オリヴィエの答えに満足して、エヴァルトは、軽く手を振り、別のテーブルのご馳走へと視線を移して行く。